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痕跡のこと 2

動物虐待を仄めかすシーンがあります。

苦手な方はご用心くださいませ。

「ここの商店街でなにかあった?」


 甘味処ほしのに入ってすぐ咲希ちゃんに聞いたら、「表にまだ警察の人達がいたの?」と逆に聞かれてしまった。


「警察はいなかったけど……」


 警察が来るような事件が起こったのか。それは大変だ。

 前回同様、ハーフサイズのかき氷を奢ってもらいつつ事情を聞いてみたら、咲希ちゃんは「イメージ悪いからあまり余所で言わないでね」と前置きしてから事情を話してくれた。


「うちもやられたんだけどね。あちこちの店先に生ゴミがばらまかれてたの」


 犯人はどこかの集積所から集めてきたゴミ袋を、十軒以上の店先にばらまいていったらしい。

 わざわざゴミ袋を破いて中のゴミを巻き散らかすという念の入れようには、ちょっとした執念のようなものを感じる。


「犯人はわかってるの?」


 都子ちゃんの質問に、咲希ちゃんは「まだよ」と答えた。


「でも、あちこちに防犯カメラがあるから、きっとすぐに判明するんじゃない?」

「どうかな。今どき、カメラの存在を意識しない人なんていないもの。犯人だってきっとカメラ対策してるわよ」


 それもそうだよなぁと頷きながら、梅シロップのかき氷をパクリ。甘酸っぱくて、口がさっぱりする。


「……カメラなんて見るまでもなく犯人わかってるのに」


 ぼそっと言うと、都子ちゃんに「証拠はないんだから断言しちゃ駄目」とちょっと注意された。


「どういうこと?」

「それがね、芽生ちゃんの目には商店街の店先に残ってる邪気が見えてるらしいの」

「邪気ってこの前言ってたあれね? ってことは犯人はもしかして――」

「咲希ちゃんそれ以上は言っちゃ駄目」


 犯人の名前を口にしようとした咲希ちゃんを、都子ちゃんが止めた。


「咲希ちゃんのお父さんは、騙されかけたってわかっても島村さんのことを切り捨てられずにいるんでしょう? 証拠も無しに犯人扱いしたら、お父さんとの関係が今以上にこじれちゃうわよ」

「……それもそうか」


 都子ちゃんの指摘に、咲希ちゃんは肩を落として俯いた。


 咲希ちゃんの父親は、いまだに友人である島村さんを見捨てることができずにいる。

 警察への協力を拒んでいることを、咲希ちゃん達が考え直すように説得しても聞き入れずに黙り込むばかりなのだそうだ。

 最近はいつも家の中の空気が重く感じて辛いと、咲希ちゃんがトークアプリで愚痴っていた。


「ねえ、芽生ちゃん。芽生ちゃんはあの人が犯人だと思う?」

「うん。……澱み……邪気の質がこの前のと同じだったし……」


 道路に残っていた澱みに除菌消臭スプレーを振りかけてみたが、以前と同じように殆ど反応しなかったのだ。

 ちょっとやそっとじゃ消えにくい粘着質な澱みは島村さんのものだろうと私は思う。

 きっと島村さんの中から発生している澱みが悪意となって生ゴミに混じり、店先に振りまかれてしまったんじゃなかろうか。


「でも、なんで他の店にまで生ゴミをばらまいたのかな?」


 たぶん島村さんは、自分の詐欺行為が警察沙汰になったのは、咲希ちゃんの父親が警察に通報したからだと勘違いしているんじゃないかと思う。

 だからこんな嫌がらせを考えたのだろうが、なぜわざわざ嫌がらせの範囲を他の店にまで広げたのか、その理由がわからない。


「私はなんとなくわかるような気がする。島村さんってね、なんでもかんでもやたらと回りくどい言い方をする人なの。はっきりものを言わずに、こう搦め手で人を取り込もうとするような。……だから、たぶんだけど、今回のことも、お父さんに自分のせいで周りの店まで被害を被ったって思わせようとしてるんじゃないかな。営業妨害じゃなくて、ただお父さんに罪悪感を抱かせて苦しめるのが目的なのよ」 

「……嫌な人ね」


 都子ちゃんは不愉快そうに眉をひそめた。


 私にはやっぱりよくわからなかった。

 これが小説の登場人物だったなら、お話の都合上ある程度デフォルメされたキャラだと思えるから、そういう役割なんだろうなと納得できる。

 でも現実にそういう考え方をする人がいるとは思えない。

 どうしてもその歪んだ思考に実感が伴わないからだ。


「これで終わりだと思う?」

「犯人があの人だったら、捕まるまで続けると思う。本当にしつこい人なのよ」

「痕跡がはっきり残ってるのに捕まえられないなんて……」

「芽生ちゃん。邪気は証拠にはならないから」

「うん、わかってるけど」


 確信があっても証明のしようがない。

 しょんぼりしていると、「でも犯人がわかれば今後の方針を考えることができる」と咲希ちゃんが明るく言った。


「どうするつもり?」

「犯人が本当にあの人なら、これからも嫌がらせは続くと思う。……すっごくしつこいから」


 二度三度と被害が続けば、商店街のほうでも対策を考えて警戒するようになる。そうなれば、今日のように十軒もの店先に生ゴミを同時に巻き散らかす余裕は無くなるだろう。被害を被る店が絞られてくれば、自然と犯人がどの店を一番に狙っているのか推測することも容易になる。


「そこで私の出番よ」


 なんとかして父親を説得してみると咲希ちゃんが言う。

 誠実な商売を心がけている両親が最近トラブルを起こした相手は島村さんただひとり。もしかしたらうちが狙われてるのかと疑わせるだけでも充分効果的だからと。


「自分が恨みを買ったせいで商店街の皆に迷惑をかけたのかもしれないって思えば、さすがにお父さんだって黙ってはいられないと思うの」

「我慢比べだね」

「そうよ」

「でも……大丈夫かしら。嫌がらせがエスカレートしていかなきゃいいけど……」


 不安そうな都子ちゃんを見て、私も不安になった。


「咲希ちゃん、しばらくはひとりで出歩いちゃ駄目だよ」

「無理。塾だってあるし。……でもまあ、一応気をつける」


 防犯ベルも持ってるから心配しないでと、咲希ちゃんは明るく笑った。



 商店街の防犯カメラには犯人の姿が写っていたものの、真夏だというのにパーカーのフードを目深に被りマスクまで掛けていたせいで個人の特定は容易ではないということだった。

 その後、事態は大きく動くこともなく、私は平和な夏休みを過ごした。


 毎日少しずつぴーちゃんの絵を描き、都子ちゃんと一緒にのんびり昼寝したり母の手伝いをしたり。

 父の知り合いから食べきれないほど大量のスイカが届いたので、一口サイズにカットしたスイカを持って、美結の所属する陸上部に差し入れにも行った。

 ミネラルたっぷりでよく冷えたスイカは陸上部の皆さんに好評で、なぜか美結が私の差し入れなんだからねと得意気な顔をしていた。

 

「美結、宿題ちゃんとやってる?」


 ちょっと心配していた私が聞くと、「もちろん」と美結はたゆんとでかい胸を張った。

 どうやら陸上部では学習面での面倒も見てくれるようで、部活後に図書室等で勉強会を催してくれているらしい。そのお陰で、少しずつでも着実に宿題を消化しつつあるようだ。

 私には厳しい番人がいるので、夏休み終了間際に泣きつかれても手助けしてあげられそうにないから、ちょっとほっとした。



 そして孝おじさんは、都子ちゃんと暮らす為のマンションを借りたと報告に来た。


「ちょうどこの近くのマンションに空きがあったんで、借りることにしたんです」


 すぐに一緒に暮らすことは無理でも、都子ちゃんの部屋を整えておくことならできるからと、孝おじさんは沢山のカタログを置いていった。

 カーテンに机にベッド、ラグに照明に本棚。都子ちゃんは凄く楽しそうに部屋の間取りと睨めっこしながら家具を選んでいた。



 そして夏休みもそろそろ半ばに入ろうという頃、以前から予定していた日帰り旅行に行くことになった。

 行き先は皆で話し合った結果、母と都子ちゃんの希望が重なり鎌倉に決まった。

 母が鎌倉の朝市に行きたいというので出発は早朝。帰宅は夜遅くになる予定なので、ぴーちゃんのお皿には大目にカリカリを盛っておいた。


「夜には帰って来るからね。あんまり長時間日向ぼっこしないで、ちゃんと水を飲むんだよ」


 心配する私を、ぴーちゃんはわかってるわよと言わんばかりに尻尾で叩いた。

 ぴーちゃんの為にリビングの冷房は入れたまま、早朝五時過ぎには家を出た。

 夏だけに日の出も早く外はもう明るい。

 暑くなる前にと、犬の散歩をしている人達がちらほら見かけられた。


「犬も大変なんだねぇ」

「日中に散歩したら肉球が火傷しそうだものね」


 窓の外をきょろきょろ見ていた私は、ふと見知った街並みを見つけた。


「ここら辺って、咲希ちゃんちの近くじゃない?」

「そうね。車だと近く感じるね」

「例の美味しいあんみつ屋か……。その後、どうなんだ?」

「……あの後一回だけ嫌がらせがあったって聞いてる。次はいつくるかって戦々恐々としてるみたい」


 再び商店街に生ゴミがばらまかれたのは、はじめて被害があった日から三日後だった。被害にあったのは甘味処ほしのを含んだ五軒の店先だ。

 二度被害が繰り返されたことで商店街の有志で見まわりもするようになり、そのせいかその後は被害が止んでいる。

 でも犯人が島村さんならこれで終わりじゃないだろうと、咲希ちゃんは警戒し続けているようだ。


「ねえ、お父さん。咲希ちゃんちの前を通って行くことってできる?」

「ん? ちょっと待て……。ああ駄目だな。一方通行でこっちからは通れない。――気になるのか?」

「……ちょっとだけ。いつまた被害に遭うかわからないし」


 ナビを見ている父に私が素直に頷くと、父は苦笑しながら「そうか」と頷いた。


「だったら、入り口まで連れてってやるから、ひとっ走りして見て安心してこい」

「うん! ありがと」


 相変わらず私に激甘な父は、車を甘味処ほしのがある商店街の入り口で停めてくれた。


「ちょっと行ってくるね」

「待って、私も行く」


 私が車から飛び出すと、都子ちゃんも一緒に来てくれた。

 ふたりで駆け足で商店街を走り、咲希ちゃんちに向かう。


「……都子ちゃん、見て。ゴミ袋が捨ててある」


 何事もないことを確認して安心するつもりだったのに、残念ながら被害の第一発見者になってしまったようだ。

 だが、今日はゴミ袋のまま。生ゴミを巻き散らかされてないだけ、以前の被害よりはマシだろう。

 と、思ったのだが……。


「……芽生ちゃんには、あれがゴミ袋に見えるの?」


 何故か立ち止まってしまった都子ちゃんが、酷く辛そうに眉根を寄せる。


「違うの?」


 つられて立ち止まった私は、目をこらして黒いゴミ袋を見た。

 ゴミ袋は小さめで、やけに平べったい。尖ったものが入っているのか、やたらとデコボコしていて……。


「……え? 嘘……まさか……」

「うん。猫だよ。ぴーちゃんより、ちょっと小柄な三毛猫」

「三毛なの?」


 でも私の目にはまっくろに見える。

 ということは、その猫は澱みにまみれているということだ。


「事故?」

「違うわ」


 都子ちゃんはこれ以上見ているのが辛いのか、猫から視線をそらした。


「……だって、()()()()もの」

読んでくださってありがとうございます。


次話は、救済。

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