第6話
「最初の事例は1763年、今から49年前のことなんですがね、見たことも無いような生物が湖で発見されたと記録にあります。それは全長が140cmほどで身体はガリガリにやせ細っており、琥珀色の瞳は顔の半分もあろうかというほど大きく、そして頭から足の先まで全身が銀色の生物であった、と」
私の頭の中に、その生物が両手を上げて男二人に拘束されている光景が思い浮かんだ。
「貴方のような我々と同じ人間では無いと推測されますが、片言で『ワレワレ、ウチュウジン』と喋ったそうです。我々というからには、団体で行動する生物だと思われますが、何か心当たりは?」
新聞やインターネットで見たUFOの目撃情報を思い出す。もしかして、宇宙人すらあの池の被害者だったというのだろうか。そう考えたら、見たことも無い未確認生物に同情すらしてしまう。
「……見たことは無いんですが、一応、そういった生物の目撃情報はあって……僕の世界では幻の生物みたいなものです。言い伝えの、架空の存在というか」
「なるほど、伝説上の生物というわけですか。それは興味深い」
私にはそれ以上の言葉が出てこなかった。すると今まで静かだったエルスハイマーが一つ咳払いをする。
「まずは、全員で自己紹介をしよう」
そう言うと立ち上がり、私にガッシリとした大きな右手を差し出した。
「エルスハイマーだ。堅苦しいのは苦手だから、敬称はつけないでくれ。敬語も必要ない」
互いに笑みを浮かべて、握手を交わす。彼が席に戻ると、今度はグウィンが手を差し出した。
「グウィン・ターナー。ここの大家だよ」
「ヒロヤです。随分と若いんですね。ご両親は?」
握手を交わしながらそう尋ねると、エルスハイマーがゲラゲラと笑い出した。
「ヒロヤより若く見えるかもしれないが、そいつはとっくに100を超えた爺さんだぞ」
私は驚いて、グウィンを凝視する。しかし、どこをどう見ても私と同じくらいか、下手をすれば私より若く見られそうな青年である。グウィンは私の不躾な視線に気を悪くすることも無く、少しだけ困ったように笑った。
「人とは年の取り方が違うからね。100歳過ぎてるって言っても、俺たちの種族ではまだまだ若輩者だよ」
「種族……?」
「精霊だよ。君の世界にはいない?」
私は頷いた。そして改めてこの善良そうな青年を眺める。しかし、それでもただの人間にしか見えず、変わったところと言えば美しい髪と瞳くらいだ。
最後に、黒髪の男性が手を差し出してくる。
「シャーロー・キット・オルメスです。どうぞよろしく」
「はじめまして。山口広也……山口が姓で、広也が名前です」
「何と呼べば?」
「広也と呼んで下さい。貴方のことは?」
「オルメスと。それ以外の名前では決して呼ばないで欲しい。それから、友人と同じ態度で構わない。僕もかしこまらずに話そう」
私はもちろん了承し、固い握手を交わした。手のひらの肉が薄く、その細い外見からは意外なほど力強く握られる。
「それでな、オルメス。さっきの話だが……」
「却下だ。君が拾って来たんだから、君自身で引き取り手を探すのが正しい。奥方の言うことは正論だ」
「いや、そっちじゃない。彼の話だ」
エルスハイマーは私を見るとオルメスは「ああ、そっちか」と納得したように頷いた。
「それなら構わない」
「良かった! 喜べ、ヒロヤ。滞在先が見つかったぞ。オルメスが面倒を見てくれる」
どうやら私がいない所で、色々と話が進んでいたようだ。しかし、流石に迷惑ではないかと心配になってオルメスをじっと見つめる。
「それは本当にありがたいし、助かるんだけど……大丈夫かな?」
「どういう意味だ?」
「流石に迷惑だと思って。何か仕事とかあれば、何でもするんだけど。金も無いし」
「なるほど、仕事か」
そう言うと、オルメスは両方の手のひらをすり合わせ、考え込んだ。
「俺の手伝いをしてもらっても構わないよ。家事は出来る?」
「上手くは無いけど、一通りは。一人暮らしだから料理も出来るけど、こっちの食材や機材が分からないから何とも……」
「経験があるなら大丈夫だよ。当面はそれでも良いんじゃない?」
「グウィンもこう言っているし、どうだろう、ヒロヤ」
「もちろん、ありがたいよ」
エルスハイマーの言葉に、一も二も無く頷いた。すると、オルメスは「そうだ!」と楽しそうな声を上げて両手を広げる。
「僕の手伝いをしてもらおう! 丁度助手が欲しかったところだ。力仕事は出来るか?」
「体力はそれなりに」
「それなら良い。まだ若いしな。君は何か、知識や技術を持っているか?」
私は困ってしまった。私には定職が無く、つまりは社会経験や技術をほとんど持っていない。
「文学なら多少は。ごめん、あまり役に立つものは身に着けていないんだ。仕事をしていなかったから」
正直に言うと、オルメスは「ふむ」と顎に手を当てて考え始めた。
「計算は出来るか? 収支の計算やしかるべき場所への支払いをしてもらいたいのだが」
「それなら大丈夫だ。暗算は苦手だけど、書いて計算することなら出来る」
「科学の発展について関心はあるだろうか? 斬新な実験は、科学や医学の進歩に必要なことなのだが、偏見は?」
「非人道的でなければ、素晴らしいことだと思うよ。人類には必要不可欠だ」
自分なりの考えを述べると、オルメスは嬉しそうに笑った。
「それなら問題ないな! 契約は成立だ。さて、これは同居する前に確認しておきたいことなのだが、煙草の煙やにおいは気になるだろうか? 僕はかなりの愛煙家なんだ」
「いや、大丈夫だ。父親も良く吸っていた」
「あとはそうだな……僕は何日も部屋に籠ったり、逆に帰らないこともあるが、それにはキチンと理由があって必要なことなんだ。だからあまり気にしないでもらいたい」
「事前に聞いておけば問題ないよ」
「他には、そう、君からは何かあるか? これから共同生活を送るのだから、お互いに悪いところは教え合っていた方が良いと思うが」
なるほどと納得し、私は自分の悪癖や伝えておくべきことを考えた。
「騒がしいのは苦手だ。寝つきが悪くて寝起きも良くないから、朝はあまり喋らない。集中すると他の事が見えなくなる。そういう時は声をかけても気づかないことが多いから、用があれば直接肩を叩くなりして気づかせてくれるとありがたい。とりあえず思いつくところはこのくらいかな」
「よし、決まりだ。僕はこれから出掛けてくる。日が落ちるまでには用事を済ませて来るから、夕食は一緒に取ろう。それじゃあ」
オルメスは一気にそう言うと、椅子の背もたれに掛けてあった黒いジャケットを着て、足早に部屋を出て行った。
お付き合い頂きありがとうございました。