不思議な現象のこと 1
私は考えた。
弥生ちゃんにどう対応したらいいのかと、今までにないほどそりゃもう真剣に考えた。
弥生ちゃんがどうしたら教室に戻ってこられるのか。
どうして弥生ちゃんは、頑なに皆の説得に耳を貸そうとしないのか。
頭から蒸気を吹き出しそうなぐらいに考えたが、残念ながら答えはでなかった。
「本人が望んで保健室登校してるんだからほっとけばいいのよ」
都子ちゃんはそう言うが、私はほっとけない。
せっかく和也さんに助言してもらえたのだ。
ちゃんと解決して、助言してくれてありがとうと和也さんに堂々と胸をはって報告したいではないか。……つるぺただけど。
「なるほど、そういう動機ね。そういうことなら、まあ、頑張って」
そして私は都子ちゃんから、実に投げやりな「頑張って」をはじめていただいたのだった。
そして翌日、答えがでないまま学校に行った私は、美結の顔を見てひとつの天恵を得た。
「美結って、以前は私のこと怖がってたよね?」
「そりゃそうよ。呪われたくないもん」
「だよねー」
でも藤麻芽生呪術師疑惑を校内に広めまくった張本人である弥生ちゃんは、私のことを全然怖がってない。
広めている最中はともかくとして、その行為の結果呪われて事故にあったのだと信じているのならば私を怖がるはず。
だから、これはとても奇妙なことのように思える。
私がそのことを指摘すると、都子ちゃんも眉をひそめた。
「それもそうね。考えてみると、本人を目の前にして呪われたって言うのも変な話よね。また呪われるとか思わないのかしら」
「案外本人は呪いなんて信じて無いのかも。芽生ちゃんの中学の噂に尾ひれをつけて広めた犯人だもの。ただ引っ込みがつかなくなってるだけかもよ」
咲希ちゃんの指摘に、それはあるかもと私は納得した。
小学中学と確かに私は、あいつはなにか変だ、奇妙だと、クラスメイト達に避けられてきた。
でも、極端に恐れられることもなかった。
あそこになにか嫌なものがあるけど、触らないでおこうと放置される程度の扱いだ。
なぜなら私は、今まで誰かに危害を加えたことがないからだ。
陰口を言われても強く反論しなかったし、仲間はずれにされても黙ってその扱いを受け入れてきた。
自分が普通とは違うと自覚していたから。
中学時代の私の噂がどんなものか分からないけれど、基本的に無害だということを弥生ちゃんは知っていた。
そして私が人を呪ったりできないだろうと思ってもいるんじゃなかろうか。
だからこそ、今も私を恐れずに強気でいられる。
私がひとりでそんなことを考えていると、黙って皆の話を聞いていた杏ちゃんが恐る恐る口を開いた。
「引っ込みがつかなくなって保健室に閉じこもってるだけなら、謝罪させればいいんじゃないかな。……ほら、美結の時みたいにさ」
「「「ちゃんとごめんなさいしてっ‼」」」
都子ちゃんと美結と咲希ちゃんが一斉に、かつて私が口にした言葉を言ってにやにや笑う。
「あんな奴、『めっ!』って叱ってやったらいいのよ」
「ちょっ、都子ちゃん、しー」
「なによそれ」
「芽生ちゃんね、家ではお母さんにそうやって叱られてるの」
「マジか」
げらげらと美結が笑い、咲希ちゃんは視線をそらし、杏ちゃんは口を押さえている。
私は頬を膨らませて不満を表明して、そういうところが子供っぽいのよと、美結に膨らんだ頬を潰された。
謝らせればいい。
確かにその通りだと思う。ただし、表面上を見れば、の話だ。
弥生ちゃんが保健室に閉じこもる理由は、ただ引っ込みがつかなくなっただけじゃないと思う。
本当にそれだけだったら、光に黒い靄を纏ったりしない。
私に対して、強い悪意や憎しみを抱かずにはいられない理由が確かにあるはずなのだ。
その理由がどうにも思いつかない。
色々考えた末、私は咲希ちゃんに協力してもらって、弥生ちゃんと一対一で話し合える時間を取って欲しいと、昼休みに担任へ訴えてみた。
弥生ちゃんを呪って怪我をさせたと訴えられている私が、こっそり弥生ちゃんとふたりで会うのはまずいような気がしたのだ。
「大丈夫かしら。……茂木さんとは先生も話してみたんだけど、ちょっと思い込みが激しいみたいで、あまり話が通じなかったのよ。藤麻さん相手だと興奮して酷いことを言うかもしれないわ」
「私なら平気です。……酷いこと言われたら、後で皆に慰めてもらうし」
私がそう言うと、付き添ってくれていた咲希ちゃんが「ちゃんと慰めます」とぷぷっと笑いながら言った。
「だったらいいわ。放課後に時間を取るから、保健室に来てね」
「はい、ありがとうございます」
担任に挨拶して教室に戻ると、放課後に話し合うことが決まったと皆に説明した。
その途端、都子ちゃんがむっとする。
「……都子ちゃん?」
私が声を掛けても返事してくれない。困っていると、ちょんちょんと杏ちゃんに肩を突かれた。
「あのね、芽生ちゃんが先に相談してくれなかったのがちょっと寂しかったのかも」
なんと都子ちゃんは、咲希ちゃんとふたりで職員室に行ってしまった私に、ご機嫌を損ねたようだ。
「え、やだ。ほんと?」
それって、すっごく友達っぽくて嬉しい。
うへへっと変な笑い声が出すと、都子ちゃんがずいっと手の平を私に向けた。
「スマホ出して」
素直に「はい」と渡すと、都子ちゃんは勝手に私のスマホを操作しはじめる。「いいの、あれ?」と咲希ちゃんに心配されたが平気だ。
苺ちゃん達はちょっとギザギザとした軌道を取っているが、相変わらず私の髪の毛にくっついてくるし、都子ちゃんが私に悪いことをするわけがないのだから。
「ん」
やがて、ずいっとスマホを返された。
「なにが変わったの?」
「ボイスレコーダーのアプリ入れておいたから。弥生と会うときに起動して」
「わかった。ありがと」
都子ちゃんは、弥生ちゃんの光に黒い靄がまとわりついていることを知っているから、余計に心配してくれてるんだろう。
私は有り難くその心遣いを受け取った。
そして放課後、私はひとりで保健室に行った。
「じゃあ先生は席を外すけど、何かあったらそこの呼び出しボタン押してね」
「はい。ありがとうございます」
私は養護教諭にお礼を言ったが、弥生ちゃんは黙ったまま。夏休み前からずっとお世話になってきたんだろうに、ちょっと感じ悪い。
室内にふたりきりになって、さてどうやって話しかけようかと思っていると、弥生ちゃんから先に声を掛けられた。
「全部わかってるんだからね」
弥生ちゃんが声を上げると同時に、黒い靄を纏った弥生ちゃんの光がコツンコツンと私にぶつかってきた。
痛くはないけど鬱陶しい。不自然に瞬きが多くなるし、つい反応しそうになる手や頭を抑えるのが大変だ。
「なにを?」
「あの事故、あんたが仕組んだんでしょ!」
「事故って……弥生ちゃんの? それはないよ。私、人を呪ったりなんてできないもの」
「そんなこと、わかってるわよ!」
困惑する私に向かって、弥生ちゃんが怒鳴った。
「……やっぱりわかってたんだ。だったらどうして、皆の前で私に呪われただなんて言ったの?」
大声で嘘を吹聴するだなんて、自ら墓穴を掘っているようなものだ。
嘘を本当にする秘策でもあるのだろうか?
「呪われたも同じよ。あんたが金の力で、あの運転手を買収してたんでしょ。それで私を殺そうとしたんだわ」
「買収? ……って、ええ?」
殺す? 私が?
「酷い! 私そんなことしないもん!」
カッと頭に血が昇った。
同時に、興奮するとつい子供っぽい口調がでちゃうなぁと、どこか冷静な自分が頭の隅にいる。
弥生ちゃんがずっと私に敵意を向けていた理由がやっとわかった。
彼女は、自分が悪口を言った報復として、私があの事故を仕組んだのだと信じていたのだ。
呪いではなく、故意の事故だったと……。
ちらっと弥生ちゃんの指の隙間から、膝の上に置いているスマホの画面が見えた。それは私のスマホと同じ画面で、ボイスレコーダーのアプリだ。
こうして直接話すことで、私が彼女にとって都合のいいぼろを出すとでも思ってるんだろうか?
私はなんにも悪いことはしてないのに。
「そんなことできるお金なんて持ってないもの!」
「あんたの親は持ってるでしょ? 有名人の娘だからって、調子に乗ってお高くとまっちゃってさ。お金持ちの子はいいわよね。服だってバッグだって、なんでもすぐ買ってもらえるんでしょ? 親のコネでアイドルのコンサートにも行ったって話、聞いたんだからね」
「私が頼んだわけじゃないもん」
確かに、父がもらってきたコンサートチケットで何度かアイドルグループの公演に足を運んだことがある。かつて、父の漫画がアニメになった時の主題歌を歌ってくれたグループで、節目事の大きなコンサートの時にはいまだにチケットを贈ってくれるのだ。
男女ともに人気の高いグループだから、羨まれるのも分かるが……。
「……もしかして、それで私の悪口を言いふらしたの?」
「悪口じゃないわ。本当のことよ。――変わり者の藤麻芽生。いっつもきょろきょろ見えないものを見てる変な女。藤麻芽生がじいっと観察してる人は、怪我したり不幸になったりする。もしかしたら、あいつが呪ってるのかも……」
「最後のそれ! 嘘ばっかり!」
「嘘なんてついてない。もしかしたらって仄めかしただけよ。信じるも信じないも相手の勝手。もちろん皆、面白いほうに飛びついたけどね」
いい気味、と弥生ちゃんが私をあざ笑う。
どうしてそんな風に人をあざ笑うことができるんだろう?
私には、弥生ちゃんの気持ちが理解できない。
知らぬ間に妬まれて恨まれて、おかしな噂を流されたせいで、私は高校デビューの機会を逃した。
――ずっと……ずっと高校生になるのを楽しみにしてたのに……。
同じ中学から進学する人がいない私立の女子校なら、いちからやり直せるんじゃないかと期待していた。
高校生になったら友達をつくるんだと、ひとりでこっそり挨拶の練習をしていたし、以前はもっと子供っぽかった口調も高校生らしく頑張って修正してみたりもした。
入学したばかりの頃は、挨拶すればみんな笑って応えてくれていたのに、徐々にその笑顔が戸惑ったようにひきつるようになり、やがて私とは目を合わせてくれなくなった。
自分で気づいていないだけでどこかおかしな雰囲気が出ているんだろうかとか、友達を作るんだと気負いすぎていたせいで引かれてしまったんだろうかとか、ずっとひとりで悩んでいた。
影でそんな悪い噂を流されていたなんて、まったく知らなかったから……。
それだけじゃない。
弥生ちゃんは父のことも侮辱した。
「私の父は、お金の力で人を傷つけたりしない。理不尽なことは絶対に許さない人だもん」
父から溺愛されている自覚はある。
でも父は、同時に厳しい人だ。
私の理不尽な我が儘を決して許さないし、なにがいけなかったのかしっかり話してわからせてくれる。
こども達に広く読まれる漫画の作者として堂々と顔出しできるように、常に自分を厳しく律している。
故意に人を傷つけたりすることを決して許したりしない。
「事故を仕組んだりなんかしてない! 一昨日も言ったけど、弥生ちゃんが私の悪口を広めてたことも、事故の後になってから知ったんだよ」
「嘘ばっかり!」
「嘘じゃないもん!」
もうやだっ! と拳を握りしめて地団駄を踏みたい気分だ。
私はそんな子供っぽい衝動をぐっと堪えて、弥生ちゃんをじいっと見た。
「とにかく、私のことはどうでもいいけど、父を侮辱したことだけは謝って。それだけは絶対に許せないから」
「なによ、ムキになっちゃって。図星だから焦ってるんじゃないの?」
鼻で笑われて、ムッとした。
コツンコツンと黒い靄に覆われた光が私にぶつかってくるのが鬱陶しい。
コツンコツン、コツンコツン……。
「あー、もうっ鬱陶しいっ‼」
心の中で、なにかがぷつんと切れたような気がした。
私はダンッと足を踏みならして、ビシッと弥生ちゃんを指差した。
「悪いことしたんだから、ちゃんとごめんなさいしてっ‼」
叫んだ途端、奇妙なことが起きた。
私に向かって飛んできた黒い靄を纏った光が消えたのだ。
弾けて消えたのではなく、ただ消滅したように見える。
ザアッと、私を中心にして次々に光が消えていく。
やがてその範囲が弥生ちゃんにも広がると、私をあざ笑っていた弥生ちゃんの顔からは、ふっと表情が消えた。
「……え? あれ? なに?」
なにが起きているのかわからずおろおろしていると、やがて弥生ちゃんの表情が戻る。
「やだもう……あたしばっかり……なんで……」
弥生ちゃんはぼろぼろと涙を流して、俯いてしまう。
これが都子ちゃんだったら背中を撫でて慰めるところだ。だが、悪いけど、黒い靄を発生させていた彼女には直接触りたくない。
「えっと……あ、そうだ」
私は養護教諭に頼ろうと、急いで呼び出しボタンを押したのだった。
読んでいただきありがとうございます。
前話は間違って製作途中のお話をUPしてしまったので、中途半端なところで終わってしまいました。わざわざ戻って読み直してもらうわけにはいかないので、そのまま進めてます。今後は予約投稿ミスしないよう気をつけます。よろしくお願いします。
次話は、解決?




