予想外のこと
都子視点になります。
怪我はしていたが、芽生は無事見つかった。
まだ犯人ははっきりしないが、芽生の証言があればすぐにでも捕まるだろう。
だから、もう大丈夫。すぐにまた元のように、楽しい日々が戻ってくる。
両親に抱き起こされている芽生を見て、都子はそう確信していた。
美結も同じ気持ちだったのだろう。
これまで図太く思えるほどにずっと平静を保っていたのに、救出されるなりお腹すいたと呑気なことをいう芽生に一気に緊張が解けてしまったようだった。そのせいか急に怒り出して、拳骨を振り上げている。
怪我人相手に暴力はいけないと都子が必死で押しとどめているうちに救急車が到着し、芽生は病院に運ばれていった。
芽生には両親が付き添い、取り残された都子と美結はぴーちゃんと共にパトカーで芽生の叔父の家に送ってもらった。
「芽生が見つかったって聞いたけど、ホント⁉」
心配していたのだろう。芽生の従兄弟の湊人が真っ先に駆け寄ってきた。
「本当よ。怪我してたから今は病院」
「お腹すいた~だってさ。ったく、呑気なもんね」
「そっか……。よかったぁ」
芽生の祖母や叔母達もやってきて、芽生の見つかった時の話を聞きたがった。ざっと話をすると、芽生の怪我を心配した祖母が病院に行くと言い出す。
「私達も一緒に行ってもいいですか?」
「もちろんいいわよ」
都子はすかさずそれに同行させてもらうことにした。
芽生が見つかった今、自分達がここにいる理由はもう無い。
時間帯的に今日帰るのは無理だが、明日には東京に帰ることになるだろう。
芽生はきっと怪我の治療が終われば警察に事情を聞かれたりと色々忙しくなるだろうから、今のうちに顔を見ておこうと思ったのだ。
芽生の祖母の運転する車で病院に向かう。
受付に芽生の居場所を確認しにいった祖母は、戻ってきた時には青い顔をしていた。
「芽生ちゃん、緊急手術中なんですって」
「え?」
「頭の怪我がかなり酷かったみたいなの」
「そんな……。だってあの子、お腹すいたぁなんて呑気なこと言ってたんですよ。平気そうに見えたのに……」
確かに、一晩真っ暗な蔵に閉じ込められていたにしては混乱した様子はなかったが、両親に囲まれて安堵したからだろうと思っていた。
もしかして、怪我が酷いせいで朦朧としていたのだろうか。
手術室近くに家族用の待合所があると言われて、芽生の祖母の先導で急いで移動した。
「――じゃあお前は、あの子が助からないと言うのかっ!」
あともう少しで待合所だという所で、怒鳴り声が聞こえてきた。しゃがれ気味で少し呂律が怪しい男の声だ。
その声で芽生の祖母の足が止まる。
「助からないとは言ってない。ただ、覚悟だけはしておいてくれといってるんだ」
「……なんとかならんのか?」
「なんとかするために手術してるんだ。親父だって医者だ。あのCT画像を見たら、芽生ちゃんが今どういう状況かわかるだろう?」
「……わかってはいるが……」
ぐうっと唸るような声が聞こえると同時に、芽生の祖母が待合所に駆け込んで行った。
「どういうことなの⁉ そんなに悪いの?」
「おふくろもきたのか。……後ろの君たちは?」
「ああ、その子達は芽生の友達だ。都子ちゃんに美結ちゃん。――こっちは、俺の親父と弟だ」
(この人が頭の堅いお祖父さんか……。……で、こっちが弟?)
芽生の父、孝俊に紹介されたのは、車椅子に乗った初老の男性と、貫禄のある落ち着いた白衣の男性だ。
自由業者の孝俊とは違ってきちんとして見えるせいか、都子には年齢が逆っぽく感じられた。
「あの……芽生ちゃん手術中って?」
「ああ。……そうだな。説明しておくか。ふたりともこっちに来てくれ」
孝俊に呼ばれて奥のほうのソファに移動して説明を受ける。
さっきの場所では、芽生の祖母が息子から説明を受けているようだった。
「芽生の頭の怪我が思った以上に酷かったんだ」
棒かなにかで強く殴られたようで、頭蓋骨骨折及び急性硬膜外血腫になっているのだと孝俊が教えてくれた。
脳自体も腫れていて、現在は脳にかかる圧力を弱める為の開頭手術を行っている最中なのだと……。
「助かるんですよね?」
「ああ。助かるさ。芽生が死ぬわけがない」
詰め寄る美結に、孝俊が力強く頷く。
都子の目には、まるで孝俊が自分自身に言いきかせているように見えた。
「ただ、後遺症が残るかもしれないと言われてる」
「後遺症って、どんな?」
「麻痺や言語障害」
「そんな……」
認めたくない現実に、都子はすうっと血が下がっていくのを感じた。
ふらふらしているのに気づいてくれたのか、隣りに座っていた美結が「しっかりしなよ」と支えてくれる。
「怪我をしてから一晩経ってしまっているのがまずいらしいんだ」
その間にどれだけ脳に負担がかかってしまったか、芽生が目覚めてみないことには判断がつかないのだそうだ。
「……でも、おじさん。あの時、芽生は暴れてるあたしを見てへらへら笑ってましたよね? ちゃんと話もしてたし、あの段階では大丈夫だったんじゃないですか?」
「そう、そうですよ! 私も芽生ちゃんがこっちみて笑ってるの見ました」
「俺も医者にそう言ったんだが、あの怪我の状態でそれは有り得ないと言われたよ。うわ言みたいなものだろうって……。あの状態で意識が戻っただけでも奇跡なんだそうだ」
「そんな……」
そして孝俊は、都子達に明日東京に帰るようにと言った。
手術後の芽生がいつ目を覚ますか、今は誰にも分からない状態だから待っていても無駄だと……。
(嫌だ。……芽生ちゃんが目を覚ますまで側にいたい)
せめて一目でもいい。顔を見てから帰りたかった。
だが自分達が無理を押してここにいる自覚があるだけに、これ以上の我が儘を言うことはできない。
都子は黙ったまま頷いた。
ぴーちゃんはこのまま芽生の叔父の家で面倒を見てくれるというので、帰りは飛行機で帰ることになった。
「もしかしなくてもあたし、もう少しで芽生にトドメ刺しちゃってたかもしれないのかぁ……。止めてくれてありがとね」
帰りの飛行機の中、美結がわざとふざけた調子で言った。
「どういたしまして。……芽生ちゃんには、目が醒めたらちゃんと謝って」
「謝って欲しいのはこっちよ。ったく……。何度も心配させられてさ」
「芽生ちゃんだって、好きでこんなことになってるんじゃないんだから……」
「わかってる。……ちょっと言ってみただけ」
「……うん。……でも気持ち分かるよ。謝って欲しいよね」
――えっとぉ……心配かけて、ごめんね?
都子は、こっちの顔色を伺うように上目遣いで謝る芽生の顔を思い浮かべた。
以前と同じように笑う芽生の顔を……。
「あいつ、いつも寝起きどんな感じ?」
「びっくりするぐらい良いわね。起きてすぐちゃきちゃき動き出すし」
「じゃあ今回もそうなるんじゃない」
「だといいけど」
本当にそうなればいい。
(芽生ちゃん、早く目を覚まして……)
都子は心からそう祈った。
東京に戻ってすぐ、芽生を誘拐した犯人が捕まったと報道された。
犯人は芽生の大叔父に当たる人で、一族内に古くからあった怨恨が動機になったのだろうと言われていた。
これで芽生が目覚めてくれれば大団円なのだが、残念ながら芽生は二度の手術を経ても目を覚まさなかった。
「とりあえず、芽生ちゃんが起きた時の為にノートを取っときましょ」
入院期間が長引いて成績が下がれば留年しかねない。
病院でも勉強できるよう、各教科を分かりやすくまとめたノートを作って、芽生のいる九州の病院に送ろう。
そんな咲希の提案で、皆で手分けしてノートを作成することにした。
まとめたものをデータ化して、一週間分ずつ芽生の父に送るのだ。
それを二度送ったところで、芽生がやっと目覚めたと連絡が来た。
ただし、目を開けただけで、会話はできない状態だと……。
『目を覚ますと、ずっとなにもない空中を眺めてるの』
ぱかっと目を開けた芽生は、見えないなにかをじいっと目で追っていて、たまににこっと笑うのだそうだ。
『その顔がすごく可愛いの。赤ちゃんの頃を思い出しちゃって……』
芽生が赤ん坊だったときも、その視線の動きで他の人には見えないなにかを見ていることがわかったのだと、懐かしそうに夕香が電話で話してくれた。
『芽生ちゃん、もう一度赤ちゃんからやり直しているのかもしれないわ』
時間はかかっても、いつか必ず回復する。
もう一度子育てをはじめるつもりで、ゆっくりと回復を待つつもりだと夕香は言っていた。
そんな夕香の話を聞いた美結は悩んでしまった。
(このまま、ノートを送り続けていいのかな)
今の芽生に、学校のノートは必要ない。
だがノートを送るのを止めてしまうのは、芽生の回復を諦めてしまうことになるみたいで嫌だ。
「ご両親からすれば、確かにこのノートは負担になるかぁ」
「急に送らなくなっても、もう回復しないって諦められてしまったのかって、がっかりするんじゃない?」
都子が相談すると、咲希と杏もう~んと困った顔になる。
美結だけが、「気にしなくてもいいんじゃない?」とあっけらかんとしていた。
「あたしは、自分が芽生と一緒に進級したいからやってるの。まだ進級の希望が残っている間はノートを送り続けるよ」
「ふうん。美結にしちゃいいこというじゃない」
「ほんと。びっくり」
「どういう意味よ?」
茶化す咲希と杏に美結がむっとする。
都子はそんな美結の腕を軽く叩いた。
「怒らないで。ふたりとも誉めてるんだから……。私も美結を見習うことにする」
下手に気遣ったりしないで、出席日数的に進級が難しくなるまではノートを送り続けよう。都子はそう決めた。
芽生が入院した直後、教師に言われてクラスメイト全員で芽生の回復を祈って千羽鶴を折って送った。
このノートだってそれと同じだ。
(芽生ちゃんにここに戻って来て欲しい)
また一緒に学校生活を送りたい。
そんな祈りが籠もっているのだ。
だから、まだ止めるわけにはいかない。
そしてノートを五回送信をした頃になって、待ちかねていた知らせがやっと届いた。
読んでいただきありがとうございます。
次話こそ、ばっさり。




