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帰省のこと 1

 父の帰省は当初二泊三日の予定だったのが、結局三泊四日になった。

 その間、私はずっとぺしゃんこだった。


 もちろん、もう高校生なのだから、感情をそのまま外に出したりしない。

 いつも通り元気に振る舞っていたつもりだったのだが……。


「なんでこの子、元気ないの?」

「お父さんが帰省しててお家にいないのよ」

「ああ、それで……。芽生ちゃん、お父さんのこと大好きだものね」

「ぷっ。どんだけファザコンなのよ」


 皆にはばればれで、心配されたり気遣われたり茶化されたり、まあそんなこんなで賑やかにいつも通りの日々を送ることができていた。


 そして父の帰宅日。

 いつもより少しだけ早足になるのを都子ちゃんに笑われつつ帰宅すると、父もちょうど帰ってきたばかりのところだった。

 父のいない間のことを報告するためか、茜さんと城崎さんもいる。


「おう、芽生、都子ちゃん、お帰り」

「ただいま戻りました」


 都子ちゃんが挨拶する脇を無言で駆け抜けて、私はどすっと父の腹に頭突きしてから抱きついた。


「ぐっ、ちょ、芽生痛いって」

「あら、芽生ちゃん、乱暴は駄目よ」


 両親に注意されても私は黙って父の腹に抱きついたまま。

 父にはそれだけで私の言いたいことが充分に伝わったようだった。


「ああ、そうか。芽生は気づいちゃったのか……。――ひとりでしんどかっただろう」


 父は私の頭を撫でると、大事な話があると母に告げた。

 皆にもソファに座るように言ってから、私をお腹にくっつけたままでひとり掛けのソファに座った。

 さすがに高校生にもなって父の膝の上に座るのは恥ずかしいので、ひとり掛けのソファの隙間に無理矢理お尻を押し込み、父にぺたっとくっつく。


「まずは感謝を。城崎君、茜さん、そして都子ちゃんも、俺の女神と天使を守ってくれてありがとう。本当に助かった」

「いやいや、界太先生のお役に立てるならなんでもしますよ」

「親戚なんだし、これぐらい当然です」

「私はただうろうろしていただけでなにも……」

「いてくれただけで充分だ。芽生も心強かっただろう?」

「うん。凄く心強かった」


 黒いものが来た時はもちろんのこと、去った後も都子ちゃんの存在は凄く心強かった。

 都子ちゃんがぺしゃんこの私を気遣って心配そうに話しかけてくれる度に、私のことを好きでいてくれる人がいるんだと実感できて、地にめり込みそうになっていた気持ちが少し浮上したから……。


 今までいつも私は辛いことがあると両親の懐で慰められていた。

 でも今は他にも選択肢がある。

 それはとても幸せなことだと思った。


 私はピョコンと立ち上がり、都子ちゃんの隣りに移動してストンとすわった。


「都子ちゃん、一緒にいてくれてありがとね」


 えへへっと照れ笑いすると、都子ちゃんは一瞬不思議そうな顔をしたが「どういたしまして」と応じてくれた。

 私が離れて少し寂しそうな顔をしていた父は、こほんと咳払いしてから「さて」と話しはじめる。


「また現れたという生き霊の件だが、正体がわかった」

「案外早かったですね。身近な人だったんですか?」


 城崎さんの問いに、父は神妙な顔で頷く。


「俺のおふくろだ」

「え?」

「孝俊さん、本当に?」

「間違いない。家族会議の最中に倒れたんだ。ちょうど、この家で生き霊が出た時間帯だった。それに、芽生も気づいていたようだ」

「芽生ちゃん、そうなの?」

「……うん。澱みが散った時、ほんの一瞬だけ見えたの。あれは間違いなくお祖母ちゃんだった」


 ぼやけていたし、実体じゃなかったせいか顔がかなり歪んでいた。

 それでも私には、一瞬でそれが祖母だとわかった。

 目からの情報だけじゃなく、感覚でそう確信してしまった。


「……そんな」


 母は酷くショックを受けているようで、そのまま二の句が継げずに黙り込んでしまう。


 すったもんだあった両親の結婚だが、主に反対していたのは祖父と一部の親戚達で、祖母や次晴叔父さんは祝福してくれていると思っていたからだ。

 特に祖母は私達にも優しくて、祖父に隠れてこっそり帰省する度に、いつもにこにこ笑って会いに来てくれていた。観劇を装って東京のこの家にも何度か遊びに来てくれたこともあったのだ。


 それなのに、まさか無意識で生き霊を放ってしまうほどに嫌われていたとは……。


 祖母はあの笑顔の裏で、父を奪った母や私のことを憎んでいたのだろうか?

 澱みを産み出してしまうほど、ずっと疎ましいと思われていたんだろうか?


 そんな疑問ばかりが頭の中をぐるぐるして、ここ数日辛くて辛くてしかたなかった。


 ぼっちだった頃、学校で悪い噂を流されたり怯えられたりしても平気だったのは、彼らのことを私がなんとも思っていなかったからだ。

 でも、今回のこれは違う。

 大好きな人に嫌われていたと知って平気ではいられなかった。


「お祖母ちゃん、私達のことずっと嫌いだったのかなぁ」


 ぼそっと呟くと、父は深く溜め息をついてから「わからん」と呟いた。


「俺としては、むしろ好いていてくれてると思ってたんだがなぁ」

「私も好かれてると思ってた」


 ふたりして溜め息をついてると、城崎さんが「ちょっといいですか」と声を上げた。


「あの夜、皆が寝静まった後に、ここの空気を読んでみたんです」


 城崎さんには、サイコメトリーのような、場に残る残留思念のようなものを読み取る力がある。

 その力を使って生き霊を撃退した後の部屋の空気を読んでみたら、前回とは違ったところがあったのだという。


「前回は邪気の残り香のような、恨みや憎しみといった不愉快な感情ばかりが残ってました。でも今回は、寂しいという感情が強く残ってたんです」

「どういうことだ?」

「たぶん、茜の力で完全に邪気を祓ったことで、(コア)になっていた生き霊そのものの感情だけが残ったんだと思います」

「生き霊そのもの? 澱み……邪気と生き霊は別ものなの?」


 私の質問に城崎さんは困った風に首を傾げた。


「前に話したと思うけど、邪気は(コア)を得て寄り集まって、完全に融合すると悪霊とか怨霊とか言われるものになるんだ。今回現れたあの黒いものは、中にお祖母さんの生き霊という(コア)を内包した邪気の固まりだった」

「じゃあ、お祖母ちゃんが澱みを発生させてるわけじゃないんだね?」


 ――芽生ちゃんと一緒に暮らせたら、きっと楽しいでしょうね。


 祖母は私に会うたびにそんな風に言ってくれた。

 あれが社交辞令とかではなく本心からの言葉だったのだとしたら、祖母の生き霊が寂しがっている理由もわかる。


 祖父が倒れて入院したことで、現在祖母は大きな家にひとり暮らしをしている。

 その寂しさと、祖父の病状に対する不安が高じたことで、私達一家と共に暮らしたいという執着になり生き霊を発生させた可能性があるからだ。

 もしそうなら、祖母の孤独を解消するように動けば良いだけの話だ。


 だが、残念ながら城崎さんは頷いてくれなかった。


「いや、そこはわからないんだ」


 可能性は二つ。

 ひとつは、あの邪気が祖母本人から出たものであること。

 もうひとつは、父によって侵入を阻まれている間に、祖母の生き霊が周囲にある邪気の(コア)になってしまったのかもしれないということ。

 どちらであるか、城崎さんには判断がつかないのだそうだ。


 都子ちゃんの事件や、あの可哀想な子猫の事件なんかで、ここ最近の私達の周囲には濃い澱みが存在していたはずだ。

 それらが、ただ寂しがってこの家にやってきた祖母の生き霊に寄り集まっていった可能性だってある。


「だったら、私がお祖母ちゃんに会いに行くよ!」


 はい、と手をあげた私を見て、父が嬉しそうな顔になる。


「行ってくれるのか?」

「うん。澱みは映像には映らないから、自分の目で確かめなくちゃいけないし……。それに、元々行こうと思ってたんだ」


 たとえ祖母が私を嫌いだったのだとしても、私は祖母が大好きだ。

 だからこそ、もしも祖母が澱みを発生させるほどの憎しみや妬みを心の中に溜め込み続けているのだとしたら放ってはおけない。


 今まで私が出会ってきた澱みを発生せる人達は、みんな警察沙汰を起こしている。祖母がそんな風になってしまう前に、なんとかして澱みから解放したかった。


「それだったら私が行こうか? 私なら邪気を祓うことができるわよ」


 茜さんが申し出てくれたが、父は頷かなかった。


「それも考えてはいたんだが、まず先に家族だけでおふくろに会いに行くよ」


 邪気だけを祓っても、心の中にある暗い感情がそのままならばいずれまた邪気は発生してしまう。

 だから先に、祖母の心の中にわだかまっている問題を明らかにしておきたいのだと父は言う。


「その後で邪気を祓って欲しい。はっきりしたら仕事としてふたりに依頼するよ。その時は受けてもらえるかな?」

「もちろんです」

「私も」


 城崎さんと茜さんが力強く頷くのを見て、父はありがとうと頭を下げた。

 そして、さっきからずっと黙ったままの母に目を向ける。


「今回の家族会議で、俺の勘当は解除されたよ」

「本当に?」

「ああ。さすがに親父も病気をして気が弱くなったらしい。芽生に会いたいと言ってたよ。次晴のところは男ばっかりだから、女の孫に飢えてるんんじゃないか」


 その場で父は、遺産相続の権利は放棄すると宣言してきたのだそうだ。

 祖父は、元から父に遺産をやるつもりはなかったが孫になら少しぐらいはやってもいいと、私に少しだけ生前贈与をするつもりになっているのだとか。


「私に?」

「ああ。成人式の振り袖代程度らしいから、遠慮なく受け取っておけ。もちろん成人するまではこっちで管理するぞ」

「うん。よろしく」

「まかせとけ。――そう言うわけで、一度近いうちに家族で帰省したいと思ってる。今年は墓参りにも行ってないしな。来てくれるか?」


 父に聞かれた母は、少し考え込んでから、小さく頷いた。


「行くわ。もしもお義母さんが私達のせいで心を病んでしまっているのなら、知らないふりはできないもの。それに、やっぱり一度ぐらいはお義父さんにも挨拶しておきたいし……。興奮して身体に悪いようなら遠慮するけど」

「そこは後で本人にお伺いをたててみるよ。夕香や芽生に嫌な思いは絶対にさせないから」

「そう。じゃあお願いします」


 こうして、わが家の少し遅い帰省は決定したのだった。

読んでいただきありがとうございます。


次話は、準備と二度目のプレゼント。

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