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芽生のこと 5

 都子はリードをつけたぴーちゃんを抱っこして、先導する湊人の後を追って道を歩く。


「人がいない」


 隣を歩く美結がきょろきょろ周囲を見回しながら言った。


「……休日だから」


 連休の最終日だから、レジャーや買い物に出掛けていることが多いと湊人がいう。平日のほうが農作業に従事している人達が外に出ているので賑やかだったりするのだそうだ。


「じゃあ、芽生ちゃんがいなくなったときもこんな感じだったんだ」

「うん」

「警察もいないのはなんで? 捜査してないの?」

「午前中は聞き込みしてるの見かけたけど……ここでの用はもう終わったんだと思う」


 大きな集落とはいえ、民家の数はたかが知れている。聞き込みはすでに終わっているのだ。

 とはいえ、警察官の姿がまったく見当たらないのも奇妙な話だ。

 都子がそう指摘すると、湊人は「だから、ここでの用はもう済んでるんだよ」ともう一度繰り返した。


「ゆうべ、鑑識? みたいな人達と一緒に警察犬もきたんだ」


 その調査の結果、芽生はその場で何者かに襲われ、車で連れ去られたのだろうという推測に至ったのだそうだ。

 警察は芽生を連れ去った車の特定とその行方を捜し出すことに全力を挙げているらしい。


「車種は分かってるの?」

「……この少し先の畑で働いていた婆ちゃんがその時間帯に見たんだけど、遠目だったから白いバンってことぐらいしかわからなかったみたいだ。たぶん、ここらでよく荷物運びに使われてるタイプだろうって」

「だったら特定は難しそうね」

「うん。……とりあえず県内のあちこちで検問はしてるみたい。あとこの近辺の防犯カメラ映像を片っ端から集めて調べてるんだって」


 車種が特定されていない状況では、検問したところであまり意味がないような気がする。防犯カメラの映像だって同じことだ。

 この様子じゃ捜査はろくに進んでいないんだろう。

 都子は我知らず溜め息をついていた。

 そんな都子に夕香が話しかける。


「明日から情報を解禁することになっているの。芽生ちゃんの顔写真を公開して、広く情報を集めるために」

「そう……ですか」


 確かに、今の状況ではもうそれしか方法はないように思える。

 だが、芽生の父親は有名人だ。

 娘が誘拐されたと公表した後、どれぐらいの騒ぎになるか想像もできない。


「公表すれば、ここにもマスコミが来るでしょう。そうなったら、もう外出するのも難しくなるから、今のうちに芽生ちゃんがいなくなった場所をもう一度見ておきたかったの。なにか芽生ちゃんに繋がるヒントが落ちてないか、どうしても気になって……」


 今朝も一度来たのにねと、夕香が悲しげに呟く。

 無駄だと分かっていても、どうしても諦めきれないのだろう。


「マスコミが来るんだったら、あたし達も外出しづらくなるね」

「そうね。……自由に動けないのは痛いな」


 芽生の行方不明に係わっていそうな人物がある程度ピックアップされていれば、ぴーちゃんを連れてその人物の関係する場所を見て回ることもできた。

 だが芽生を連れ去ったとおぼしき車の特定さえできてない現状では、とりあえず同じ集落内の家々から見て回るしかないのだが、マスコミが現れたらそれも難しくなる。


(せめて今日中に、この集落の中だけでも捜しておこう)


 暗くなったらひとりで出歩くことはできない。美結とふたりでも大人達は許してくれないだろう。後で湊人に頼んで同行してもらうしかないか。


(でも湊人君もまだ中学生だから難しいかな)


 芽生の両親には頼めないし、いざとなれば警察の人に頼み込むしかなさそうだ。

 なんてことを考えながら歩いていると、湊人が右前方を指差した。


「芽生はあそこの畑で写真を撮りまくってたんだって」

「ホントだ。見覚えある」


 美結がスマホを手に畑まで走って行く。芽生が投稿した写真と見比べているようだ。


「あの子、畑の中まで入って撮影してたみたいね」

「うん。この畑で働いていた婆ちゃんに挨拶してから撮影したんだって。車を目撃したのもその婆ちゃんなんだ」


 お婆さんは車種を特定できなかったことをずいぶんと悔やんでいるようで、今日も朝から警察に協力しているのだとか。


「ここでひとしきり写真を撮った後、もうちょっと向こうの畑も見に行ってみるって言って、ひとりで歩いていったって」


 さっきの畑から二百メートルほど離れた地点で、湊人は立ち止まった。


「ここに芽生の帽子が落ちてたんだ」


 指差した場所には、チョークで印がついていた。


「そう。ここで……」


 ぴーちゃんが降りたそうにしていたので、リードをしっかり握ってから道路に下ろした。

 ぴーちゃんはチョークの印のあるあたりをまるで犬のようにひとしきりふんふんと匂いを嗅いでいる。


「ぴーちゃん、なにかわかった?」

「なーお」


 都子が聞くと、わからないわと、ぴーちゃんが悲しげな声で鳴いた。


「芽生が落っこちそうな穴とかも見当たらないわね」


 道路の両側は一面畑で、青々とした葉が茂っている。

 さして背の高い作物ではないので、畑の中に倒れているということも考えにくい。


「この道路はどこに通じてるの?」

「まっすぐ行くと二股に分かれて一方は国道に。もう一方はずーっと向こうの畑をつっきって行って最後に街に戻る道に出る」


 それなら犯人はきっと交通量の多い道路に紛れて逃げたのだろう。


「こんなに見晴らしがいいのに……」


 誰にも目撃されることのないまま、芽生は襲われて車に乗せられた。

 突然の凶行で、どんなに怖かったか……。

 想像するだけで胸が潰れそうだ。


「……あたし、田舎舐めてた。ここって、東京と違って犯人の足取りを追う術がまったくないんだね」


 図太い美結も、さすがにここの現実を見て顔色を変えている。


 東京と違って、防犯カメラの数が圧倒的に少ない。

 さっきからずっと歩いているのに車とまったくすれ違っていないことからわかるように、もともとここは交通量が極端に少ない地域で、だからこそ偶然すれ違った車のドライブレコーダーに期待することもできない。


 ここで芽生を捜す難しさを実感させられて、先行きの見えない心細さに都子はうなだれた。


「明日マスコミに芽生ちゃんの写真を公表することで、なにか新しい情報が入ってくればいいんだけど……」


 都子の呟きに、夕香も頷いた。


「連れ去られた芽生ちゃんを、誰かがどこかで見かけてくれているかもしれないわ」


 夕香がぐるりと周囲を見渡している。

 そして、両手を組んで祈るように呟いた。


「誰でもいい。芽生ちゃんの行方を教えて……」


 その時、ざわっと周囲の葉が揺れた。


 夕香がいる地点を中心として、ざわざわと葉擦れの音が遠くへと広がっていく。


「え? なにこれ? 風吹いてないよね? ってか、なんで円周状に葉っぱが揺れてるのー? 地震?」

「いや、揺れてないし……。こんなのはじめて見た」


 美結と湊人が不安げにきょろきょろと周囲を見ている。

 でも事情を知っている都子は、むしろ希望を抱いていた。


(植物たちが、夕香さんの祈りに答えてくれたんだ)


 きっとこれは、夕香が持つ巫女の力の現れ。


 夕香は植物との親和性が高く、植物の成長を促す力を持っている。

 植物達もそんな夕香を愛していて、彼女が危険な目に遭った時は自らの身を犠牲にしてまで彼女を守ってくれた。

 だから今も、きっと夕香の願いを叶えようとしてくれているんだろう。

 円周上に広がっていく葉の揺れは、植物たちが夕香の願いを次々に伝達している結果なのかもしれなかった。


(もしかしたら、これで芽生ちゃんの行方が分かるかも……)


 夕香も同じ考えに至ったのだろう。

 祈るように両手を組んだまま、遠ざかっていく葉擦れの音に耳を傾けているようだ。


「ねえねえ、都子。さっきのなんだと思う? 幽霊とかじゃないよね」

「そんなわけないでしょ」

「ホント? 保証できる?」

「できるわよ。……ああ、そうか。美結って、怖いの駄目なんだっけ」


 美結と芽生がはじめて言葉を交わした時も、芽生が他人を呪っているという馬鹿げた噂を信じていたようで怖がっていたのを思い出す。


「後で事情を教えてあげる。これは怖いことじゃないから心配しないで」

「そう? それならいいんだけどさ」


 それでも怖いのか、美結はすすっと近寄ってきて都子の腕にぎゅうっとしがみついてきた。

 美結は力が強いのでけっこう痛い。


「ねえ、そろそろ戻ろう?」

「駄目よ。もう少し待って……。もしかしたら、戻ってくるかもしれないし……」

「戻ってくるって、なにが?」

「返事よ」

「なんの?」

「もう! 後で説明するから、ちょっと黙ってて。音が聞こえないでしょ」


 まるでソナーのように、芽生を見つけたところから植物たちの反応が返ってくるかもしれない。


 それを期待して、都子は葉擦れの音がまた聞こえてこないかと耳をすませていた。


 やがて、期待通りにさわさわと葉擦れの音が近づいてくる。


「見て! また揺れてる。ちょっ、なんかこっち来るんじゃない⁉ やばいよ! 逃げなきゃ!」


 ぐいっと腕を引っ張られた都子は、転びそうになりながらも美結をたしなめた。


「落ち着いて! これは怖いことじゃないんだってば。むしろこれで芽生ちゃんの行方がわかるかも知れないんだから」

「マジで?」

「本当よ。だから、ちょっと静かにしてて」


 パニックを起こした美結を都子が落ち着かせている脇で、夕香は戻ってきた葉擦れの音がする方を指差していた。


「湊人君、あっちの方角にはなにがあるの?」

「向こうはずっと畑が続いてて、その先にちょっとした森があるよ」

「森?」

「うん。ご先祖さまの暮らしていた屋敷があった場所だって聞いてる」


 芽生の祖父達がまだ子供の頃、落雷で火事になって屋敷が燃え落ちたのだそうだ。縁起が悪いとその土地から離れた場所で暮らすようになったのだと湊人が教えてくれた。


「歩いて行ける距離かしら?」

「車のほうがいいと思う」

「そう」


 夕香は湊人の言葉に頷くと、都子達に声をかけて一度家に戻った。

 そして孝俊に事情を説明する。

 そこから事態は一気に動いた。


「あそこにはまだ蔵が残ってるんだ」


 古い蔵で、かつての名工が手がけた蔵飾りに歴史的価値があるとかで、壊されずに残っているのだと言う。

 孝俊は、弟の家で保管してある蔵の鍵を出してもらうと、急いで車に乗り込んだ。

 

「待って! 私達も連れてってください」


 置いていかれてなるものかと、ぴーちゃんを抱っこした都子と美結も孝俊の運転する車に乗り込む。

 家で待機していた警察官達は、孝俊の依頼に応じて救急車を手配してから車で追いかけてきてくれた。


 二十分程走っただろうか。

 車は森に辿り着いた。


「ちゃんと手入れされてるんですね」


 奥へと続く道はきちんと舗装されている。森の下草も短く刈られていて間違いなく人の手が入っているのがわかる。


「親父が、ここにもう一度家を建てたがってたから」


 森の中を少し進むと、ぽっかりと開けた空間に出た。

 ここがかつて屋敷があったという場所なのだろう。今は砂利が敷き詰められていて、かつて屋敷があった形跡は残っていない。

 そしてその広い空間の奥まったところに、ぽつんと白い壁が印象的な蔵がひとつ建っていた。


「あの蔵、中にはなにが?」

「空だよ。もう蔵として使ってはいないんだ」


 孝俊が蔵の近くに車を停めた。

 さっそく外に出ようとドアを開けたら、一足先にぴーちゃんが転がり出て、タタタッと凄い勢いで蔵に向かって走って行く。

 そして、いきなり蔵の壁にバリバリ爪を立てて引っ掻いた。


「……ここ? ぴーちゃん、ここから芽生ちゃんの光が出てるのね?」

「にゃ」


 そうよと鳴くぴーちゃんの声を聞いて、芽生の両親が蔵の扉に向かった。


「孝俊さん!」

「わかってる」

 

 孝俊が古くて大きな鍵で蔵の錠前を開ける。

 追いかけてきた警察官の手を借りて分厚い両開きの重そうな扉を開けると、次に中の蔵戸の鍵も開けていく。


「よし、開いたぞ」


 孝俊が一気に蔵戸を開けると、夕方のすっかり傾いた日差しが蔵の中にすうっと入り込み、内部を明るく照らし出した。


 果たして、そこに芽生はいた。

 ちょうど、ぴーちゃんが爪を立てたあたりの壁に丸くなった背中を付けるようにしてホコリまみれの床に倒れている。

 芽生の服装は失踪当時の格子模様のツーピースのままで、ホコリと血で汚れてはいるけれど乱れた様子はない。


「芽生!」

「芽生ちゃん!」


 芽生の両親が駆け寄り、傷に触れないようそうっと芽生を抱き起こす。その額や頬には乾いた血の跡が見えた。


「芽生、わかるか?」

「芽生ちゃん、お母さんよ」


 両親の声に、芽生の瞼が僅かにぴくっと動いた。


(ああ、生きてる)


 そう実感した途端、都子は一気に力が抜けてその場にへたっと座り込んでしまった。

 ぴーちゃんが反応した時点で、芽生が生きているだろうことは分かっていたけれど、それでも確かめるまではやっぱり不安だったのだ。


「よかった。芽生ちゃん」


 芽生の顔をもっとちゃんと見たいし、怪我の具合も確かめたい。

 それなのに、ぼろぼろと溢れてくる涙のせいで視界が滲んでろくに見えない。


(よかった。本当によかった)


 大切なものを失わずにすんだ。

 その安堵と喜びが涙になって溢れてとまらない。


「都子大丈夫?」

「うん。……手を貸してくれる?」


 美結に声をかけられてちょっと恥ずかしくなった都子は慌てて涙をぬぐった。

 そして美結に手を借りてなんとか立ち上がる。

 と同時に、芽生の声が聞こえた。


「……おなかすいたぁ」


 いつもと変わらぬ、緊張感のない甘ったれた声だった。

 その変わらなさにほっとしたせいか、都子の目からはまた涙が零れ落ちていた。

読んでいただきありがとうございます。


次から芽生視点に戻り、少し時間が巻き戻ります。


次話は、暴力。

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