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這いずるもの再び 2

「それじゃ行ってくる」


 後ろ髪を引かれる風情で父が出かけるのと同時に、来客があるからと山内さんも城崎さんの車で送られて帰って行った。


「さて、じゃあ城崎さんが戻ってくるまでに、皆で夕飯の支度をしましょうか。なにが食べたい?」

「ハンバーグかキーマカレー?」

「芽生ちゃん、それみじん切りがしたいだけでしょう」


 ばれたか。

 最近の私は包丁使いが様になり、上手だと誉められるようになっていて、すっかり調子にのって色んなものを切りまくっていた。

 フードプロセッサーならあっという間に刻み終わるという都子ちゃんの意見はあえて聞かないことにしている。


「あの……もしよかったら、カレーを作ってもらえませんか?」

「え、茜さんカレー作れないの? 私でも作れるのに~」

「うるさい。市販のルーを使えば作れるわよ。あたしが作って欲しいのは夕香さんのカレーなの」


 父は漫画のあとがきで、母のオリジナルブレンドのスパイスを使ったカレーは至上の味だと何度か書いたことがある。

 父の漫画のファンである城崎さんが、それを読んで一度でいいから食べてみたいと言っていたのを茜さんは覚えていたらしい。


「ふ~ん、城崎さんの為かぁ。――痛っ!」


 思わずニヤニヤすると、茜さんから容赦ない肘打ちをくらった。


「芽生ちゃん、からかわないの。――いいわよ。今日はカレーにしましょう。スパイスの配合も後で教えるわね」

「ありがとうございます!」


 というわけで今日の夕ご飯はカレーに決まった。肉好きの茜さんの為に唐揚げもたっぷり作る予定だ。

 父好みに配合されたカレーはかなり辛いから、辛さを和らげるためにポテトサラダとラッシーも作る。

 女四人、賑やかにキッチンで作業するのは凄く楽しい。


 カレーに使う野菜をカットしながら、急に父が田舎に帰ることになった事情を聞いた。


「お祖父ちゃんね、かなり元気になったのよ」


 右半身、特に下半身に重度の麻痺が残っていて、呂律もあまり回っていないようだが、それでも意識ははっきりしていて日々リハビリを頑張っているのだそうだ。

 だが、祖父自身が医師なだけに、いつまた倒れるかわからない状況だということも自覚していた。


「それで遺言状を作成するって言い出したんですって」


 税金対策の生前贈与は少しずつ行っていたし、口頭での遺言はしていたようなのだが、この際だからとしっかり書面にして残すことにしたのだそうだ。

 その話し合いの為に、おもだった親戚一同が呼び寄せられているらしい。


「絶縁されたお父さんには関係ないんじゃないの?」


 それに遺言状を作成するのに親戚一同集めるなんておかしな話だ。

 祖父がひとりで勝手に書けばいいだけなのに。


「口では絶縁だと言っていても、やっぱり親子ですもの。病気で気弱になって、仲直りする機会が欲しかったのかもしれないわよ」

「ふ~ん。……仲直りしてくれたらいいな。そのほうが、お墓参りにもこっそり行かなくてよくなるし、お祖母ちゃんや叔父さん達とも会いやすくなるもんね」

「そうね。気兼ねなく行き来できるのが一番よね」

「うん」


 縁を切ったと言いながらも、祖父が倒れたと聞けば父はすぐに駆けつけるのだ。考え方、生き方が違っていただけで、心から嫌い合っているわけじゃないのだろう。

 この際どうしても同調できない部分は棚上げにして、表向きだけでもつき合いを再開できればいいなと私は考えていた。


 その後、皆で母からスパイスの扱い方を学んだりしつつ、無事夕食は出来上がった。


「おおっ、これが界太先生のオリジナルスパイスカレーか」


 城崎さんは父好みの超辛いカレーに大喜び。


「レシピ聞いたから、これからはいつでも作れるよ」と茜さんが言うと、「でかした」とまた大喜び。


「いつも一緒に夕ご飯食べてるの?」


 なんとなく気になって聞いたら、「まあね」と茜さんは耳を赤くして、「茜は料理上手だから少し太ったよ」と城崎さんはにこにこしていた。

 ほうほうへえへえとにやにやしていたら、久しぶりに母から「めっ」と叱られて、都子ちゃんからはカレーだけをすくったスプーンを無理矢理口に突っ込まれた。イジメだ。酷い。


 辛すぎるカレーにひーひー言いながら食べ終わった時には、汗だくになっていた。

 ヨーグルトと牛乳とカルピスを使って作った自家製ラッシーを飲んで舌を慰めながら、なんとなく避けていた話題に触れてみた。


「何時ぐらいに来ると思う?」

「前回は、夕食後でトランプで遊んでいた時に来たのよね」

「そうね。……たぶん、九時過ぎぐらいだったと思うわ」

「最初に気づいたのは、ぴーちゃんだったよね。――ぴーちゃん、黒いものが来たら教えてね」


 ソファにのびのび寝転がっているぴーちゃんを皆で一斉に見た。

 ぴーちゃんは、わかってるわよと答えるかのように尻尾をパタンと大きくふる。


「何事もなく過ぎればいいんだけど……」

「ねえ、都子ちゃん。今晩だけ、お父さんのところにお泊まりしない?」


 不安そうにぴーちゃんを眺めていた都子ちゃんに母が言う。


「すぐにでも暮らせるように向こうの部屋も整えてあるんでしょう? 安全の為にも、都子ちゃんは避難したほうがいいと思うの」

「そっか。そだよね。都子ちゃん、そうしたほうがいいよ」

「だったら、芽生ちゃんも一緒に……」

「それは駄目だよ。山内さんも言ってたじゃない。生き霊は、私かお母さんを狙ってるんだって。だから私とお母さんはここから離れられないよ」

「だったら、私もここにいるわ」


 都子ちゃんはきっぱりそう言った。


「私が一番大変だったときに助けてくれたのは芽生ちゃんよ。今度は私の番。と言っても、残念ながらなにもできないんだけどね」

「そうでもないわよ。芽生ちゃんを守りたいって願う都子ちゃんの気持ちを、私なら神気へと変換してあげられるから」


 茜さんは得意気な顔になった。


「どういうこと?」

「これを使うのよ」


 茜さんは部屋の隅に置いてあったバッグから、二十センチぐらいの小刀を取り出した。

 螺鈿で細やかな装飾が施されたとても綺麗な小刀だ。


「まあ、なんて綺麗なのかしら」

「山内さんの神社に奉納された御神刀なんだそうです」

「御神刀? これで黒いものを追っ払うの?」

「そうよ。この御神刀を媒介にすれば、芽生ちゃんが無意識でやったことを意識してできるようになるのよ」


 周囲にある光――神気の卵を御神刀に集めることで力を増幅して、邪気を祓うことができるのだと茜さんが言う。

 実際に、山内さんのところに来た人の悪霊を祓ってみたこともあるのだと。


「だからね。都子ちゃんみたいに強い神気の卵を発する人が側にいたほうが、私が使える力も大きくなるのよ」

「凄い! 凄いね! 茜さんかっこいー!」

「そう? ふふん」


 つるペタの胸をはって堂々と威張る茜さんは本当に嬉しそうだ。

 その気持ちが私にはよく分かる。

 私達にとって、この力は生きる上での障害でしかなかった。

 見える光は綺麗だけど、ただそれだけ。人には見えないものを見てしまうリスクのほうが大きい。

 澱みだって見えるだけで対処できない。できるのは避けることぐらい。見えているのになにもできない無力な自分が嫌になってばかりいた。

 そんな私達にとって、この御神刀の存在は朗報だ。

 見えている光を自分の力に変えてふるうことができるのだから……。


「ねえ茜さん、御神刀に触ってもいい?」

「いいわよ。刃には気をつけてね。潰してないから」

「はい」


 両手で受け取り、そっと鞘を抜いてみた。

 とても綺麗に手入れされていて、刃はきらきらと銀色に光っている。刀身には梵字のようなものが彫られていた。

 鞘の装飾も刃の美しさも、まさに御神刀という雰囲気なのだが……。


「なにも感じない」


 この御神刀が私達の力を変換することができるというのなら、触れればなにかその力の片鱗のようなものを感じることができるのではと思ったのだが、生憎なにも感じなかった。


「そう? 私は、うっすら波動のようなものを感じるけど」

「えー、私全然感じないよ。なんでだろ?」

「修業をしてないからじゃない?」


 茜さんは城崎さんの助手をするようになってから、頻繁に山内さんの神社に通って色々な修業をしてきていたのだそうだ。


「修業って、どんなの?」

「瞑想とか、身体に気を巡らせる訓練とか。オーラや霊を見る訓練もまだ続けてるのよ」

「そっか……。御神刀があっても、一朝一夕に使える力じゃないんだね」


 うまい話はそうそう転がっていないようだ。


「大丈夫。私にまかせておいて。ちゃんと芽生ちゃん達を守ってあげるから」

「うん。よろしくお願いします」


 茜さんの頼もしい言葉に私はぺこりと頭を下げた。



 夕食の後片づけを終えた後、私と都子ちゃんはリビングで宿題や予習にいそしんだ。

 城崎さんは茜さんと一緒に玄関とリビングに特殊なカメラをセットして、黒いものを記録する気満々のようだった。

 時計が十時を回っても、黒いものは現れなかった。


「今晩は出ないのかも……」

「明日もあるから、とりあえず寝る準備をしましょうか? 芽生ちゃん達も交代でお風呂に入って」

「はーい。ねえねえ、茜さん私の部屋で寝るよね?」

「あたしは翔平と一緒にここで寝ずの番よ」

「えーそうなの。だったら私も」

「芽生ちゃん、それは駄目よ。明日も学校なんだから、芽生ちゃんと都子ちゃんは普通通りに寝ること」

「はーい」


 母に言われて、私は渋々頷いた。


「じゃあ、都子ちゃん一緒に寝よ」

「そうね。今日はそうしようかな」


 どうせならお風呂も一緒に入っちゃおうかと話していた時、寝そべっていたぴーちゃんがむくりと起き上がった。


「ぴーちゃん?」

「にゃ」


 ぴーちゃんは小さく返事をすると、ごんっと私の足に頭突きしてから玄関に通じる扉に向かって、ふーっと威嚇した。


「来たぞ。茜!」

「はい」


 茜さんが御神刀を手にしたのを確認してから、城崎さんはカメラを手に玄関に通じる扉を開けた。


 その先にはまっすぐ玄関に通じる廊下、突き当たりの玄関の扉には山内さんが貼っていってくれたお札が見える。

 そのお札が、私達が見ている前で、じわじわと端から黒ずんでいく。


 そして、それは姿を現した。

読んでくださってありがとうございます。


あけましておめでとうございます。

2020年もどうぞよろしくお願いします。


次話は、正体。

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