虎目石のこと 1
帰って来た父は、すぐに家の中の異変に気づいた。
玄関やリビングに飾ってある植物の顔ぶれがいつもと違うことを察したのだ。
「レイアウトを変えたのか?」
不思議そうに聞く父に、母が父の留守中に起きた怖い出来事を説明すると、父はがっつり落ち込んだ。
「そんな大変な時に側にいてあげられなかったなんて……」
あまりにも予想どおりの行動に、私はちょっと笑ってしまった。
「元気だして、お父さん。みんな無事だったんだから、そんな落ち込むことないよ。――あのね、良いこと教えてあげる」
私は父の隣りに座り、水原さん夫妻との会話の中で母が言った「孝俊さんはしっかりしてますから」という言葉を伝え、その意味を説明してあげた。
「お母さんはお父さんを信頼してるんだから。落ち込んでないで、あの怖いものがなんだったのか正体を探ってよ」
「……そうだな。落ち込んでる場合じゃないな。おまえ達を守らなきゃ」
父の大きな手が、私の頭をくりくり撫でる。
「俺の留守中、他になにか変わったことはなかったか?」
「えっとね。翠さんがおめでただと思う」
「おっ、赤ちゃんか。そりゃめでたい」
「まだ検査結果は聞いてないのよ。でも芽生ちゃんが光が見えるって言ってるから間違いないでしょうね」
「そうか。それなら翠の意向を聞いて、今後のことも考えてやらないとな。――都子ちゃんは話を聞いたか?」
「はい。調べてくださってありがとうございます」
「うん。必ずお父さんと会わせてあげるから。――他には?」
「後は別に……。あ、そうだ! 都子ちゃんと一緒にはじめてカレー作った。美味しかった! ね?」
「うん」
「残してないのか?」
「全部食べたよ」
「なんてこった」
特になんて事のない報告のつもりだったのだが、これが父にとっては思いの外ダメージが大きかったようだ。
「娘の初めての手料理……食い損ねた」
そして父は、さっきよりもっとがっつり落ち込んだのだった。
「カレーは都子ちゃんとの合作だから。次は自分ひとりで作った料理をお父さんに食べさせてあげる。だから元気だして」
私が懸命に慰めると、父はなんとか復活した。
そして、やっとあの黒い人型の正体を探るべく思考を巡らせはじめる。
「オカルト系の調査関係に強い人間に心当たりがある。ライターで、そっちの業界内ではちょっとした有名人らしい」
霊障知らずだと豪語して、業界内でも危険だと言われている心霊スポットにひょいひょい平気で出掛けていき、高確率で本物の心霊写真や動画を撮ることに成功して記事にしたり、実話怪談として公表しているのだそうだ。
しかもその記事の内容は、たいした取材もしていないくせに地域の老人しか知らないような過去話にまで及ぶことがあるのだとか。
「それがあまりにも当たりすぎていて、実は霊能者なんじゃないかって噂されてる人物だ」
その人が取材した心霊スポットでは、稀に怪奇現象がぱったり止むこともあるそうだ。
そのせいで更に噂は真実味を帯びているようだが、本人が自分はただのライターだと否定し続けているらしい。
「霊能者でございと看板を出してる人物に頼むより、その人のほうが的確に助言してくれそうな気がするんだ。彼を直接知ってる編集者と名刺交換したことがあるから、ちょっと連絡を取ってみるよ」
さっそく父は連絡を取った。
すると、なんとも都合のいいことに件の人物は父の漫画のファンだったようで話はトントン拍子で決まっていき、日曜日には家に来てくれることになった。
そして日曜日、私は朝からそわそわしていた。
怖い物見たさで、霊能者という存在にとても興味があったからだ。
「ねえねえ、都子ちゃん。どんな人が来ると思う?」
「危険な場所に自分で取材に行くような人だからワイルド系とか?」
「オカルト系のオタクさんがワイルドになるかなぁ」
「芽生ちゃん、それ偏見入ってない?」
心配そうに突っ込む都子ちゃんに、父が言う。
「俺が漫画オタクだから、我が家ではオタクという言葉を肯定的に使ってるんだよ。「オタク」は、自分の好きな事柄や興味のある分野に傾倒して没頭する人のことを指して言う言葉だからね」
「あ、そっか。そうですよね。なんかすみません」
「いやいや。芽生に注意してくれてありがとう。悪い意味で使われることも多いから、使うタイミングが難しい言葉ではあるよね。――芽生も、ちゃんと相手を選んで使うようにな」
「はーい」
そんなこんなでそわそわしたまま時間が過ぎて、約束した午後二時ちょうどに、エントランスからのインターフォンが来客を告げた。
父が出て、オートロックを開錠して部屋まで来てもらう。
「芽生達はここで待ってろ」
「芽生ちゃん、お行儀良くしてね」
そわそわして玄関に飛び出そうとしていた私は両親に止められ、都子ちゃんに手を引かれて渋々ソファに座り待つことになった。
私が興奮しているせいでずっとはしゃいでいたぴーちゃんも、お客さんが居る間は静かにしてようねと都子ちゃんに捕獲されて膝の上だ。
母はお茶の準備をはじめて、父だけが玄関にお客さんを出迎えに行った。
やがて玄関の方から、父よりほんの少し低い男の人の声が聞こえてきた。
ドア越しなのでなにを話しているのかはわからないが、その口調はかなり陽気で明るい人のように感じられる。
「怖い人じゃないみたい」
「そうね」
しばらくして、父に伴われたその人がリビングにやってきた。
年齢は二十代後半ぐらいか、軽くパーマをかけたツーブロックの洒落た髪型をしたワイルド系で、なかなかのイケメンだ。
「こちらが俺の女神で、そっちに座ってるのが俺の天使とその友達だ」
「どうもはじめまして。城崎翔平と言います」
父の漫画のあとがきをちゃんと読んでいるファンにしか通じない紹介の仕方をあっさり受け入れたその人は、礼儀正しく頭を下げた。
が、母と私の顔を見て、「ん?」と眉をひそめる。
同時に私も首を傾げていた。
「……虎目石」
「なにが?」
「え、あ……あの人の光、虎目石みたいなの」
光のことを大きな声では言えないので、隣りに座る都子ちゃんにこそこそ耳打ちする。
「虎目石って、タイガーアイのこと?」
「うん、そう。金茶と焦げ茶が混ざってる」
普通、光は一色だ、グラデーションが掛かっていたり、他の色と混ざっているものは今まで見たことがない。
だが城崎さんの光は、すべて二種類の色が絶妙に混じり合っている。
こんなのはじめて見た。
「天使ちゃん、いま虎目石って言った?」
どうやら最初の発言を聞かれていたらしい。
城崎さんの質問に、私は戸惑いつつも頷いた。
「そうか。……思いがけずビンゴだな」
城崎さんはもう一度母と私の顔を見て、それからなぜか私達のつるぺたの胸もちらっと見た。
「界太先生。天使ちゃんの年齢を伺っても?」
「十六になったばかりだが……。それがどうかしたのか?」
「あ、いえ……。それでこれってことはあながち嘘じゃなかったのか……。――っと、失礼。俺の方でも、少し界太先生に聞いて欲しい話ができてしまったようです」
「とりあえず伺おうか。――こちらにどうぞ」
父は城崎さんを私達とはテーブルを挟んだソファへと招く。
自分はお誕生日席のひとり掛けソファに座り、母にもこちらに来るようにと呼びかけた。
「はい、どうぞ」
母はみんなにアイスティーを配ると、私達が座るソファに混ざった。皆スリムだからなんとかなっているけど、本来二人掛けなのでちょっとぎゅうぎゅうだ
「さて、城崎さんには家で起こった怪奇現象について調査してもらいたくて招いたんだが、実際問題、霊視とか出来るのかな?」
「俗に言う霊視とは違いますが、似たようなことなら少しだけ……。これは世間的にはおおっぴらにしていないんで、ここだけの話にして欲しいんですが。大丈夫ですか?」
城崎さんが私達の顔を見回す。
私はすぐに頷いた。都子ちゃんも隣で頷いたようだ。
「もちろんだよ。こちらとしても、家の中で起きたことを外に出して欲しくないからお互いに秘密って事で」
「了解です」
「見てもらうのに、なにか必要なものがあるか?」
「いえ、なにも。というか、なんとなくならもう分かってるので……」
「え、そうなんだ」
なになに? と好奇心満々に身を乗り出した私は、「芽生ちゃん、駄目」と母に襟首を掴まれて引っ張り戻された。
なんで母がわざわざ窮屈な場所に座ったんだろうと思っていたけれど、どうやらこの為だったらしい。
「失礼。ちょっと無邪気な子で……。――じゃあ、伺っても?」
「はい。いえ、その前に確認しておきたいことが……。界太先生のお子さんは、確か天使ちゃんおひとりでしたよね?」
「ああ、そうだよ」
「でしたら、女神さまにお伺いしたいのですが」
「どうか夕香とお呼びください」
「では、夕香さん。あなたの親戚に、お嬢さんより少し年上の娘さんはいらっしゃいませんか?」
「私の?」
「はい。二十歳前後のはずなんですが」
「実家とはずっと疎遠で今どうしているのかはわからないけど、兄の子供に娘がひとりいるわ。たぶん、二十一か二ぐらいになってるはずだけど」
「ってことは、嘘じゃ無かったのか。てっきりまだ十代だとばかり……」
城崎さんは、う~んとひとしきり悩んでから顔を上げた。
「実は、俺の弟が、二年ほど前に家出娘と思われる子を保護しまして……」
城崎さんの弟は喫茶店を経営しているのだが、元々はそこの従業員募集でやって来た子だったのだそうだ。
自称二十歳で漫画喫茶に寝泊まりしているというその子は、やせっぽちの発育不良で、どう見ても十代半ばにしか見えなかった。
しかも明らかに訳ありっぽい雰囲気で、雇うのは躊躇われた。だがここで放り出して不幸になられても後味が悪いと、城崎さんの弟は仕方なく雇い入れることに決めたのだそうだ。
「それ以来、その子には弟の喫茶店の二階の空き部屋に住み込みで働いてもらってるんです。――で、その子ですが、お二人に激似なんですよ」
「私と娘に……ですか?」
「はい。顔立ちや髪質、それと身体的特徴もそっくりで」
城崎さんの目がちらっと私達のつるぺたの胸に向けられる。
「だから、まだ十代の家出娘だと思ってたんですよね。二十歳過ぎなら、もうそっちの心配はしなくていいのか……。――それと、もうひとつ似ているところがあるんです。その子も天使ちゃんと同じで、俺とはじめて会った時に、「虎目石」と口走ったんですよ」
「じゃあ、その子も私と同じものが見えてるんだ」
「「芽生ちゃん、駄目!」」
また前のめりになった私を、今度は母と都子ちゃんが二人がかりで引っ張り戻す。
「……娘の今の発言も、ここだけの話にしてもらえるかな?」
難しい顔になった父に、もちろんですと城崎さんは深く頷いた。
「口外はしません。この手の力のことを表沙汰にする危険性は心得ていますので」
「そうか。助かる」
「はい。で、天使ちゃん――」
「芽生だよ」
「芽生ちゃんもやっぱり神気が見えるんだね?」
「神気?」
なんだそれは、と首を傾げると、城崎さんは「それも一緒か」と呟いた。
「その子……茜という名前なんですが――最初は茜も、自分が見ているものがなにか分かっていなかったんですよ。自分は狐憑きだと言っているぐらいなので」
「……あの人達、まだそんなことを言ってるのね」
「あなたも?」
「ええ。不幸を招くと言われて、高校生になると同時に家を追い出されたわ」
「実際に、狐憑きと言われるような家系だったんでしょうか?」
「いえ、違うわ。……全然違うの。誤解なのよ」
首を横に振った母が、苦しそうに呟く。
「夕香、平気か?」
「もちろん。あなたが私の苦しさを解き放ってくれたから……」
父と母は互いに手を伸ばして、しっかり手を握り合った。
なにやらすっかり良い雰囲気になってしまっているが、話が進まないので邪魔させてもらうことにした。
というかこの場合、娘である私以外この雰囲気を壊せる者はいない。
「ねえねえ、城崎さんの話の続き聞きたいんだけど」
「お、そうだな。えっと……いや、その前に、妻と茜さんを会わせてもらうことはできるかな?」
「もちろんです。こちらからお願いしようと思ってました。どうやらなにか事情があるようですし……。――夕香さん、どうか茜と話をしてやってください」
「こちらこそよろしくお願いします。ちょうど娘にも実家の話をしようと思っていたところだったんです」
大人達の間で、茜さんを招く日取りが決められていく。
茜さんって、どんな人なんだろう?
私に良く似ていて、家を飛び出しひとりで頑張って生きているという年上の従姉妹。会えるのが楽しみだ。
「茜さんは今も喫茶店で働いてらっしゃるの?」
「はい。今は俺のアシスタントのようなこともやってます。彼女が側にいると、色々と助かることも多いので……」
取材にも同行してもらうが、偽の心霊スポットをでっち上げて罠にかけようとしている同業者とか、怪しい企画を持ち込んでくる業界人と会う時などにも茜さんに協力してもらっているのだそうだ。
「茜にだけ見えているもので、相手の敵意の有無を見定めてもらってます」
「ああ、そういう使い方もできるのか……」
「そだね。わかる……かな?」
光は慕わしい人にはぴとっとくっついていくし、気を引きたい時には目の前をくるくるっと飛び回ったり、コツンコツンと体当たりしたりする。怒っている時には、力一杯体当たりだ。
でも心から嫌ったり、憎んでいる人にはどうなんだろう?
よくよく考えてみると、私はそういう場面にはでくわしたことがないような気がする。
父にそれを言うと、「知らないままでいて欲しいもんだ」と微笑んでいた。
「神気といったか。芽生がいつも見ている光がそれなんだね?」
「たぶん。とはいえ神気と言い切れる程の威力もないようですし、神気の卵とか粒とか……まあそんな感じのものなんだろうと思います。これも茜から話を聞いて、神職の方にも色々と相談してみた結果、自力で辿り着いた答えなので正解かどうかはわからないのですが……。――ちなみに、芽生ちゃんは邪気も見えるのかな?」
「邪気? 澱みのこと?」
実例を挙げて話すと、「そう、それだ」と城崎さんは頷いた。
「茜も同じものが見えている。俺には見えないが、邪気を吐き出す者ならそれなりに分かる。近付くと空気が変わって怖気が走るからね」
「見えないの?」
「目では捕らえられない。うっすら感じる程度だ。これはいずれなにかヤバイことをやらかす人間だってね。その逆で、神気に満ちた人もそれなりに感じられる。たぶん、界太先生がそうだと思うんですが」
「神気に満ちてるかはわかんないけど、お父さんから発生する光は特大サイズだよ」
「やっぱりそうか……。今まで茜に色々な人を見てもらったんですが、本当に力を持っている神職や霊能者と言われる人達はやっぱり神気の卵のサイズが大きいそうです」
「お父さん、幽霊見えるの?」
「見たことないな」
父は本気で残念そうに首を横に振った。
「たぶん修行を積めば、ひとかどの能力者になると思いますよ。生来、神気を吸い上げるパイプが太いようですから」
ファンなので漫画家を止めてもらっちゃ困りますがと、城崎さんが苦笑する。
「生涯現役のつもりだから安心してくれ。――神気を吸い上げるといったね。自覚がなくてわからないんだか、どこから吸い上げてるんだろう?」
「強いて言うなら、この世界そのものから……ですかね。俺の独自解釈なんで、けっこう適当なんですが……」
この世界にはふたつの気の流れがあるようだと、城崎さんが言う。
「正邪、陰陽、光と闇。まあ、色々と呼び名はあるでしょうが、そんなものです」
基本的に、命そのものは光だ。
だが、その心が翳り病めば、邪気を孕み放出するようになる。
放出された邪気は、その殆どが太陽の光や神気の卵に相殺されて消えていく。残ったものもやがて大地に還り浄化されていく。
「澱みは地面に落ちるの。お父さんは植物が吸収して、光合成で分解して光に還すんじゃないかって言ってたんだけど」
「さすがですね。俺もそれで正解だと思ってます。たぶん大地そのものにも浄化作用があるんじゃないかな。それで、この邪気が芯を得て寄り集まり、完全に融合すると、悪霊とか怨霊とか言われるものになるんだと思うんです」
「君が取材している心霊スポットにいる幽霊みたいな?」
「いえ、あれは違います。完全に悪霊化している霊は殆どいませんでした。茜が言うには、皆そうなってしまった事情を解き明かして理解してやれば、それで気が済むのか邪気から解き放たれるようなので……」
「そういう事情を君はどうやって解き明かしてるんだ?」
「ああっと、それ言ってませんでしたね。――実は俺、超能力者みたいなんですよ」
城崎さんは気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「霊能者じゃなくて?」
「違うと思います。霊そのものは見えませんから。いわゆる、サイコメトリーに近いのかな? 場に残る残留思念のようなものを読み取る力があって、その中で霊の姿を垣間見たり思念を読み取ったりしているだけなんです。直接見ることはできません」
まさに空気を読んでるようなものですと、城崎さんは笑った。
「じゃあ、心霊関係じゃ無くてもその力は使えるのか?」
「はい。死者のいない事故現場でも、強い思念が残っていれば見れますよ。強く意識しないと使えない力なんで、霊能者より生きるのは楽だと思います。しょっちゅう幽霊見てたら気が休まりませんもんね」
心霊スポットで残留思念を読んでその場に妄執を残した者達の事情を知ると、城崎さんはその場で線香に火を点し、お経を読むことにしているのだそうだ。
「相手の事情を全て知った上でお経を読むと、意外にもすんなり成仏してくれるみたいなんです」
理解されてしまったことで、妄執に凝り固まっていた場が解体されるのかもしれないと城崎さんは言う。
ただし城崎さんに霊は見えないので、成仏したかどうかをはっきり知る術はない。茜さんも邪気がまとわりついている間だけ霊の姿を見ることが出来るとかで、邪気から解放された霊が成仏したかどうかの確認はできないそうだ。
その後の噂を聞いて、もしかしたらと思う程度なのだとか。
「おかしな誤解をされず、ただ本当のことを知って労ってもらえただけでも心が安らぐのかもしれないな。……心霊スポットを訪れる輩なんて、基本的に野次馬ばかりだろうし」
「まあ、俺も飯の種にしてるんで、あまり誉められたものじゃないんですが」
「霊障を受けたことがないとも聞いているが」
「ああ、それは、俺から出る神気の卵が虎目石っぽいことに関係してるんです」
「どうしてそんな不思議な色になったの?」
興味津々で身を乗り出したら、また母に引き戻された。
「たぶん、一度死んで生き返ったせいだと思います」
城崎さんは幼い頃、母親と共に信号待ちをしている所に居眠り運転の車に突っ込んでこられたことがあったのだそうだ。
事故の衝撃に城崎さんの小さな身体は耐えきれず、あっさり心臓が止まった。
だが、共に事故に遭った母親は息子の命を諦めなかった。
自身も酷い怪我を負いながらも息子の名を呼び、その心臓を拳で叩き続けた。
その甲斐あって城崎さんの鼓動は戻ったが、救急車が到着した時には母親の命は尽きていたのだそうだ。
「その時に母が俺に命を分けてくれたんだと思います。そのことがあった後から、空気を読めるようにもなったんで」
「まあ……そんなことが……」
母の手が私の手を探り、ぎゅっと強く握る。
同じ母親として思うところがあるのかもしれない。
「きっとお母さんと仲が良かったから、綺麗に色が混ざって虎目石みたいに見えてるんだね」
私の言葉に、城崎さんは頷いた。
「二人分の命だからか、俺の神気の卵は普通より濃い。そのせいで邪気を弾いてしまうみたいなんだ。危機察知能力も高いから、そもそも自分の手に負えない場所には近寄らないしね」
「ふうん」
感心して頷く私に微笑みかけてから、城崎さんは居住まいを正した。
「さて、話を戻します。――俺は、界太先生との間に立ってくれた編集者から、この家で心霊現象が起きたようだとしか聞いてません」
「そうだね。確かにそれしか言ってない」
「とりあえず、この家の空気を読んで見えたものを順を追ってお話しますので、当たってるかどうか判断してみてください。――まず、その場にいたのは、こちらの三人とその猫ですね?」
「うん、そうだよ。当たってる」
「まず最初に猫が異変に気づき、その後三人であの扉の前に移動した」
「そだね」
「夕香さんが異変の原因を確認した後、三人はマンションの奥へ逃げ、その後を全身真っ黒なものが床を這うようにして追って行った」
「そう! その通りだよ!」
凄い当たってる! と私ははしゃいだ。
都子ちゃんを見ると、まさか本当に言い当てるとは思っていなかったのか、かなりびっくりしているようでちょっとぽかんとしていた。
「お父さん、この人、本当に見えてるよ」
「……そのようだな。――それで、その黒い這う者の正体はなんだったんだ?」
父に聞かれて、城崎さんは困ったように頭を掻いた。
「残念ながら俺は霊能者ではないので、見えているものの正体を正確に探ることまではできません。経験則で予測するだけです。心霊スポットの場合は、たいてい原因がその場にあるので正体を知ることができるんですが……。ですが、確実に言えることがひとつだけあります」
「なんだい?」
「この家に現れた黒いものは普通の霊ではありません。俺の目には、ほぼ悪霊化しかかっているように見えました」
とても危険なものです、と城崎さんは断言した。
次話は、悪霊候補がいっぱいw




