都子ちゃんのこと 6
今日は朝からとても楽しかった。
誰かと一緒に登校するのも、休み時間におしゃべりするのも、連れだってトイレに行くのもはじめてで、私はずっと浮かれていた。
常にひとり仏頂面で宙を見ている私が、都子ちゃんと見つめ合ってにこにこ話しているのが珍しいのか、いつもより周囲にまとわりつく光の量も多い。
色とりどり大小様々な光が1メートル程度の距離をあけつつ周囲を漂うさまは、私の目には電飾のように見える。まるで、ひとりイルミネーション状態だ。
「夕香さんは本当に料理が上手ね。習うの楽しみ」
昼休みには、都子ちゃんと中身が同じお弁当を一緒に食べた。
ちなみに都子ちゃんは、今までは学食を利用していたのだとか。同じように学食を利用しているクラスメイト達と適当に連れだって食べに行っていたらしい。
私は元々ぼっちだったので気づいていなかったのだが、都子ちゃんが言うには、このクラスは特に同じ中学出身者同士がつるんでいることが多いらしい。そういう意味では、ひとり他県から入学してきた都子ちゃんも私と同じようにぼっち気味だったようだ。
まあ、私と違って恐れられていないから、ほどほどの距離感での友達付き合いはできていたようだが……。
「だから、こうして芽生ちゃんと友達になれて嬉しい」
「うん! 私も嬉しい!」
やった! やっぱり私達は、もう友達なんだ!
心の中で私は、ひゃっほうと小躍りした。
友達になるのに特別な儀式なんてないと知っているけど、皆がどうやって友達をつくっているのかは知らなかったから、ちょっとだけ不安だったのだ。
都子ちゃんの口からはっきり友達宣言してもらえたことで、その不安も解消され、私は幸せ絶好調……の、はずなのだが……。
「朝からずっと美結の席をちらちら見てるみたいだけど、気になるの?」
「……都子ちゃんに迷惑かけた人だから別にどうでもいい。同情する気ないし」
「でも、気になるのよね?」
都子ちゃんに苦笑しながら聞かれて、私は渋々頷いた。
美結は今日欠席していた。
担任は朝のHRで家庭の事情だと言っていたけれど、それを素直に信じる気にはなれない。
昨日の夜、美結は、あの真っ黒い人に率いられた集団の中にいたのだから……。
黒い男の人と手を繋いで、また明日とにぱっと笑って手を振ったあの男の子に明日が来なかったように、美結もまたあの真っ黒い人と共にいることでなにか怖い事件に巻き込まれていても不思議じゃない。
都子ちゃんに迷惑をかけた人だから怒ってはいるけれど、それでもやっぱり酷い目に遭うかもしれないと知っていて放置するのは胸が痛む。
「後で美結と同じ中学出身の子に連絡先を聞いてみるね。個人情報にルーズな子がいるかもしれないし」
「いいの?」
「うん。私も忠告したいと思ってたの。そうすれば、なにかあっても後悔せずに済むし……。それと、あんな酷い迷惑をかけられたんだから、やっぱりひと言謝って欲しいじゃない?」
「あ、うん。そうだよね。悪いことしたんだからちゃんと謝らせなきゃだよね」
そうだ。謝らせなきゃ。
その為にも、もう一度だけ会わなくてはならないのだ。
美結に関わることにきちんとした理由づけができて、私はほっとして何度も頷いた。
昼休憩の間に、都子ちゃんは美結と同じ中学の子達に話を聞きに行った。
私がくっついていくと怖がらせることになるので同行はしなかった。
「どうだった?」
「う~ん、思ったより難しいみたい」
美結が悪い男達とつき合いがあることはすでにクラス中に知られていたようで、関わり合いになりたくないとみんな引き気味なのだそうだ。
「最悪、担任経由で伝言を頼むしかないかな」
とりあえず明日も登校してこないようだったら、担任に頼んでみようということになった。
だが六時間目の授業が終わり、さあ帰ろうと立ち上がりかけた時、背後から美結の声が聞こえてきた。
振り返ると、都子ちゃんに美結がからんでいる。
「ねえ、チコちゃん。ねえってば! どこに引っ越したのよ? 教えて!」
すでに授業は終わっているのだから、美結はそれを聞く為だけに登校してきたんだろう。
当然、都子ちゃんは断った。
「教えるわけないでしょう? 自分がなにをしたのかわかってるの?」
「やだ。怒らないでよ。ちょっと誤解があるんだって。見た目は怖いけど、悪い人達じゃないのよ?」
それは嘘だ。
全身から噴き出す澱みで真っ黒で、すっごく怖い人だった。
私はふたりの元に向かった。
「なんで都子ちゃんの引っ越し先が知りたいの?」
じいっと見つめて聞くと、美結は「ひっ」と小さく悲鳴をあげて後ずさった。
土曜日より明らかに身体についている澱みの数が増えている。綺麗な顔にはポツポツと大きめの水玉のように澱みの飛沫がくっついているし、真っ黒い人に小突かれでもしたのか、肩のあたりはべっとりと黒い。
「あんたに関係ないでしょ?」
「あるよ。だって都子ちゃんの引っ越し先って家だもん」
「嘘……じゃあ、もう使えないじゃん」
「使うって、なにに? 都子ちゃんの部屋をなにに使おうとしてたの?」
じいっと見つめて聞くと、美結はじりじりとどこまでも後ずさっていく。それが面白くて、教室の端っこまで追い詰めてやった。
「ねえ、なにに使おうとしてたの?」
「こっち来ないで! た、たまり場に出来る場所が必要だったのよ!」
美結が言うには、そもそもあの集団は都内にあるカフェバーをたまり場にして遊んでいたのだそうだ。だが悪さが過ぎて警察沙汰にするぞと怒られ、そこを追い出されてしまったらしい。その後、いくつか拠点を変えたがその度に同じように追い出され、それならばと仲間内でも下っ端の家に押し掛けるようになったのだとか。
そして現在、美結の大学生の彼氏がそのターゲットにされていた。
それで困り果てた彼氏に頼まれて、美結はひとり暮らしをしている子を探していたのだ。
「それで都子ちゃんに目をつけたんだ。酷いことするなぁ」
「悪いことばかりじゃないって。――ねえ、チコちゃん、彼氏欲しくない? チコちゃんが気に入ったって人もいるのよ」
「冗談止めてよ。私、あんな人達と関わり合いになりたくない」
都子ちゃんはきっぱり断る。
というか、これで頷く子はいないと思う。
「はっきり言って、あんな人達とつき合いがある美結とも関わり合いになりたくない。――さっきも聞いたけど、自分がなにをしたのかわかってるの?」
「なにって……」
「家宅侵入と器物破損? あと窃盗も。都子ちゃんが望めば、警察沙汰にだってできるよね」
「やだ。大袈裟」
「ううん。美結がやったのってそういうことだよ。――ねえ、本当に自覚してないの?」
じいっと見つめると、美結は目をそらした。
どうやらちゃんと自覚しているらしい。
「美結さぁ。私のこと怖がってるみたいだけど、私に言わせれば、美結が一緒にいた人達のほうがずっと怖いと思うよ?」
「そうよね。芽生ちゃんは人を呪ったりしないし」
「うん。呪い方なんてわからないもん」
「マジ?」
私が頷くと、美結は「怖がって損した」と気が緩んだような顔をした。
「あのね。私、人の呪い方はわからないけど、不幸になりそうな人はわかるよ。――ちなみに、今このクラスで一番危ないのは美結だと思う」
「え? やだ、ちょっとやっぱり呪う気じゃん」
「呪わないってば。ねえ、呪いとかそういうの抜きにして、現実的に考えてみなよ。あんな怖い人達と一緒に居て、このまま普通に高校生活送れると思う?」
「無理でしょうね」
美結の代わりに都子ちゃんが答えた。
「こんなことやってたら、退学処分待ったなしじゃない?」
「チクる気?」
「私がチクらなくても、そのうち学校側だって気づくわよ」
「だよねー。今日は家の事情で休んだってことになってるみたいだけど本当? さぼったんじゃないの?」
「ホントよ。制服に着替えようと思って家に帰ったら、怒った親に捕まって閉じ込められてたの」
「そうなんだ……」
金曜の夜からあの部屋にいたのなら、美結は週末ずっと家に帰らなかったってことになる。それなら親が怒って閉じ込めるのも当然だ。
というか、美結が外泊するのが珍しいからこそ、まだ親も怒ってくれているんだろう。
都子ちゃんに迷惑をかけた美結に腹は立つけど、娘を心配して怒る美結の親のことを思うと、やっぱり見捨てられない。
ここで見て見ぬ振りして、美結が不幸になったらきっと後悔する。
いっそのこと、澱みが見えていることを打ち明けて、現実的な危険が迫っていると話してしまおうか?
でも説明下手の私が話したとして、美結が素直に聞いてくれるだろうか?
どうしよっかなぁと悩んでいると、私の周囲を取り囲む大小様々な光の中から、ふわふわと小さな茶色の光が飛び出してきて都子ちゃんの目の前でギザギザ飛んで自己主張しはじめた。
以前だったら威嚇されているのかと思うところだが、都子ちゃんと親しくなることで苺ちゃん達の動きの真意を知った今の私は、それが間違いだと知っている。
人それぞれ光の色は違う。私にとって光の色は名札も同じ。クラスメイトの光の色を全て把握している私は、ぐるっと振り返って光の発生源を探した。
どうやら、終業直後の教室内で言い争っている私達は目立っていたらしく、殆どのクラスメイトがその場に留まり不安げにこっちを見ていた。
その中から、茶色の光の発生源を見つけ出し、じいっと見る。
「なにか言いたいことがあるの?」
「え? 私?」
私に見つめられたクラスメイトは、ビクッとして自分で自分を指差した。
「そう、杏ちゃん。――なに? 話して?」
「え……あ……あの……」
おどおどしていた杏ちゃんは、やがて意を決したように都子ちゃんに視線を向ける。
「ごめん、都子。都子がひとり暮らしだってこと美結に教えたの、たぶん私。ただの世間話のつもりだったんだけど、今の話聞いてたら、なんか大変なことになっちゃってたみたいで……。ほんとごめん」
「悪気はなかったんでしょう? それならいいの」
「うん。ありがと。――ねえ、美結。前にも言ったけど、あの彼氏いるの? いいのは顔だけでヘタレだし、変な奴等とつるんでるみたいだしさ」
「うるさい! ほっといてよ」
「ほっとけないから言ってんじゃん。絶対別れたほうがいいってば」
「今のあたしには、あいつしかいないの!」
「そんなことないって。皆心配してるよ?」
どうやら杏ちゃんは美結と仲良しだったようで、私達をよそに説得をはじめてしまった。
今までこういう修羅場を間近で見る機会がなかったから、私は興味津々で観察していたのだが、そのうちになんだか切なくなってきた。
「嘘ばっかり! なんの価値もなくなったあたしを心配する人なんていないわよ」
「そんなことない!」
言い争っている間も、杏ちゃんから発生した茶色の光が美結にふらふらと近寄っては、慕わしげにぴたっとくっつこうとする。だが、美結に貼りついた澱みがそれを許さずに、茶色の光は澱みと相殺するようにジュワッと消えてしまう。
そんなことが、私の目の前で何度も何度も繰り返されていた。
茶色の光のその動きは、あんたに関係ないでしょと美結から何度拒絶されても、そんなことないと諦めずに語りかけ続ける杏ちゃんそのものだ。
――本当に友達なんだ。
光の動きは心の動き。
杏ちゃんは、美結を諦めない。
ここまで思われているのなら、美結は元々こういう迷惑な人じゃなかったのかもしれない。
やっぱりなんとかしなきゃと思うのだが、どうしたらいいのかがわからない。
困っていると、周囲を取り巻いている光の中から大きめの深緑の光が飛び出してきて、くるくるっと美結の周囲を飛び回りはじめた。
私は深緑の光の発生源を探してぐるっと振り向き、その人をじいっと見た。
彼女はクラス委員で、名前は確か……。
「咲希ちゃん、美結になにか言いたいことがあるんでしょ?」
「あるけど……。なんでわかるの」
「芽生ちゃんは勘がいいのよ」
ぐっと言葉に詰まる私の代わりに、都子ちゃんが答えてくれた。
「ふうん、そうなんだ」
「で、なに?」
「う~ん、これ、言って良いのかな」
「でも、言いたいんでしょ?」
「まあ、そうね。じゃあ、言うけど。――美結がおかしくなったのって、彼氏のせいじゃなく、怪我のせいなんじゃないの?」
「怪我って?」
「美結は中学時代、テニスやって――」
「うるさいっ! あんたには関係ないでしょ!」
「あ、怒った。ってことは図星ね」
ニヤリと人の悪い顔で笑った咲希ちゃんは、怒る美結を無視して、私達に事情を話してくれた。
「彼女、子供の頃からテニスやってて強化選手に選ばれるぐらい才能あったのよ。でも、オーバーワークで肘を壊しちゃってね」
「打ち込んでたものが急になくなって途方にくれちゃったの?」
父が持っているバスケ漫画で、確かそんな話があったような気がする。
怪我でバスケが出来なくなって、鬱屈した気持ちから不良になっちゃったって流れで……。
「違うってば! 知ったかぶったこと言わないで!」
「ほら、図星だ」
真っ赤になって否定する美結に、咲希がニヤニヤと笑う。
我がクラスの委員長は、どうやらかなりいい性格をしているらしい。
真面目そうなメガネっ娘に見えていたのに、人の真実なんて実際に話してみないとわからないものだ。
なんてことを考えていると、またしても光が飛び出てきて美結の目の前でくるくるっと踊っている。
今度の光は薄紫、風情があって綺麗な色だ。
私は、その光の発生源にぐるっと振り返って、じいっと見た。
「香奈ちゃん、なに?」
「えっ! 今度は私!?」
「うん。なにか美結に言いたいんでしょ?」
「そうだけど……」
「どうぞ」
「あー、じゃあ、お言葉に甘えて……。――美結さぁ、怪我は肘だけなんでしょ? だったら陸上部はどう? 部員足りなくて困ってるのよ」
「はあ? 馬鹿じゃない。なんであたしが駆けっこなんてしなくちゃならないのよ」
「えー、だって、テニス部だったんなら瞬発力や持久力あるだろうし、その身体能力をこのまま埋もれさすのは勿体ないじゃない」
「余計なお世話よ!」
美結は怒るが、それは悪い考えじゃないと私は思う。
「陸上部って、やっぱり屋外で活動してるんだよね?」
「そーだよ。良い感じにこんがり焼けるよ」
「だよね」
私がひとりで納得していると、都子ちゃんが「お日様?」とこっそり聞いてくる。
「うん。ラグビー部のお兄さん達と一緒。それなら、悪いものも自然に消えるし」
「なるほどね。……よし。良いこと思いついた」
都子ちゃんはにっこりと笑って、美結を見た。
「学校にチクられたくなかったら、陸上部に入って?」
「はあ!?」
「体験入部でもいいわよ。一週間ぐらい外を走ってくれば黙っててあげる」
「あ、一週間のカウントは天気のいい日限定でよろしく」
梅雨だから、今日のような晴天が一週間続くとは限らない。
曇りの日に外に出ても澱みにはあまり効果がないのだ。
「冗談じゃないわ。なんであたしがそんなことしなきゃならないのよ!」
「嫌なら別にいいのよ。ただ学校だけじゃなく、警察にも届けを出しちゃうかもしれないけど」
「……脅す気」
「あのね、美結。私、あなたのせいで凄く怖い思いをしたの。わかってる?」
「……」
「芽生ちゃんが助けてくれなかったら、きっと今ごろ私が学校を辞めなきゃならなくなってた。私の保護者は、とても揉め事を嫌う人達だから」
「そうなってたら、原因を作った美結も学校から事情を聞かれてたかもね」
ニヤニヤ委員長が口を挟んだ。
「でしょうね。私も美結も運が良かったのよ。この条件を飲んでくれれば、今回の件はなかったことにしてあげる。――悪くない話だと思うけど?」
「うんうん。悪くないね。陸上部においでよー」
大歓迎だよーと、呑気な調子で香奈ちゃんが笑う。
真っ赤になって怒っていた美結は、気が抜けたように溜め息をついた。
「……ほんとにそれで黙っててくれるの?」
「ええ」
都子ちゃんはしっかり頷いた。
というか、都子ちゃんにとっても、この件は表沙汰にならないほうがいいのだ。
騒ぎになったら、田舎から怖い祖母が出てきて、学校を辞めさせられてしまう。
それを避ける為に、今こうして泣き寝入りしているぐらいなのだから……。
「あ、彼氏との関係も考えなおしてみて。でないと、本当に不幸になるよ」
「やっぱり呪おうとしてるでしょ!?」
「呪わないってば」
「じゃあ、勘が働いたってこと?」
ニヤニヤ委員長が聞くので、私はそういうことにしておこうと頷いた。
「うん。なんとなく危なそうな人がわかるの。――美結が、その彼氏のこと本気で好きで別れたくないなら、怖い人達との関係を断つように説得しなよ」
「……それも勘?」
「芽生ちゃんじゃなくても、あの人達に一度会えばわかるわよ。なにか半グレっぽいし……。あの人達が傷害事件を起こしたって聞かされたら、誰だってやっぱりねって思うに決まってるわ」
「うん。私も同感。美結も変なことに巻き込まれる前に逃げたほうがいいよ?」
自分でもわかってるんじゃないの? と聞くと、美結は気まずそうにそっぽを向いた。
「藤麻さんって、意外にお人好し?」
「そうよ。芽生ちゃんはいい子なの」
ニヤニヤ委員長の質問に、都子ちゃんが答えて私の癖毛の頭をくりくり撫でる。
「そっかぁ。藤麻芽生の呪術師疑惑はこれで終了か。つまんないの」
「つまんなくない! 迷惑!」
「はいはい。ところで、普段みんなと没交渉なのに、よく私達の名前を覚えてたわね」
「クラスメイトの名前は全部覚えるようにしてるからね」
私は威張って、つるぺたな胸を張った。
「へえ、だったらさ。みんなの名前言ってみて」
ニヤニヤ委員長が、教室に残っている子達をひとりひとり指差していく。
「結花ちゃん、美智ちゃん、陽葵ちゃん、和泉ちゃん……」
私はそれに全部答えた。
「正解。みんな「ちゃん」付けなのが面白いけど」
「ふん、子供っぽいわね」
「うるさい。あ、そうだ美結」
「ちょっと、なんであたしだけ呼び捨てなのよ」
「都子ちゃんに酷いことしたからに決まってるでしょ! 皆と同じように呼んで欲しかったら、都子ちゃんにちゃんと謝って」
「はあ? 体験入部すれば許してくれるって言ったんだから、それで充分でしょ?」
「違うわよ。私はなかったことにしてあげるって言ったの。許すなんてひと言も言ってない」
「ほらね。ちゃんとごめんなさいして!」
ついうっかり、家で母に叱られる時と同じ言葉を使ってしまった。
自分でもしまったと思ったのだが、やっぱりちょっと変な言い回しだったようで、ニヤニヤ委員長がぷっと噴き出した。
他のクラスメイト達も、ちょっとだけ口元が緩んでいる。
「やだもう。なにこの子。可愛い。噂って当てにならないもんね」
「でしょ? 芽生ちゃんは可愛いんだから」
都子ちゃんがなぜか得意気にそう言って、やっぱり私の癖毛の頭をくりくり撫でる。
「その髪、触り心地どう?」
「見た目通りでふわふわよ。外国人の髪質に近いのかも」
「ねえねえ、触っても良い?」
ニヤニヤ委員長に聞かれて、「別にいいけど」と私は渋々頷いた。
「おお、ホントだ柔らかい。このまま伸ばしたら素敵な巻き毛になりそう」
「ちょうど芽生ちゃんのお母さんがそんな感じ」
「いいなぁ」
二人がかりでくりくり頭を撫でられて、頭がぐらぐらする。
柔らかくてこしがなく、すぐ絡まるから面倒な髪質だと自分では思うんだけど、どうやらこの髪質は都子ちゃんやニヤニヤ委員長のツボにはまってしまったようだ。
いや、違うか。
ふと気づくと、遠巻きにしていた大小様々な光がふわふわと私に近寄ってきて、髪の毛にぺたぺたっとくっついてきた。
――なんと、私の髪の毛、大人気!
母からの遺伝に、ありがとうと心の中で感謝した。
こんなに沢山の光に好かれたのは生まれてはじめてだ。
きっと今の私は、髪の毛にカラフルな電飾を大量にくっつけた変な人になってるんだろうけど、光が見えるのは私だけなんだから気にならない。
光に好かれて嬉しいばかりだ。
ふと気づくと、美結が仏頂面で私を睨んでいた。
「ねえ、美結。ごめんなさいは?」
「……ああ、もう! わかったわよ。――チコちゃん、迷惑かけてごめんなさい!!」
これでいいんでしょうと美結に威張られたが、私はまだ駄目だと首を横に振った。
「チコちゃんじゃなく都子ちゃん! 都子ちゃんが、そのあだ名で呼ばれるの好きじゃないって知ってるでしょ?」
嫌ってるあだ名をつかっての謝罪なんて絶対に心に響かない。
その場限りの謝罪で誤魔化されてなんてやるものか。
都子ちゃんもお怒りのようだ。
さっきから苺ちゃん達がビュンビュンと勢いよく美結に体当たりしていってるのがその証拠だ。
都子ちゃんの光はクラスメイトの中でもピカイチの大きさと明るさを誇っているから、苺ちゃん達が体当たりする度に澱みも少しずつだが薄くなっていく。
「人の嫌がることはしちゃいけないのよ」
やはり母に叱られた時に使われた言葉を口にして、じいっと強く見つめると、美結ははっと驚いたように目を見張った。
同時に、目に見えて澱みが薄らいでいくのがわかる。
もしかしたら私の光も、苺ちゃん達と一緒に美結に体当たりをかましているのかもしれない。
「なに?」
「え? あ……うん。そうよね。……人の嫌がることはしちゃ駄目よね。なんか、あたし……そこら辺の感覚が、鈍くなってたような気がして……」
なんでだろう? と自分でも不思議そうに首を傾げる美結に、杏ちゃんが近寄っていってそっと手を握った。
「怪我して、辛くて……いっぱいいっぱいだったからだよ。きっと余裕がなくなってたの。……もう一緒にテニスできないのは寂しいけど、陸上部もいい選択肢だと思うよ? あんなへたれ男と遊んでるよりは百万倍まし」
「そうそう、百万倍ましだよー」
陸上部の香奈ちゃんが呑気に笑う。
つられたように美結も微笑んだ。
「……そうね。真面目にやってみよっかな。……なんか変な感じ……。あの人達からいっぱい嫌な目に遭わされてたのに、なんで今まで我慢してたのかわからなくなっちゃった。……逃げることだってできたはずなのに……」
「そんなの根っからの体育会系だからじゃない? 逃げたら駄目だって無駄に頑張ってたのかもよ」
我慢することないよと、ニヤニヤ委員長が言った。
「そっか。そうよね。うん……そうなんだ」
美結は急に眩しいところに出た人みたいに、目を細めてぱちぱちと何度も瞬きを繰り返した。
私の髪の毛にたかっていた大小様々な光が、ふわふわとそんな美結に近寄っていく。
光の動きは心の動き。
思いの中身はそれぞれ違うかもしれないけれど、それでもみんなが美結を気にかけている。
そのことが、なんだかとても嬉しい。
「都子、ごめんなさい」
美結は改めて都子ちゃんに頭を下げた。
その姿から、口だけじゃなく、ちゃんとした謝罪だと感じられる。
都子ちゃんもそう感じたようで、すんなり謝罪を受け入れていた。苺ちゃん達も怒りを収めて、くるくるっと美結の周囲を舞っている。
「都子? 「ちゃん」はつけないの?」
「つけないわよ。子供っぽいあんたとは違うの!」
「あ、そう。じゃあ美結も美結のままだからね」
「なんでよ! ちゃんと謝ったじゃない! そういうところが子供っぽいのよ!」
ふん、と美結にそっぽを向かれた。
と、同時に、ぽんっと美結から小さなオレンジ色の光がひとつ発生して、私のおでこにコツンと体当たりしてきた。
そうだ。美結の光は鮮やかなオレンジだったっけ。
入学したばかりの頃は良く見かけていたのに、最近はなぜか見かけなくなっていた。
――ああ、もう大丈夫なんだ。
オレンジ色の光を久しぶりに見た私は、ふとそんな風に感じた。
光の動きは心の動き。
美結の心は、きっと今なにかから解放されて自由になったのだと……。
その後の話を少しだけしておく。
体験入部した陸上部が気に入った美結は、そのまま陸上を続けることになった。
でも、ただ走るだけじゃつまらないと、ハードル走をやることに決めたらしい。絶対に国体に出るんだと教室で高らかに宣言していた。
「あれはただの脳筋だから、目標があればもう問題も起こさないでしょ」とは、ニヤニヤ委員長の談である。
ちなみに、大学生の彼氏とは、多少揉めたらしいが両親の助けもあってなんとか無事に別れることができたようだ。
そして二ヶ月後、あの真っ黒い人が率いていた集団がマスコミを賑わせることとなる。
具体的になにがあったのかは、私の気分が悪くなるから話さない。
ただ複数の死傷者が出たことだけは確かだ。
分割しようにも、なかなか切りのいいところが見つからず長くなってしまいました。
これにて都子ちゃんの部屋絡みのお話は一段落。
次話は、悪霊っぽいものが、もぞもぞと……。




