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新学期のこと 1

 夏休み明け初日は、父の車で学校まで送ってもらった。

 ぴーちゃんを描いた油絵が大きすぎて、朝のラッシュ時のバスに持ち込むのは迷惑だろうと判断したからだ。


 これは完全に私のうっかりミスだ。持ち運ぶことを考えず、ほぼ原寸大のぴーちゃんを描きたいなぁと15号のキャンバス(横幅60センチ以上)を使ってしまったのだから。

 学校に到着してから、都子ちゃんに手伝ってもらって真っ先に美術準備室に絵を運び込んだら、宿題提出を待ちかまえていた美術教師、田所先生に驚かれてしまった。


「これはまた……すごいね」

「ですよね。すみません」


 油絵専攻の生徒達がすでに提出済みの絵をちらりと見たが、小さい方がさっと描き上げられるからか、大きくても5号程度だ。


「あの……絵のサイズに決まりとかあったんでしょうか?」

「いや、そんなことはないよ」


 心配して聞いてくれた都子ちゃんに、田所先生が笑って首を振る。


「タイトルは?」

「あ、まだ決めてなかった。……えーっと、じゃあ『ぴーちゃん』で」

「う~ん、それはちょっとないなぁ」

「えー、駄目ですか」


 昼寝してるぴーちゃんを描いたんだから『ぴーちゃん』でいいと思うのに……。

 私が困っていると、都子ちゃんが助けてくれた。


「だったら、『春を夢見し』とかどう? ちょうど光が桜の花びらみたいに見えるし」

「おっ、それはいいな」


 それでいこうと、作者無視で私の絵のタイトルが決まった。


「評価のほうは授業でするから」

「はい。よろしくお願いします」


 安心した私達はぺこりとお辞儀してから美術準備室を後にした。



「芽生、都子もありがと!」


 教室に入るとすぐに美結にぎゅうっと抱きつかれた。

 昨夜、皆でトークアプリで話し合って、例の事件のことは学校では触れないようにしようと約束していた。事件を起こしたのが、かつて美結が係わっていたグループだと知られないほうが絶対にいいからだ。

 それなのに、当の本人が約束を破るとは……。


「……美結?」

「あ、ごめん。つい」


 こそこそ話す私達に、咲希ちゃんが「なにやってんの」と呆れたように話しかけてくる。


「もしかして美結、芽生ちゃんに宿題写させてもらったんじゃないでしょうね」


 おお、これは話を逸らすための助け船に違いない。

 私はピンときたが、脳筋の美結は気づかなかったようだ。


「ち、違うわよ。……ちょっと助言してもらっただけで……」


 違う方向へ盛大に自爆する。


「芽生ちゃん?」

「え、ちが、違うよ! 丸写しとかさせてないからね」


 この手のことには真面目で、以前から私に絶対に手伝っちゃ駄目よと念を押していた都子ちゃんににっこり笑いかけられて、私はたらりと冷や汗をかく。


「じゃあなにしたの?」

「読書感想文用の本を貸して、あとちょっとだけ作文のとっかかりを助言してみただけ」

「スマホ抱えてなにかコソコソしてるなとは思ってたけど、そういうことだったのね」

「あの……私もちょっとだけ見せてもらったけど、本当にとっかかりの部分だけだったよ」


 参考にした程度みたいだから許してあげてと、杏ちゃんが助け船を出してくれる。


「別に怒ってるわけじゃないわ。先生から目をつけられるようなことをしてないか心配だっただけよ」

「それは大丈夫! ね? 美結?」

「そうよ。芽生の書く文章ってお堅すぎて、そのまま写せなかったもの」

「ちょっ、誤解されるようなこと言わないでよ」


 それでは私が長文を送りつけたみたいではないか。本当にとっかかりというか、作文の流れを助言しただけだったのに……。

 違うからねと都子ちゃんに言い訳する脇では、美結が他人顔で杏ちゃんと他の宿題の話をしている。

 そんな風に教室内は、次々に登校してくるクラスメイト達の明るい話し声に満ちている。

 ついでに言うと、私の目にしか見えない色とりどりの光にも満ちていた。


 光を見る限り、みんなそこそこ元気そうだ。


 よしよしと、ほっとしたところだったのに、突然わたしの頭に光がコツンと当たった。


「いたっ……くない」


 ぶつかってきた光は、本来ならば、たぶん淡いブルーグリーンっぽい色なんだろうか?

 残念ながら今は、黒い靄に覆われて光の色が微妙に隠されてしまっていた。


 黒い靄との二度目の遭遇、しかも悪意を向けられている対象はどうやら私自身。

 相手は誰だと教室内を見回すと、教室の入り口に松葉杖で立っている生徒がいた。


 田中弥生ちゃんだ。


 彼女は入学してまだ一月も経っていなかった頃、校内で自動車事故にあって足に大怪我を負ったクラスメイトだ。


 ――あたし、メイちゃん。あなたをじいっと見つめているの。


 自分の存在がどうやらそんな怪談話になっているらしいと、私が気づくきっかけを作ってくれた人でもある。


 夏休み前には復学したが、まだ足が不自由だったことと授業の遅れを取り戻すために保健室登校をしていると聞いていた。

 教室に登校してきたのだから、夏休み明けから無事に通常の学校生活に戻れるのだろう。


 よかったよかった……と私は思ったのだが、弥生ちゃんはそうは思っていないようで、なぜか私をずっと睨みつけている。


「弥生、おはよ」

「松葉杖で大変じゃなかった?」

「平気、馴れちゃった」


 弥生ちゃんの友達が彼女の姿を見つけて、わっと近寄っていく。同時に弥生ちゃんの表情も和らいだように思えてほっとしたのだが、授業合間の休み時間や昼休みになると、またしてもコツンコツンと黒い靄を纏ったブルーグリーンの光が私にぶつかってくる。

 しかも、弥生ちゃんの聞こえよがしの陰口つきだ。


「どうして都子や美結は藤麻芽生に話しかけてるの?」

「友達になったみたいよ」

「あれと? 機嫌を損なうと呪われるって知らないのかな。私みたいな目にあってからじゃ遅いのに……」

「ちょっ、弥生。あのね、芽生ちゃんってそんなに悪い子じゃないみたいよ」

「なに? あんた達も取り込まれたの? 正気? 呪われておかしくなってるんじゃない?」


 ……おおう、なんと酷い言い草か。

 でもまあ、都子ちゃんと友達になる前は、これが私の日常だったから馴れている。

 弥生ちゃんが発生させている黒い靄は今のところ周囲の人達に伝染していないようだし、特に気にすることもないかと私は聞き流すことにした。

 だが、聞き流してくれない人もいる。


「ちょっとあんた。さっきから芽生の悪口ばっか言って、あたしに喧嘩売ってんの?」


 脳筋の美結が、カーン! と真っ先にゴングを鳴らした。


「な、なんで美結が怒るのよ?」

「友達だからに決まってるでしょ」


 決まってるのか、それはいいことを聞いた。

 私は堪えきれなかった笑みをノートで隠す。


「機嫌を損ねると呪われるような人とよく友達になれるね」

「失礼なこと言わないでくれる? 芽生ちゃんは人を呪ったりなんてしないわ」


 もうひとり、弥生ちゃんに立ち向かっていく人がいる。正義の味方、都子ちゃんだ。その後ろには杏ちゃんも控えていて、いつでも援護射撃ができる体勢を取っている。

 有り難いが、騒ぎになるのはちょっと困る。


「現に私はこうして呪われたじゃない。見てよこの足! 治っても前のようには走れないのよ!」

「それは気の毒だけど、芽生ちゃんのせいじゃないよね?」

「運転手がスマホのながら運転してたんでしょ? 芽生はなんにも関係してないじゃない」

「違う。事故は呪いのせいよ!」

「そう。芽生ちゃんに呪われたんだって主張するなら、あなたを怪我させた運転手に対する罰も取り消さなきゃ可哀想ね」

「はあ?」

「だってそうでしょ? その運転手だって、芽生ちゃんの被害者ってことになるもの」


 えー、都子ちゃん酷い。


「怪我の治療費とかも、請求先を変えなきゃいけないんじゃない?」

「そ、そんなことできるわけないじゃない」

「どうして? 呪われたって確信してるんでしょ? その証拠があるんなら、親に言って弁護士さんに頼んでみたら?」

「証拠なんてあるわけないよね。芽生は呪ったりしてないんだから」


 美結の呆れたような声に、私もそうだそうだと頷く。


「証人なら沢山いるもの。皆知ってることでしょ? 私が影で悪口を言ってるのを知って藤麻芽生が呪いをかけたんだって、みんな言ってたじゃない!」

「……えーっと、ごめん」


 これ以上、ヒートアップする前にと、私は恐る恐る声を上げた。


「私、それ知らなかった」

「それ?」

「悪口言われてること。……知ったのは、事故の後だよ」

「そんなの嘘よ。適当なこと言ってるだけでしょ? それに、あの事故の時、じいっと私のこと見てたって聞いたわよ。呪いをかけてたんでしょ?」

「呪ってないって。大丈夫かなぁって心配してただけだよ」


 もしも事故現場に人がいなかったら、きっとすぐに駆けつけただろう。だがあのときは、すでに周囲に人がいて、救急車を呼んでいるのもわかった。だから、ただ窓から心配して見ていたのだ。


「嘘!」

「嘘じゃないよ」

「見てただけで呪ったことになるなら、私もそうね。あのとき、芽生ちゃんの隣の窓から見てたから」


 咲希ちゃんが前に出てきて、パンと手を叩いた。


「ほら皆、次の授業は移動教室だよ。そろそろ準備しないと。――弥生もちょっと落ち着こうか。あんたが教室にいなかった間のこと、友達から話を聞いてみるといいよ」


 さすがクラス委員。咲希ちゃんの言葉で、皆一斉に気持ちを切り替えて次の授業の準備に入った。

 でも、弥生ちゃんだけは気持ちを切り替えられなかったようだ。


「なんでよ。……皆、藤麻芽生が呪ったせいで私が事故にあったんだって言ってたじゃない」

「状況が変わったんだよ」

「そうだよ。……ね、後で話しよ? とりあえず移動しないと」


 弥生ちゃんは、友達に急かされるようにして教室から出て行った。


「ほら、美結もちょっと落ち着いて。杏、よろしく」

「はーい」


 杏ちゃんが、鼻息が荒い美結の腕を掴んで、次の授業の教科書用意しようよと引きずっていく。

 残された私は、都子ちゃんと咲希ちゃんに聞いてみた。


「……これで収まると思う?」

「難しいと思うわ」

「一応クラス委員だし、後で担任に相談してくるよ」


 咲希ちゃんの有り難い言葉に、よろしくお願いしますと、私は真剣に頭を下げる。


「でもさ、あの事故の時、皆窓から見てたよね?」

「けっこう凄い音したからね」


 そうだ。校舎の窓から、沢山の生徒達が鈴なりに顔を出して事故現場を見下ろしていたはずなのだ。


「なのになんで私だけ、じいっと見てたって言われるんだろう?」


 今さらながらの疑問をぶつけると、都子ちゃんと咲希ちゃんがクスッと笑った。


「そりゃ目立つからでしょ」

「私、目立ってる?」

「芽生ちゃん、髪の色が薄いし目も大きいからね。集団の中に埋没しないのよ」

「……目が大きくて目立つ……」


 その指摘に、カラス除けの大きな目玉がついたバルーンを連想してしまったのは誰にも内緒だ。

読んでいただきありがとうございます。


新連載はじめてます。

気分転換のつもりでカクヨムで別PNにて先行配信していたものです。

タイトルは「真夜中の祠」。

内容は一応ホラーです。一応……。

「縁側で~」も「みんな光の~」も実はホラーのつもりで考えていたのに、書き始めたらファンタジー色が強くなっていたのですが、これもどうやらそうなってしまいそうな予感……。

気が向いたら、読んでみてやってください。


次話は、孤立。

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