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異世界探偵  作者: 紅茶饅頭
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第1話

 異世界が舞台のため、事件の解決や背景に魔法などの特殊能力が使用されます。そのため、純粋な探偵小説、推理小説ではありません。

 気持ちの良い秋晴れの日であった。私は暇を持て余し、人通りの少ない平日の道をプラプラと当てもなく散歩していた。

 大学を卒業してから、定職に就いていない私の日課というのは、こうして歩いていける距離を散策することと、どこか安くて落ち着ける店に入って文庫本などを読み耽るくらいのものだ。だからこの日もいつものように、狭い5畳ほどの部屋を抜け出して、何となく歩いているわけである。

 さて、近年この辺りでは再開発が進んでおり、タワーマンションや大きなスーパーが林立している。学校が近いこともあって、家族連れで越してくる人も多く、私のような定職にも就かない、古くてこぢんまりとしたアパートに住んでいる独り身の男は、少しばかり肩身の狭い思いをしていた。

 私と同じように肩身の狭そうな場所が、アパートから少し歩いたところにある池である。周りが再開発で賑やかになっていく中、この場所だけが忘れられたようにひっそりと静かな佇まいを残していた。平日、休日と関係なく、訪れるのは私のような暇人か釣果を気にしない釣り人くらいで、行き場のない人間には何だか妙に落ち着く場所だ。


 私はブラブラとその池に向かう。周囲が木々に囲まれているためか、マンションの辺りより薄暗く、肌寒いくらいに涼しい。パーカーのポケットに手を突っ込んで、葉の擦れる音と鳥の鳴き声を聞きながら、目当ての池に辿りついた。

 だが、今日は妙に人の気配が無い。暇そうな釣り人もおらず、どういうわけか、じっと池を見つめる一人の男性がいるだけである。変わった人間は時折来ることもあるが、こうして立ちっぱなしでただ池を見つめているだけという人は初めてだ。

 まさか変な気でも起こすのではないかと、その人物をよく観察する。50代くらいの男性はパリッとしたスーツを着ているエリート然とした人だが、目はどこか虚ろで唇は凍えたように青ざめていた。


 私はどうしてか、数日前に見たインターネットのちょっとした記事を思い出した。それはこの池の都市伝説のようなもので、UFOの目撃情報や幽霊が出ると言った怪談話が掲載されていたが、その中にある男性の体験談というものが書かれていた。

 53歳の会社員Aさんは、その日いつものように、この池で釣りをして時間を潰していた。すると、クンッ、と糸を引っ張るものがあったので、鯉かフナでもかかったかと思い引き上げてみたら、見たことも無いような大きな怪魚で、Aさんはそのまま池に引きずり込まれてしまったのだという。

 この話はネットの狭い界隈で話題になったようで、やれ恐竜の生き残りだ、未確認の深海生物だ、いや宇宙からの侵略者だと、小さなブームになっている。私も多少の興味は惹かれたが、よくある酔っ払いの与太話と思いすぐに忘れてしまっていた。


 しかし、先ほどからじーっと池を見つめ続ける男性を見ていると胸騒ぎがしてきて、このネットの小さな話題が頭から離れなくなってしまう。いっそ、彼が立ち去ってくれれば私の馬鹿な考えも無くなるのにと思ったが、その気配も無い。この池の雰囲気と相まって、天気の良い昼間だというのにひたすら不気味な光景であった。

 私は耐えきれなくなって、男性の方に歩いていく。すると、私の足音に反応したらしく、ビクッと肩を震わせて勢いよくこちらを見た。怯え切った瞳をしていたが、私を認識すると安堵したように力を抜く。

「すみません、驚かせて」

「いえ、こちらこそ」

 掠れた声が、彼の恐怖を語っているようだ。私の中で好奇心が不気味さを上回り、彼が何を考えて池を見つめていたのか知りたくなった。

「本当に失礼な話なのですが、先ほどから、貴方を観察していまして……あまりにも真剣に池と向き合っていたものですから、その、何というか、妙なことを考えているのではないかと思って……」

 すると、彼は申し訳なさそうに眉を垂らし、ペコペコと何度も頭を下げた。

「ああ、それは、本当にすみません。ご心配をお掛けしていたとは露知らず……いや、お恥ずかしい」

「いえ、それは良いんです。ただ、その、こういうのも何かの縁ですから。全く関係ない人間に相談することで、気が楽になることもあるかもしれませんよ」

「いやぁ、相談ということも……」

 そう言って、男性は残念そうに笑った。

「きっと、信じて頂けないでしょうから」


 信じられないほどの体験をしたと、暗に言っているその言葉で、私の中の疑惑がほとんど確信へと変わった。しかし、それを直接投げかけるのも如何なものかと思われたので、私はわざと興味が無さそうにして池に視線を移した。

「そうですか。そういえば、この池、色々と噂があるみたいですね。実は、僕は未確認生物とか、オーパーツとか、そういう不思議なものに興味があるんですよ。ロマンっていうのかな。それで、色々調べたんですけど、この池もそういうものに縁が深いらしいですね」

「やっぱり、何かいるんですね!?」

 男性は、私に掴み掛りそうな勢いで詰め寄って来る。あまりに必死なその様相に思わずたじろぐと、彼はハッとして一歩下がった。

「すみません……つい、その……興奮してしまって」

「いえ……貴方も、そういうものがお好きなんですか?」

「いいえ……いいえ……」

 何度も首を横に振る。もう勘弁してくれ、とでも言いたげではあったが、私は更に追い打ちをかけた。

「別に、隠さなくても良いと思いますよ。確かに、一般的な趣味じゃありませんが、ここにいるのは僕だけですから。僕はさっき言った通り、そういうものに興味があって、信じている人間ですからね。同じ知識を共有できるのはとても嬉しいですよ」


 男性は私の顔を見て、幾分か逡巡したようだったが、ついに覚悟を決めたように、拳を握りしめた。

「それでは……聞いて下さいますか? いえ、聞いて下さい。他の人は皆、笑ったり、貶したりするんですが、私は至って正気で、嘘でも何でもない、本当のことなんです」

 私が「もちろんです」と言い、笑ったり、貶したり、疑ったりしないことを約束すると、男性は安心したように肩の力を抜いて、掠れた声で話を始めた。

お付き合い頂きありがとうございます。

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