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戦いのこと 2

 けっきょく都子ちゃんの不安は半分的中して半分外れた。


「こんなこと子供に言うべきじゃないかもしれないが、今さら隠し事はしたくないから」


 話し合いを終え、その報告に家を訪れた孝おじさんがためらいながら話してくれたのだが、都子ちゃんの母親は本当に孝おじさんに復縁を求めてきたらしい。


 ――どんな手段を使ってでも、あの男に訴えを取り下げさせなさい。


 都子ちゃんの祖母からそんな風に命じられてきたのだと自分から白状して、同行してきた弁護士を慌てさせてから、孝おじさんともう一度やり直したいと言い出したのだそうだ。


 母親という支配者から逃げ出したい。もう一度やりなおしたい。()()()……と。


「結婚したときもそうだった。母親の支配から助け出して欲しいと言われたんだ」


 それで、かつての孝おじさんは都子ちゃんの母親との結婚を決意した。

 だが、その結果がこの現状だ。

 彼女は捨てたはずの母親と豊かな生活を忘れられず、助けようとして繋いだ孝おじさんの手を振り切って元の場所に戻ってしまった。


「また同じ事を繰り返す気はないと断ったよ。俺の両手は娘を守るためにある。これ以上は抱えきれないって」

「パパ、それでいいの?」


 父親がそこまではっきり母親を拒否するとは思っていなかったのだろう。都子ちゃんはびっくりしていた。


「もちろんだ。パパは、都子のパパなんだから。ただ、怒られるかもしれないが……」


 もしも本気でやり直したいと思ってくれるなら、自力で母親の元から離れて、自分の意志で訪ねてきて欲しい。それならばきっともう一度やりなおせる。

 孝おじさんは、彼女にそう告げてきたそうだ。


「ママ、来るかな?」

「……無理だろうな。母親に言われたからと言って、娘を取引相手の生け贄に捧げることを黙認したぐらいだ。もう自分の意志で動く気力なんて残ってないんだろう」


 だからこそ、助け出してくれる人を求めた。

 少し可哀想な気もするけど、今まで何度かチャンスがあったのにそれを摑みきれなかったのは彼女自身だ。

 そして都子ちゃんにとって加害者である以上、孝おじさんは彼女を許容してあげることができない。


「カウンセリングとかに通ってみたら効果ないかな?」


 私が出しゃばることじゃないとわかっていたけど、黙っていられなくてついそんな提案が口から零れた。


「若い頃に何度か連れて行ったことがあるんだよ。それでも駄目だったんだ。自分の中にある理不尽や矛盾と戦うことができない弱い人なんだよ」

「パパ、違うわ。ママは弱いんじゃない。最初から戦う気がないのよ」


 都子ちゃんがはっきり言う。


 都子ちゃん自身も、小さな頃から母親の理不尽な言動に振り回され洗脳されるように育てられてきた。それでもなんとか歪まずに、辛い状況でもひとりで戦ってきたのだ。

 皆それを知ってるから、誰も反論しなかった。



 都子ちゃんの母親のスタンドプレーによって作戦が崩壊したのだろう。田宮家の弁護士は、もはやこれまでとあっさり白旗をあげて話し合いに応じてくれたそうだ。

 都子ちゃんの祖母の罪を表に出さない代わりに、都子ちゃんの親権を孝おじさんに譲ることが決められた。実際にそれを決定するのは裁判所なので、法的に確定するまではまだしばらくかかるそうだ。

 フライング気味に父親と一緒に暮らすことで、田宮家から変ないちゃもんをつけられるのも面倒なので、親権の移動が確定するまではまだ家で都子ちゃんと一緒に暮らせる。


 こうして、都子ちゃんの戦いは大勝利で終わったのだった。が……。




「どうした? また寂しくなっちゃったか」


 都子ちゃんがお風呂に入っている間、私はソファでちびちびウイスキーを飲む父の隣りに座り、ぺとっとくっついていた。

 ちなみに母は家中の植物達におやすみの挨拶に行っている。


「それは平気。まだ一月ぐらい一緒にいられるみたいだし……。ただ、なんかすっきりしないなぁって思って……」


 都子ちゃんの親権問題は、私にとって一大イベントだった。

 勝利したら、やったーっと諸手を挙げて皆で大喜びするんだろうなと思っていたのに、現実は違った。

 都子ちゃんも孝おじさんも嬉しそうではあるものの手放しで喜ぶという程ではなかったのだ。

 たぶん、都子ちゃんの母親のことがあったせいだ。


 これから孝おじさんは、いつか彼女が戻ってくるかもしれないと、ずっと待ち続けるのだろう。

 そして母親に不信感を抱いている都子ちゃんは、その日が来るのをずっと警戒し続ける。


 そんな風に、ふたりの間に残るもやもやがどうにも気になってしかたない。

 私がぼそぼそと自分の気持ちをなんとか説明すると、父は「そんなもんだよ」と苦笑して言った。


「お父さんも昔、本気でお母さんの実家を潰してやろうと思ったことがあったよ。そのほうがお母さんの為になるって。でもお母さんはそれを望まなかった」


 虐げられても、酷い目に遭わされても、それでも家族だからどうしても切り捨てることはできないと、若い頃の母は苦しんでいたのだそうだ。


「だから絶縁することにした。とりあえず目の前から消えてくれれば、わが家は穏やかに暮らせるから、それでいいかって……。まあ、俺的には妥協したわけだ」

「ベストじゃなくベターなんだね」

「そうだ。俺自身、親父と距離を取ってるからなぁ。近い間柄だからこそ遠慮がなくなって諍いがそりゃもうエグいものになるし、情があるから縁を完全に絶ちきることもなかなかできない」

「……なんか、もやもやする」

「そうだな。どんなものであれ、人間関係はそう簡単に割り切れるもんじゃない。そのもやもやとのつき合い方を、芽生もそろそろ覚えていかないとな」

「うん」


 くしゃくしゃっと髪の毛を撫でられて、私は素直に頷いた。



 都子ちゃんという友達ができたことで私の人間関係は広がった。

 美結達という友達も増え、クラスメイト達ともそれなりに仲良くなれたけど、弥生ちゃんみたいにいまだに私を敵視する人もいる。そして大事な友達を傷つける人もいた。

 人間関係が広がるぶんだけ、いいことも悪いことも増えていく。

 なにもできない自分が歯痒かったり、理不尽に怒ったり……。


 かつて小説の中で似たようなシチュエーションを読んだこともあったけど、生死に関わるよう問題じゃないから、ただの賑やかしのエピソードだとけっこうさらりと読み飛ばしていた。

 実際に体験してみると、このもやもやはけっこうくる。

 もやもやとつかみ所がないのに、積み重なるとずしっと心に重くのしかかってくるようで息苦しくて……。


 それら全てが、優しい大人達ばかりに囲まれて生きていた頃には知らなかったことばかり。


 リアルに体験することに対応しきれていない私はまだまだ修業が足りていないようだ。




 次の日、学校に行くと、またひとつもやもやが増えた。


「昨日、島村さんが逮捕されたんだって……」


 島村さんは、甘味処ほしのを経営する咲希ちゃんの父親を詐欺にかけようとしていた人だ。そして、あの可哀想な子猫を虐待して死なせた人。

 だから逮捕されたのは喜ぶべきことなのに、咲希ちゃんはすっきりしない顔をしていた。


「なにか問題でもあったの?」


 心配になって聞くと、「大ありよ」と眉間に皺をよせる。


「うちの父ったら、いつから差し入れができるようになりますかって拘置所に電話入れて聞いてるのよ。ばっかみたい」

「ああ……そうなんだ」


 咲希ちゃんの父親にとって、島村さんは子供の頃からの親友だ。

 騙されかけたのだと知っても、どうしても切り捨てることはできないのだろう。

 きっと、島村さんが心を入れ替えてやり直してくれるのを期待しているのだ。


「咲希はどうするの?」


 ぷりぷり怒ってる咲希ちゃんに都子ちゃんが質問する。


「邪魔する? 協力するよ?」


 私も聞くと、咲希ちゃんは「邪魔なんてしないわよ」と肩をすくめた。


「酷いコトされても親友だと思ってるんだから、もうどうしようもないじゃない。……私だって、親から友達のことに口出しされたら腹が立つしさ。私にできるのは見張ることだけよ」


 父親が島村さん絡みのトラブルに巻きこまれないよう、島村さんの口車に乗せられないよう、ずっと見張ると咲希ちゃんが言う。


 この見張るは、たぶん見守るってことなんだろう。


 島村さんの一件で咲希ちゃんはかなり辛い思いをしたはずだ。

 両親共に島村さんの口車に乗せられそうになっているのを止めようとしたり、島村さんの罪が明らかになってからも頑なに警察に島村さんのことを話そうとしない父親と口喧嘩になったり……。


 怒って、もう知らないとそっぽ向いてもおかしくないのに、それでも咲希ちゃんは父親の気持ちを思いやってあげている。


 諦観しているわけではなく許容しているのとも違う。

 駄目なものは駄目だという覚悟をもって、父親の行動を許し、ただ見守ろうとしている。


 きっとこれも、もやもやの解消法のひとつなんだろう。

 だが衝動にかられるまま動く私にはとても真似できそうにない。


「咲希ちゃんって優しいね」

「そうね」

「はあ? なに言ってんの?」


 私と都子ちゃんがしみじみ感心すると、咲希ちゃんは耳を赤くした。

 そして、周囲に私と都子ちゃんしかいないことを確認してから小さな声で言う。


「……たださ、ちょっと気になることがあって……」

「なに?」

「邪気のこと……。あれって、島村さんから祓うことって出来ないの?」

「あー、無理。取り憑かれてるんじゃなくて、島村さん自身が出してるものだから……」

「そう……。じゃあ心を入れ替えたら消えるの?」

「わかんない」


 自ら邪気を発生させる人は、たいてい罪を犯して警察に捕まるか、どこか遠くに逃げて行ってしまう。

 その後のことは私にはわかりようがない。


 私がそう説明すると、咲希ちゃんは溜め息をついた。


「うちの父に悪影響がないんならいいんだけどさ」

「警察に捕まってる間は、直接接触することもないんだから大丈夫なんじゃない?」

「そうね」

「……邪気って太陽の光や塩だけじゃなく、水晶やお香でも祓えるのよね?」


 都子ちゃんの質問に、「そだよ」と私は頷いた。


「お経はどうかしら?」

「効果あると思う」


 ごっちゃにすると怒られるかもしれないけど、茜さんがいうには神社の祝詞だって効果があるらしいからきっと同じことだろう。


「それなら、刑務所に入ってる間にお経をずっと唱えてたら効果ないかしら?」

「……四六時中念仏唱えてたら、受刑者仲間に嫌われそう」


 咲希ちゃんが嫌そうな顔をした。


「だよねー。せめて写経にしとこうよ。邪気を発生させるのって心の問題だし、心の中で唱えるだけでも効果あるかもよ」

「あー、じゃあ、父に写経グッズを差し入れするように言っとくわ。取り調べだ裁判だで、差し入れなんて当分できないだろうけど……」


 それでも、咲希ちゃんの父親は絶対に島村さんを見捨てない。

 いずれは、そのチャンスも訪れるだろう。


「お父さんの為にも、少しでも効果が出るといいね」


 私が言うと、「まあね。……とはいえ、私にはなんの関係もない話だけど」と咲希ちゃんが照れ臭そうにそっぽを向いた。

読んでいただきありがとうございます。


年末年始は更新が途絶えるかもしれません。

よろしくお願いします。


次話は、這いずるもの再び。

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