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芽生のこと 4

 目的地の駅に着き、タクシーに乗り換えた。


「けっこう賑やかな街ね。芽生が見つかったら遊びにこようよ。皆にお土産も買いたいしさ」

「いいわね」


 あえて楽しく会話しながら、華やかな駅前通りを眺めた。

 そこを抜けてしばらく進み国道に乗ると一気に景色が変わった。

 国道の両脇にはのどかな農地が広がり、遠くにぽつぽつと集落らしきものが見えてくる。


「お伺いの相馬さんの家はあそこですよ」


 気さくな運転手が指差したのは、比較的大きめな集落のひとつだ。


「コンビニとかありますか?」

「ありませんよ。自販機ならありますけどね。お嬢さん達、東京から?」

「はい」

「田舎でびっくりしたでしょう? でもね、車さえあれば買い物にも不自由しないし、人もおおらかで住むにはいいところなんですよ」


(おおらかだなんて……)


 ここで芽生は行方不明になったのだ。それを思うとどうにも嘘っぽく感じられる。

 ルームミラー越しにそんな都子の気持ちを読み取ったのか、運転手がためらいがちに口を開いた。


「……見つかるといいですね」

「え? あの……」

「会社から口止めされてるんですが、相馬さんのお宅で起こったことは伺ってます。警察から見かけたら通報するようにと、お嬢さんの写真も見せていただきました。みんな心配していますよ」

「……ありがとうございます」


 運転手と話している間にもタクシーは進み、集落の中でも一際大きな家の前で停まった。

 タクシーを見送って門の前に立つと、家の前庭には複数の車と警察車両も停まっていた。


(……現実なんだ)


 芽生の不在が実感を伴って胸に迫ってくる。

 思わず立ちすくむ都子の背中を、美結がバシッと叩いた。


「ほら、行くよ! ぴーちゃんを早く外に出してあげなきゃ」

「そうね。――ぴーちゃん、もうすぐだからね」

「にゃ」


 キャリーケースの中のぴーちゃんの声が少し元気がないように感じる。やっぱり長距離移動が辛かったんだろうか。


「よしっ」


 気合いを入れなおし玄関に行くと、呼び鈴を鳴らした。


『はい。どちら様でしょう?』

「田宮都子と山口美結と申します。芽生ちゃんの猫を、相馬さんに届けに来ました」

『ああ、伺ってますよ』


 中から出てきたのは、昨夜会った警察官と似た感じの首の太い厳つい中年男性だった。

 案の定、男は警察手帳を提示してくる。


「どうぞ中へ。芽生さんのお母さんが、おふたりの到着が少し遅いんじゃないかと、ちょうど心配していたところです」

「そうなんですか」


 きっと夕香は、芽生のことがあって過敏になってるんだろう。

 玄関先に荷物を置き、ぴーちゃんの入ったキャリーケースだけを持って玄関ホールに足を踏み入れると、ちょうど夕香がこちらに向かってくるところだった。


「都子ちゃん、無事に到着してよかったわ」

「はい。ありがとうございます。ぴーちゃんを連れてきました」


 キャリーケースの蓋を開けると、ぴーちゃんが待ってましたとばかりに飛び出してきた。


「おおっ、黒猫だ。子猫?」

「いえ、もう大人です。女の子なんで小柄なんですよ」


 猫好きなのだろう。刑事が相好を崩す。


 ぴーちゃんは夕香の足にすりっと頭をこすりつけて、「なーお」と悲しげな声で鳴いた。


「ぴーちゃんも芽生ちゃんを心配してくれてるのね」


 夕香はしゃがんでぴーちゃんの背中を撫でた。

 その顔色は悪い。トレードマークのようにいつも口元に浮かんでいた穏やかな微笑みも見られない。


(美結の言うとおりだった)


 芽生の不在を誰よりも悲しんでいる人に、これ以上の負担をかけるわけにはいかない。

 夕香の前ではなるべく感情を揺らさないようにしようと、都子は気を引き締めた。


「芽生ちゃんのお母さん。はじめまして。山口美結です」

「こんにちは。美結ちゃんというと、夏休みに芽生ちゃんが、都子ちゃんの目を盗んでこそこそメールを送っていたお友達かしら」

「そう、それです」

「ちょっと。やっぱり芽生ちゃんに宿題手伝ってもらってたのね?」

「違うって。あの子、私の宿題の進捗状況が気になってたみたいで、宿題どれぐらい進んだ? ってしょっちゅう確認してきただけ」


 ちょっと鬱陶しかったと美結が肩を竦める。


「まあ、ごめんなさいね。芽生ちゃん、はじめてお友達ができてから、ずっと有頂天だったから……」

「あ、いえ。それで危機感が出て間に合ったようなものなんで、そういう意味では感謝してるんですよ」

「それならいいんだけど……。わざわざお友達も来てくれたのに、芽生ちゃん……どにいるのかしら……」

「にゃあ」


 夕香の目からはらはらと涙が零れて、ぴーちゃんが心配そうに見上げる。

 都子はハンカチを取り出して夕香の涙をそっとぬぐい、夕香の背中を撫でた。

 不安な時にこうして直接触れられることで少しだけ心が落ち着くことを、都子は芽生から教えてもらった。


「大丈夫。大丈夫ですよ。私もぴーちゃんと一緒に捜しに行きます。きっと見つけられますよ」

「ぴーちゃんと?」

「はい。ぴーちゃんなら芽生ちゃんの光を見分けられるでしょう?」

「……そううまくいくかしら」

「いかせるんです。ぴーちゃんもきっと頑張ってくれます。――ね、ぴーちゃん?」


 返事を求めて呼びかけたが、ぴーちゃんはもう夕香の足元にはいなかった。

 どこに行ったのかと辺りを見回すと、少し離れたところで、なぜかせっせと床を掘るような仕草を見せている。


「ぴーちゃん? なにしてるの?」

「あれは、猫が嫌なものを隠すための仕草よ。 ぴーちゃんは嫌いな匂いがしたときも、ああいう仕草を見せていたけど……」

「嫌なもの?」


 見た感じ、床は綺麗で汚れの跡は見られない。

 それなのにぴーちゃんはせっせと何度か床を掘ると、ちらっとこちらを見てから、とととっと数歩歩いてまた床を掘る仕草を見せる。


(ぴーちゃんは普通の猫じゃない。これにも、なにか意味があるのかも……)


 都子は、何度も同じ仕草を繰り返すぴーちゃんを真剣に観察した。

 やがて、なんとなくぴーちゃんがなにを言いたがっているのかわかってくる。


「……ぴーちゃん、もしかして足跡が残ってるの?」

「なによそれ。くっさい足の人がいるってこと?」


 なに馬鹿なこと言ってるんだと呆れた目で見ている美結は無視して、都子はぴーちゃんに話しかけた。


「澱みが見えてるのね?」

「にゃ!」


 そうよ、とぴーちゃんの尻尾がぴんと立つ。


「でも芽生ちゃんはそんなこと言ってなかったわ」

「じゃあ、芽生ちゃんがいなくなった後に来た人の足跡なんですよ」

「その後にいらした方々というと、警察の方や親戚の人達かしら……」

「きっとそうです」


 澱みを垂れ流すようになった人は、必ずと言っていいほど犯罪を犯すと芽生が言っていた。

 事実、ここ数ヶ月でその実例を都子自身も見てきた。


 この足跡の主もまた、何らかの犯罪に係わっている確率が高い。

 芽生の行方不明に係わっている可能性だってある。


「夕香さん、この家に出入りした人のリストを作ってみませんか?」

「そうね。……思い出してみるわ。その前に孝俊さんに相談しないと」

「孝俊さん?」

「芽生ちゃんのお父さんよ」

「界太先生ね」


 アニメを見たことがあると美結が得意気に言う。


「おじさんは今どこに?」

「奥にいるわ。ちょっと困ったお客さんがいらしてて……」


 などと話していると、ちょうどその困った人が奥から出てきた。

 なぜ分かったのかといえば、顔を合わせるなり悪態をつかれたからだ。


「この非常時に東京から遊びに来るとは常識のない娘共だ。どうせ行方不明になってる芽生も御同類なんだろう? 案外、通りすがりの男に遊ぼうと誘われて、ほいほい着いていっただけかもしれないぞ」


(なんてことをっ‼)


 都子はカッと頭に血が昇った。

 芽生を悪し様にいう初老の男に、馬鹿を言うなと怒鳴り返さずに済んだのは、とっさにぎゅっと強く手首を摑んでくれた美結のお陰だ。


「冷静に。挑発に乗っちゃ駄目」


 こそっと美結に耳元で囁かれ、小さく頷く。

 そして一回深呼吸してから、深く頭を下げた。


「こんな非常時に押しかけてしまって申し訳ありません」


 ごめんなさい、と隣で美結も頭を下げた。


「ですが、芽生ちゃんは通りすがりの人に声をかけられてほいほい着いていったりしません。とても真面目な子なんです。ご両親をとても大切にしているから、心配をかけるような真似もしません。誤解を招くようなことをいわないでください」


 一気に言い切って顔を上げ、相手の反応を伺おうとしたのだが、向こうはこちらのことなど見ていなかった。


「うううぅぅ……」


 まるで都子達を守るように前に立ったぴーちゃんが、全身の毛を逆立て背中を丸めて、初老の男に向かってうなり声を立てていたのだ。


「な、なんだこの猫は」


 猫が苦手なのか、初老の男が後ずさる。

 彼の後ろにいた孝俊が、「うちの猫ですよ」とそれに答えた。


「芽生を心配しているようなので、わざわざ彼女たちに連れてきてもらったんです」

「猫が心配? そんなわけあるか。馬鹿らしいっ!」


 しっしっと、男がぴーちゃんを追い払おうと手を振る。

 それに構わずうなり続けていたぴーちゃんは、「フギャッ!」と今まで聞いたことのない声を上げて、男に飛びかかっていった。


「ぴーちゃん駄目っ‼」


 この男に怪我をさせたらマズいことになる。

 都子は焦ったが、すんでのところで美結がぴーちゃんの胴体をがしっと空中でキャッチして止めてくれた。


「よし! さすがあたし!」

「凄い。ありがと、美結。――ぴーちゃん落ち着いて」


 美結のさすがの運動神経に感嘆する。

 摑まれてもなおぴちぴち暴れているぴーちゃんをふたりで宥めている背後では、孝俊がさっさと帰れと男に促していた。


「こっちは娘が行方不明になって気が立ってるんだ。さっきの失言はきかなかったことにするから、もう帰ってくれ」

「泰二叔父さん、今日はもうお帰りください」

「泰二さん、芽生ちゃんを心配してくれる気がないのなら帰って」


 遅れて奥から現れた女性達や、その場に控えていた警察官も冷ややかな視線を男に向けている。


「ふん。親切でわざわざ来てやった親戚に対して帰れとは、相変わらず無礼な奴らだ」


 アウェイであることに気づいたのか、男はぶつくさいいながら帰って行った。


「おじさん、今の人は?」

「泰二叔父さん、俺の親父の弟だ。芽生からすれば大叔父になるな。俺のことが嫌いみたいで子供の頃から当たりが強かったんだが、まさか芽生にまであんなことを言うとはな。――ぴーちゃん、よくやった」


 ぴちぴち暴れていたぴーちゃんは孝俊に頭を撫でられて、やっと少し落ち着いてくれた。


「それが、ぴーちゃん澱みが見えてるみたいなんです」

「は?」

「孝俊さん、本当なのよ。さっきも床に澱みが見えていたみたいで、ずっと床を掘っていたし……」

「となると、泰二叔父さんに飛びかかっていったのも無関係じゃないのか?」


 それは都子も考えていたことだ。

 今までぴーちゃんと一緒に暮らしていて、あんな風に攻撃的になったのを見たのは、黒い生き霊が現れた時だけだったから。


「なあ、ぴーちゃん。泰二叔父さんに澱みが見えたのか?」

「にゃ」


 孝俊の質問に、ぴーちゃんは、そうよと尻尾をピンと立てた。

 ぴーちゃんの返事を聞いた孝俊は、しばらくなにか考え込んでから、警察の人達と一緒に別室に行ってしまった。



 残された都子達は、夕香から芽生の叔父の奥さんと、祖母だというふたりの女性に紹介された。


「慌ただしいところにお邪魔してすみません」

「いいのよ。芽生ちゃんを心配してくれたのよね? ありがとう」

「ふたりの今晩のお部屋だけど、私と一緒でいいかしら。狭いお部屋なんだけど」

「もちろんです。ありがとうございます」


 芽生の祖母に案内された部屋は八畳程の和室だった。


「どこが狭いのよ。これだから金持ちは……」


 祖母に聞こえないよう小声でぶつくさ呟く美結は荷物を置くと、さっそく芽生を捜しに行くと言う。


「捜すって言ったって、どこを捜すつもり?」

「さあ? とりあえず、芽生が最後にいた場所を見に行ってみましょうよ」

「それなら、湊人くんを案内につけるわ」


 湊人は芽生の従兄弟だ。

 外出する芽生を案内するようにと母親に言われた時に断っていたとかで、その後に芽生が不行方不明になったのを知って、自分がついていかなかったせいだと酷く落ち込んでいるらしい。


「芽生ちゃんのお友達の役に立てたら、少しは気も紛れると思うの」

「わかりました。お願いします」


 芽生の祖母が呼んできてくれた湊人と一緒に玄関に向かうと、夕香も一緒に行くという。

 その足元でご飯を食べていたぴーちゃんも、途中で食べるのを止めて一緒に行くと駆け寄ってきた。


「じゃあ、行きましょうか。――湊人君、案内よろしくね」

「うん。……っていっても、すぐそこなんだけど……」


 うつむき加減でボソボソ呟く湊人に案内されるまま、都子達は家を出た。


読んでいただきありがとうございます。


警察の捜査状況については次話で。


次話は、光を追いかけて。

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