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戦いのこと 1

 田宮家に対して最後の警告を発すると言っても、その書類を作る為の時間がいるし、内容証明郵便を出すのに手間もかかる。そして受け取った先方から返事が来るまでにも時間がかかるわけで……。


 よし、最終決戦だ! と拳を握りしめたものの、振りおろすことなく私達はいつも通りの生活を送っていた。





「杏ちゃん、荷物持つよ」


 選択授業に向かう際、私は杏ちゃんから荷物を奪い取った。


「これぐらい平気なのに」

「いいからいいから」


 杏ちゃんの腕はギブスなどで固定する程ではないが、保護するために三角巾を使っている。

 まだ打ち身も痛むようだし手助けできることは積極的に手を出すつもりでいる。というか、友達のお世話ができるのが楽しくてしかたない。


「杏ちゃんと美結っていつも一緒っぽいイメージだから、選択科目が別々ってなんか変な感じ」

「高校入学した当時は美結に避けられていたから、相談できる状況じゃなかったのよ」

「あ、そっか」


 都子ちゃんとの一件があるまで、美結は杏ちゃんとも仲違いしてて、派手目な子達とつるんでいたんだったっけ。

 すっかり今の状況に馴染んでしまっていて、ちょっと前までのことを忘れてしまっていた。


「相談してても私は油絵を選んだと思うけどね。入学前から、油絵コースをとるつもりだったから」

「私もそうだよ」

「お揃いね」


 ふふふっとふたりで顔を合わせて笑い会う。

 杏ちゃんと一緒だと、いつもよりのんびり穏やかな時間が流れてるような気がする。


 ちなみに都子ちゃんは書道で美結は声楽、咲希ちゃんは木工と他の皆はバラバラのコースを選んでいる。

 書道と声楽が特に人気のコースで、木工と楽器がその次、油絵は一番人気がない。

 楽器や木工等は学校側から道具を貸与されるけど、油絵の場合は道具一式揃えなければならないからハードルが高いのかもしれない。

 キャンバスとか絵の具とか、描き続けていると地味にお金もかかるし……。


「杏ちゃん、夏休みの宿題って何号にした?」

「6号よ。ちょっと張り切り過ぎちゃって……」


 6号で張り切りすぎたことになるのか。

 だったら15号の絵を描いた私は、ハッスルしすぎたってところか。


「芽生ちゃんは?」

「……15号」

「うわ、頑張ったねー」

「うん。ぴーちゃんをなるたけリアルに描こうと思って、等身大のサイズにしちゃったから。杏ちゃんはなにを描いたの?」

「美結よ。最初はうちの庭を描こうと思ってたんだけど、あたしをモデルにしろってうるさくて」

「美結って……」


 モデルにしろと自分から言えるメンタルが凄い。

 見習いたくはないけれど、その図太さはちょっと尊敬する。


「杏ちゃんと美結はいつから友達なの?」

「小学校からよ。今年で十年目」

「十年か……。そんなに長い友達がいるなんていいなぁ」


 私は友達ができてまだ一年も経っていない。

 羨ましがっていると、杏ちゃんに笑われた。


「いいなぁって。十年後には芽生ちゃんともそうなるのよ?」

「……そっか」


 十年経っても友達でいてくれるのか。

 ひょんなことで繋がったこの友達との縁が途切れたりしないよう、大事にしていこう。



 話しているうちに美術室についた。

 選択教科は三クラス合同授業なのだが、不人気の油絵コースの生徒は六人しかいない。

 教室内にはもう皆いて、ボードに飾られた夏休みの宿題である油絵を眺めていた。

 というか、なぜか皆私の絵の前にいる。

 やっぱり大きいから目立つのだろうか。


「芽生ちゃんの絵、綺麗!」

「そう? ありがと」

「『春を夢見し』かぁ。タイトルも素敵ね」

「それは都子ちゃんが考えてくれたんだよ。……私は『ぴーちゃん』にしたかったんだけど」

「都子ちゃんのにして正解よ。桜の花びらが印象的な綺麗な絵だもの」

「そっかぁ」


 昼寝するぴーちゃんの周囲に浮かんでいるのは、ぴーちゃんが発生させている薄桃色の光だから、わたし的にはどうもタイトル詐欺っぽい気がしてしょうがない。

 とはいえ、光が見えるのは私だけだから、このピンクの部分が桜の花びらじゃないと説明もできないのだけれど。


 美結の上半身を描いた杏ちゃんの絵は、一風変わったタッチだった。

 睨みつけるようにこっちを見ている美結の目だけが目立っていて、それ以外のところはナイフを多用したのかぼんやりぼやけている。


「これね、テニスをしていたときの美結の顔なの」


 コートを挟んで勝負をしている時の美結が、こんな風に見えていたのだと杏ちゃんが言う。


「目力が凄くてね。忘れないうちに描いておこうと思って……。本人からは不評だったんだけど自分では気に入ってるのよ」


 杏ちゃんはそう言って微笑んだ。




 今日の授業は、次に描くことになる静物画のスケッチをしつつ、ひとりひとり呼び出されての夏休みの宿題の絵の批評だった。


「藤麻のこの絵、丁寧に描いてあって大変よろしい。正直、夏休みの宿題でここまで描き込む生徒がいるとは思わなかったよ」


 私は最高評価のAをいただいた。

 間違いなく他の皆にくらべて何倍も時間を掛けて描いているから、いい評価を貰えて嬉しい。


「この絵、コンクールに応募してもいいか? 藤麻は部活動に入ってないよな。できれば美術部にも入って欲しいんだが」


 一生懸命描いた絵だから、沢山の人から批評してもらえるのならこちらからお願いしたいぐらいだ。

 でも部活動は遠慮しておいた。

 ついこの間までぼっちだった私には、部活動に伴う上下関係とか、まだちょっとハードルが高い。


「絵なら家でも描けるから、わざわざ部活に入らなくてもいいかなって」


 夏休みの間、ほぼ毎日絵筆を取っていたせいか絵を描くのが習慣みたいになってしまって、実は今も母からのリクエストで違う絵を描いている。

 以前父の留守中に這いずってくる黒いものが現れたとき、母を守るために枯れたミニ温室で品種改良中だった薔薇達がモデルだ。

 あれからまた母はミニ温室で品種改良をはじめているが、以前とまったく同じものを作り出せる可能性は低い。

 だから母は、せめてもの思い出にと絵に描いて残したいと思っているようだ。

 それなら写真を飾ったらと私が言ったら、「遺影を飾ってるみたいで悲しくなるから嫌なの」だそうだ。植物と親和性の高い母にとって、彼らは人にも等しい存在なんだろう。

 そんなわけで現在私は、廊下に飾っても圧迫感がないよう小さめのキャンバスに、せっせと薔薇を描いている。ころんと丸いクリーム色の薔薇で、中央がうっすらとオレンジがかっているとても愛らしい薔薇だ。

 そのことを先生に告げると、それなら完成したら見せてくれと言われた。


「持ってくるのが面倒なら写メでもいいから」

「わかりました」


 それならいいかと私は頷いた。






 それからしばらくして、やっと田宮家から返事が来た。

 さすがに内容証明郵便で、返事がなければ児童福祉法違反で警察に通報すると言われては無視できなかったらしい。


「ママが来るの?」

「そうなんだ。向こうも弁護士を連れて、弁護士事務所に来ると言っている。――会いたいか?」

「会いたくない」


 訪ねてきた孝おじさんに、都子ちゃんはきっぱりと首を横に振った。


「ママが変わらない限り会いたいとは思えない。パパが会って確かめてきて」

「わかった」


 神妙に頷いた孝おじさんが帰った後で、都子ちゃんは「あ~あ」とうんざりしたような声を出した。


「どしたの?」

「また元の木阿弥になっちゃうかもね」

「元の木阿弥?」


 元の木阿弥とは、一度いい状態になったものが元通りになること。

 この場合はどういう意味だろう?


「……パパはママが大好きだからね。ママになにか言われたら、きっと私のことなんてどうでもよくなっちゃうわ」


 都子ちゃんは少し投げやりな気分になっているらしい。

 苺ちゃん達も力なくふら~っと下降気味だ。


「そんなことにはならないよ!」


 私は、弱気な都子ちゃんに少しいらっとして強く言った。


「孝おじさん、都子ちゃんに謝ったんでしょ? ちゃんとした親子になりたいって言ってくれたんでしょ? だったら信じなくちゃ」


 まだ都子ちゃんが親子三人で暮らしていた頃、幼い都子ちゃんは母親の心の不安を紛らわすための生け贄になっていた。

 そのことを知りながら見て見ぬ振りをしていたことを、孝おじさんはちゃんと反省したはずなのだ。きっと同じ過ちを繰り返したりしない。


「もしも孝おじさんが間違いそうになったら、都子ちゃんが叱ってあげればいいんだよ。最初から諦めてちゃ駄目。私も一緒に戦うから!」


 拳を握りしめて宣言すると、苺ちゃん達が一斉にぱーっと発生して、くるくるっと勢いよく部屋中を飛び回った。


「そうね、今の私には芽生ちゃんがいるんだもんね。パパとママの間に、ひとりぼっちで挟まれてた頃とはもう違うんだ」

「そだよ」

「芽生ちゃんが一緒なら心強いわ。もしもの時は、私が怖じ気づかないよう、パパに向かって私の背中を押してね」

「わかった。任しといて」


 撤退は許さないと握りしめた私の拳は、またしても振りおろされることなく、おにぎりを握るみたいに都子ちゃんの両手でぎゅっと包まれた。

読んでいただきありがとうございます。


次話は決着。

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