飲み会
「ねえ?聞いてる?」
ミナミの声に僕はハッとした。
ん。と声になるかならないかの音を発して僕はほとんど泡のないビールを飲んだ。
「まあ、無難に沖縄じゃね?」ユウセイが大きな声で答えた。
「泳ぐのはプールでいいじゃん。それに今からじゃどうせ予約なんか取れないよ。」
ミナミは右手の人差し指で眼鏡を直しながら答えた。
新宿の居酒屋で飲み始めてから二時間近く経った。彼らは大学の前期試験が終わり、来る夏休みに小学生のようにウキウキしている。事実、僕もそんな量産型大学生の一人だ。他の学生となんら変わりは無い。普通に大学に行き、普通に授業に出て、普通にサボり、普通にアルバイトをして、そして、普通に恋をする。
人と変わっていることと言えば左利きで、人より汗をかきやすいということくらいだろうか。それを抜かしてしまえば普通の学生さんだ。僕はそれでいい。
「失礼、失礼いたしやした。」カヨがいつものような明るい口調で僕たちの席に戻ってきた。
「バイト?」僕はカヨの目を見ずに尋ねた。
「ううん、あ、アタシ言ってなかったっけ?実はもう居酒屋のバイトとっくに辞めたんだ。店長と大喧嘩よ。まあ喧嘩になるにはそうなるだけの理由があってさ・・・言わないけど」笑いながらカヨは皿に残っているカルパッチョをかじった。
「ふーん。」その理由を特に聞こうとはしなかった。カヨのことだ。どうせつまみ食いでもしたんだろう。
皿に残ったカルパッチョをミナミとユウセイに食うかと聞いたが、二人ともいらないと言ったので最後の一切れを食べた。
「んで、誰?」ミナミが言う。
「え?」
「電話。カヨ30分近くいなかったから。」
「ああ。そんなにワタクシの電話のお相手が気になりますか。」
「そうじゃないけど・・・」
「冗談だよ、ミナミ。ママと話してたの、ちょっとね。」
そう。ミナミはそれだけ言ってレモンハイを口にした。
「んで、旅行の話はどうなりました?」
ううんとユウセイが首を横に振った。
まあ難しいよねー。と興味なさそうにカヨはタバコに火を点けた。
「タガワ君は?行きたいとこ。」ミナミが尋ねた。
特にないと答えるとそれなしとユウセイに睨まれた。
「分かってるよ。まあ強いて言えばヨーロッパかな。」
「んな金ねーよ」カヨが笑いながら言う。
「海外ってのも悪くないけど、やっぱ国内じゃね?沖縄とか。」
ユウセイ一回沖縄から離れようか。ミナミが冷静にツッコみ、みんなが笑った。
両耳ピアスだらけの若い女性店員が伝票を持ってきた。
「そろそろ出よっか。3000円で。」ミナミが集金してくれた。
「あ、お金下すの忘れてた・・・」カヨが気まずそうに言った。
5分で戻るからコンビニ行ってきていい?というカヨに、とりあえず俺が持つよ。と言った。
「まじ?アキヒロ、サンキュ!お店出たらソッコー返すね」とカヨが言うので、別にいつでもいいよと言った。
外に出ると少しだけ風がぬるかった。週末の新宿は賑わっていて、毎週カーニバルなのではないかと思う。
また連絡するねと言い残し、ミナミとユウセイは西武新宿駅の方に歩いていった。
「あいつら西武新宿線だったか。」僕は呟いた。
「アキヒロ何線?」カヨは僕の顔をひょいと覗き込みながら聞いてきた。
「俺、埼京線」
「私は山手線だから一緒だね。新宿駅までゴー。」カヨが元気に歩き出したので、僕も並んで歩いた。
「ねえねえ、旅行どうなるかな?」
「流れるだろうね。」
「やっぱ?」
「みんな、旅行行きたいねーって話したいだけなんだよ。実際、金もないし、バイトもしなくちゃだし。
けど、別に旅行なんてしなくてもディズニーだって行けるし、飲み会だってユウセイが勝手に企画してくれんだろ。そうやって遊んでるだけでも十分楽しいと思うけどな。」
「アキヒロっぽいね。」
「皮肉?」
「いやいや。」
僕らは大学のテストの話や、お気に入りのアーティストのアルバムの話をしているうちに駅に着いた。
「じゃあ、俺こっちだから。気をつけて帰れよ。」カヨに言った。
「うむ。アキヒロ君もな。あ!お金!」カヨが叫んだ。
「いいよ、今度で。」
「いや、流石に悪いよ。」
「ATMだってないし、マジいいから。」
「うーん・・・今度絶対返すからね!」カヨは力強く言った。
おうと答えて、僕らは別れた。
帰りの電車に揺られていると、カヨからお礼のラインが届いた。気にすんなと返信し、僕は最寄り駅まで満員の電車に揺られていた。
駅に着き家までの帰り道、途中コンビニに寄って缶コーヒーと明日の朝食べるための菓子パンを二個買った。家に着くとまたラインが届いた。カヨかな?違う。僕はスマートフォンに写るその相手の名前に、少し胸が躍った。
送り主は深津結衣。彼女は今日の飲み会唯一の欠席者だ。体調を崩したらしいとミナミから聞いたので、数時間前に大丈夫?とだけ連絡をしておいた。
返信には、まだ頭痛い。。。飲み会行きたかった。。。とあった。
僕はお大事に。無理しないで。と返すと、ありがと。また寝るね。と返ってきたのでおやすみと返信し、
一昔前に流行ったウサギのキャラクターが布団に包まっているスタンプを押した。それっきり、その晩は彼女から連絡が来ることがなかった。僕はシャワーを浴び、今日の飲み会のこと、そしてユイのことを考えながらベッドの上に横たわった。