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ひまわりのこと 2

「どうかな?」


 しばらくして試着室のカーテンが開き、都子ちゃんが不安そうに聞いてきた。


「うん。ばっちり」

「そだね。似合うよ」


 私と咲希ちゃんが似合うと保証しても都子(いちこ)ちゃんの不安は解消されなかった。

 苺ちゃん達も力なくふら~っと下降気味に飛んでいる。


「でも、やっぱり派手じゃない? 目立ちすぎると怒られちゃうんだけど……」


 基本的にサバサバしていて、はっきりものを言う都子ちゃんがこういう風に口ごもるときは、絶対に家族問題が絡んでいる。


「誰が都子ちゃんを怒るの?」


 聞くまでもなく答えは分かっていたが、都子ちゃんに自覚させる為にあえて聞いてみた。


「もちろん、お祖母様よ。いつも私が服を選ぶと下品だとか媚びを売ってるとか文句を言ってきて……」


 ああ、そうか、と都子ちゃんが、やっと自分で気づいてくれた。


「もう、あの人達のことは気にしなくてもいいのね」

「そうだよ。これから都子ちゃんは孝おじさんと暮らすことになるんだから」

「そうよね。……うん。このワンピース気に入ったわ。できれば、暖色系のほうが好みなんだけど」

「ああ、赤いのもあったわよ」


 咲希ちゃんが同じデザインの赤い小花柄のワンピースを持ってきてくれた。サイズもぴったりだ。


「ありがとう。――とりあえず着替えてくるね」

「うん。こっちの服は戻しとくから」


 都子ちゃんから預かっていた地味な服を棚に戻していると、「都子って家に問題あるの?」と咲希ちゃんに聞かれた。


「うん。ちょっとね。私からは詳しいことは言えないけど、その問題が解決するまではうちで暮らすことになってるの」

「そっか。……で、芽生ちゃんの問題はなに?」

「私? なにもないよ」

「じゃあ、なんでそんなつっまんない服ばっかり選んでるのよ」

「さっきも言ったけど、楽だからだよ」


 子供の頃は母の趣味でフェミニンなふわふわひらひらした服ばかり着せられていた。可愛かったし自分でもそれなりに似合ってると思っていたのだが、ふわふわひらひらした服だと行動を制限されるのが困りものだったのだ。

 ちょっとはしゃいだだけでスカートがひらっとめくれて下着が見えて怒られるし、父の仕事場に遊びに行けば、ふわふわひらひらした服があちこちに引っかかって画材や資料を落としてしまう。

 そういうのが面倒になった私は、自分で服を選べるようになってからは、ボーイッシュな服を好んで着るようになった。


「ボーイッシュな恰好も似合うんだろうけど、もうちょっと女の子らしいお洒落もしようよ。好きな人に可愛いって思われたくないの?」

「好きな人?」


 ぽんっと頭に浮かんだのは、正式に父のアシスタントとして雇われることになった和也さんの顔だ。

 和也さんはゲイだという話だからボーイッシュなほうが好感度は高そうな気がする。

 とはいえ、好感度がいくら上がっても私が女である限りなんの意味もない。 

 それでも、やっぱりちょっとぐらいは可愛いと思ってもらいたい。

 恋愛対象にしてもらうことはできなくても、いつか和也さんが漫画の中で私に良く似た女の子を描いてくれたら嬉しいし……。


「そだね。ちょっと頑張ってみよっかな」


 漫画の参考にしてもらえるように、特に方向性を決めずに色んな服を着てみたい。

 咲希ちゃんに服を選んでくれるように頼むと、喜んで引き受けてくれた。


「まずは予算を教えて」


 その後は、服を着替えて戻ってきた都子ちゃんも交えて、咲希ちゃんに相談に乗ってもらいながら買い物を続けた。

 こういうのが得意だという咲希ちゃんは、服の着回しなども考慮に入れながら楽しげに服を見つくろい、その服に似合う靴やバッグなどの小物も提案してくれた。

 今まではとりあえず似合ってればいいや程度の適当な気持ちで服を選んでいた私にとって、ちょっと目から鱗が落ちるような買い物体験だった。

 買い物を終えた時にはお昼はとっくに過ぎていた。

 当初の予定ではフードコートを使う予定だったけど、助言のお礼に咲希ちゃんにお昼を奢ることにしたので、彼女のリクエストを聞いた上でパスタの専門店に移動した。


「咲希ちゃんはファッション関係に興味があるの?」


 注文を終えた後で聞くと、「ないよ」と咲希ちゃんが答える。


「私が特別に詳しいんじゃなく、あんた達ふたりが疎いの。ファッション雑誌とか全然読んでないんじゃない?」

「まあね」


 図星だったのでふたりで顔を見合わせて苦笑した。


「それよりさ。芽生ちゃんって好きな人いるの?」

「いるよ」


 私は、ふふんと意味も無くつるぺたの胸を張った。

 そんな私を、「それ言っちゃうんだ」と都子ちゃんが呆れたように見ている。


「どんな人?」

「ん~……穏やかな人……かな?」


 父のアシスタントとなってから何度か顔をあわせたが、人となりを知れるほどのつき合いはない。

 綺麗なサマーグリーンの光に一目惚れしたのだと言うわけにもいかないし……。


「凄く背が高くて、くしゃくしゃっとした癖毛で前髪が長くて目が隠れてるの」

「年上?」

「うん。大学生なんだって。漫画家デビューが決まってて、今は父のアシスタントをしてるの」


 話しながら、和也さんに前髪を上げるヘアピンをプレゼントしようと考えていたことを思い出した。後でアクセサリー売り場に寄っていこう。


「大学生かぁ。けっこう年上だねぇ。告白は?」

「しないよ。一緒に暮らしてる恋人がいるんだって。だから、もう失恋済みなんだ。いっぱい泣いちゃった」


 えへへと照れ笑いすると、咲希ちゃんはあららと顔をしかめた。


「それでね、自分が失恋して悲しかったから、ちょっと気になってたんだけど。美結ってさ、彼氏と別れたんだよね?」

「ああ、うん。けっこう揉めたみたいだけど、なんとか縁が切れたって」

「……それで良かったのかな」

「芽生ちゃんったら……」


 私がそう言うと、都子ちゃんと咲希ちゃんはふたりして、なに言ってんだこいつ、と言わんばかりの顔になった。


「良いに決まってるでしょ。あんなヤバイ男とつき合ってても、なにもいいことないんだから……」

「うん。私もそう思ったから、あの時わかれたほうが良いよって言ったんだ。でもあの時は、まだ人を好きになる気持ちとか分かんなかったから、そういうことも気軽に言えたんだよね。美結にとっては、かなり酷いこと言っちゃったのかなぁって……」


 いま思うと、あれは無神経過ぎる発言だったような気がするのだ。

 私だったら、好きな人と別れろだなんて気軽に言われたくないから……。


「馬鹿ね。気にすることないって」


 そんな私の反省を、咲希ちゃんはあっさり笑い飛ばした。


「そもそも美結は、あの男のことそんな好きじゃなかったんだから」

「でも、彼氏だったんでしょ?」

「そうね。でも美結にとってあの男はトロフィー彼氏だったのよ」


 テニスプレイヤーを目指していた美結は、怪我でテニスを断念せざるを得なくなった。人生の目標を失った彼女は、とりあえずなにか人から賞賛されるものを見つけようとしたのだ。

 一流大学の学生でイケメン。そういう彼氏を持つことは、女子高生にとっては一種のステイタスになる。


「美結に必要だったのは、私達に自慢できる彼氏。恋愛感情なんて二の次。私達に批難されるだけの彼氏なんて必要ないのよ」

「そういうものなの?」

「そうよ。彼氏と別れた後、美結が悲しい顔してた?」

「……してない」

「陸上始めてから、むしろ以前より生き生きしてるわね」

「でしょ? それが答えよ。あいつ外見は綺麗だけど中身はただの脳筋だからね」


 なんにも気にすることないよと笑い飛ばされて、私は胸のつかえがとれたような気がした。





「あら、いいわね。あの予算でこんなに沢山買えたの?」


 家に帰って買ってきた服をリビングに広げると、母が目を輝かせた。


「うん。咲希ちゃんが相談に乗ってくれたの。これとこれ、これとこれ……色々組み合わせて着ると可愛いんだって」

「いかにも女子高生って感じね。都子ちゃんはどういう服を選んだの?」

「私はこれです」


 赤い小花柄のワンピースに、フェミニンなトップスと大人っぽいデザインのジャンパースカート等々。

 どれもこれも母好みのデザインだったようで、素敵ねと嬉しそうに手にとって見ている。


「さっそく今日買ってきた服をどれか着てみせてくれない?」

「わかった」


 リクエストに応えて、私は一番最初に咲希ちゃんから選んでもらった、明るい黄色でオフショルダーのひらひらしたトップスとショートパンツに着替えることにした。もちろんブラジャーをチューブトップのものに付け替えてからだ。

 あまりにつるぺたでブラの必要性に疑問を感じてしまったのは、誰にも内緒だ。


「まあまあ、可愛いわ。女の子らしくていいわね」

「でしょ?」


 くるんと目の前で回ってみせると、母は大喜びしてくれた。

 実際、なかなか可愛い。

 胸元にドレープがあってひらひらしてるからつるぺたが目立たないし、トップスの丈が短めなせいか不思議といつもより足がすらっと長く見えるような気もする。

 少し遅れたやってきた都子ちゃんは、シャンパースカートに着替えていた。たっぷりと生地を使ったロング丈のスカートがお嬢さまっぽくてとても似合ってる。


「都子ちゃんも似合うわ。女の子がふたりいると華やかで良いわね」


 お父さんにも見せてらっしゃいと言われたので、帰りに買ってきたシュークリームを持って隣の仕事場に向かった。


「お父さん、来たよ-」

「おう、おかえり。テストどうだった?」

「今日はばっちり。――それより見て見て!」


 父の仕事場に行ってくるっと回ってみせると、父は嬉しそうに目尻を下げた。

 特大サイズの父の光が、びゅんびゅんくるくるっと仕事場中を飛び回り、その一部が私にくっつこうと突進してくる。あまりの眩しさに私は目を閉じてしまった。


「オニューの服か。俺の天使は今日も可愛いなぁ」

「でしょ? 都子ちゃんもオニューなの」

「父から貰ったお小遣いをさっそく使っちゃいました」

「都子ちゃんは美人に磨きがかかってるぞ。お父さんも喜ぶだろうな。写メ撮って送ったらどうだ?」

「いいね。後で撮ってあげる」

「ありがとう。――それより、お土産があるんでしょ?」

「ああ、そうだった。和也さんにこれあげる」


 はいっとアクセサリー売り場の袋を仕事中の和也さんの机に置いた。


「俺に?」

「うん。前髪邪魔そうだから。目の為にも仕事中ぐらいは上げたほうがいいんじゃない?」


 袋の中身は、美容院で使うようなシンプルな黒のヘアクリップとひまわりの造花つきの大きめのパッチン留め、それぞれふたつセットにしてある。


「和也にだけか。お父さんには?」

「お父さんにはこれ」

「和也さんにもあるけどね」


 都子ちゃんがシュークリームを一個づつ、それぞれの作業机の上に配ってくれた。


「翠さんはまだ休み?」

「つわりがなかなか収まらないそうだ。人によっては出産間際まで続くって言うし、焦らずにゆっくり休むように言ってあるよ」

「そっか。赤ちゃんが一番大事だもんね。――じゃあ書庫に寄ってから家に戻るね。お仕事頑張って」

「お邪魔しました」

「おう」


 あんまり長居して邪魔してもいけないので、都子ちゃんと一緒に仕事場から書庫へと移動しようとしたところで、和也さんに声をかけられた。


「芽生ちゃん、これ、ありがとう」


 振り返ると、サマーグリーンの光がくるくるっと寄ってきて、ぺとっと髪に留まった。

 光の発生元である和也さんは、ひまわりのパッチン留めで長い前髪を真ん中から分けて留めている。

 はじめてあらわになった和也さんの目は、笑っているせいかうっすらとしか開いてなくて、いわゆる糸目キャラっぽい。

 イケメンじゃないけど、なんかほっとするような優しそうな顔立ちで、私はすっかり嬉しくなった。


「どういたしまして」


 えへへっと笑い返してから、慌てて書庫に駆け込んだ。


「帰りになにかひとりでこそこそしてたのって、あれだったのね」

「うん、そう。黒のヘアクリップだけじゃつまんないかなと思って、ひまわりのパッチン留めも入れておいたの。パッチン留めのほうを使ってくれるとは思ってなかったからすっごく嬉しい」

「ひまわりは芽生ちゃんの光の色だものね」


 その通り。ひまわりは、茜さんから聞いた私の光の色だ。


 自分では自分の光は見えないけど、きっと見えていたら和也さんの髪にぴとっとくっついてるんだろうなと思って、あれを選んでみたのだ。


「似合ってたよね?」

「そう? 予想外の糸目っぷりが衝撃的で、そっちはあんまり印象に残ってないわ。あの糸目っぷりなら、前髪が目に入ることもなかったんでしょうね」

「笑ってたから、きっと余計に細くなってただけだよ」

「あれが地だと思うけどな。狐っぽい策士顔よね」

「えー、優しそうな顔だったと思うけど」

「惚れた欲目じゃない?」

「違うもん」


 ずばずばと思ったことを言う都子ちゃんに必死で抵抗しながらも、その遠慮の無さが私は嬉しかった。

 好きな人のことを友達と話せるのも凄く楽しい。

 私は女子トークをキャッキャと楽しんだ。

読んでくださってありがとうございます。


次話は、楽しい夏休みにまたしても澱みと遭遇。

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