プロローグ「常識にとらわれた少年と、脚本の下書き。」
この世に神様がいるなどと言われたら、一体どれほどの人がその言葉を素直に真に受けるだろうか。
普通は神様はおろか、オカルトや超能力などのとんでもない存在というのはフィクションの世界の造物にすぎない、と思うであろう。
事実、僕もそうだった。
近頃巷で話題になり始めた『神様』という存在、まあ話題とは言ったものの現段階では都市伝説の様なものにすぎず、表立ってその存在が世に知らしめられるのはもう少し後なのだが、そのようなぼんやりとした存在を僕はこれっぽっちも信じてなどいなかった。
テレビに出ている、自称『神様から能力を授かったもの』達は誰もかれもどこか胡散臭い。
一昔前にやっていた、ただのマジックを超能力と言い張ったり、テレパシーによって失踪した人を見つけ出すような番組となんら変わらない。
そもそも僕は生まれつき神様に期待などしていなかったし、オカルトの存在である幽霊や妖怪を恐れたこともなく、超能力者に憧れをいだくようなこともなかった。
何故なら僕は現実に期待も、恐れも、憧れも抱いたことがなかったからだ。
僕にとって目の前で起きている現実というのは全て、どうでもいいことにすぎないのだ。
だが、僕は毎日に期待をし、不安を恐れ、英雄にあこがれているかのように生活している。
何故ならそれが一般人の『常識』だからだ。
僕が七歳の頃、若くして母がなくなった。
僕は泣いた。
病院のベッドで泣いた。
葬儀場で泣いた。
火葬場で泣いた。
だが心は1ミリの涙も流してはいなかった。
表向きは泣き続けていても、心の中では『早く精進料理を食べ続ける日々をくぐりぬけて、大好物のハンバーグが食べたい』とか、『家に帰ってお気に入りのアニメを見たい』とか、そのようなことしか考えていなかった。
しかし周りの人が泣いているのに合わせて、僕も泣いた。
何故なら七歳児が大好きなママを亡くして悲しまないのは『異常』だからだ。
十一歳の頃、僕の学校に不審人物が乗り込んできた。刃物を持ったその男は、僕の学友の一人を捕まえ、僕らを脅した。
僕はひどくおびえたふりをしたが、心の中では『せっかく今日の給食はカレーだったのに、このまま騒ぎが長引いてしまえば食べられないじゃないか』といったことを考えていた。
しかし、他のクラスメイト達と一緒に教室の隅っこに固まってガタガタと震えていたのはそれが11歳の少年としては『常識』だからだ。
昨年、中学三年生の夏に、父が亡くなった。
僕は病院ではたった一人、父に泣きついていたが、葬式の場においてはしっかりと父の死を受け止め、歯を食いしばって涙をこらえた。ように取り繕った。
僕の心の内はやはり七歳当時から変わらない。
『早く家へ帰ってハンバーグが食べたい』、『お気に入りのテレビ番組が見たい』そんなことばかりが頭にはあった。
父がいなくなってしまったら今まで通り安定した食事をとることはできなくなるので困った、程度のことは考えたかもしれない。
だが表情はどんなときでもその場にふさわしいものを選び続けていた。何故ならそれらが『常識』だったからだ。
こうして母を亡くし、父も亡くした僕は、兄弟もいなかったため中学三年生にして一人暮らしを始めることを強いられた。
まあ一人暮らしとは言ったものの、親戚中から少しずつ仕送りやめいっぱいの恩を受け取っているのでそれほど生活は苦でもない。
皆僕がいい子だからと、僕に優しくしてくれる。
僕はそれをありがたいとも申し訳ないとも思わない。
十代にして両親を失ったかわいそうな少年にやさしくすることは『常識』だからだ。
ただ僕は建前として感謝や遠慮をしてみたりする。
なぜならそうするのが『常識』だからだ。
父の死をそれほど苦にも思わなかった僕は、それからいつも通りまじめに勉強し、時に遊び、いたって普通に日々を過
ごしながら受験戦争を勝ち抜き、見事『私立鷹ノ宮高校』に特待生として入学することができた。
物語は入学から約二ヶ月後、文化祭を間近に控えた六月から始まる。
物語といったもののこのような不条理に満ちた物語は脚本というにはほど遠いものだし、あくまで黒歴史の下書きの様なものだとおもってもらいたい。