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不思議な現象のこと 2

「や、約束したのに、買って……くれなかった」


 まるで子供のように泣きじゃくる弥生ちゃんは、自分は可哀想なのだと養護教諭にひたすら訴えていた。


 受験に合格したら買ってもらえるはずだったバッグが、高校生が持つには高すぎるとグレードを下げられてしまったこと。一緒に通うはずだった友達が受験に落ちて悲しかったこと。入学式に来た母親が老けて見えて恥ずかしかったこと。そんな母のすぐ側に美形の夫婦がいて羨ましかったこと。そしてその娘である私を狡いと思ったこと。


(狡いって言われても……)


 それは私にどうにかできることじゃないから、そんなこと言われても困る。


 どういう家の子なのか調べてみたら、もっと狡かった。有名漫画家の子で、その伝手でアイドルのコンサートにも行けて狡い。持っているスマホは最新型だし、ハーフっぽい外見も狡い。美容院に行かなくとも、茶髪でくるくるしてる髪も狡い。


 弥生ちゃんはそれ以外にも素っ頓狂な理由で私を羨んでは、狡い狡いと繰り返す。そして最後にやっと、「だから悪い噂を広めてやったの」とはっきり養護教諭の前で白状した。


 その甲斐(?)あって、私がみんなから避けられるようになったので、すごく嬉しかったのだそうだ。

 そして、その直後に彼女は事故に遭った。


「と、友達もできて、楽しくなってきたところだったのに……。だから、きっと藤麻芽生に仕返しされたんだって思って……」


 彼女の言うところの『楽しくなってきた』は、どうやら私のぼっち度の進行具合らしい。

 そんな考え方をする人だからこそ、あの事故が私の仕返しだと思ったんだろう。


 養護教諭に言われるまま部屋の隅の椅子でじっと話を聞いていた私は、自分の目が徐々にチベットスナギツネみたいになっていくのを止められなかった。


「あのね、茂木さん。事故の原因は運転手さんのスマホを見ながらの運転だったってことで決着してるはずよね」

「……そうだけど……それじゃあ困るもの」

「困る?」


 弥生ちゃんはどうしても私を悪者にして、それを皆に吹聴したかったらしい。だから、金の力で故意に事故を起こしたに違いないなんて素っ頓狂な考えを持ちだしてきたのだ。


「あなた、それ、本気で信じてるの?」


 養護教諭の少し強い詰問に、弥生ちゃんはおずおずと首を横に振った。


「だって、久しぶりに教室に行ったら、藤麻芽生が皆と仲良くしてて狡かったから……」


 今は自然解体されてしまったが元クラスカーストトップのグループの中心人物だった美結と、クラス委員の咲希ちゃん、そして地味に目立つ和風美人の都子ちゃんと、教室でも目立っていた三人が私の側にいるのを見て、弥生ちゃんは再び嫉妬の炎を燃やしてしまったらしい。

 そして、一発逆転する為にひねり出したのが、私が親の持つ金の力で故意に事故を起こしたという妄言だった。


「それなら、自分がとても愚かなことを言っている自覚はあるのね?」


 養護教諭の強い詰問に、弥生ちゃんは頷いた。……渋々だったけど。






「それで、結局あいつ謝ったの?」


 教室で私の帰りを待っていてくれた都子ちゃんと咲希ちゃんに聞かれて、私は頷いた。美結と杏ちゃんは後ろ髪を引かれつつ部活動に行ったらしい。


「ちゃんとごめんなさいって言ってくれたよ。……渋々だったけど」

「……渋々なのね」

「うん、渋々」

「芽生ちゃんの変な噂を流した件も認めたのよね?」

「うん」

「だったら、きちんと人前で謝らせたほうがいいんじゃない?」

「う~ん、それは勘弁してあげることにしたんだ」

「なんでよ」

「だって……そんなことしたら、弥生ちゃん学校に来づらくなりそうだし……」

「もう、芽生ちゃんったら……」


 都子ちゃんが呆れた顔で溜め息をついた。


「あの噂のせいで、芽生ちゃんこそ学校に来づらくなってたでしょうに」

「そうだけど……。でもほら、私平気だったし」


 学校ではひとりでも、家に帰れば両親やぴーちゃんがいた。

 自分は可哀想だと弥生ちゃんのように自己憐憫に陥ることもなかった。それに今はちゃんと友達もいる。だからもういいのだ。


「弥生ちゃんが不登校になったりしたら、弥生ちゃんの友達が気に病みそうだし」

「ああ、あの二人か……」

「っていうか、弥生ちゃんに謝らせてもあんまり意味ないような気がするの。皆に寄ってたかって謝らせられた私可哀想って、自分を哀れむだけなんじゃないかな」


 正直言ってバカらしくてつき合いきれないし、面倒臭い。

 だからもういいよと私が言うと、ふたりともしょうがないなぁと納得してくれた。……渋々だったけど。





 微妙に消化不良でもの言いたげな都子ちゃんには、後で両親を交えてもっと詳しく説明するからと待ってとお願いして家に帰った。


 そして夕食後、都子ちゃんがセッティングしてくれたボイスレコーダーを流しつつ、あの場で起きた奇妙な出来事を皆に説明することにした。


『私の父は、お金の力で人を傷つけたりしない。理不尽なことは絶対に許さない人だもん』


 という私の言葉を聞いた父が、娘大好き病を発症して役に立たなくなったりしつつ、『悪いことしたんだから、ちゃんとごめんなさいしてっ‼』と私が叫んだところでレコーダーを止めた。


「ちょうど、この言葉を言った後に光が消えちゃったんだよね」

「パチンって一斉に弾けて消えたの?」

「ううん。ただ消えたの」


 私を中心にして次々に光が消滅していった様を身振り手振りを交えて説明していみた。


「波紋が広がる感じか?」

「そうそう。そんな感じ。でね、その範囲が弥生ちゃんにまで届いたら、弥生ちゃんが急に真顔になっちゃって、その後にいきなり泣き出しちゃったの」


 もう一度レコーダーを進めてその場面の音を聞かせると、弥生ちゃんの急変ぶりに違和感を感じたようで、みんな怪訝そうな顔になった。


「この後は養護教諭の先生が来て相手を変わってくれたから、私はほとんど話してないんだけど、なんか急に素直になっちゃったんだよ」


 まあ、言ってる内容はかなり変だったが……。


 レコーダーを一応最後まで聞かせると、「いきなり毒気が抜けたみたいだな」と父が言った。


「そうね。妙に素直になっちゃった感じね」

「性根は歪んでますけどね」


 ふんっと鼻息が荒い都子ちゃんは、弥生ちゃんにかなりお怒りらしい。


「最後まで光は消えたままだったのか?」

「ううん。先生が来た時にはもうふわふわ飛んでたよ。……あ、そういえば光から黒い靄が消えて、普通にブルーグリーンだった」

「う~ん、これはやっぱりあれか?」

「あれって?」

「夕香は元々神職の家系の出だって教えただろう? そっちの力が関係してるんじゃないのか?」

「わたしもそう思うわ」

「……やっぱり私の仕業なのかなぁ」


 私を中心にして光が消えていったから、なんとなくそんな気はしていた。でも、なにか力を使ったという実感がまったくないせいで、どうにも中途半端な感じだ。


「そういえば、美結を説得したときもこんな感じだったね」

「そうだっけ?」

「うん。美結が急に自分の非を認めだしたじゃない? あの時、少し違和感があったのよ」

「んー、あの時は、美結にくっついていた澱みに皆の光が攻撃して、けっこう薄くなってたから、そのせいじゃないのかなぁ」

「でも澱みって、その程度で薄くなるものなの?」


 都子ちゃんに聞かれて、私はしぶしぶ本当のことを言った。


「……あんまり消えないかも」

「だよね? その表情からして、芽生ちゃんも少し変だと思ってたんでしょう」

「ちょっとだけ……」


 確かに光と澱みは相殺して消えていく。でも、その量は微々たるものだ。

 あの時は、明らかにぶつかっていく光より消えていく澱みの方が多かったから、少し変だなとは思っていたのだ。


「芽生、自分でなにかやってる感覚はあるのか?」

「これっぽっちもないよ」


 だからこそ美結の時も、自分が原因だとは思わなかった。


「その二回以外に、似たようなことは?」

「ない……と思う」

「そうか。その力を使うことで疲れるとか頭痛がするとかリスクがないのなら、特に気にすることもないだろう」


 近いうちに、城崎さんが神職の方を連れてくる予定になってるから、その時に少し相談してみると父が言う。


「とはいっても、光が見えるのは芽生と茜さんだけだからな。俺達じゃ推測しかできないか」

「あ、でも私ひとつだけわかることがあります」


 都子ちゃんが小さく手を上げて言った。


「なんだい?」

「二回とも芽生ちゃんが誰かのために怒ってる時なんです」

「そう?」

「そうよ。芽生ちゃんは基本的に自分のことじゃあんまり怒らないからね」

「けっこうムッとしてると思うけど」


 ぷっと頬を膨らませると、都子ちゃんに「むっとするのと怒るのは違うから」と両手で挟んで頬を潰された。





 そんなこんなで、その翌日から弥生ちゃんは普通に登校してくるようになって、ふたりの友達に喜ばれていた。

 ずっとぼっちだった私からすれば、こんな風に待っていてくれる友達がいるだけで充分に幸せと思うのに、残念ながら弥生ちゃんはその有り難みに気づいていないみたいだ。

 大声で呪いだなんだと言わなくなった弥生ちゃんを、クラスの皆はすんなり受け入れて表面上は普通に過ごしている。でも弥生ちゃんは相変わらず私が狡く見えるようで、たまに怖い目で睨んでくるから困ったものだ。

 今のところは黒い靄が復活する気配もないので、私はとりあえず気づかなかったふりをしている。



 本人に実感のない私の力とやらは、相変わらず訳がわからないままだ。

 でもちょっとした澱みや黒い靄には効果的らしいので、杏ちゃんを苛めている先輩達の黒い靄をなんとかできないだろうかと、意気揚々と都子ちゃんに相談してみたのだが。


「芽生ちゃんには力を使ってる自覚がないんでしょう? どうやってあの先輩達をどうにかするの?」


 と冷静に返されて、ぺしゃんこになった。


「私も茜さんみたいに修業しようかな」

「……修業してその力を自由に使えるようになったら、芽生ちゃん自身が自由じゃなくなっちゃうかもしれないわよ」

「なんで?」

「力があれば使わずにはいられなくなるだろうから」

「そだね。困ってる人がいたら助けたいな」

「それで力が及ばなかったら、きっと芽生ちゃんは落ち込むでしょうね」

「……そだね」


 鋭い指摘に、私はまたぺしゃんこになった。

 力を使えば、その結果が私にもきっと重くのし掛かってくる。

 他の人の目には見えないことだけに、力を使ったその結果を誰かに理解してもらうこともできない。きっと、かなり孤独な行為になる。

 甘ったれな私に耐えられるとは思えなかった。


「私ね、その手の力とか才能みたいな天賦の能力って、自分できちんと理解して制御できなかったら振り回されるばかりで有害だと思うの。おじさんのアシスタントさんに、そういう人いなかった?」

「……いた」


 自分の力量を正確に把握できず、夢に潰されて去っていったお兄さんも確かにいた。


 夢見がちな両親にふわふわと育てられた私には、都子ちゃんの鋭い現実的な視点はなかなかに厳しく、同時に為になる。


「力があればなんでもできるわけじゃないもんね」


 力ではなく、けっきょくは自分の心の在り方の問題なのだ。

 今の私にできるやり方で杏ちゃんを助けたいと私が真剣に考えていると。


「……杏の問題をなんとかしたいのなら、まず本人と話をしようね」


 ありがた迷惑にならないように、と都子ちゃんに鋭い指摘を受けて、私はまたしてもぺしゃんこになったのだった。

読んでいただきありがとうございます。


次話は、報告と急変。

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