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八つ歳の離れた姉の綾佳は、生まれた時から目の上のたんこぶだった。普通赤ん坊は可愛がられるものだろう。もちろん文佳も可愛がられなかった、大切にされなかったわけではない。しかし、当時すでに美少女としての評判が高かった綾佳は、妹が生まれた後も両親の、周囲の寵愛を受け続けた。
文佳もすくすくと美少女として成長した。綾佳の妹でなければもっと幸せだっただろう。
姉妹故に二人は似ており、それ故、姉に比べれば妹が少し見劣りするのは明らかだった。姉妹仲は決して悪くなかったが、文佳は姉に対してわだかまりをもって成長することになった。
目障りな姉は若いうちに結婚して家を出て行った。なんとなく肩の荷が下りた気分になった文佳だったが、そんな日々は長くは続かなかった。
姪、ナナの誕生である。
生まれた時からナナは圧倒的だった。当時高校生だった文佳にもそれは分かった。よって、周囲の寵愛がナナに注がれても、仕方が無いことと見ていた。
それでも燻っているものはあった。綾佳ナナ親子を見返したい、容姿以外のところで勝負するしかないと考えた文佳は留学しようと考えた。両親は費用を出してくれると言ったが、自分で払うと譲らなかった。
見返すのであるから自費でなんとかしなければならない!
これが間違いの始まりだった。金銭トラブルに巻き込まれ、二百万円必要になった。それでも親に頼りたくなかった者が行くとすれば夜の街である。
ここで始めて、文佳は自分の容姿が武器になることに気がついた。綾佳には劣るとは言え、キャバクラで人気を勝ち得るには十分過ぎるぐらい美人だったのだ。
気を良くした文佳は、更に男を喜ばせるテクニックを学び、磨いた。そちらの才能があったのか、あっという間に店内トップになり、大手の店に引き抜かれ、そこでもトップを取った。二百万円の借金は簡単に返済したがその後も続けて留学資金を稼ぎ、留学から帰った後も、大学を卒業するまで続けた。
男を喜ばせるテクニックを知り尽くした文佳にとって、就職試験は楽勝だった。大手通信メーカーの内定をあっさりとゲットし、入社した。
入社した後も店で磨いたテクニックは有効だった。上司も先輩も、男性社員は簡単に手玉に取れた。後は女子社員に嫌われないようにすれば良い。その対策には、店で稼いだお金が役に立った。散財せずに貯金していたため、新入社員に似つかわしくない額を持っていたのだ。それを使ってこまめに心づけをしておけば、平穏に過ごすことができる。
姉とナナは夫の転勤で全国津々浦々を回っていたため、文佳の視界には入って来ず、そちらからのストレスも無くなった。
人間関係が上手くいくと仕事もうまく回り始める。一生懸命続けていれば大きな仕事を任せられるようになり、どんどん仕事が面白くなった。
輝いている文佳に言い寄ってくる男は多かったが、男の裏側を知っていると、どれも物足りなく写り、そのことが更に仕事に走ること拍車をかけた。
なにもかもが順風満帆に思えた。
調子に乗って三十歳になった記念にマンションを買った。
これが新たな間違いだった。
期せずして発生して世界的な不況に巻き込まれ、大きな負債を抱えることになってしまった。今度は二百万円なんてものではない。
夜の街に戻るか、しかしそんなことでは簡単に取り戻せそうに無い、いざとなったら身体を売るしか……というところまで追い詰められた文佳を救ったのは、目障りだったはずの姉だった。
妹の苦境を聞いた綾佳は、すぐにかなりの額のお金を貸してくれた。どこから出てきたのかとびっくりしたが、考えている余裕は無かった。好意に甘えてなんとか危機を乗り越えた。
「気にしないで」と綾佳はいつもと同じように優しく微笑んでいたが、大きな貸しができたのは確かだった。
だからそのマンションにナナを居候させてと言われた時も、断れるわけが無かった。
一年に一度は会っていたから知っていたが、姪は圧倒的な美少女に育っていた。しかし美という特権に胡坐をかいて何もしない少女には育っていなかった。家事は文佳よりもうまく、勉強もそこそこできるらしい。人を小バカにしているような口調は気になったが、その容姿を考えれば似合っているとも思えた。
しかし小さなストレスがかかった。また歯車が少しずれている、そんな感触があった。
「そんな時にこの指輪に再会しちゃったの」
差し出されたのは、大きなダイヤが中央に鎮座し、その周りを小さなダイヤが花びらを形どっているデザインの指輪だった。
「綺麗ですね」
「いいじゃない」
「でしょう。お店をやめる時に記念に買ったの。大切にしてたんだけど借金を作った時に手放しちゃって。でも、三ヶ月ほど前にコメ将軍で偶然見かけたの」
コメ将軍とは、ブランド物を主に取り扱う質屋チェーンだ。
「思わず買ってしまったんだけど、定価よりかなり安くなっていたとはいえかなりの金額で、綾佳にもお金を返さなくちゃいけないから苦しくなってきて……」
「夜の仕事に戻ったんですね」
こくりと頷く。
「金曜日だけね」
「それで酔い潰されるなんて、腕が落ちたんじゃないの」
「そ、そうね……」
「文佳さんを攻めるなよ。それに今の話だと、お前が諸悪の根源だったみたいなんだが、反省しているのか」
「私の美しさがしばしば罪となっているのは認めるわ。でもそれを反省することもないし、謝りもしないわ。分かっているでしょう」
「そうだった」
ルリは頷く。
「それにしても、ママがよくそんなお金を出してくれたわね」
「そうね。持っていたのもびっくりしたけど、出してくれたのもびっくりした」
「それは、やっぱり妹が可愛いからじゃないんですか」
「それはない」
ナナと文佳はサラウンドで否定する。
「ママのことだから、何か企んでいるに違いないわ」
「ええ。ナナを居候させるぐらいで済むなんて思っていないわ。このこと、絶対に綾佳に言っちゃ駄目よ」
すがる文佳にナナは頷く。
「私もそこまで悪人じゃないわ」
「どれだけ恐ろしいんだ」
「カッチンはママの怖さを知らないだけよ。いつも優しい顔をしているけど、本当は怖いんだから」
「ええ。たまにナナを綾佳の子供だなって思うけど、所詮まだまだ子供。全然叶わないわ」
「その表現、すごく伝わります」
「なに言ってんの。休みを潰して、勉強に付き合ってあげているのを忘れるんじゃないでしょうね!」
「忘れてた!」