帰省のこと 4
祖父のお見舞いを終えた後は、三人でご先祖様のお墓参り。
お盆の時期とは違い人のいない墓地で、のんびり先祖代々の墓を掃除してから花を飾り線香をあげる。
その後は次晴叔父さんの家に戻って、夕ご飯の支度のお手伝いだ。
「芽生ちゃん、包丁使い上手ねぇ」
「お母さんに習ったの」
和代おばさんに誉められた私は鼻高々だ。
これ以外の作業に関してまだまだだってことは、あえて言わずにおいた。
夕飯を済ませお風呂もいただいて客間に入ってからスマホを確認すると、病院を出るときにあげておいた写真に皆からのコメントが沢山並んでいた。
『街路樹やたらでかくない⁉』『病院のロビーお洒落』『思ってたよりお祖父ちゃん若いね』『仲良くなれたみたいで良かった』等々……。
反応してもらえるのが嬉しくて、私は返事を入力しつつニヤニヤしてしまった。
一方、都子ちゃんは、ぴーちゃんの写真をあげてくれていた。
向こうの家で元気にのびのびと生活している写真だ。
すっかり懐いた孝おじさんの膝の上で可愛らしく愛想をふりまいている写真もあった。
「私にはこんなことしてくれないのに……」
ぐぬぬと嫉妬に歯噛みする私だった。
翌日は午前中から病院に行って、お祖父ちゃんのリハビリにつき合った。
午前中は基本的にストレッチの時間らしく、理学療法士さんに勧められるまま、ちょっとだけお祖父ちゃんの手伝いもしてみた。
その間、父は祖父の病室で次晴叔父さんに頼まれたイラストをずっと描き続けていた。
今までは祖父と仲違いしていたせいで、有名漫画家が経営者一族にいることをおおっぴらにはしていなかったが(とはいえ、皆知ってるんだろうけど)、これからは隠す事無く堂々と利用できると次晴叔父さんはほくほく顔で画材を用意していた。
ちなみに描いた絵は小児病棟のキッズルームに飾るらしい。ついでに今まで描いてきた漫画をキッズルームに全巻寄付して行けと言われて、苦笑しつつ父が頷いていた。
お昼は、お祖父ちゃんがわざわざ取り寄せてくれた黒豚のしょうが焼き弁当を皆で食べた。
「美味いか?」
「うん! ありがとうお祖父ちゃん」
さすが本場、歯切れが良く油も甘くて、今まで食べた黒豚の中で最高に美味しい。
「芽生、医者になる気はないか?」
夢中で食べていると、いきなり祖父がそんなことを聞いてきた。
思いがけない問いかけに、びっくりした私はひとしきりむせてしまう。
まさか祖父は、父の代わりに私に跡を継がせたいとか考えてるんだろうか?
やっと父の勘当も解け、次晴叔父さんが病院をこのまま継ぐことが決まって落ち着いたのに……。
――お祖父ちゃんのこの発言、お父さんはどう思ってるんだろう?
気になった私は、ちらっと父を見た。
父は意外にも落ち着いた様子で、私の視線に気づいて黙ったまま微笑んで頷く。
好きなように答えていいぞと言っているんだと感じた。
だから私は、思ったままに答えた。
「私には無理だよ」
「む、どうしてだ?」
「まず一番に、そんなに頭良くないし……」
我が母校の偏差値は高めだが、元々私はぎりぎりで合格できたようなものなのだ。今だって赤点回避に汲々としているレベルだから、医学部に進学する気にはなれない。
そしてそれ以上に、私は医療関係者には性格的に向いていない。
「今日、お祖父ちゃんのリハビリ手伝った時も、強く押せなかったでしょ? 相手が痛いかなって思うと、どうしても力が入らなくなっちゃうんだよ」
痛みを伴う治療に一々ためらっていては、患者さんの為にならない。そんな人間は医者にも看護師にも向いてない。
「私、ヘタレで甘ったれだから、患者さんの為に厳しくするって無理だと思う。――ゴメンね?」
「……そうか」
私が一生懸命説明すると、祖父は少し肩を落として頷いた。
「それなら、将来はなにをするんだ?」
「まだなんにも考えてないよ」
「お父さんのアシスタントに――」
「ならない!」
茶々を入れてきた父を条件反射で撃退すると、「芽生ちゃんも絵を描くの?」と祖母が微笑んだ。
「高校生になってから、授業で油絵を描いてるんだよ」
スマホを取りだし、ぴーちゃんを描いた絵の写真を祖父母に見せる。
「まあまあ、猫ちゃんね。可愛いわ」
「……む。なかなかいいな。病院に飾るか?」
「え、これを……?」
さすがに、病院に黒猫はマズイと思う。
お年寄りの中には迷信深い人もいるかもしれないし……。
「病院内に飾るなら、風景画のほうがいいんじゃないか?」
「花の絵も良いと思うわよ」
「そだね」
父母が助け船を出してくれたので、乗っかることにした。
「ねえ、お祖父ちゃん。どこか好きな景色ってない? 言ってくれれば写真撮って帰って、家でそれを元に絵を描いてみるよ」
気に入ってくれたなら、病院のロビーでも自宅の部屋でも、祖父の好きなところに飾って眺めてくれたら嬉しい。
私がそう言うと、祖父は嬉しそうな顔になった。
「それなら、病院の中庭とかどうだ?」
「入院患者さんがのんびりできるよう、噴水と花壇があるのよ」
祖父は私の提案が気に入ってくれたようだ。
昼食後は、祖母と一緒に祖父の車椅子を押して中庭に行き、写真を撮ってまわった。
あっという間に時間が経ち、祖父の夕方の検査の時間になった。
これ以上いては邪魔になるので、私達は病院から帰ることにする。
明日には東京に帰るのだと告げると、祖父は「……そうか」と寂しそうな顔をした。
「お父さん、明日帰る前にちょっとだけ寄れない?」
「しょうがないな。三十分だけだぞ」
お願いと頼むと、父は苦笑しつつ頷いてくれる。
「おじいちゃん、また明日ね」
「ああ、また来い」
昨日同様に手を振って、祖父の病室を後にする。
「親父の奴、すっかり芽生にめろめろだな」
「気に入ってもらえて良かったよ。これで次晴叔父さんも、お祖父ちゃんと同居してくれるよね?」
「そうだな。……そうなれば、おふくろももう生き霊なんて飛ばすこともないだろう」
「きっと大丈夫よ」
「そだよ。お祖母ちゃん、和己ともすっごく仲良いみたいだし」
「ああ」
家族三人、会話しながら病院内を出口に向かって歩く。
玄関ホールに辿りついたところで、ピタリと私の足が止まった。
「芽生ちゃん? どうしたの」
「……あそこ、澱みが残ってる」
私が指差した先には、なめくじが這った跡のように、澱みの跡が残っていた。
この澱みを残した人物は、外から玄関ホールに入り、ホールの中央当たりで立ち止まって、そのまままた外に戻って行ったのだろう。
その流れがよく分かる跡だった。
「入り口で帰るってのは奇妙だな。……なにかの下調べか?」
澱みを発生させ垂れ流すようになった人物は高確率で犯罪に走る。
それが分かっているから、父の表情が険しくなる。
「お父さん、どうしよう?」
「……万が一のことを考えて、ホールの警備員を増やすよう次晴に話してみるか」
父は深刻な顔で呟いた。
そのまま私達は次晴叔父さんの家に戻った。
今日は、次晴叔父さんの仕事が終わるのを待って、皆でもつ鍋を食べに行く予定になっている。
最初は美味しい黒豚のトンカツを食べさせてくれる店に行く予定だったのだが、お昼ご飯に祖父が黒豚を食べさせてくれたので変更になったのだ。
それまでけっこう時間が余っているので、私はひとりで外に出掛けることにした。
「ちょっと外の写真撮ってくるね」
「あら芽生ちゃん、ひとりで行くの? ――ちょっと湊人、案内してあげなさい!」
和代おばさんが声をかけたが、上の従兄弟は黙ったままそっぽを向いてどっかに行ってしまった。
「和代おばさん、大丈夫だよ。近くをうろちょろするだけだから。――じゃあ、行ってきます」
「おう。迷子になるなよ」
父の声に手をあげて応え、私は帽子をかぶって外に出た。
今日着ているのは、杏ちゃんが選んでくれた格子模様のツーピース。
歩く度にスカートの裾がひらひらして、なんだかちょっとくすぐったい気分になる。
少し歩くと住宅街を抜けて、畑が多い地域に出た。
「これって、なにを作ってるんだろう?」
けっこう大きな葉っぱがにょきにょきと畑から生えているのが気になった。
畑から生えている葉っぱの写真を撮ってトークアプリに上げたら、すぐに咲希ちゃんから『里芋じゃない?』と返事が返ってきた。
なんだか面白くなってきて、作物が見えないようナスやトマト等の葉っぱだけを写真にとって、これなんだ? とクイズを出してみた。
結果、全問正解。
『当然よ』と鼻高々である。
『畑の写真ばっか。もっと面白い写真ないの? 観光地とか』
美結が茶々を入れてきたので、明日飛行機に乗る前に少し寄る予定だと返事を返した。
そんな風にてくてく歩きつつスマホを操作していた私は、後ろから近づいてくる車の音に気づいて道路の端に寄り、なにげなく立ち止まった。
通り過ぎていくだろうと思った車は、なぜか私のすぐ側で止まり、そして……。
……その後、私は行方不明になった。
読んでいただきありがとうございます。
次からは都子視点になります。
次話は、ぴーちゃん大荒れ。
もうひとつの連載、「真夜中の祠」連載終了しました。
読んでみてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします。




