表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/25

アフターサービス(b)

主婦一名、少女一名、死亡。

男一名、意識不明。


絵画探しの依頼の成果に、深神は顔をしかめた。


「……われながら、これはひどいな」


深神は緋色の死体から自分の名刺を回収し、念のため、倉永の手と足もロープできつく縛っておいた。

これで目が覚めても、自力ではどうすることもできないだろう。


深神はぬらしたタオルを電子レンジで適度に温めると、萌乃の顔や腕についた血をふいてやった。


萌乃はひどく乾いた表情をしていた。

深神が血をぬぐい取ってやる間も、ただ無言で、壁を見つめているばかりだった。


萌乃をひととおりきれいにしてやると、深神は彼女を、一階の書斎に連れていった。

そして本棚の前に立つと、その一画から本をごそりと取り出していった。


前にこの部屋に入った時から、気づいてはいた。

この一画だけ、ほんのわずかだが、本が前へとせり出していたのだ。


本をすべて取り出し、たな板もすっかりはずしてしまうと、奥にうすい板が見えてきた。

その板を慎重にはがし、深神はその向こうにあったあの"山葡萄のレクイエム"を取り出した。


淡い色で着色された、茶色のイヌの絵。


倉永は多分、サバト云々の事情よりも、

純粋にこの"ナキオに似ているイヌが描かれた絵"を萌乃に見せてやりたくて、千代に渡したのだろう。


深神は"山葡萄のレクイエム"を萌乃にも見せた。


「この絵は、君の好きにするがいい」


萌乃はじっとその絵を見た後、黙って部屋を出て行った。

そしてすぐにもどってくると、

あの血塗れたカッターナイフを、絵画の真ん中にぶすりとつき刺した。


「こんなの、ナキオじゃない」


ぽろぽろと、涙が絵画の上にこぼれていく。

萌乃は泣きながら、絵をずたずたに切り裂いていった。



+++++



「志摩子。早々に悪いが、事件の偽装と、死体の身元の入れ替えを頼みたい。

それとハルカに伝えてほしいのだが……」


萌乃の隣で電話をし終えた深神は、腰をかがめて萌乃と視線を合わせた。


「君を私の事務所で引き取ることにする」


とつぜんの申し出に、萌乃は困惑したようだった。


「でも……」

「"葵萌乃"ちゃんのお母さんと"葵萌乃"ちゃんの友だちが亡くなり、"葵萌乃"ちゃんは生き残った。

この事実は変わらない、それはわかるね」

「……はい」

「これだけの情報なら、世間の関心は必ず、"葵萌乃"ちゃんに向かうだろう」

「でも現に、私はひいちゃんを……」

「私はね、萌乃ちゃん」


深神は笑った。見ようによっては、それは無垢なほほえみだった。


「世の中の常識としての"善"や"悪"は、それほど重要なことではないと思っている。

あざとく薄汚い"善"とやらより、私は矛盾のない君の思想と行動力のほうが美しいと思う。

私は君を私のそばに置きたいが、君はいやか?」

「いやじゃ……ないけれど、うれしいけれど、でも、じゃあどうすれば……」

「条件は、君がこれから"宮下緋色"として生きること」


萌乃はおどろきに、息をのんだ。


「ひいちゃんとして? ……私が?」

「"葵萌乃"はここで死ぬ。

事件を偽装するにはそれが一番いいし、親族というのも厄介だからね。

身寄りのない"宮下緋色"に成り代わることは、二重の意味で都合がいいのだ。この条件がのめるかい?」


萌乃は考えた。


"宮下緋色"として生きるということは、どんなものなのだろう。

でも、"葵萌乃"が今日"死んだ"ということは、なんだかしっくり来る気もした。


「……もう一度、お母さんとひいちゃんを見に行っていいですか」

「ああ、いいとも」


深神と一緒に自分の部屋に戻った萌乃は、まずは緋色を見た。

派手な赤色に染まってはいるが、ふしぎと顔は安らかだ。


今度は千代に視線を移す。

千代の目は深神が先ほど閉じてくれたので、やはり眠っているように見える。


ふたりの死体を見下ろしながら、萌乃は心の中で告げた。


さようなら、お母さん。

さようなら、"葵萌乃"。


さようなら、私。


少女は顔を上げ、真っ直ぐと深神を見た。



「みかみ先生。私、今日から"宮下緋色"として生きます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ