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花火のこと 1

 さて、花火である。


 

 両親と一緒にのんびり有料席で鑑賞したことなら何度かあるが、友達と行くのははじめてだから私はそりゃもう張り切っていた。


『シート持ってって席取りするんでしょ? 私頑張る!』

『真夏の炎天下で席取りとかw 花火が始まる頃には熱中症確実w』

『うちの親が小学校のグラウンドの観覧席に席取りしてくれるって』

『料金は?』

『地元の小規模な花火大会だから無料よ』


 眠る前の一時、みんなでグループラインを楽しんでいると、『ごめん。問題発生』と咲希ちゃんが乱入してきた。


『犯人がまだ捕まってないから父が心配しちゃって。花火大会に行くなって』


 咲希ちゃんの父親は、甘味処ほしのを詐欺にかけようとしていた島村さんが、かなり悪質な詐欺グループに関わっていたことを警察から知らされたようで、急に過保護になってしまったそうだ。毎年参加していることを島村さんに知られているだけに、花火大会で狙われたりしないかと心配しているらしい。


『それなら、うちの部の男共を護衛代わりに連れていく?』


 美結が言うには、先日私と都子ちゃんが美結のいる陸上部に差し入れに行った時、運動場のスペース不足で合同訓練をしていた兄妹校の陸上部の男子達が私達を見かけたそうで、かなり興味をもたれているようなのだ。私はともかく、都子ちゃんは美人だからさもありなん。

 護衛がいれば大丈夫でしょと、咲希ちゃんが父親に交渉したら渋々ながらOKがでた。

 だが、今度は私の父が猛反対しだした。


「それじゃまるで集団デートじゃないか。絶対に駄目だっ‼」

「まあ、そんなに頭ごなしに反対しちゃ可哀想よ。お友達と花火大会だなんて、きっと高校時代の良い思い出になるわ。行かせてあげましょうよ」


 反対する父に、わが家最強の母が立ち向かってくれる。

 それでも父はなかなか折れてくれず、しまいには自分が護衛について行くとまで言い出した。だが父は、つい最近テレビの取材で顔出ししたばかり。下手をすると騒ぎになりそうなので、こちらからお断りさせてもらった。

 そんなこんなでわが家は揉めていたのだが、予想外のところから救いの手が伸びてきた。


「それなら俺が護衛しましょうか?」


 父のアシスタントである和也さんが、どうせその日は暇だしと立候補してくれたのだ。

 父は、和也さんが私の初恋の相手であったことも、すでに失恋済みだということも知っている。それでもやっぱり面白くないみたいでごねていたが、最終的に母に説得されて渋々OKを出してくれた。

 ただし、女子高生五人に対して和也さんひとりだけでは不安なので、もうひとり、女子高生相手でも絶対に鼻の下を伸ばさない男性を護衛につけることという条件付きだ。


「それなら大丈夫。心当たりがあります」


 あっさり和也さんが頷いて、私達は花火大会を無事楽しめることになった。





「本当によかったわ。せっかく用意したのに、無駄になったら悲しいもの」


 花火大会当日、私と都子ちゃんに浴衣を着付けてくれた母が嬉しそうに微笑んだ。

 私の浴衣は紺地にヒマワリ柄で帯は黄色、都子ちゃんの浴衣は紺地に牡丹柄で帯は赤。帯の結び方も一緒なので、きっと遠目で見たら色違いのおそろいに見えるだろう。

 この浴衣は母から私達へのプレゼントだ。私達を喜ばせようとこっそり準備してくれていたのだ。


「お母さんありがと!」


 私は両親の前でくるんと回ってみせながらお礼を言った。


「私にまで……ありがとうございます」

「いいのよ。沢山写メを撮って、お父さんに送ってあげてね」

「はい」

「じゃあ、お父さんよろしくー」


 浴衣姿の私達がふたりだけでバスや電車で移動するのが心配だとかで、父が車で送迎してくれることになっている。


「いいか、芽生。知らない人には絶対についていくなよ。それから、知らない人から貰ったものも絶対に口にするな。ちゃんと友達と一緒に行動して一人にならないように。トイレに行くときも皆と一緒に行くんだぞ」

「はーい。はいはい」


 行きの車の中で延々と注意を受け、うんざりしたところで待ち合わせ場所近くに到着。私の友達に挨拶したいと突然言い出した父を、花火大会のせいで混雑している道路に駐車するわけにはいかないだろうと押しとどめて帰らせた後で、待ち合わせ場所に向かった。


「私達が一番だね」

「うん。……あ、咲希が来たわ」

「ども、お待たせ。その浴衣、お揃いみたいで可愛いね」

「でしょ?」

「芽生ちゃんのお母さんが用意してくれたのよ。咲希もその浴衣大人っぽくて素敵」


 白地にアヤメと矢絣模様の浴衣はすっきりモダンで、きりっとした顔立ちの咲希によく似合っていた。


「美結達も浴衣かな」

「あのふたりは塾から直接来ることにしたみたいよ。美結の宿題の進みがやっぱり遅いみたいで、最近は塾の学習ブースを借りてやってるんだって」


 ひとりだとどうしてもさぼってしまうからと、美結が杏ちゃんを道連れにしているようだ。


「杏は優しいから」

「美結が図々しいとも言う」

「あ、ほら、来たわよ」


 会場や出店に向かう人混みの中から、美結と杏ちゃんがこちらに手をふって歩いてくる。

 杏ちゃんはチェック柄のミニワンピで可愛らしく、美結はゆったりとしたノースリーブトップスとショートパンツ姿で、スポーツマンらしく鍛え上げられた脚線美をこれでもかと世間様に見せびらかしていた。

 太股周りなんて私の1.5倍はありそうなのに、長身でスラリとしているせいか格好良く見えてしまうのだから凄い。


「その脚、蚊に刺されそうね。虫除けスプレーしてきた?」

「あ、忘れた」


 しょうがないわねと咲希ちゃんが、持参した虫除けスプレーをシュッとやってくれた。ちなみに私達も忘れていたので、ご相伴にあずかった。


「それで、護衛さんはどこ? 影みたいに、見えないところから守ってくれるってわけじゃないんでしょ?」

「うん。待ち合わせ時間はちゃんと伝えたはずなんだけど……」


 スマホで時間を確認したら、ちょうど待ち合わせ時間ジャストだった。

 待ち合わせ時間に遅れて来るような人だとは思えないので、そろそろ来るはずだ。


「護衛って、どんな人?」

「父のアシスタントをしてる大学生のお兄さんだよ」


 杏ちゃんの質問に私が答えると、咲希ちゃんが「んん?」と首を傾げた。


「なにか聞き覚えがあるような……」

「今は忘れてあげて。向こうはなにも知らないのよ」


 父のアシスタントに失恋したと話したことを覚えていたのだろう。怪訝そうな顔をする咲希ちゃんを、都子ちゃんがこそこそと説得してくれる。

 私の恋は和也さんに知られる前に終わってしまったので、お願いとぺこっとお辞儀して私からも頼んでおいた。

 なになに? と興味を示す美結をシカトして、きょろきょろと行き交う人を見渡すと、すぐに和也さんの姿を見つけた。

 長身の和也さんとその同行者は、ふたりとも周囲の人混みから頭一つ分飛び出していて見つけやすかった。


「こっちこっち!」


 ぴょこぴょこと跳ねて、和也さんに手を振る。


「やあ、芽生ちゃん。ちょっと遅れちゃったかな」

「大丈夫だよ。友達を紹介するね」


 和也さんの同行者にもわかるよう、都子ちゃんも含めて皆を紹介した。


「芽生ちゃんのお父さんのアシスタントをしている津原和也です。どうぞよろしく。こっちは俺のあ……にで、竜也です」

「竜也よ、よろしくー」

「達也と和也って……タッチ?」

「いや、違うんだ。漫画のは友達の達で達也だけど、あ……にの竜也は竜だから」


 そうなのよと、竜也さんがにっこり笑う。

 和也さんと同じく長身で、茶髪にした長い癖毛を首の後ろでひとつに括っている。

 微笑む顔はなかなか整っていて、糸目の和也さんと違って目もぱっちりとした綺麗な二重。黙っていれば、モデル系の派手な美形だ。


「護衛には女子高生に絶対に鼻の下を伸ばさない人をって界太先生にリクエストされたから竜也を連れてきたんだけど、みんな大丈夫かな?」

「嫌わないでくれると嬉しいわ」


 よろしくねと、小首を傾げた竜也さんが、うふっと笑う。


 なるほど。さっきから和也さんが兄という言葉を使うときに限って妙に言い淀んでいる理由を理解できたような気がする。


「よろしくお願いします。竜也さんは、お兄さんじゃなくて、お姉さんなんですか?」


 私がはっきり聞くと、竜也さんは「そうね」と頷いた。


「でも無理にお姉さんと呼ばせるつもりもないの。この子が私のセクシャリティを知ったのがつい最近なのよ。そのせいでまだ混乱してるのね。妙な紹介になっちゃって、ごめんなさいね」

「大丈夫です。父が心配性でご迷惑かけます」


 ペコッと頭を下げると、「やーん、かわいー」と竜也さんがちょっとくねくねした。

 長身なのでなかなかの迫力だ。


「和也から話は聞いてたけど、芽生ちゃんって本当にお人形さんみたいね。それで、あなたが都子ちゃん。ふたりセットだと、フランス人形と市松人形が仲良く並んでるみたいで、不思議の国に迷い込んだような気分になるって聞いてたけど本当ね」

「お人形?」


 和也さんの目に、私達はそんな風に見えているんだろうか?

 可愛いと思ってくれているんなら嬉しいけど。

 都子ちゃんは「市松人形?」と呟きながら、怪訝そうに自分の黒髪を見ていた。


「こっちのみんなも、可愛い子ばっかりで嬉しいわー」

「……え、私も?」


 戸惑う咲希ちゃんをよそに、美結と杏ちゃんはぱあっと嬉しそうに笑った。


「おねえさんでも格好いい」

「同感。――あの、いつもそういう服装なんですか? 女性ものの服は着ないんですか?」


 サマーニットにジーンズの竜也さんに、美結が聞く。

 竜也さんは「男女、半々ね」と答えた。


「バーを経営してるから、仕事中はバッチリメイクで女装してるけどね。――立ち話もなんだし歩きながら話しましょ。これからどこに行くの?」

「花火会場の小学校に出店がいっぱい出てるんで、まずそこを見に行く予定です」

「じゃあ、さっそく移動しましょうよ。案内してくれる?」

「「はい!」」


 美結と杏ちゃんが、張り切って竜也さんの両脇について歩き出す。

 その後に困惑気味の都子ちゃんと咲希ちゃんが続き、さらに私と和也さんが追った。


「混乱させちゃったかな。先に言っとくべきだったね」

「大丈夫だよ。みんな楽しそうだし」

「それならいいけど……。浴衣、可愛いね」

「ありがと。お母さんが都子ちゃんとセットで用意してくれたの」


 誉められて凄く嬉しい。

 和也さんはTシャツにジーンズで、仕事に来るときとほぼ同じ服装なので誉めようがなかったのが残念だ。


「お兄さんとは仲がいいの?」

「うん。小さい頃からよく面倒を見てもらっていたからね。今はただで居候させてもらってるから頭が上がらないよ」

「ん?」


 居候?

 つまり和也さんは、竜也さんのところで暮らしているということか?

 年上の恋人と同棲しているという話はどうなったのだろうか?


 不思議に思った私は、迷わず聞いてみた。


「和也さんは恋人と同棲してるんだって聞いてたんだけど……。違うの?」

「同棲って……。全然違うよ。恋人なんていないし……。誰がそんなこと言ってるんだ」

「父から聞いた」

「界太先生か……。ってことは、話の出どころは高遠さんかな」


 なんでそんな話になってるんだと、和也さんは本気で頭を抱えている。


「あのね、父がアシスタントを雇うには、色々と条件があるの」


 私は、昔良いロリコンのお兄さんがアシスタントとして雇われていた話をした。その人は問題なかったものの、それ以来、邪な考えを持つ人間が私に近寄らないよう、父が警戒するようになったことも……。


「それで和也さんは、ゲイで年上の恋人と同居してるから問題ないだろうってことだったんだけど……。違うの?」


 私が聞くと、和也さんは「違う」とはっきり答えた。

読んでいただいてありがとうございます。


次話は、違和感。

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