昔話 二
ーかくしてトラルスは城を出た。まあ、追い出されたわけなんだが、お前も知ってる通り王族はめったに城外へ出ないだろ?まだ子供だったトラルスなら尚更だ。
「僕はそんなこと、気にしたことなかったなあ。」
お前は私の散歩について来るから外によく出るだけだ。私に感謝するんだな!
「.....僕が一緒に行こうって言うまで、ディアが僕の周りをウロウロ歩いて何も手につかないんだもん。別に一人で行ってきてもいいんだよ?」
「また出た!ディアのだんまりだ。本当ディアってコドモだよね。もう、いいから続き話してよ。」
ぐぅ.....っ、生意気な......!
ー城の外に出たトラルスはそれはもう喜んだ。眼に映るものなんでも新鮮だからすっかりはしゃいで、暗い森に入ってきたときも騒がしかったなあ。普通なら大の大人でも気味悪がって縮こまっちまうようなところなのにな。
「ディアはその森に住んでたの?1人で?」
ああ、まぁな。暗い森はモスルっていう魔樹の群生地でな、背が高い木だから森の中は常に薄暗くて、おかげで他の草木は全然生えてこない。どこを見渡しても同じ景色だから目印でもつけて進まないと、まぁ間違いなく遭難するな。 おまけにモスルのつける実は固いからあの森で人間が食うものは無いわけだ。餓死させるにはもってこい、第一王子もなかなかいい場所を選んだもんだ。
私はモノを食べる必要がないから、あれでなかなか快適な所だったがな。静かだし。
「あれだけバクバク食べるのに?」
食べるのはまあ、遊びだ、遊び。
一行は暫く森を歩いていたが、日が暮れるからって事で森の中で野宿を始めた。しばらくしてトラルスがすっかり寝ちまうと付いてきた家臣や兵士たちはみんな手筈通りにトラルスを置いて城へ引き返して行きやがった。
「なんだか、詳しいんだね。もしかしてずっと隠れて覗いてたの?」
ああ。森に人が来たのはふさしぶりだったからな。ただ、尾け回してたんじゃなくて水鏡に移して様子を見ていた。あいつらトラルスに見つからないように木に目印を残してたから、何か怪しいと思ってたんだよなあ。
ー朝になってトラルスが目を覚ました。同じ場所で眠ったはずのお供たちは忽然と姿を消し、薄暗い森でたった一人置き去りにされたわけだ。暗い森に肉食獣がいないのが救いだったな。普通の森なら朝を迎える前に餌になるところだった。
なぁ、トイム。お前なら喰われるか、餓死するか、どっちがいい?
「や、やめてよもう....。あ、そうだ!ね、ひとつ助かる方法を思いついたんだけど、僕ってもしかしたらすごく賢いのかも。」
ほー、珍しいこともあるもんだな。どんな方法なんだ?
「ディアって本当に失礼だよね。あのね、道を探せばいいんだよ。」
は?
「森を越えたところに村があるんでしょう?そんな村なら絶対他の街から商人がものを売りに来るじゃないか。だから、荷馬車が通るための大きな道を作ってるはずだよ。それを辿れば村につける!どう?僕ってすごい?」
.......そのしてやったり顏を歪めさせるのは私もものすごく不本意なんだがな?......そんな道はない。
「そ、そんなはずないよ!じゃあどうやって村の人は生活していたのさ!」
村はない。
「え?」
........んん、正確に言うとずっと昔にはあった。だが、モスルの木は繁殖力が高くてな、どんどん森が広がって、村人は森で隔離される前に他のところへ移っちまった。ま、正しい選択だったな。トラルスが来た頃には村の場所はすっかり森の一部になっていた。第一王子はトラルスがありもしない村を探して早く力尽きることも狙っていたんだろうよ。
「第一王子って、あの.......その、すごく、恐い人だね.....。」
トラルスさえ消えれば自分が次代の王の最有力候補だからな、必死だったんだろうよ。っと、話が逸れたな。
ー私はトラルスが森に入ってきてから、置き去りにされて目覚めるまでの様子を見ていたわけだ。50年くらい森に住み続けて流石に同じ木を眺めて毎日寝転がってるのも飽きてきたところだったからな、暇つぶしにはちょうど良かった。
「暇つぶしって......!!助けてあげようとか思わなかったの?」
む....、私そんなにニンゲン好きじゃないしなあ。ましてその時はトラルスと友達になるなんて思ってなかったし.....友達でもない奴をわざわざ助ける義理はないだろう?
「ディアってそういうところあるよね。そんなんだなら悪い魔女とか書かれちゃうんだよ。」
ま、まぁまぁ、結果トラルスは助けるんだし?話はこれからじゃないか、な?
ー目覚めたトラルスはしばらく辺りを見渡して自分一人なのに気付いたみたいだった。普通薄気味悪い森の中で一人にされたら泣くだろ?私もそう思って、やかましいのは嫌いだからさ、もう水鏡で見るのもやめようとしたんだ。
だが、トラルスは変わったやつだった。
何事もなかったみたいに一人で遊び始めるんだ。落ち葉をどかして虫を探したり、草を口に当てて音を鳴らしたり.....まあよくあの殺風景な森であそこまで楽しそうにできるもんだ。一向に泣く気配もお供を探す気配もない。それどころか、モスルの実を集めだしてどんどん森の奥に進むんだ。
あんな変な奴見たことがなくて、面白くってさ、それでトラルスの所まで行って声をかけたんだよ。
「お前、一人で何をやっているんだ。」って。そしたらあいつ、
「みんな先に帰ったみたいなんだけど、僕まだ遊びたいんだ。」だってよ。
能天気な奴だろ?ちょっとビビらせてみたくなって、
「わたしはこの森の魔女だ。お前みたいなガキは今日の夕飯にしてやろうか。それとも、カエルにでも変えて薬の材料にしてしまおうか。」って脅してやったんだ。我ながらなかなか雰囲気出てたし、これは流石に泣くだろうと思ったら、逆に目をキラキラ光らせて、本当に魔女なら魔法を使って見せてよってせがんできたんだ。
思わず面食らって、ためしにトラルスを宙に浮かせてみたらそりゃあもう喜んだ。私も得意になってきて、気がついたら時間も忘れて二人遊んではしゃぎ回っていた。あんなに魔法を使ったのも、他人に見せるのも久しぶりだった。まして喜ばれるなんて初めてだったなあ。私とトラルスはすっかり友達になっていた。
そうやって遊び疲れて二人して寝転がっていたんだが、急にトラルスの腹が鳴り出してな、そしたらあいつ急に起き上がって、「お腹すいたから僕そろそろ帰るよ、またね。」なんて言って道も知らないくせに適当な方向に自信満々に走り出すんだ。ほんっとうに抜けたやつだった。だが、もう友達になったんだ、放って置くわけにはいかないだろう?仕方ないから魔法で送り届けてやることにしたんだ。ボンボンだろうとは思ってたが、家を聞いて「お城」って帰ってきたときはさすがにちょっと驚いたけどな、ははは。
トラルスがねだるから、数週間ばかりいろんなところに寄り道して、一緒に城まで付いて行ってやったんだ。トラルスが命を狙われてることはよく分かってたからな。生きたトラルスを見て城の奴らは大層驚いていた。特に第一王子とトラルスのを置いていったお供の奴らときたら.........くくっ、人前だからトラルスの生還を喜ばなきゃいけないんだが、その笑顔の青白さときたら!全身に脂汗を浮かべて、頑張って持ち上げた口角は自分のこれからを想像してヒクついてた。ふ、ふははははっ.....あぁ、何度思い出しても傑作だ!
「悪い顔してるよ。」
おっと、いかんいかん。.....まぁ、あとはだいたいお話通りだ。滅多に人間の前に姿を現さない超!希少な魔女の中でもとびきり優秀な私を連れて帰ってきたトラルスは三代目の王に見事気に入られ、めでたく次代の王に選ばれたってわけだ。
「仕事もしてないくせに。」
なっ、わ....私はトラルスに帰らないでって泣いてせがまれたから仕方なーくここにいるだけで、あいつが生きてた頃は仕事だって手伝ってやったんだぞ。ただ、他の奴らは友達でもなんでもないから手伝ってやる義理がないだけだ。
「仕方なーく、400年もここに住んでいるの?何もせずに?」
ぬぅ........な、なんだよその棘のある言い方は.....。魔法使わないでも雨風凌げる分森より楽だし、なんか......ごろごろしてたら.........そうか、もう400年もここにいるわけか。早いもんだよなあ。
「.........僕のこと能天気とか言うけど、ディアにだけは言われたくないなあ。.........ふぁ.........ぁ」
おっ、やっと眠くなったか、寝ろ寝ろ。ちゃんと布団かぶったか?灯り消すぞ。
「ん、ーうん、おやすみ........、」
ーー、
「ーねぇ、ディア。」
「ん.....んー?なんだよ。」
「ひとつだけ、聞きたいんだ......。ディアは僕と、トラルス王と、似てるってよく言う...........けど.........だから、僕と......友達になったの?.............ぼく、は、トラルス王の..........」
「ーははは、馬鹿だなあトイム。確かにお前たちはおバカなところがよくにてるが、あいつに似ているだけのやつならこの400年他にいくらでも見てきた。そりゃあそうだ、みんなトラルスの子孫だからな。だが、それだけの奴らと友達になってもあいつの代わりにはならん。つまらんだけだ。ーなあ、トイムわかるか?私は“トイム”が好きだ。私の友達は“トイム”だ。この先何人と生まれるお前の子孫も、お前の代わりにはなれないだろうよ。」
「うん、ディア......ありがとう....僕たちずっと..........ともだち.........」
「ーああ、そうだ。友達だ。だから、お前のことも私がちゃんと守ってやるからな。」
次からは時間を遡ってトイムとディアの出会いのお話から書きたいと思います