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一目惚れのこと 2

「私ね、和也さんに一目惚れしたの」


 こういうことは勿体ぶっても無駄な時間をつかうだけだ。

 夕食の席であっけらかんと白状すると、父は眉間に皺を寄せ、右手で口元を押さえて「ぐうぅ」と変な声を出した。

 と同時に、父から発生した特大の光達が、部屋のあちこちでパチンパチンと弾けまくっていてやたらと眩しい。


 瞬間湯沸かし器の如く一気に沸点に達して、絶対に馬鹿を言うなと怒ると思っていたから、このおかしな反応にはびっくりだ。


「お父さん、どうしたの?」

「あ、いや……うん。でもな、芽生。一目惚れって言ったって、惚れられるほど和也の顔は見てないだろう?」

「顔は関係ないよ」

「光の色に一目惚れしたんですって」

「そっちかぁ。……わかった。お母さんが作ってくれたご飯の味がしなくなるから、その話の続きは後でな」


 父は両手で顔を覆って、はあっと深く溜め息をついた。




 本格的にテスト勉強をするようになってから、夕食を作るお手伝いはしなくなった。でも、片づけのほうはいつも通りしている。

 都子ちゃんと一緒に食器を運んで食洗機に突っ込み、食卓を綺麗に拭き上げる。その間、母はお茶の準備をしてくれた。


「さて、じゃあ話すか……。とはいえ、どう話したらいいものか……」

「和也さんのこと教えて。どんな人?」


 私は前のめりになって聞いた。


「そこからか……。そうだなぁ。まあ、あいつは、お父さんとちょっと似てるかもな」

「顔が?」

「いやいや、そっちじゃなく。漫画家になる経緯だよ」


 和也さんは代々エリート官僚の家に生まれたのだそうだ。

 そして当然ながら、ご両親は大学卒業後には和也さんも官僚になるものだと思っていたらしい。それなのに和也さんは大学在学中に勝手に漫画家デビューを決めてしまい、ご両親は怒り狂っている最中なのだとか。


「確かにお父さんと似てるね」

「だろう? 漫画家になることを反対している家族と縁を切ったっていうとこまでそっくりだ」

「それで手助けしてあげる気になったんだ」

「いや、それは違う。自分が親になったせいか、親の立場でものを考えるようにもなったからなぁ。どうしても、縁を切る前になにかできることはないもんかと考えてしまうんだ。……まあ、そこら辺は向こうの親の人格にもよるけどな。だから、同じ境遇だからどうこうというのは無しで、純粋にアシスタントとして使える人材だから雇うことにしたんだ」


 ということは、和也さんは将来有望なんだ。いいことを聞いた。


「それでだ。芽生、おまえが小学校低学年の頃にアシスタントをしてくれていた信介のこと、覚えてるか?」

「もちろん。ロリコンのお兄さんでしょ?」

「ロリコン⁉」


 都子(いちこ)ちゃんがギョッとするのと同時に、苺ちゃん達があちこちでパチンパチンと弾けた。


「あ、悪いロリコンじゃないよ。いいロリコンだったの」


 父のアシスタントだった信介さんは、俗に言う、YES!ロリータNO!タッチ――手を出して愛でるのは妄想の中でだけ。現実では駄目――とも違っていて、本当にただ小さな女の子を可愛いと思っているだけの人だった。

 その証拠に、彼から発生する光は、まだ小さかった私の髪やほっぺたにぺとっとくっついてばかりで、お尻や胸などの性的な部分には一切くっついてこなかったのだから。

 その後、無事にデビューした信介さんは、小学生の女の子達の学校生活をコミカルに描いた漫画等を連載して、大きなお友達の固定ファンの心をがっしり掴んで順調な漫画家人生を送っている。


「お前の説明で信介が無害だっていうのは分かってたがな。それでも親の立場としては、心穏やかじゃなかったんだ。あの頃は自宅と仕事場が一緒だったし、万が一にも変な奴が紛れ込んでしまったらってな」


 当時の父は週刊連載で忙しく、アシスタントも複数雇っていたし、入れ替わりも激しかった。

 さすがに雇うアシスタントを全て精査するのは無理だったが、面接の時に探りを入れて、ある程度の篩い分けをしていたのだそうだ。


「一番に確かめたのはロリコン趣味の有無と、それから恋人がいるかどうかだ。普通に恋愛関係を築いている相手がいるなら問題ないからな」

「それ……今も続けてる?」


 物凄く嫌な予感がして恐る恐る聞くと、父は深く頷いた。


「今回はあらかじめ髙遠くんに条件をつけた上で、アシスタントを紹介してもらったんだ。特に今は芽生だけじゃなく都子ちゃんもいるからな。滅多なことがないように安全な人を紹介してくれって」

「……それで紹介されたのが、和也さん?」

「そうだ。髙遠くんから聞いた話だと、彼はいま恋人と同棲しているらしい」


 現役大学生である和也さんは、親と縁を切ったことで生活が立ちゆかなくなり、今は年上の恋人の厚意に甘えている状態なのだとか。


「それって、ヒモ状態ってことですか?」


 都子ちゃんがズバッと言いにくいことを聞き、苺ちゃん達がギザギザと刺々しく飛び回る。


「いやいや、違うよ。住むところだけ世話してもらっていて、本人はちゃんとバイトして生活費を入れていたそうだ」


 ただ漫画家デビューを果たした現在、普通のバイトより、プロのアシスタントとして働いた方が経験も積めていいだろうということで、髙遠さんが父に紹介してくれたのだ。


「……恋人がいるのかぁ」


 しかも年上の……。

 となると、私は和也さんから見れば、思いっきり首尾範囲外ってことになるんだろう。

 しょんぼりして俯く私に、都子ちゃんが心配そうに声をかける。


「芽生ちゃん、大丈夫?」

「うん。……片思いは覚悟してたし……」


 恋人がいると知っても、好きな気持ちがすぐに消えたりしない。

 いつかこの気持ちが自然に消滅するか、他の人を好きになるまで、和也さんのことを好きでいてもいいだろう。


「絶対に好きな気持ちを態度に出したりしないし、お父さんにも和也さんにも迷惑かけないようにするから、これからも仕事場に顔出してもいいよね?」


 父に聞くと、父は本当に困った顔で首を曖昧に動かした。


「……芽生、もうひとつ言わなきゃならないことがあるんだ」

「なに?」

「うん、あのな……こういうことは、とてもデリケートな問題だから、絶対に余所では話さないでいて欲しいんだか……」



――和也の同棲の相手、実は男なんだ。



 父のその言葉を聞いた瞬間、目の前でバターンと分厚いドアが閉じる音がしたような気がした。






 

「恋人がいるって聞いても……そんな、ショックじゃなかったの」

「そう?」

「うん。……だって、私が一目惚れしたぐらい……だし、きっと素敵な人だと思ったから……」

「それは惚れた欲目じゃない?」

「そっかなぁ……。絶対、優しい人だと思うのに……」

「はいはい。それで?」

「うん。でもね……恋人が年上なのは、ちょっとショックだった……」

「芽生ちゃんは思いっきり年下だもんね」

「うん。……年上好きなら、全然相手に……してもらえないだろうし……。それならそれで、妹枠を狙ってみるのもいいかなぁって……」

「恋人になれなくてもよかったの?」

「……今はそれでもいいかなぁって……。この先、どうなるかわからないし……。私が大人になってもまだ好きで、和也さんがフリーになったら、その時に頑張るのもありかなって」

「長期戦狙いか」

「うん。……でも、それも駄目になっ……ちゃった」


 年齢とか好みのタイプとか、まったく意味がない。

 和也さんが同性愛者なら、私は恋愛対象にすらならない。


 ――未来永劫、失恋決定。


 それを父から知らされてショックだった私は、自分の部屋に逃げ込んでベッドにダイブ。頭からタオルケットをかぶって、ずっとメソメソ泣いていた。


 いつも冷たい態度のぴーちゃんは、私が弱ってる時だけは優しくしてくれる。

 タオルケットの中に一緒に潜り込んできて、今は私の脇腹当たりで丸くなりずっとゴロゴロ喉を鳴らしていた。


 後から追いかけてきてくれた都子ちゃんは、テスト勉強しつつ私の話に耳を傾けてくれている。


「芽生ちゃんが部屋に戻った後におじさんが言ってたんだけど、和也さんってカミングアウトはしてないんだって……」

「そっかぁ。……こういうの……デリケートな問題だもんね」

「うん。だから、仕事場に遊びに来る時は、この話題に触れないよう気をつけるようにって言ってた」

「……うん」

「それとね。もしも芽生ちゃんが辛いようなら、今回のアシスタントの件、断っても良いって」

「それは駄目‼」


 私はガバッと起き上がった。


「お父さんのアシスタントって、和也さんにとってはきっとチャンスだもん。私のせいで駄目になったら可哀想だよ」


 私が訴えると、都子ちゃんは「そう言うだろうと思った」と嬉しそうに微笑んだ。


「安心して。そんなことしたら芽生ちゃんがもっと悲しむって、おじさんには言っておいたから」

「……うん」

「芽生ちゃん、顔真っ赤よ。タオルケットにくるまってて暑かったんでしょ? ほら、水分補給して」

「その前にティッシュ……」


 私はのそのそとベッドから降りて、びーっと勢いよく鼻をかむ。

 鼻をかむ音が不愉快なのか、ぴーちゃんはイカ耳になりながらも、そんな私の膝の上に乗ってきた。


「ぴーちゃんが優しくてびっくりだよ」


 背中を撫でると、うるさいわねと言うかのように尻尾で太股を叩かれた。


「瞼も鼻も赤くなっちゃったね」

「うん。……なんかちょっとヒリヒリする。明日日曜でよかった」

「そうね。今日はテスト勉強休みにしてもう寝ちゃう?」

「……そうしよっかなぁ。その分、明日頑張るね」

「そうね」


 はい、と手渡されたのは、ほんのり甘いミルクティー。

 ミルクマシマシでちょっぴりシナモンも入っていて私が一番好きな味だ。母が用意してくれたんだろう。


「おじさんがね。明日ケーキをたくさん買ってきてくれるって言ってたわよ」

「そっかぁ。うちの両親、美味しい物食べさせとけば、私が元気になると思ってるんだよね」

「ならないの?」


 都子ちゃんに心配そうに聞かれて、私は「なるよ」と頷いた。


「心配してもらえてるってわかって嬉しいし」

「そう。よかった。――これからは、おじさんの書庫に行く時間帯をなるべく夜にする?」


 私に気をつかった都子ちゃんが、和也さんとなるべく顔を合わせないようにしようと言ってくれてる。

 その気持ちが嬉しくて私はにっこりした。


「ううん。今まで通り日中に通おうよ。和也さんにも会いたいし」

「……いいの?」

「うん。一目惚れした相手が、本当はどんな人だったのか、ちゃんと知りたいの。私の目に間違いは無かったって堂々と威張りたいし」

「それでいいの?」

「うん。今日から和也さんは私の一押しアイドルだよ」


 私は堂々とつるペタの胸を張った。


 アイドル――手の届かない場所にいる人。

 好きになっても思いは返ってこないと分かっていても応援したくなる大切な人。

 私の今の立ち位置にぴったりな言葉だ。


「随分もさっとしたアイドルね」


 都子ちゃんがちょっと呆れた顔で笑ってる。


「あの前髪を上げると、意外とすっごいハンサムかもしれないよ?」

「少女漫画のお約束ってやつ? ないない」

「えー、まだわかんないよ。そうだ。前髪上げるヘアピンをプレゼントしようかな。役に立つし、顔も見れるしで一石二鳥」

「いいわね。テストが終わったら買いに行こうか」

「うん!」



 こうして私の初恋はあっけなく終わりを告げた。


 一目惚れしてからたったの五時間。

 実に儚い恋だった。 


読んでくださってありがとうございます。


次話は、突然の訪問者。

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