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告げ口  作者: atsu
1/3

飲み会

「ねえ?聞いてる?」

ミナミの声に僕はハッとした。

ん。と声になるかならないかの音を発して僕はほとんど泡のないビールを飲んだ。

「まあ、無難に沖縄じゃね?」ユウセイが大きな声で答えた。

「泳ぐのはプールでいいじゃん。それに今からじゃどうせ予約なんか取れないよ。」

ミナミは右手の人差し指で眼鏡を直しながら答えた。


新宿の居酒屋で飲み始めてから二時間近く経った。彼らは大学の前期試験が終わり、来る夏休みに小学生のようにウキウキしている。事実、僕もそんな量産型大学生の一人だ。他の学生となんら変わりは無い。普通に大学に行き、普通に授業に出て、普通にサボり、普通にアルバイトをして、そして、普通に恋をする。

人と変わっていることと言えば左利きで、人より汗をかきやすいということくらいだろうか。それを抜かしてしまえば普通の学生さんだ。僕はそれでいい。


「失礼、失礼いたしやした。」カヨがいつものような明るい口調で僕たちの席に戻ってきた。

「バイト?」僕はカヨの目を見ずに尋ねた。

「ううん、あ、アタシ言ってなかったっけ?実はもう居酒屋のバイトとっくに辞めたんだ。店長と大喧嘩よ。まあ喧嘩になるにはそうなるだけの理由があってさ・・・言わないけど」笑いながらカヨは皿に残っているカルパッチョをかじった。

「ふーん。」その理由を特に聞こうとはしなかった。カヨのことだ。どうせつまみ食いでもしたんだろう。

皿に残ったカルパッチョをミナミとユウセイに食うかと聞いたが、二人ともいらないと言ったので最後の一切れを食べた。

「んで、誰?」ミナミが言う。

「え?」

「電話。カヨ30分近くいなかったから。」

「ああ。そんなにワタクシの電話のお相手が気になりますか。」

「そうじゃないけど・・・」

「冗談だよ、ミナミ。ママと話してたの、ちょっとね。」

そう。ミナミはそれだけ言ってレモンハイを口にした。

「んで、旅行の話はどうなりました?」

ううんとユウセイが首を横に振った。

まあ難しいよねー。と興味なさそうにカヨはタバコに火を点けた。

「タガワ君は?行きたいとこ。」ミナミが尋ねた。

特にないと答えるとそれなしとユウセイに睨まれた。

「分かってるよ。まあ強いて言えばヨーロッパかな。」

「んな金ねーよ」カヨが笑いながら言う。

「海外ってのも悪くないけど、やっぱ国内じゃね?沖縄とか。」

ユウセイ一回沖縄から離れようか。ミナミが冷静にツッコみ、みんなが笑った。

両耳ピアスだらけの若い女性店員が伝票を持ってきた。

「そろそろ出よっか。3000円で。」ミナミが集金してくれた。

「あ、お金下すの忘れてた・・・」カヨが気まずそうに言った。

5分で戻るからコンビニ行ってきていい?というカヨに、とりあえず俺が持つよ。と言った。

「まじ?アキヒロ、サンキュ!お店出たらソッコー返すね」とカヨが言うので、別にいつでもいいよと言った。


外に出ると少しだけ風がぬるかった。週末の新宿は賑わっていて、毎週カーニバルなのではないかと思う。

また連絡するねと言い残し、ミナミとユウセイは西武新宿駅の方に歩いていった。

「あいつら西武新宿線だったか。」僕は呟いた。

「アキヒロ何線?」カヨは僕の顔をひょいと覗き込みながら聞いてきた。

「俺、埼京線」

「私は山手線だから一緒だね。新宿駅までゴー。」カヨが元気に歩き出したので、僕も並んで歩いた。

「ねえねえ、旅行どうなるかな?」

「流れるだろうね。」

「やっぱ?」

「みんな、旅行行きたいねーって話したいだけなんだよ。実際、金もないし、バイトもしなくちゃだし。

けど、別に旅行なんてしなくてもディズニーだって行けるし、飲み会だってユウセイが勝手に企画してくれんだろ。そうやって遊んでるだけでも十分楽しいと思うけどな。」

「アキヒロっぽいね。」

「皮肉?」

「いやいや。」

僕らは大学のテストの話や、お気に入りのアーティストのアルバムの話をしているうちに駅に着いた。

「じゃあ、俺こっちだから。気をつけて帰れよ。」カヨに言った。

「うむ。アキヒロ君もな。あ!お金!」カヨが叫んだ。

「いいよ、今度で。」

「いや、流石に悪いよ。」

「ATMだってないし、マジいいから。」

「うーん・・・今度絶対返すからね!」カヨは力強く言った。

おうと答えて、僕らは別れた。

帰りの電車に揺られていると、カヨからお礼のラインが届いた。気にすんなと返信し、僕は最寄り駅まで満員の電車に揺られていた。


駅に着き家までの帰り道、途中コンビニに寄って缶コーヒーと明日の朝食べるための菓子パンを二個買った。家に着くとまたラインが届いた。カヨかな?違う。僕はスマートフォンに写るその相手の名前に、少し胸が躍った。

送り主は深津結衣。彼女は今日の飲み会唯一の欠席者だ。体調を崩したらしいとミナミから聞いたので、数時間前に大丈夫?とだけ連絡をしておいた。

返信には、まだ頭痛い。。。飲み会行きたかった。。。とあった。

僕はお大事に。無理しないで。と返すと、ありがと。また寝るね。と返ってきたのでおやすみと返信し、

一昔前に流行ったウサギのキャラクターが布団に包まっているスタンプを押した。それっきり、その晩は彼女から連絡が来ることがなかった。僕はシャワーを浴び、今日の飲み会のこと、そしてユイのことを考えながらベッドの上に横たわった。

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