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異世界探偵  作者: 紅茶饅頭
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第3話

主人公の短い探索パートです。

 私はそこまで話を聴き終えて、この哀れな男性に何と声をかけて良いものかと思案していた。怪魚をみただけなら、そういうものもいるのかもしれないと言って慰められただろう。しかしその後の、ここではない場所で繰り広げられた彼の短い冒険譚は、とても信じられないほど奇妙で突拍子もないものだ。

 男性は、しょぼくれた顔で私を見つめる。私が何と言うのかが気になっているようだ。この短い時間での印象ではあるが、彼は私のような若造にも敬意を払う、非常に誠実で正直な人に見えた。当然、私に嘘を吐く理由も利点も見当たらない。

 だからと言って、彼が狂人であると決めつけるのは早計だろう。確かに話の内容自体は突拍子もないが、彼の話し方には理性があり、話があっちこっちと飛ぶようなことも無い。本人の言う通り正気な人間の話し方である。

 だからもしかしたら、全くの幻覚ではなく、ましてや嘘の作り話でもなく、彼は何かを見間違えたのか、溺れている中で見えた走馬燈のようなものなのかもしれないと考えた。


 しかしその考えの反面、本当にそんな出来事が起きたのだとしたら、どんなにスリルのあることだろう、この退屈で暇を持て余した日常がガラリと変わるんじゃないかとも期待していたのだ。

「僕はそういう不思議なことにとても興味がある方なんですが、確かに、貴方の話は今まで聞いたことが無いほど不思議な話ですね」

 そう言うと、彼は肩を落とした。

「でも、僕は貴方が嘘を言っているようには見えません。貴方はとても正直な人だと思います」

 男性がパッと顔を上げる。その顔色には初めて赤みが差していた。

「はい、はい! 私は決して、こんなくだらない嘘は吐きません! そう言ってくれたのは貴方が初めてだ!」

「ちょっと、僕の方でも貴方が体験した出来事について、それからこの池について色々と調べてみようかと思います。個人的に興味がありますから」

 そう言うと、男性は心から安堵したような笑みを浮かべ、スッキリとした顔で会釈をし、その場を立ち去った。

 彼に言った言葉に嘘は無い。事実、私は男性の話にすっかり魅了されていた。真実がどうかというのは然したる問題でなく、件の話は行き場のない暇人の好奇心を掻き立てるのに充分過ぎるものだったからだ。


 私は図書館へ寄ってから、アパートへ帰ることにした。妖怪や怪異の本を片っ端から調べたが、男性の言うような怪魚は載っていなかった。恐竜の図鑑も見てみたが、似たような恐竜もいることはいるが、やはり色まで一致するものは無く、これだと断定できるほどの素材も無い。郷土資料も調べてみたが、あの池の大きさや源流などしか書いていなかった。

 最後に、私は新聞を調べてみることにした。地方の新聞には、地元の小さな出来事まで細かに書かれていた。1年前、2年前と遡り一つの見出しで手を止める。


『行方不明の男性、未だ見つからず』


 今から3年前、あの池で釣りをしていた男性が行方不明になった。朝早くから家を出た男性は夜になっても戻らず、不審に思った家族が探しに出たが発見できなかった。翌朝、警察に捜索願を提出し、池を中心に捜索したが、未だ発見には至っていない。

 見つかったと言う記事が無いと言うことは、その男性は今でも行方不明のままなのだろう。記事には続きがあって、今までにも何人かあの池で行方不明者が出ているということが書かれていた。その中には小学校低学年の男の子の名前もあった。父親が数分目を離した隙にいなくなったらしく、池の中も念入りに捜索したが遺体すら上がらなかったという。

 また、関係があるかは不明だが、あの池の近くでUFOや幽霊の目撃情報も多いらしいとネットの都市伝説のようなことも書かれていた。何にせよ、あの池は普段憩いの場として使われているが、場合によっては危険な場所で、あの不幸な男性が実はかなりの幸運だったということだ。

 私はアパートに戻ってからも、今日の出来事について思索に耽っていた。そうしている内に何だかじっとしてもいられなくなって、こうして筆を執り日記のように書き連ねているわけである。



 私は一晩中興奮が冷めなかったせいで、外が白み始めた頃やっとひと眠りすることが出来た。本に夢中になるとこういうことは度々あったが、その時は決まって昼頃まで寝入ってしまう。しかし、この日は何故かすぐに目が覚めて、時計を見ればまだ朝の6時を過ぎたところだった。

 私ははやる気持ちを抑えながら支度をし、まだ人通りもまばらな通りに出る。やや厚い雲を見て、今日の天気を気にしながらあの池へと急いだ。


 平日の早朝、訪れるのは当然のように私一人であった。昨日より更に人気のない池には、真鯉が水面をスーッと泳いでいる。何とも心の落ち着く光景で、いつも暇を潰している日常の風景である。怪魚とか怪談とか、そういうものとは全く無縁の生活をしてきた私は、この日常風景がそんなものに繋がるのだと言う想像がつかず、また一晩経って熱もだいぶ冷めたからか、興味より空腹が勝ってとりあえずここは後にして朝食にしようと来た道を戻ろうとした。


 その時、どこからか風に乗って歌声が聞こえて来た。最初は木のざわめきか鳥の声かと思い、耳をよく澄ませてみる。

 すると、それは確かに綺麗な女性の声で、歌詞は分からないが何かしらのメロディに乗せて口ずさんでいるということだけはハッキリと聞き取れた。

 何故こんなところに女性が? 私の知る限りここ来るような人間は暇な男ばかりで、たまに来る女性なんてそんな夫を連れ戻しに来る妻しかいない。

 しかし、どんなに頭を左右に動かしてみてもここにいるのは私一人のはずで、女性どころか常連の釣り人すら一人もいないのだ。

 まさか、いや、しかし、と思案しながら、ゆっくりと振り向く。そこには確かに女性がいて、私は危うく腰を抜かすところだった。

 女性は全身を池に浸け、頭だけ出してこちらをじっと見つめている。口を小さく開けて歌いながら、時々リズムに乗るように頭を左右に小さく動かしていた。


 私は逃げることも出来ず、女性から目が離せなくなっていた。何故だか金縛りにあったように身体が言うことをきかなくなったのだ。そうしていると、その女性はスーッとこちらまで泳いできて、岸に両腕を乗せると、上半身だけを私に見せた。白というより青白い肌と、近くなったことで分かる、見たことも無いような美しく品があり、それでいてどことなく幼さを残す顔立ち。

 パシャッ、パシャッ、と魚の跳ねる音がする。尾ひれが水面を舞っていた。そこではたと気づく。その尾ひれを辿っていくと、この女性の身体に行き着くのだ。そもそも、この尾ひれでは池の魚としては大きすぎる。そう気づいたのは今更だった。

 歌声が大きくなる。私はフラフラと覚束無い足取りで池に入ると、女性は私の首に腕をかけ、まるで愛しい男にするように引き寄せた。ドプンと音を立てて水中に潜ると、私から腕を離さず楽しそうに笑みまで浮かべて歌い続けたのである。

次から異世界に入ります。お付き合い頂きありがとうございました。

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