表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界探偵  作者: 紅茶饅頭
9/10

第9話

「それでは、中に入りましょう。遺体は動かしていませんね?」

「遺体?」

 私の疑問に微笑みだけでオルメスは答える。ジナ=レティは頷いた。

「はい。オルメスさんの指示通り、部屋からは出していません」

「結構です」

 オルメスは満足そうに頷き返す。私は先ほどの会話を思い出した。私は女性に気を取られていて聞き流してしまったが、オルメスは確かに事件と言っていたはずである。

「オルメス、どういうことだ?」

「君も既に想像がついただろうが、中には死体がある」

「死体!?」

 馬車に乗っていた時には思いもしなかった言葉が、オルメスから告げられた。

「そうとも。僕たちはこれから、その死体と対面するわけだから、君も心しておくように。さぁ、ジナ=レティ嬢。案内をお願いします」

「はい。こちらです」

 ジナ=レティは家の扉を開ける。その中に一歩足を踏み入れると、汚臭が鼻を刺激した。私は思わず腕で守るように鼻を塞ぐ。ジナ=レティも自前のハンカチで鼻を覆っていたが、オルメスだけは平然とした顔で、むしろその臭いをもっと嗅ごうとしているように、高い鼻を突き出していた。

「生臭いな。それから、腐敗した臭い。人間の臭いでは無いですね」

「はい。遺体が発見された寝室を中心に、廊下にも魚の死体がバラバラにされて散乱していました。余りにも酷い惨状でしたので、すぐに騎士団員達と片づけをしましたが……いけなかったでしょうか?」

 申し訳なさそうに眉を垂れ下げた女性騎士に、オルメスは笑顔で手を振る。

「いえ、いえ。それは大丈夫です。しかし、その魚がどこから調達されたのかは知りたいですね」

「すぐ近くにある川で釣ったものだと思われます。この家の主人であるビーミッシュさんは釣り好きだったらしく、川で釣りをしている姿が何度か目撃されていますから」

「なるほど。しかし、この臭いだと相当な数だったのではありませんか?」

「ええ。30匹程度だったと思います」

 オルメスは彼女の返答に納得し、礼を言う。そして、出入り口からすぐ左手にある扉をジナ=レティが開いた時、先ほどより更に凶悪な臭いが広がってきた。部屋の中央には、既に動かない男女の身体が並べられていて、すこしだけずれたところに木製の椅子と、真上には太くて頑丈そうなロープが先端を輪っかにして括りつけられている。


 迷うことなく部屋に入ったオルメスだが、私は中に入ることを躊躇していた。この腐った臭いも理由ではあるが、何よりあの横たわった二人の遺体を、間近で見ることに恐怖していたからである。

「この家の主人、トニオ・ビーミッシュさんと、ペトラ夫人です。ビーミッシュさんは首を吊った状態で発見され、ペトラ夫人は刺殺死体で発見されました」

「二人ともこの部屋で?」

「そうです。恐らく、ビーミッシュさんが計画した無理心中だと思われます」

「そう思ったのは何故ですか?」

「ペトラ夫人は刺殺され、ビーミッシュさんは自殺です。それに、生き残った子供の話によると、二人は普段から喧嘩が多く、金にも困っていたと言っていました。父親の方が死にたがっていて、母親はそれを責め立てていたという話です」

「二人には子供がいたんですね」

「ええ。5歳の男の子が一人います」

 ジナ=レティの話を聞きながら、オルメスは手際良くビーミッシュ氏の着古された上着とシャツのボタンを外していく。服をめくると、遺体をひっくり返して背中をよく観察した。

「ヒロヤ。死体は苦手か?」

「苦手も何も、身内以外のものは初めて見た」

「そうか。では慣れてくれ。下の衣服も脱がしたいから、君は靴と靴下を頼む」

 気は進まなかったが、彼の助手として同行したのだからと自分に言い聞かせ、言われた通り靴と靴下を脱がす。グレーのズボンを脱がして下着だけにすると、雇い主は頭からつま先まで、表と裏の両方をじっくりと観察した。

 彼は夫人の方に移動すると、徐に突き刺さっていた胸のナイフを引き抜く。

「……血がほとんどついていないな。それに、固まっている」

 呟くと、興味が失せたようにナイフを放り捨てた。夫人の足首まであるスカートをめくり上げ、じっと観察したと思ったら、今度は頭の位置に移動する。そして突然、平伏するようなポーズをとると、二人の顔のにおいを一心不乱に嗅ぎ始めたのである。

 私はその行動に驚愕しながら、同時に目が離せなかった。この知り合ったばかりの男が次にどんな行動を起こすのか、全く見当がつかなかったからである。


 一頻りにおいを嗅ぐと、急に立ち上がって部屋を出ていく。私が慌ててそれについていくと、オルメスは思い出したように「あぁ」と声を上げ、振り返った。

「ジナ=レティ嬢、貴女はもう職務に戻って構いませんよ」

 あまりに素っ気なく言い放つ。私が「オルメス」と咎めるように呼んだが、彼女は気を悪くするでも無く、むしろ慣れたように「分かりました」と言って改めて私たちにお辞儀をし、この家から出て行った。私は凛とした後姿を目で追った後、彼女が見えなくなると、今度はオルメスを恨みがましく思って見た。しかし、彼は私の視線に気づくことなく、さっさと右手の扉を開けてしまう。

「調理場か。ここもかなり臭いが酷いな」

 そう言って、調理設備や食事をとるためのテーブルと椅子、暖炉があるだけの簡素な部屋を、上から下まで一通り見ながらグルリと回る。

「現時点で明らかなのは」

 歩きながら、こちらを見ずにオルメスは話し始めた。

「今回の事件は明らかな殺人であり、毒によって夫婦は殺害されたと言うことだな」

「毒!? 首を吊ったのに?」

「死んだ後に吊っただけだ。つまり、第三者によって。妻の方はナイフに血が殆どついていなかったし、わずかに付着していた血は黒みがあって固まっていた。死後、数時間経ってから刺されたんだろう。

夫も死斑が全身、特に胸部や腹部に広がっていた。足にも見られたが、最初から首を吊っていたのなら上半身にあれだけ広がるはずがない。それに、太腿周辺を見ただけだが、妻の方も死斑が身体の前面部に多く見られた。二人とも前に倒れて死んだんだ。ナイフが胸に刺さっていたのに、前に倒れるはずがないだろう」


 話を聞けば、単純で稚拙な工作にも思えた。しかし私には、これだけで二人が毒を飲んだのだという根拠には繋がらないようにも思った。

「毒の根拠は何だ? 他の誰かによる殺人だとしたら、どうやって飲ませたんだろう?」

「君の世界じゃどうだか知らないが、この世界にはわざわざ毒を飲ませるなんて真似をしなくても、少し触れるか、においを嗅がせるか、気体を浴びせるかするだけで殺せる毒がいくつもある。多すぎて判断に困るくらいだが、それぞれ特徴があるからな。僕の中では、3つまで絞り込めている」

「凄いな!」

 素直に称賛の言葉が出ると、オルメスは得意そうに笑った。

「このくらいなら容易いさ。馬車の中でも話した通り、僕は毒に関して少し詳しく研究している」

「本当に、君の仕事は一体何なんだ?」

「それを説明するのは、少し難しいな。ここを出たら、もう少し詳しく話そう。今は僕についてきてくれないか」

 了承すると、私たちは調理場を離れ、隣の部屋へ行くことにした。そこには絵本や可愛らしい人形が置かれていて、どれも使い古した感じのするものばかりだった。それを見たオルメスはやはりと言った表情になり、すぐに部屋を出ていく。それどころか、まだ部屋はいくつか残っていると言うのに、出口に向かって歩き始めてしまった。

「全部の部屋は見ないのか?」

「何も出てこないさ。それより、外を見よう」

 そう言って、家の周辺をグルグルと見て回る。地面は柔らかく、昨夜雨でも降ったのか、少しぬかるんでいた。白練りの壁は太陽の光に反射して、所々がキラキラと煌めいている。家の裏に回るとそこには古井戸があり、二人で底を覗いてみたが、かなり深いらしく暗闇しか見えるものが無かった。

「どのくらいの深さなんだろう?」

「石を落として深さを測るという方法があるが」

 二人で顔を見合わせた後、キョロキョロと周囲を探す。すると、石というより岩と言った方が適切な大きさのものがあった。

「これしかないな」

 私の言葉に「まあいいか」と妥協し、二人でそれを持ち上げ、井戸の中に投げ入れる。風を切る音が段々と遠くなって、ついに地面に当たったような音と、わずかな水音が聞こえて来た。

「ほとんど枯れた井戸のようだな。深さは大体60~70mといったところか」

「よく計算できるな」

「簡単だよ」

 物理とは縁を遠くしてきた私には、一体どんな公式に当てはめれば良いのかサッパリ思いつかなかった。

「満足したか?」

「したよ。ありがとう」

 私の好奇心を満たしてくれたことに礼を言うと、古井戸を離れて家の入口まで戻って来た。

お付き合い頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ