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禁断Strawberry  作者: 桜餅子
1/1

自殺

side:雪樫(ゆきがし) 蒼莉子(ありこ)


『人生に希望を微塵も感じられなくなり、生きる事に疲れました。きっと私がいなくなった方が皆にとっても喜ばしい事なんじゃないかって思います。私なんて産まれて来ない方が良かった。私の残りの寿命を誰かに託す事が出来たりしたら、最後に良い事をしたと胸を張ってあの世に行けるのに、それが出来ないのが本当に残念です。今まで迷惑ばかりかけてごめんなさい。さようなら。


雪樫蒼莉子』


(遺書なんて初めて書いたけど、こんな感じで良いよね)


そうして蒼莉子は机の上にそっとシャーペンを置いた。つい数秒前まで握っていたこのシャーペンももう二度と触れる事はない。それだけじゃない。スマホにインストールしていたアプリは全て消去した。数少ない友人との何気ないやり取りを交わしていたLINEも、気に入ってた素朴な音楽ゲームも、家族やクラスメイトと撮った写真を保存していたアルバムも、みんな、簡単な操作で一瞬にして消え去った。今いる自室も整頓どころかまるで断捨離の様にほぼ全てを処分したため、部屋はすっからかんとしていて殺風景極まりない。


蒼莉子は遺書に再度目を通すと、その稚拙な文面に微かに苦笑した。そして、細く長い息を吐き気持ちを落ち着けると、着ていた上着のポケットに入れていた小さなカッターナイフを取り出した。

そして、何の迷いもなく頸動脈に押し当てる。


ー私、雪樫蒼莉子は今日、自殺します


もう……思い残す事はない。

後は……眠りにつくだけ。


そして少しずつカッターナイフに込める力を強めていった。


        ーーーーー

        ーーーーー


遠ざかる意識の中で、ぼんやりと映し出されるのはこれまでに出会った人の顔と、情景。何もかもが懐かしく思えてくる。


(もしかして、走馬灯ってやつかな……)


首元から滴り落ちる血液の音が鮮明に聞こえてきて、自分がもうじき死ぬという実感が強く沸いて出てきた。


(ああ……頭がくらくらする。目眩がひどい。それに何より痛いけど……後ちょっとで死ねるんだ……我慢しなきゃ……)


と、その時だった。


ピンポーン


かろうじて働いている聴覚が、何かの音を察知した。そして、ややあってその音の正体が玄関のインターホンだと気が付いた。


ピンポーン

ピンポーン


(誰……?)


ピンポーン


だが、その訪問者がどこの誰なのかを知る由もなく、蒼莉子はバタンッと大きな音を響かせながら床に突っ伏した……


        ーーーーー

        ーーーーー


ふと瞼を開くと、そこには真っ白な天井があった。そして、おずおずと蒼莉子の顔を除き混む女性の姿。


(なるほど……これが天国か……。想像してた通りの真っ白な世界。……この女の人も亡くなったのか……)


望み通り命を絶てた事に安堵し、開いた瞼を閉じようとする。


(いや……あれ?なんか違う様な……)


もう一度辺りを見回してみる。確かに白い世界だ。だが、蒼莉子の口元には酸素マスクが被せられており、身体はベッドの上に横たわっている。それに、この女性も死人とは思えない。


(どういう事……?)


脳をフル回転させて今置かれている状況について考えようとするも、何故か何も考えられない。蒼莉子はただぼーっと白い天井を見つめていた。


??「……目、覚ましたみたいね」


不意にその女性が蒼莉子の耳元に向かって囁く様に話し掛けた。

その妖艶で、透き通る様な声に蒼莉子はたじろぎ、素早く頭をその女性の方向へ向けた。


雪樫「っ……いたぁ……」


瞬間、襲ってきた痛みに思わず声を出す。


??「ちょっと何やってるのよ……そんなすぐに動いたら傷口が広がるに決まってるじゃない」


女性が僅かばかり棘のある口調でそう言うと、右を向く蒼莉子の頭部をそっと左に傾け、中心に戻した。


雪樫「ご、ごめんなさい……」


蒼莉子がマスク越しに小さな声で呟く。


それから暫くの間静寂が訪れた。

しかしそれも束の間、ややあって女性がおもむろに口を開いた。


??「……あなた、アタシがいる事に不信感を抱かないわけ?」


??「どう見たってあなたの親族ってナリじゃないと思うんだけど」


そう言い女性が溜め息混じりに漏らす。


雪樫「え、ええと……」


女性に言われ、蒼莉子は眼球だけを動かし、女性の頭の先からゆっくりと目を凝らしていった。


……赤紫色のパーマがかったロングヘアーに渋みのある赤いチャイナワンピースを着ていてその上から黒いロングコートを羽織っている。前髪は切り揃えてあり化粧はさほど濃くない。顔立ちもかなり整っている。


(確かに親族かって聞かれればそうじゃないってはっきり答えれるけど……)


理解力が乏しい現在、自分と女性の繋がりについて考えるなど、到底出来やしない。


雪樫「こんな美人な方、田舎顔揃いのうちの親族な筈がないです……」


先程よりも大きめな声で答える。


??「や、そうじゃなくって……。見ず知らずのアタシがここにいる事に、何も思わないの?って聞いてるのよ」


女性が呆れたと言わんばかりの表情を向けた。よく見ると眉間に多少皺が寄っている。


雪樫「あ、ごめんなさい……でも私、今はまだ色々考えるのは難しくて……」


ぽつりぽつりと一語ずつゆっくりと話していく。


ややあって女性が口を開いた。


??「……そう。ならアタシから言わせて貰うわね」


??「あなた、頸動脈切って自殺しようとしてたのよ。で、それをアタシが見つけて救急車呼んだってわけ」


女性が淡々と話していく。


(自殺……私、自殺しようとしてたんだ……)


蒼莉子は点滴をしていない方の手でそっと自分の首元に触れた。がっつりと包帯が巻かれているのを確認すると、段々と自分が何をしようとしていたのか、そしてどうなったのかを理解する事が出来てきた。


(ここは天国でも何でもなくてただの病院……。私、自殺に失敗しちゃったのか)


??「元々、店の関係であなたの隣に住んでるモヤシ男に用があって訪ねてきたんだけど、その男一向に出てこないし。で、あなたならモヤシ男がどこ行ったのか見かけたかもしれないと思ってインターホン押してたら部屋の奥から物音聞こえてきて試しにドアノブ引いたら開いてたから、取り敢えず中入ってみるとそこで出血多量で倒れてるあなたを発見したってわけよ」


(何だろう……。有り難迷惑というか……)


勿論口には出さないものの、悩みに悩んで自殺を決心して実行して、後少しで死ぬ寸前というところで止められたというのは、とても気持ちの良いものじゃない。生きたくなくて死を選んだのに、これでは入院してる間無駄に生きる事になってしまう。


そう考えると、死ぬことさえも出来ない自分が情けなく思えてくる。


蒼莉子は女性から目を逸らすと、ふぅーと小さく溜め息を吐いた。


雪樫「あの」


??「何?」


蒼莉子は女性に目を向ける事なくそのまま続けた。


雪樫「まず……不法侵入……です」


??「はあっ!?」


??「……呆れた」


女性は声を張り上げるが、一拍置くと冷たい声色でぼそっと呟いた。


??「あなたアタシが救急車呼ばなかったらほんとに死んでたのよ?自殺なんかで死ぬとか馬鹿馬鹿しい」


女性のその一言が癪に障る。蒼莉子はマスクを取ると女性に鋭い目付きを向けた。


雪樫「自殺が馬鹿馬鹿しい?そんな無神経な事言わないでください!私がどんなに辛い思いしてたか知らない癖に!」


こんな大声出すとは予想だにしていなかったのか、女性が目を真ん丸にして蒼莉子を見た。だが、またすぐに訝しげな表情を見せた。


??「……じゃあ、あなたは具体的に何に悩んでいたのか言ってごらんなさいよ」


雪樫「っそれは……」


そのまま押し黙った。


……言えなかった。違う。そうじゃない。自分が何に悩んで自殺を思い立ったのかが分からない。


??「なーんだ。言えないのね。そんな曖昧な理由で坦々と自殺を図ってもらっちゃ、世間が気の毒よ。世の中には死にたくなくても病や事故で死んでしまう人が大勢いるって事、あなた肝に命じておきなさい」


??「……じゃ、アタシは帰るわね」


最後、大きく溜め息を吐くと、蒼莉子が口を出す間もなく女性は雑な足取りで病室を出ていった。


雪樫「……」


途端にしーんと静まり返った病室に馴れず、蒼莉子は再び天井を見つめた。そして、さっきまでの一連の出来事を思い出す。やはり、自分に非があったのかもしれない。だが、一度決めた事を他人の一度の口出しで180度曲げられる程、融通の利く性格ではなかった。


だとしても、あの女性の存在が、閉鎖された蒼莉子の中に一縷の光をもたらしていたのは明白だった……


        ーーーーー

        ーーーーー




































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