第一章「呪われた少年少女と、導く少女。」
「ねえねえ、悪魔様って知ってる?」
文化祭の準備中、せっせと作業に勤しむクラスメイトの雑踏からそんな声が聞こえて来た。外は大雨がざーざーと降り続いている。
「悪魔様にお願いすれば、なんでもお願いを叶えてもらえるんだって!」
甲高く響くその女生徒の声は、聞こうとせずとも耳に入ってきた。一体誰が話相手になっているのか、そもそも話相手がいるのか、それすら分からない。
「でもね、悪魔様にお願いを叶えてもらうには、″代償″がいるんだって」
この辺りで、女生徒は声のトーンを下げる。とは言っても、やはり素の声が大きい故か、丸聞こえなのだが。
「例えば大切な人を亡くすだとか、大事なものを失くすだとか……」
なるほど、よく聞くオカルトじみた話だ。だが生憎、冒頭でつらつらと語ったように僕は神様も悪魔も信じていない。そんな世界の常識を破綻させるような存在は、あってはならない。
「それでね、その悪魔様、この学校にいるらしいよ」
女子生徒は話続ける。どうして女子はこうも占いや都市伝説といった、オカルトの類が好きなのだろうか。
「噂によると、男子生徒らしいんだけど……」
女子生徒が話してる最中、突然強い雷が鳴った。教室中がざわめく。咄嗟に外を確認するものもいれば、怯えて耳を塞ぐものもいる。とにかく教室中が、雷に意識を集中させていた。それは僕とて例外ではなく、僕も雷がどの辺りへ落ちたのかの行方を追っていた。だから、教室の誰もがいつの間にかそこにいた彼女の存在に気づかなかったのだ。
「やあやあキミ達、青春してる?」
能天気で明るい声が生徒たちの意識を雷からその声の主へ集中させる。見るとそこにいたのは幼い少女であった。
「君、どうしたんだ?ここは、高校だよ?お父さんかお母さんとはぐれたのか?」
クラスの委員長の男子がおずおずと彼女に尋ねる。
「子ども扱いしないでよ、もう。失礼しちゃうなー。ボクを誰だと思ってるの?」
教室中がざわめく。誰も彼女のことを知る者はいないようだ。
「ボクは、神様だよ。そんで唐突だけど、キミ達はこの学園に閉じ込められちゃいましたー!」
ざわめきが一瞬止まる。しかし、また間をおいて生徒たちはざわめきだす。
「そうだね、うん神様。それで、お名前はなんて言うのかな?」
またも委員長が、まるで体操のお兄さんのように神様と名乗るその少女に話しかける。クラスメイトたちも、彼女の突拍子もない発言に『どうせ子どもの言うことだ』とでも言いたげな反応を見せていた。顔立ちは幼く体型も小柄である彼女は、僕達の目にはどう見ても子どもにしか見えなかった。
「キミ達いい加減にしてよねー現実を受け入れなきゃ大人になれないよ。ボクの言うことが信じられないって言うなら、そこの窓を開けるなりぶち破るなりしてみなよ」
彼女に言われて、委員長はにこやかに笑いながら窓へ向かう。彼はその窓を難なく開けて見せた。
「ほら、ちゃんと外が見えるだろう?お兄さん達、文化祭の準備とかで忙しいから、邪魔するんじゃないよ?」
あくまで柔和な表情のまま、委員長は彼女に語りかけた。
「それさ、外は見えるだけでしょ?ちゃんと触ってもないのにそこに何も無いのが当然みたいな見方は、感心しないと思うなー」
その彼女の言葉に、流石に委員長もムッとしたようだ。彼は窓の外に右手を伸ばす。
「ひっ……ああああああああああああああ!!!!!!」
瞬間、彼の右手は窓の外へと出て行った部分から焼け焦げた。炎も出さないままその火傷は体全身へ広がり、やがて彼の全身を黒く覆い尽くした。
その光景はまるで呪いのようだった。おかしい、呪いなどあるはずがない。そんなもの、常識的に考えてあり得ない。僕は珍しく動揺していた。
「わかったでしょう?キミ達は、もうこの学校から出られないんだよ」
委員長だった黒い塊を見て言葉を失い、そして彼女の言葉を聞いて現実を思い知らされる。
「でもね、安心してよ!キミ達に一つだけ、救済策を用意したんだ。ボクってばやっさしー!」
もはや教室中の全員が彼女に釘付けだった。僕達は彼女の次の言葉を待った。
「それはね、『悪魔の呪いを解くこと』なんだよ。なんでもこの学校を根城に悪魔様とやらがぶいぶい言わせてるらしいじゃない。まぁボクから見ればただのザコなんだけどさ、流石にボクもザコキャラに威張られて黙ってるほど優しく無いんだよね。もうげきおこぷんぷん丸だよ。でもさ、僕とそいつとじゃレベルが違いすぎて話にならないからさ、そいつのことはキミたちに一任してあげようと思うんだ!ほら、ゲームでもレベルを上げて物理で殴るだけじゃただの作業でしょ?やっぱザコキャラの相手はザコキャラじゃなくっちゃ」
小さく結ばれた左側の髪をいじりながら、つらつらと述べる彼女。悪魔、それは確か先程女生徒の口から耳にした言葉だ。だがしかし、悪魔などいてたまるものか…けれども、この学園が異常な事態に巻き込まれているのもまた事実だろう。僕は目にしたものは、信じるタチだ。
「質問してもいいかい?」
思い思いにざわめくクラスメイトを尻目に、僕は彼女に尋ねた。
「呪いを解くっていっても、どうすれば呪いが解けたことになるのかな?」
今のままでは情報が曖昧すぎて解決の手立てが無い。まずは最終的に何をすべきか、明確に判断しなければならない。
「その質問はナンセンスだよレイくん。その方法は君たちが自分で見つけてくれないと面白くないじゃーん。でも、特別にヒントはこの学校のどこかに散りばめておいたから!特別サービスだよ!」
そう言って胸を張る彼女。しかし胸はない。そんなことより、彼女は何故僕の名前を知っていたんだ?何も言ってないのに僕の名前を知っているなど、常識的にあり得ない。
「それに、なんとなんと!君達にはそれぞれ特別な能力をあげちゃうよ!本当はもっとド派手なのあげられるんだけど、ちょっと本筋とは趣向を変えたいから控えめな能力にしといたよ。代償は…君達全員、『平穏な学園生活』でいいんじゃないかな!」
「の、能力……?」
突然出て来た単語に、僕は目を丸くした。
「そう、能力!使い方は……まぁ、受け取っちゃえば勝手に分かるからさ、あとは適当にやっちゃってよ」
彼女は説明するのがめんどくさくなったのか、大雑把にまとめた。
「とにかく、せいぜい頑張って呪いを解いてやっちゃってよ!校舎と体育館ならどこでも自由に動けるようになってるからさ。あ、でも渡り廊下は気をつけなよ。もしうっかり外に手を出しちゃったら黒コゲだよ。じゃ、ボクはキミ達の奮闘劇をゆっくり眺めてるから」
そう告げると、彼女は僕が瞬きをすると同時に消えてしまった。
悪魔の呪い、閉鎖された学園、神様に与えられた能力。突然の非常識な非日常にどうしていいか分からない。だがこんなときでも僕は自分の周りに起きている出来事よりも、今日はテレビが見れないということを気にしていた。