甘味処のこと 2
「美味しい! すっごく抹茶してる!」
自分でも変な日本語だと思うが、本当に抹茶抹茶したパフェだ。
甘さ控えめでちょっと苦みすら感じる抹茶アイスに、しっかり抹茶の風味がついた甘い生クリームがマッチしていて凄く美味しい。
「芽生ちゃん、餡子も食べてみて。美味しいわよ」
どれどれと抹茶アイスの隣りにコロンと丸く添えられている餡子をスプーンですくって食べたが、確かに小豆の風味がしっかり味わえる極上品だ。
自分で言うのもなんだが、小さな頃から父の元に届く美味しいものを食べて育ってきた私の味覚は確かだ。
一口ちょーだいしてあんみつの黒蜜も味見させてもらったが、雑味も無く濃厚でとても美味しい。
私達がきゃっきゃと甘味を楽しんでいると、次々にお客さんが入ってきて、あっという間に半分近い席が埋まってしまった。
どうやら、人気店だというのは本当らしい。
「おまたせ~」
しばらくして戻ってきた咲希ちゃんは、ノースリーブのブラウスとスカートに着替えていた。
手には、ところてんの器を持っていて、私の隣の席に座る。
「ちょっと休憩しようと思って」
「辛子酢醤油か。このお店のなら黒蜜でも美味しそうなのに」
「毎日甘い物食べてたらさすがに太るでしょ。――で、なんであの席を片づけなきゃならなかったの?」
「あー、えーっと……あのね。信じられないかもしれないけど、私、澱みが見えるの?」
「はあ?」
なに言ってんだ、こいつ? と言わんばかりに首を傾げた咲希ちゃんを見て、都子ちゃんが苦笑した。
「芽生ちゃん。澱みとか言われてもわからないから。茜さんみたいに邪気って言ったほうがイメージしやすいと思うよ」
「邪気? その茜さんって、宗教関係の人?」
咲希ちゃんから怪訝そうに見られて、私は慌ててぶるぶるっと首をふった。
邪気という言葉だけで宗教関係者なのかと疑われるとは思わなかった。言葉の持つイメージ力ってけっこう侮れない。
「ううん。茜さんは私の従姉妹。私と同じものが見える人なの」
「で、その邪気とやらがさっきの席に見えたのね」
「うん。……ねえ、咲希ちゃん。私達がここに到着する前にあの席に座っていた人の顔、見た?」
「……なんでそんなこと聞くの?」
咲希ちゃんの深緑色の光が、まるで警戒するようにその場でぶぶぶっとホバリングしだした。
「その人が邪気の発生元だから……。えっと、あのね……」
さて、どういう風に話そうかと悩んでいると、「私が説明する」と都子ちゃんが話を引き継いでくれた。
私達が幼稚園児だった時に起きた事件や、つい最近の美結の件などを引き合いに出して、都子ちゃんが澱みの危険性を咲希ちゃんに分かりやすく説明してくれる。
いつものことながら説明下手の私ではうまく説明できないから助かった。
「美結にもその邪気がついてたんだ」
「そう。最初見たときは小さくて、ほくろっぽかったんだけど、言い争いをした日に見たときは大きめの水玉みたいになってた。あれ以上、澱み……邪気が身体についちゃったら、きっと精神的にももっと悪いほうに引っ張られてたと思う」
「そうだったんだ」
咲希ちゃんは、はあっと深く息を吐いてから顔を上げて私を見た。
「美結とは小学校から一緒だったから、ずっと心配してたんだ。でも私みたいなのがなにか言っても反発されるだけでね。正直手詰まりだった。だから、芽生ちゃんには感謝してる。――あいつが立ち直るきっかけをくれたこと、本当にありがとう」
いきなり深々と頭を下げられて、驚いた私はびびっと背筋を伸ばした。
「あ、えっと……どういたしまして」
「うん。――それと、ごめんなさい」
咲希ちゃんはまた深々と頭を下げた。
「なんで謝るの?」
わけがわからない。
困った私は都子ちゃんを見たが、都子ちゃんも分からないみたいで首を横に振っている。
「……実を言うと、今日芽生ちゃんを呼んだのは、あそこの席に座ってた人を見てもらいたかったからなのよ。残念ながらすれ違っちゃったけど」
「知り合いだったの?」
「うん。そう。……父の子供の頃からの友人」
「お父さんの……」
子供の頃からならば、かなり深い間柄だ。
それはまずい。凄くまずい。
「どうして、その人のことを芽生ちゃんに見てもらいたかったの?」
「……私ひとりじゃ、どうしたらいいかわからなかったからよ」
咲希ちゃんは、子供の頃から家に出入りしていた父の友人、島村さんのことが昔から大っ嫌いだったのだそうだ。
話すことは自慢話や儲け話だけ。しかも彼は、先祖代々続いている家業を継いで店を続けている咲希ちゃんの父親のことをいつも馬鹿にしていた。
「お父さんはお人好しだから気づいてないの」
――先祖代々の家業を細々と続けているおまえには本当に頭が下がるよ。流行りに乗ればもっと儲けることだってできるのになぁ。馬鹿正直に毎日汗だくで餡子を炊き続けるだけなんて、俺にはとっても真似できない。
島村さんは、薄笑いでそんなことを言い続けてきたのだという。
「全然誉めてない。ルーティンワークしか出来ない馬鹿だって言ってるようなものよ」
咲希ちゃんの深緑の光がギザギザと店内を飛びまくる。その動きにつられたかのように、苺ちゃん達も刺々しい動きに変わった。
「嫌な人。咲希のお母さんは気づいてないの?」
「気づいてる。でも優しい人だから許しちゃってるの」
――いつもうまくいった話しかしない人だけど、きっと島村さんも色々大変なんでしょう。お父さんに甘えてるのよ。許してあげてね。
そんなお人好しの両親に呆れながらも、咲希ちゃんは実害がないこともあって島村さんに対する口出しはやめたのだそうだ。
だが、昨今のスイーツブームに乗って、甘味処ほしのがテレビや雑誌に取り上げられるようになるにつれて、島村さんの態度が徐々に変わってきた。
――最近、うまくやってるみたいじゃないか。さすがだな。景気いいんだろう? あやかりたいもんだ。
島村さんは、咲希ちゃんの父親を馬鹿にするのをやめて、おだてるようになった。
「探るように店内の様子を見たり、客層を確かめたりするようになって……。なにか気持ち悪いなと思ってたら案の定よ」
――今日はいい話をもってきたんだ。
二号店を出さないかと、島村さんが言い出したのだそうだ。
渋谷に新しくオープンする複合施設に、今なら自分の伝手で場所を用意してやれると。
「嘘っぽい」
「でしょう? なのに家の両親、疑わないの」
咲希ちゃんの両親は、馬鹿正直に話を聞いた上で、さすがに二号店は無理だと断ったのだそうだ。
セーフと喜んだのもつかの間、だったらそこのデパ地下で商品を売り出さないかと誘われたらしい。
それなりに出店料はかかるが、継続して販売し続ければ元は取れるし店の宣伝にもなるからと……。
「……嘘っぽい」
咲希ちゃんは深々と溜め息をついた。
「家の両親、この話には乗り気なのよ」
それに気づいた島村さんは資料を持って訪ねてきた。
「それ、ちゃんとした資料なの?」
「見た目はね。でも今は印刷物なんて簡単に作れちゃうから、本物かどうかなんてわかったものじゃないでしょう?」
今日も島村さんが訪ねてくる予定だと両親から聞いた咲希ちゃんは、島村さんを私に会わせることを思いついたのだそうだ。
「美結の時に、妙な勘の良さを見せてくれたでしょう? もしかしたらって期待しちゃったの」
「芽生ちゃんを利用しようとしてたのね」
都子ちゃんの厳しい声に、咲希ちゃんは軽く肩をすくめた。
「そういうこと。ごめんね、芽生ちゃん」
「別にいいけど……」
「ありがとう。もし可能なら、直接島村さんに会って欲しいんだけど」
そう言われた途端、私はぞわっと全身に鳥肌を立てた。
「やだやだ! 絶対にやだ! 見たくない」
咲希ちゃんから身体を離して、ぶるぶるっと首を振る。
そんな私の腕にびっしりと浮かぶ鳥肌を見て、咲希ちゃんが目を見開いた。
「すっごい鳥肌」
「怖がってるのよ。芽生ちゃんの目には、邪気を発生させる人は真っ黒に見えるんですって」
「全身?」
「そう。顔も服の色もわからないぐらい真っ黒。それにね。芽生ちゃんには見えるだけ。他にはなにもできないのよ」
「だって、美結の時は色々助言してくれたじゃない?」
「美結は被害者だったから……。手助けできればと思って、助言してくれそうな友達をふたりでピックアップしてたの。邪気の発生元だったら絶対に近寄らなかった」
あの時、私が光の動きを見ながら助言者を選んだことを、都子ちゃんはうまい具合に誤魔化してくれた。さすがだ。
「邪気を発するようになってしまった人に下手に近寄ったら、こっちが危ないもの。事件の被害者にはなりたくない」
都子ちゃんの言葉に、私はうんうんと頷いた。
「さっき見た澱……邪気は、今まで見た中でも一番ねっとりしててしつこい感じだったよ。除菌消臭スプレーや塩でも殆ど小さくならなかったし……。咲希ちゃんもあの人と対決しようとしないで、他の方法であの人を排除することを考えたほうがいいよ」
「排除しようにも、肝心の父が島村さんを信用しきってるからどうにもならないのよ」
次に島村さんが訪ねてきたら、そのまま契約を結びそうな状況なのだと咲希ちゃんは頭を抱えた。
「私がなにか言っても聞いてくれないしさ」
以前から咲希ちゃんが島村さんのことを良く言ってなかったせいもあって、またなにか言ってるぞと、狼少年扱いされているのだそうだ。
親を心配しているのに分かってもらえない咲希ちゃんが可哀想だ。
「親に期待するだけ無駄よ」
都子ちゃんが冷たく言い放った。
そのあまりにも厳しい口調に私はびっくりしたし、都子ちゃんも自分の言葉にびっくりしたのか手の平で口を押さえていた。苺ちゃん達もあちこちでパチンパチンと弾けて消えている。
「あ……その……親だって人間なんだから、間違えることもあるって言いたかったの。それにね、お父さんの子供の頃から友達だったんなら、子供の咲希よりももっと長いつき合いがあったってことでしょう? 自分のほうが、咲希よりも島村さんのことを良く知ってると思ってるのよ。忠告なんて耳に入らないと思う」
さっきの失言を追い払うかのように都子ちゃんは早口でそう言った。
「だったら、どうしたらいいのよ」
苛々した咲希ちゃんの言葉に、都子ちゃんは「らしくないなぁ」と首を傾げる。
「咲希、視界が狭くなってない? 両親との関係にばかり気を取られて、周りが見えなくなってるわよ。内が駄目なら外。印刷物が手元にあるんだから簡単じゃない」
「あ、そっか」
ぽん、と納得したように咲希ちゃんが手を叩く。
その途端、咲希ちゃんから、ぽぽぽんっと深緑の光が発生してくるるっと宙を舞う。
どうやらわかっていないのは私だけらしい。
わたしは「はい」と手をあげた。
「なんのことかわかんないよ。教えて」
「はいはい。あのね――」
島村さんが持ってきた資料の写メを、商業施設を経営する企業に直接送ればいいのだと咲希ちゃんが説明してくれた。
こういった資料を持った人が直接訪ねて来てデパ地下の店舗の権利を買わないかと言っているが、弊社ではこうしたセールス活動をしているのかと、経営会社に直接確認すると。
「もしも詐欺じゃなかったら、私が間違ってたって認めて父と島村さんに疑ったことを謝るわ。でも、もしも詐欺だったら被害を未然に防げる」
「おお、なるほど」
私も咲希ちゃんを真似て、ぽん、と手を叩いた。
そうと決まればもう一刻の猶予もないと、咲希ちゃんは経営会社へ送るデータを作ると言って立ち上がった。
「咲希ちゃん、頑張って」
「うん、頑張る。――ふたりとも、今日は本当にありがとうね」
「どういたしまして」
「うまくいったら、またかき氷奢ってね。あと、その資料には素手で触らないで。お日様にも干したほうが良いよ」
「はいはい。じゃあ悪いけど私は家に戻るね。ふたりはゆっくりしていって」
じゃあねと手を振って、咲希ちゃんは店の奥に戻っていった。
「あ~あ、抹茶アイス、解けちゃった」
話している間に溶けた抹茶アイスと餡子を一緒にすくって口に運ぶ。
美味しい餡子にしっかりした抹茶味が加わって、これはこれで悪くない。
きっと咲希ちゃんのお父さんが、最後まで美味しく食べられるようにと考え抜いて作り上げた味なんだろう。
「……このお店に悪いことが起きなきゃいいけど」
「そうね。帰りはそれもお祈りしてこようか?」
「うん、そうする」
美味しい甘味を食べ終わった私達は、「また来てね」と笑ってくれた咲希ちゃんのお母さんに見送られて店を出た。
そして神社に寄って、甘味処ほしのの無事をお祈りした。
「まだまだ暑いねー」
時刻はもうじき四時だがまだ日差しがきつい。
都子ちゃんの日傘が作る日陰に入れてもらいながら歩いていた私は、暑くて迷惑がられるかなと思いつつも、都子ちゃんの日傘を持っていない手のほうに移動してから、そっと手を繋いでみた。
「……芽生ちゃん?」
「あのね、都子ちゃん。孝おじさんを信じてあげて」
きゅっと握った手に力を込めて都子ちゃんを見上げると、都子ちゃんは痛そうに顔を歪めた。
父と孝おじさんの間で話し合われていたことを私達が詳しく聞いたのは、テスト期間が終わった後だった。
孝おじさんには都子ちゃんを今すぐに引き取りたい気持ちはあるが現状ではそれは難しい。
そんなことをすれば都子ちゃんの祖母――田宮家がなにをするかわからない。都子ちゃんを向こうの家に連れ戻されてしまう危険もあるからだ。
だからとりあえず今は、都子ちゃんと一緒に暮らせる部屋を借りて生活環境を整えつつ、田宮家と戦う為の力を集めることにしたのだそうだ。
まず最初に、都子ちゃんの両親が離婚した時、孝おじさんの浮気相手とされた女性と、不貞の証拠を提出した調査会社のことを改めて調べてみるらしい。
――俺は浮気はしてない。たぶんあの時は、別れさせ屋にはめられたんだと思う。
孝おじさんの言うことが本当なら、その調査会社も怪しい。
もしも首尾良くその調査会社の裏を暴くことが出来たら、その調査会社に依頼した田宮家も罪を問うことができる。
現実にはそう上手くことは運ばないかもしれない。
それでも、離婚の有責者にされてしまった孝おじさんが都子ちゃんの親権を手に入れる為には、少ない可能性だろうと試してみるしかないのだ。
調査に掛かる日数や田宮家との話し合い等、都子ちゃんの親権問題が解決されるまでには想像以上に長い期間がかかりそうだった。
私は都子ちゃんと一緒にいられて嬉しいばかりだけど、都子ちゃんにとっては違ったのだろう。
きっと、孝おじさんと再会したら、すぐにでも一緒に暮らせるようになるはずだと期待していたのだ。
だからこそ、一緒に暮らすにはまだまだ時間がかかると知って、密かにショックを受けていたんだと思う。
――親に期待するだけ無駄よ。
あの悲しい言葉は、孝おじさんを信じたくても信じ切れない都子ちゃんの複雑な心境の現れだ。
「……信じて……大丈夫なのかな」
「大丈夫だよ。孝おじさんの光が都子ちゃんにいっぱいくっついてたもの」
孝おじさんの光は、菖蒲の花のような鮮やかな紫。
通常サイズで、緊張していたのか家に来たばかりのころは動きが鈍かったが、寝落ちした翌朝には元気を取り戻して、都子ちゃんの後を追いかけてびゅんびゅん楽しげに飛んでいた。
光の動きは心の動き。
ひゃっほうと螺線を描いてくるくるっと飛ぶ紫の光は、孝おじさんの心の動き。娘に会えた喜びそのものだ。
「そんなに沢山くっついてたの?」
「うん。都子ちゃんの黒髪に紫の光が映えて綺麗だったよ」
高貴な紫の光の輝きで、都子ちゃんはまるでお姫さまみたいに見えた。
孝おじさんの大切なお姫さまだ。
私がそう言うと、都子ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「大丈夫だよ。信じて、一緒に待とう?」
「うん。……ありがとう」
繋いだ手がきゅっと握り返される。
小さな日傘が作ってくれる日陰に守られながら、私達は手を繋いだまま家路についた。
読んでいただきありがとうございます。
次話は、ぴーちゃんモデルになる。




