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帰省のこと 2

 病院の祖父の個室で開かれた家族会議の席で倒れた祖母は、看病疲れと診断されたのだそうだ。

 そのまま一晩病院で過ごした後、そのまま次晴叔父さんの家で暮らすことになったらしい。

 叔父夫婦は祖父が入院した段階で、ひとり暮らしは物騒だからと祖母に同居を申し出ていたらしいのだが、祖母は祖父への遠慮からかずっとひとり暮らしを続けていたのだ。

 今回祖母が倒れたことで、次晴叔父さんと折り合いが悪くなっていた祖父もさすがに折れて、同居するようにと祖母にすすめてくれたのだとか。

 ちなみに今回わが家の帰省先も次晴叔父さんの家だ。


「叔父さんちに泊まるのか。確か医者だったよね?」

「うん。総合病院の院長先生」

「豪邸?」

「うん、すっごいよ。田舎だから敷地に余裕があるの。サウナ付きのお風呂とかシアタールームとかもあって、玄関ホールも広いから、テント張って従兄弟達と寝たりもしたよ」

「マジで?」

「うん。まじまじ」


 私は、学校で次の三連休に帰省することを皆に話した。

 その時に産まれてはじめて祖父に会うことも……。


「それでね、母から祖父に会う時に着る洋服を買ってきてって言われてるの。咲希ちゃん、この間みたいに助言して欲しいんだけど、今日の放課後ヒマ」

「うん、ヒマ」

「頼める?」

「もちろん」


 咲希ちゃんは、まかせなさいと請け負ってくれた。

 都子ちゃんは当然一緒だし、右腕の怪我でまだ部活動ができない杏ちゃんもつき合ってくれるという。

 ひとり部活で仲間はずれになった美結にぶーぶー言われながら、四人で以前にも行ったショッピングモールに向かう。


「会ったことないんじゃ、お祖父さんがどんな服装が好きかなんてわからないわよね」

「うん。わかんない」


 移動中の電車の中、咲希ちゃんが服を選ぶ為にリサーチしてくる。


「お父さんって何人兄弟?」

「ふたり兄弟だよ。弟がひとりいるの」

「従兄弟は?」

「それもふたり」

「男? 女?」

「ふたりとも男。中学生と小学生」

「なんだ。それだったら簡単よ。おじさん達が好きそうな女の子らしい服を選べばいいのよ」


 子供も孫も男だけで女の子成分に飢えているだろうからと咲希ちゃんが言う。


「おじさん達が好きな女の子らしい服って、どんなの?」

「ひらひらふわふわしてる感じかなぁ」

「ロリータファッションにする⁉ 芽生ちゃんだったら絶対に似合いそう」


 杏ちゃんの鼻息がなぜか荒い。


「ああ、うん。それは似合いそう」

「似合いすぎて危ないかも」


 都子ちゃんと咲希ちゃんは、杏ちゃんの鼻息にちょっと引き気味だ。


「危ない?」

「ストーカーとか発生しそう」

「それはちょっと……。もうちょっと大人しめでお願いします」


 私はペコッと頭を下げたのだった。



 ショッピングモールについて、四人であちこち店を見て回った。


「お願い。一回だけ! 一回だけでいいから」


 さっきからなにかおかしなスイッチが入ってしまっている杏ちゃんに頼まれて、いわゆる甘ロリといわれる、ひらひらふわふわした白とピンクのワンピースを着てみる。


「こ、これは……」

「いやだ。仏頂面してても可愛い」

「写真撮っていいよね⁉」


 三人からスマホを向けられた私は、渋々ながらもとりあえずポーズを取ってみる。

 そうこうしているうちにお店の店員さんまでやってきて、「このヘッドドレスもつけてみて」と髪を弄られ、なぜかピンクのテディベアまで抱っこさせられた。


「可愛い。お人形さんみたい」

「芽生ちゃん、肌も白いし目も大きいから、こういう服がほんと良く似合うね」

「う~ん、飾っときたいレベルね。……誘拐されそう」

「お客様、こちらの商品も試着していただけませんか? 写真を店に展示させていただきたいのです。モデル代もお支払いしますので」

「……すみません。父に叱られるのでお断りします」

「そうね。さすがにそれはマズイと思う」


 都子ちゃん達が鼻息の荒い杏ちゃんと店員さんを抑えてくれている間に、私は慌てて着替えてその店から逃げた。


「ロリータファッションは似合いすぎて駄目ね。目立ってしょうがないわ」

「前回みたいに色々着回しできる服がいいんだけど……」

「それじゃ駄目よ。お祖父さん対策なんだから、ワンピースとかのほうがいいわ」

「あ、それなら、あそこどう?」

「ああ、いいわね」


 続いて入ったのはティーンエイジャー向けのショップだった。

 普段私が着ている服よりかなりひらひらしているが、先にロリータファッションを見た後だけに大人しめに見える。


「これぐらいなら平気かも」

「そう? じゃあ、さっそく試着いってみようか」

「ここもけっこう可愛い服があるわね」


 またしても鼻息が荒くなった杏ちゃんと咲希ちゃんに勧められるまま、十着ぐらい試着してみた。

 その結果、選んだのは二着。

 ひとつはセーラーカラーの水色のワンピース。ウエストの高い位置に切り替えがあって、スカートがふんわりしている。襟と袖口には紺の二重ライン、胸元の細いリボンも同じ色だ。


「可愛くて元気そう。芽生ちゃんにぴったり」


 決め手は、都子ちゃんのそんな感想だった。


 二着目は、アイドルグループの衣装っぽいツーピース。

 白と薄茶の格子柄で、襟と袖が白くて胸元には大きめの茶色のリボンがついている。スカートは膝上で裾が二重になっていて少しふんわりしている。


「これよこれ! これにしてっ」


 ちょっと鼻息の荒い杏ちゃんに勧められて断り切れずに決めた。


「その二着を選ぶなら、濃紺のベレー帽と同じ色の小さいバッグも欲しいところね。靴はどんなの持ってる?」

「んーっとね」


 思いつくまま説明すると、靴は今あるので大丈夫とのこと。なので帽子とバッグを見つくろってもらった。

 それ全部買っても、母に貰ってきた予算より全然少ない。

 余ったお金で、つき合ってもらったお礼にみんなでケーキを食べた。


 帰る間際、アクセサリー売り場にも寄った。


「和也さんへのプレゼントを買いたいの」


 私が父のアシスタントの和也さんが好きなことは、皆にばれているので堂々と言ってみる。


「前にね、バイト中に前髪が邪魔そうだったから、ひまわりのパッチン留めをプレゼントしたことがあるの。でも、都子ちゃんがさすがにあれはないって言うから、もっと似合いそうなのを捜そうと思って」

「それなら、シンプルなカチューシャがいいじゃない?」

「私はヘアターバンがいいと思うんだけど……」

「和也さんって、確か癖毛でしょ。こういうの使うとお洒落に見えるんじゃない?」


 皆にあれこれ勧められて、シンプルなカチューシャとくしゃっとした素材で作られたグレーのヘアターバンを買った。

 私がレジに並んでる間に、三人は他にもなにやら選んでいて、私が袋を受け取っているとレジのところに来た。


「なに買うの?」

「竜也さんへのプレゼント。バレッタよ。ちょっと遅くなっちゃったけど、花火大会の時に色々お世話になったから、そのお礼に」


 リーフモチーフでラインストーンとパールが飾られた大きめのバレッタは、髪を一つにまとめるのにちょうどいい大きさだ。


「お店では女装してるって言ってたでしょ? だから、こういうのも数があると便利だと思うの」

「って咲希が言うから、私達も便乗させてもらったの」

「本当は和也さんのプレゼントにもお礼代わり便乗したいけど、芽生ちゃんの邪魔にならないよう遠慮しておくね」

「ありがと。……ねえ、そっちに私も混ぜて」


 こういう形でのお礼とか一切考えてなかった私は、皆の気遣いに感心してしまった。

 人付き合いとか今まではすべて両親任せだったから、全然思いつきもしなかったのだ。

 友達がいるだけで学べることが沢山あるんだと嬉しくなった。




「まあまあ、素敵ね、可愛いわ。やっぱり同じ年頃の女の子達と選ぶとひと味違うわね」


 持ち帰った服に母は大喜び。

 着てみせてと言うので、水色のセーラーカラーのワンピースを着てみた。


「この服、都子ちゃんが選んでくれたの」

「そう。良いわぁ。良く似合ってる。お父さんにも見せていらっしゃい」

「わかった!」


 待ってましたとばかりに、買い物袋を手に都子ちゃんと一緒に隣の仕事場に向かった。


「おう。うちの娘は本当に天使だな。羽根をどこに隠した。ほら、遠慮せずに出してみろ」


 馬鹿なことをいう父に呆れつつ、和也さんに「はい」とプレゼントを渡す。


「あのね。そのひまわりのパッチン留め。男の人にあげるにはちょっと不味かったかなぁって反省したので、代わりにこれ」

「貰ってもいいの?」

「うん。花火大会につき合ってくれたお礼も兼ねてるから貰ってくれると嬉しい」


 別に前髪で目がすっかり隠れててもいいけど、笑った時に糸目がほんのちょっとカーブを描くのを見るのも好きなので、できれば前髪は上げていて欲しいのだ。


 和也さんはプレゼントをすんなり受け取ってくれた。


「カチューシャと……これはターバン?」

「そ。お洒落でしょ」

「そうだね。じゃ遠慮なく使わせてもらうね」


 和也さんはひまわりのパッチン留めを外すと、ヘアターバンで前髪を上げた。


「ああ、これはいいね。ゆったりしてて締めつけないから楽だ。――ありがとう」

「どういたしまして」


 お礼を言われた私は、えへへっと照れ笑い。

 そんな私の頭に和也さんは手を伸ばしてきた。


「あ、こら和也! 俺の天使に触るな!」

「ちょっとだけですよ。大目に見てください」


 父がやいのやいの言ってるのと同時に、頭の右上でぱちんと音がした。


「ああ、やっぱりこういうお花は女の子のほうが似合うな」

「あ、ホントだ。芽生ちゃん、似合うよ」

「え?」


 都子ちゃんに言われて頭にそっと触れると、パッチン留めが髪についている。


「もう一個もつけちゃおう」


 今度は左上でパッチン。

 急いで仕事場にある鏡で見てみたら、ちょうど良い感じにひまわりがふたつ私の髪に咲いていた。


 和也さんが咲かせてくれたひまわりだ。


 私が鏡を見てにまにましている後ろでは、都子ちゃんが竜也さんへのお礼を和也さんに預けていた。


「こっちは竜也さんへ。みんなから花火大会の時のお礼です。髪をまとめるバレッタなんですけど、そういうの普段使ってらっしゃいます?」

「うん。よく使ってるよ。きっと喜ぶ。渡しておくね」

「よろしくお願いします」


 無事に竜也さんへのお礼も渡せたようなので、鏡の前から和也さんの元に戻った私は自分の頭を指差して言った。


「和也さん、これありがとう」

「お礼を言われるのは変だろ。元々芽生ちゃんから貰ったものなんだから……。そうだ。このターバンのお礼になにか欲しいものはない?」

「欲しいもの……」


 和也さんの経済的な事情を父から聞いているから、さすがになにかものをねだるようなことはできない。

 私が困っていると、「やってほしいこととかでもいいよ。荷物整理とか宿題の手伝いとか」と和也さんがつけ加えてくれる。


 その条件は、すごくいい。

 買い物につき合ってと頼んで、勝手にデート気分を味わうことだってできる。


「あ、じゃあ、今度の帰省が終わったらちょっと考えてみる。それでもいい?」

「もちろん」


 和也さんが頷いてくれたので、私はにっこり。

 父が不機嫌そうに咳払いをしていたけど、なにも聞こえていないことにした。



 正直言って、今回の帰省は気が重い。

 もしも祖母自身が澱みを発生させていたらと考えただけで、気持ちがぺしゃんこになる。


 でも、これは逃げちゃいけないことだ。


 ちゃんと自分の目で事実を確認して、そして祖母の心の歪みを少しでも癒してあげたかった。


 ――頑張ってこよう。


 私にとって辛い事実が待っていたとしても絶対に負けない。

 へこたれずに、自分にできることをやる。


 和也さんとの疑似デートというご褒美を楽しみに、私は辛い現実に向き合う決意を新たにしていた。

読んでいただきありがとうございます。


次話は、祖母との対面。

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