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第三章「伝える彼女と、通じ合う気持ち。」

 そそくさと教室から離れると、すぐに先ほど出ていったヤシチの姿が見えた。相手もこちらの気配に気づいたようで、首だけを後ろに小さく傾けた。

「ん?ああ、なんだよお前も出てきたんだな」

「うん、さすがにシータくん以外女子だらけの中に居続けるのは気まずいからね」

それらしく苦笑を浮かべると、ヤシチも同意見だったようで「ああ、わかるわかる」と頷いていた。

「オレ、女って嫌いなんだよなぁ。すぐ泣くしうるせー」

「そう言う意味で言ったんじゃないんだけどな……」

「ほーん。じゃあお前はどうなんだ?」

「僕は別に……でも一応僕も男だし、嫌いではない、かな?」

 ありのままに答えるとヤシチはからかうようにニヤニヤとし始め、

「なんだよお前、もしかして意外とムッツリかぁ?」

と言って僕の肩をバシバシと叩き始めた。

 僕は慌てて「ち、違うよ!」と言った。

「まぁまぁ気にすんなよ。そういうの、否定するつもりなんかねーよ。しかしアイドルとか芸能人に夢中になる連中の気持ちは、分かんねぇけどなぁ」

 彼は僕の話なんかまるで聞いている様子もなく、笑っていた。

「アイドルって言えば、最近流行ってるよね。正体不明、年齢不詳のネットアイドル」

 返答に迷った僕は、とりあえずは差し障りのない話に話題を持って行って、お茶を濁すこととした。

「あー、いたなぁそんなの。最近テレビでもよく話題になってるよな。音楽番組によく出るやつ。でもいつもイメージ画像と声だけで顔は絶対に出さないんだろ?さて、どんなやつなんだろうな」

「さぁ……見た目に自信がないのかな?」

「ったく、ここでも見た目の話かよ。美人だろーがブスだろーが、んなのどうでもいいっつーの。堂々としやがれ。そんなに嫌われんのが怖いのかよ」

 ヤシチがうんざりした様子でそこまで言うと、途端に後ろで「ぽすっ」と軽い音がする。見れば、ココロが彼の背中に向けてぷるぷると震えるこぶしを突き出していた。さっとそのこぶしを引っ込めたココロは、涙目でヤシチを睨みつけたかと思えばすぐに僕たちの間を強引に駆け抜けていった。

「なんだありゃ?」

ヤシチは首をかしげた。

「パンチされてたね」

「あん?マジかよ、全然痛くなかったぞ」

「でも、どうしたんだろう」

 僕らは彼女の走って言った廊下を見つめて、二人揃って疑問符を浮かべていた。廊下の奥へ走る彼女の背中を目で追いかけていると、後ろの方からは「あーあー泣かせたー!」と、能天気な声が聞こえてきた。再び振り返って見てみると、いたずらをした同級生を見つけたかのようにヤシチを指差すアマネと、その傍で顔を覗かせるサクラの姿があった。

「見てたよ。ヤシチくん、何しちゃったの?」

 強気な表情のアマネがヤシチに迫る。

「別に何もしてねーよ。こいつと話してたら、いきなり後ろからあいつが……」

 彼女は僕に視線を移す。

「二人とも、どんな話してたの?」

「それは……」

「別に大したことじゃねーよ。あいつが泣くような話なんかした覚えねーし、そんな話、わざわざするわけもねぇだろ」

 僕の言葉を遮ってヤシチが前に出る。するとアマネは頬に指をあて、何か考えるような表情をし始めた。

「つまりヤシチくんは、単にたわいない世間話をレイくんとしていたところで、何故か半泣きのココロちゃんに……」

「ああ、そういうことだよ」

 サクラの言葉に、ヤシチは頷く。アマネはハッとして、やがて頭を抱えた。

「むむむ、だとしたらこれはあれですかな。いやいや、それはどうなのでしょう?うーん、なんと言っていいやら。いやはや、これは知る人ぞ知る、彼女のプライバシーの問題ですからなぁ」

「お前って、忙しい奴だよな……」

 ころころと声色を変えてつぶやくアマネに対してヤシチは呆れたように言った。しかしこの時、僕には彼女の抱えているプライバシーについて、ある程度察しがついていた。

「もしかして、彼女の前でネットアイドルの話をするのって、何か不都合でもあるのかな」

 僕は首を傾げた。

「あーっ!レイくんそれ言っちゃう?言っちゃう?」

 アマネが大慌てでこちらに飛び出してきた。

「えっ、えっ、ごめん。ダメだったかな」

 確かに彼女の前でネットアイドルの話をするのがタブーなのはわかったがそれ以上のことはわからなかった。ヤシチとサクラも同様に何が何だかわからないような様子だった。

「あいつとネットアイドルに、なんの関係があんだよ」

 その疑問をそのままにぶつけたのが、ヤシチだった。

「いやー、なんでもない、なんでもないんだよ!それより、ヤシチくんは早急に謝るべき!うん、それがいい!」

 明らかに何かを誤魔化していることがわかる程度にアマネは慌てていたが、抵抗する間も無く、ヤシチの袖を掴んで、ずるずるとココロの走って行った方へと引きずって言った。そうしてこの場には僕とサクラの2人だけが残された。唐突に残された2人の間には、沈黙だけが残った。

「そういえばさ、サクラさんって前にも似たような目にあったんだよね?その時は、どうやって戻ってきたのかな?」

 アマネとヤシチの姿が見えなくなってからもしばらくの間、気まずい空気が流れ続けるのをなんとかしようと話題をひねり出したのだが、彼女は目を伏せて、

「ごめんなさい、その時のことはあんまり話したくないんです」

と言った。

 僕も、そっか、と納得せざるを得なかった。普段からサクラは女子とは仲良くしているところをまま見るのだが、僕を含む男子に対しては一歩距離を置いているような口調で喋るのだった。それからまた数十秒の沈黙を挟み、

「……僕たちも行こうか」

「うん」

 結局無言のままにアマネがヤシチを引き連れて行ったであろう方へと向かった。いくらかの教室に目を通していると、ある教室の手前でサクラが足を止めた。ヤシチとココロの2人がそこにいたのだ。アマネの姿はない。

「あのよ」

 盗み聞きするつもりなどはなかったのだが、この状況で入るのも気まずいので、とりあえず僕とサクラは隠れて様子を見守ることにした。

「なんかよくわかんねーけど、気に障ったこと言ったなら謝るよ。悪かった。だが、言ってくれなきゃ何が悪かったのかとかなんもわかんねーんだよ。オレ、こう見えてヤンキーとかじゃねぇし、拳じゃなくて、言葉じゃねーとなんも伝わんねぇんだよ」

 ヤシチはぶっきらぼうにそう言った。ココロも今まで斜め下に向けていた視線を、ゆっくりとヤシチの方へ向けた。

「気持ち……」

「あん?」

「気持ち……はね、伝わったんじゃない……かな」

「ああ……確かにな。殴られてるかどうかってのは、言われるまで気付かなかったけど、とりあえずお前が腹立ててんのはわかった」

 その言葉を受けて、ココロはほんの少しだけ表情を緩めた。

「同じようにね、伝える手段はどんな方法でも、気持ちを伝えることはできると、思うの」

 ヤシチはイマイチピンときていない様子だった。

「オレはよ、見た目のせいでヤンキーだとか不良だとか言われて周りのやつらに煙たがられてきたんだよ。だから気持ちは言葉で堂々と伝えるようにしてんだ。下手なことやって思ってもねーようなように受け取られたんじゃ、たまったもんじゃねぇからな」

「う、うん、だけど……嫌われるのはやっぱり、怖いでしょ?」

「ああ、そうだな」

「だから、さっきの……」

「つーかお前、結構言うのな」

「へっ!?」

 必死に言葉をつなぎ合わせる作業を遮られたココロは、思わず素っ頓狂な声を出してしまったようだ。

「さっき尚居のやつに提案持ちかけたときから思ってたんだよ。お前はちゃんと物が言える奴だってな。だから、お前が腹立ててるって分かったとき、ちゃんと腹の底からの言葉聞いときたかったんだ」

「あ、あっ」

 ヤシチが笑うと、ココロは顔を赤くしてしまった。

「オレも嫌われんのはやだよ。だけど、何も言ってねぇうちから勝手に嫌いになられんのはもっと嫌だな。もしオレがお前の癪に障るようなこっと言っちまったなら、お前に嫌われないためにちゃんとお前の言葉、聞いとかねぇとな」

 その言葉を受けると、ココロは何かを迷うように俯き、やがてヤシチに真っ直ぐな視線を向けた。

「あ、あのね、さっきの話に出てた……」

 ココロが口をもごもごとさせているところで、僕はサクラの肩を軽く叩く。

「あの、サクラさん」

「離れましょうか、ここから先は、私たちが聞くべきではないでしょうし」

 サクラも僕と同じことを考えていたようだ。ここで2人話を聞き続けるというのは、あまりに非常識だ。僕たちは、そろそろとその場を離れた。

その頃には僕たちも沈黙に慣れ始め、無理に場を作ろうとせずに事務的な会話をこなしていた。

「ところで、教室には誰かいるの?」

 そういえば、僕のあとにシータ以外に教室に残っていたサクラ、アマネ、ココロの三人は、みんな教室を出てしまっていることを思い出した。

「シータくんがいると思います」

「1人だけ?それって大丈夫なのかな」

「え?」

「だって、シータくんって今動きづらい状態なんでしょ?そんなときにもしも、誰かに襲われたりしたら……」

 もちろん幽霊や悪魔に襲われるだなんて思っていない。あくまで、僕たちの中に彼を狙う者がいる場合という可能性の話だ。

 サクラもそこまでは考えがいたらなかったようで、目を丸くしていた。

「考えていませんでした。あのときは、急いで教室を出てしまったもので」

「……急ごうか」

 僕たちは、駆け足で自分たちの教室へと向かった。

 教室にたどり着き、開け放されたドアから躊躇なく中へ入る。

 そこにあったのは乱暴に投げ出されたヘッドフォン、その傍に佇んでいたのは、そのヘッドフォンの主でありながら普段肌身離さずつけているそれを床に放置したまま、息を荒げて額に手のひらを押し付けるヤクモ。

 ヤクモが手のひらの隙間から見つめる先には、真っ赤な血液を心臓に刺さったナイフから垂れ流して死んでいる、シータの姿があった。

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