4、宇宙船にて
長らく続いた喧騒が嘘だったかのように、静まり返った船橋。
彼は、一人、佇んでスクリーンを見つめていた。
シュッ、と扉の開く音が響く。
「船長、こちらに居られましたか」
「ああ」
背中にかかった声に、しかし振り向きもせずに、スクリーンを見つめたまま尋ねた。
「全員、ポットに入ったのか?」
「はい、後は私と船長のみです」
最終チェックも、疾うに終わっている。自動操縦は順調だった。もはや、生きている人間のすべきことは残っていない。後は機械に任せ、船長自身も自らを配置に着かせなければならないはずだった。
にも拘らず、この場所にいるのは、船長特権の乱用にすぎない。
しかし、それを咎められる者は、もはや傍らの副官しかいない。そしてその副官も、スクリーンに見入っていた。
「…美しいですね」
「ああ。我らが母星、青き地球だ」
船長の言葉に、皮肉げな響きを聞き取り、副官は顔を歪める。
「地球は、どうなってしまうんでしょう」
「そうだな。少なくとも、もう二度と生物の栄える星には戻れまいな」
「もう二度とですか?何百年、何千年たっても?」
「おそらくは、何万年、何億年たっても無理だろう」
極地の氷はとうに溶け、オゾン層は消えうせて久しかった。砂漠化は進み、天然自然の動植物の多くは絶滅していた。
けれど、最終的に地球の生物圏を破壊したのは、ウィルスであった。
「あのウィルスは、植物の細胞壁を分解するようにプログラムされていた。地球上のありとあらゆる『植物』を食い荒らし、二酸化炭素を吐き出す」
「しかし、すべての植物を絶滅させうるとは限らないのでは…っ?!」
「研究室の科学者たちが、何度も試算していたよ。おそらく、あと50年はもつまいと。食い荒らした後、ウィルス自体も絶滅する。しかしその頃には、地球上の酸素はすべて二酸化炭素と化し、平均気温は何十度も上昇しているだろう。もちろん、動物はもっと早く絶滅する」
何度も、繰り返された討論だった。副官のため息でさえも、いつもの通りだ。
しかし、これを聞くのも、今日で最後になるのだろう。
「そして、地球を滅ぼした罪人たる我々だけが、母星を見捨てて逃げ出すのだ」
「地球を滅ぼしたのは我々ではありません!」
副官の悲鳴のような反論が響く。
ウィルスを生み出したのは、軍部のラボでも大学の研究室でもなかった。民間の清掃会社による、除草剤の研究が発端だったのだ。バカバカしくも喜劇的な悲劇は、しかしとどめる暇もなく世界中に広まった。
軍事用に開発されていた地下隔離施設の研究員らと、宇宙ステーションのメンバーだけが、かろうじて生き延び、協力して地球を離脱することに成功した。
「同じことだよ。少なくとも、地球にとっては。地球を滅ぼしたのは我々人類さ。またたくまに地球を破壊しつくして、自らも滅びる。まるで我らこそが地球にとってのウィルスのようなものだな」
「我々は、滅びてはいません!新たな惑星で、今度こそ平和で美しい理想郷を実現するのです…っ!」
泣きそうな副官の声に、船長は、ようやく振り返り、スクリーンに背を向けた。
「…そうだな、そうしなければならない」
なだめる様に言って、若い副官の背を撫でた。目元を拭うと、副官は顔をあげて、
「船長、そろそろ、コールドスリープポットにお入りください」
「そうしよう。目が覚めたら、新たな惑星が待っている」
「ええ、あの彗星の導く先に、居住可能惑星があるはずです」
副官を追って部屋を出る寸前、船長はもう一度だけ背後のスクリーンを振り返った。
そこに浮かぶ、死の惑星となってなお青く美しい地球を見る。
「母なる地球よ、我々を許しては、……くれまいな」
首を振ると、部屋の電源を落とす。ドアが閉められると、船橋は暗闇に包まれた。




