大叔父のこと 1
泣いたことで胸のつかえが取れたのか、父からぽぽんと大きな白金の光が飛び出してきた。
いつもは迷惑なぐらいに眩しい父の光が、目覚めてから一個も見当たらなくて気になっていたのだ。少しほっとした。
「恥ずかしいところを見せちゃったな」
少し照れくさそうに言う父に、私は思いっきりぶんぶんと首をふる。
父の涙は私への愛情故だ。恥ずかしくなんてない。
「あ、あれれ?」
「芽生ちゃん、急に動いちゃ駄目よ」
一ヶ月寝たきりだった私の身体にとって、この首振りは過剰ワークだったようだ。
くらくらっと眩暈がして、ベッドに倒れ込んでしまった。
休憩していると、昨日のお医者さんが来て、この先一週間分の検査の予定をぎゅうぎゅう詰めて行った。
私の症例がかなり稀だということで、色んなデータが欲しいのだそうだ。一応は私も経営者一族の人間らしいので、素直に協力することにした。
結局そのまま午前中は検査で埋まり、お昼ご飯の時に父が大叔父の話をしてくれた。
ちなみに、お昼ご飯は病院の五分粥だ。
「泰二叔父さんが怪しいと、ぴーちゃんが教えてくれたんだ」
都子ちゃんに連れられて次晴叔父さんの家に来てすぐ、ぴーちゃんは大叔父に向かって、シャーッと本気の威嚇をしたのだそうだ。
父はそれを見て、大叔父に疑惑の目を向けた。
「そもそも、芽生が行方不明になったと俺達が気づいて通報した後の行動からおかしかったんだ」
身代金目的の誘拐の可能性を考えた父達は、とりあえず皆に私が行方不明になったことを話さないようにと口止めした。
回復傾向にあるとはいえ療養中の祖父にも事態がはっきりするまでは内緒にしようと話してあったにも拘わらず、大叔父は祖父の病室に行ってあっさり話してしまった。その後も、頻繁に次晴叔父さんの家に足を運び、皆が不安になるようなことばかりを口にして煙たがられた。
「俺の目には面白がってるようにしか見えなかった。表向きは心配しているふりをしていたから、はっきり文句も言えなかったんだが……」
そんな時に、ぴーちゃんが大叔父を威嚇したものだから、もしかしたらと疑いを抱いたのだ。
密かに警察に事情を話し、事件当時の大叔父の行動を調べてくれないかと頼んでいるところに、植物達から私の居場所のヒントを得た母が戻ってきて、事態は一気に動いた。
「芽生が閉じ込められたあの蔵な。鍵が三本あるんだ」
もともとは一本だけだったが、調査目的の研究者や学生などが頻繁に訪れるようになって、コピーを二本作った。
オリジナルは祖父母の家に、コピーのうち一本は次晴叔父さんの家に、そして残りの一本は病院の事務長室に……。
「事務長室?」
「ここの病院の事務長は泰二叔父さんなんだ」
警察の捜査の結果、大叔父の車に私の血痕が見つかったことが決め手となって、大叔父は逮捕された。
「泰二がそんなことをするわけがないって、親父が暴れて大変だったよ」
「お祖父ちゃんと大叔父さんって、仲良しだったの?」
大叔父の恨み言を直接聞かされていた私は、思いがけない話に驚いた。
「ああ。親父が総合病院を立ち上げた時から、ずっと兄弟ふたり二人三脚で仲良くやってきたんだ。妬まれているなんて、まったく気づいていなかったらしい。だが、お袋は納得してたよ。親父が倒れた頃から、泰二叔父さんはずっと様子がおかしかったらしい……」
このまま寝たきりになるかもしれないとか、息子ふたりと不仲なままでどうにかなったら後悔ばかりが残る人生だろうなとか、あの大きな家でひとり暮らしはさぞ不安だろうとか。
顔を合わせる度にそんな不愉快なことばかり言われて、祖母はずいぶんと困っていたのだそうだ。
「もしかして、お祖母ちゃんの生き霊にくっついていた澱みって大叔父さんのものだったのかも」
「たぶんそういうことだったんだろうな」
祖父が倒れて不安になっていたところに、大叔父から執拗に不安を煽られて、きっと祖母は参ってしまったんだろう。
不安で心細くて、誰かに側にいて欲しい。できれば長男一家に戻って来て欲しいという無意識の願いが生き霊を産み出した。
それは、本来ならばすぐに消えてしまうぐらいの弱いものだったのだろう。だが、大叔父の澱みにその生き霊が侵されることで力を得てしまった。そして、わが家を襲ったのだ。
「逮捕された後はずっと黙秘してたんだ」
それで父は、城崎さんを頼り、大叔父の本当の心を知ったのだそうだ。
「まさか親父に対して蟠りを持っていたとはな」
――あいつが長男なのが悪いんだ。
長男には当たり前のように与えられる恩恵が、次男である大叔父には与えられなかった。自分の方が祖父より優れていると感じていた大叔父は、次男だということだけで二番手に甘んじることに不満を抱いていた。
何十年にも渡る不満が歪み憎しみとして蓄積されて、やがて澱みを産み出すようになってしまったんだろう。
「てっきり俺が嫌われてるせいで、芽生が攫われたのかと思ったよ。どうしてあんなに泰二叔父さんに嫌われてるんだろうって、ずっと不思議だったんだが、まさか俺が長男だからってだけの理由だったとは……」
長年の謎が解けてすっきりするどころか、父は逆にもやもやしているようだ。
これは退院してから聞いた話だが、父の弟の次晴叔父さんは少しだけ大叔父の気持ちが分かるそうだ。
相馬家はここら一帯の地主だったせいか、家長の権限が極端に強い家風だったらしい。だから跡継ぎである父と次晴叔父さんとでは、親族内の扱いがあからさまに違っていたのだとか……。
兄弟仲が良かったせいもあってそれでも特に不満は感じなかったそうだが、これで父が鼻持ちならない性格だったりしたら性格が歪んでしまっていたかもしれないと次晴叔父さんは笑っていた。
だが長男である父には、自分が特別扱いされていたという自覚はなかった。
同じく、やはり長男として育てられ家を継いだ祖父にもないんだろう。
当たり前のように恵まれている者は、そうでない者の悩みには気づけない。
「お祖父ちゃん、ショックだったよね。かなり痩せたみたいだし……」
「そうだな。泰二叔父さんが自白するまで無実だと信じていたから、事実を知ってしばらく寝込んでいたよ」
ずっと兄弟仲が良いと思っていただけにダメージは大きかったのだろう。
実際、傍目から見ても仲は良かったらしい。
祖父が大きくした病院を事務長として支え続けた大叔父は、苛烈なところがある祖父に比べて人格者だと言われて部下には慕われていたのだとか。
だから犯行動機が明らかになった時、周囲の人々は皆驚いたそうだ。
ずっと黙秘を続けていた大叔父は、自らの罪を認めると同時に、長年溜め込んできた祖父への不満を延々と垂れ流した。
「俺がいなかったら、あの病院はあそこまで大きくはならなかった。俺が育てたんだ。それなのに評価されるのは兄ばかり。次男の俺にはなにも残らない」
悔しい、妬ましいと、大叔父は延々と恨み言を言い続けた。
それでも、これまでずっと我慢し続けていられたのは、跡継ぎである長男に逃げられ、勘当せざるを得なかった祖父が不幸だったからだ。
次男が家を継いだものの親子仲は良好とは言いがたく、同居も解消してしまった。
息子一家と暮らす予定で建てた大き過ぎる家に、妻とふたりで侘しく暮らす祖父を哀れみ、影で笑うことで大叔父は心のバランスを保っていたのだ。
だが祖父が倒れて、状況が変わった。
絶縁したはずの父は祖父の病気を案じてすぐに駆けつけてきたし、その後の話し合いで絶縁が解消されることにもなった。
しかも大叔父が知らぬ間に、一家で帰省もしていた。
「泰二叔父さんは、病院の警備員から芽生が親父の病室に通っていることを聞かされたんだそうだ」
以前、私が病院の玄関ホールで見た澱みの痕跡は、大叔父のものだったんだろう。
大叔父は、気むずかしい前院長が可愛らしい孫娘に相好を崩していると警備員から聞いて怒りを爆発させたのだ。
――このまま幸せにしてなるものか。
可愛い孫娘と交流を深めることで、絶縁した息子との関係がもっと改善されてしまうかもしれない。
そうなれば、今は気まずい次男との関係も自然と解消されていくだろう。
大叔父にとって、それはどうしても許せないことだった。
祖父がこれまで同様に不幸であることが、彼の望みだったから……。
そして大叔父は私を処分しようと考えたのだ。
「あの日は、とりあえず芽生の顔を見にいくつもりだったらしい」
だが、たまたま人気のない場所にひとりでふらふら歩いていた私を見つけてしまった。
高校生にしては小柄で凹凸に乏しく(余計なお世話!)、茶髪の癖毛に印象的なくりっと大きな目。
警備員から聞かされた容姿そのままの姿の私を見て、やるなら今だと魔が差したのだそうだ。
「衝動的にやっちゃったんだ」
「そうらしい。……誘拐したものの、さすがに自分の手でとどめを刺すことができなくて、蔵に閉じ込めておくことを思いついたんだそうだ」
勝手に死んでくれれば、罪悪感が少しは薄れるとでも思ったんだろうか?
直接手を下さなくても、同じ事だろうと思うのに……。
完全に死んだ頃に、こっそり死体を取りに行って山にでも埋めようと思っていたと大叔父は言っていたそうだ。
「トドメ刺されなくてよかった」
「本当にな。……生きててくれて本当によかった」
ありがとうなと、父は毛糸の帽子越しに私の頭をそっと撫でた。
「……大叔父さんにも子供がいるんだよね?」
「ああ。三人いる。うち二人はここの病院勤務だ」
ひとりは小児科の医師で、もうひとりは薬局で働いているのだとか。
大叔父が起こしてしまった事件を受けて、ふたりとも辞表を出そうとしたが、次晴叔父さんが説得して思いとどまってもらったのだそうだ。
父達にとって彼らは従兄弟だ。仲は普通に良かったらしい。
「気まずくてここで働きにくいようだったら、次晴の知り合いの病院に紹介状を書くことも考えてるそうだ」
「その人達、子供は?」
「いるよ。小学生と幼稚園だな」
今回の事件で、彼らは否応もなく犯罪者の身内となってしまった。
余り考えたくないことだけど、彼らにはなんの咎もなくとも今後の人生に悪影響を及ぼすことだってあるかもしれない。
そして、きっと彼らと大叔父との関係も壊れてしまった。
祖父の不幸を望んでいた大叔父は、自らの行いで自分自身を不幸に突き落としてしまった。
「そっか。大叔父さん、自分の家族のことを考えなかったのかな」
「それを考えられるようだったら、こんな事件は起こさないだろう」
「そっか……」
祖父への妬みにばかり気持ちが向いてしまって、身近にいる家族へ目を向けることはできなかったのか。
ほんのちょっと視点を変えただけで、大叔父の人生はもっと違ったものになっていただろうに……。
私はなんだか酷く悲しくなった。
「さて、事件の話はもう終わりだ。こっからは未来の話をしようか」
「うん。とりあえず、私はいつまで入院してなきゃならないの?」
「主治医からは、二週間を目処に考えてくれって言われてる」
諸々の検査に加え、一ヶ月寝込んだ身体のリハビリをする必要があるからだ。だが、リハビリ次第では検査が終わる一週間で退院する事も可能だと言われた。
「やった! 私頑張るよ」
「おう、頑張れ。それから、退院しても一週間は次晴の家に滞在することになるからな」
「えーなんで? 東京に帰ろうよ」
「駄目だ。東京に帰るのは、とりあえず日常生活を普通に遅れるか、こっちで試してみてからだ」
その後、東京に戻ってから、こちらの主治医に紹介された東京の病院に診察に行くことになるのだそうだ。
脳にダメージが残っている可能性があるだけに、念の為に経過観察することにしたらしい。
「いつから学校に戻れるの?」
「一月後ぐらいを目処に考えてる」
一月か。意識が戻らなかった期間を加えて二ヶ月間学校には通えないのか。
早く皆に会いたいのに……。
しょんぼりする私に、父が困った顔で言った。
「戻ったとしても、まずは保健室登校からだぞ」
「えー、なんで?」
「なんでもなにも、二ヶ月も休んだら授業についていけないだろう」
「あ、そっか」
それもそうだ。
我が母校はレベルがそこそこ高い。規定の成績を収められずに留年させられた生徒もいると聞いたこともある。
私は、二ヶ月ものロスを取り戻せるんだろうか?
「……もしかして、ヤバイ?」
「かなり」
真面目な顔で頷かれて、私は真っ青になった。
メンテナンスに引っかかって、投稿が遅くなってしまいました。
読んでいただきありがとうございます。
次話は、必死w




