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枇々野 那奈 (ひびの なな)
籠目高校1年A組。自他共に求める超絶美少女。自由奔放な
性格で周囲を振り回す。
阿久津 瑠璃 (あくつ るり)
籠目高校1年A組。ナナの友人でスポーツ観戦オタク。背が
高くてグラマラスな眼鏡っ子。
湯川 麻友 (ゆかわ まゆ)
籠目高校1年A組。面倒見がいいクラス委員。背が低いが
ポニーテールは大きい。
九季 文佳 (くき ふみか)
ナナの叔母、33歳独身。IT系企業に勤めるキャリアウーマン。
仕事はできるが家事はからっきし。
十月に入って一週間が経過していた。
つまり、あの嵐のような学園祭はすでに一週間前の話として、籠目高生達を通り過ぎていた。
しかし学内は平穏を取り戻していない。
籠目高校が誇る、籠目祭でも嵐の中心で在り続けた超絶美少女一年A組の枇々野那奈が、休止していた放課後の告白タイムを再開したのだ。
ナナはそこらの女優が横に立ちたくないと思わせるほどの圧倒的な美貌を誇る。当然のことながら、恋人にしたいと思う男は多い。
同級生はもちろん、先輩も先生も用務員のおじさんも全員、ナナの隣に座ることを望んでいる。
機会は平等に与えられるべきだ、というのがナナの考え方らしい。
その考えに従って、放課後の体育館裏には長い行列ができる。機会は与えるが、自分がやりたくないことはやらないのがナナだ。男の側の都合など知ったことではない、告白するなら体育館裏に来なさい、ということだ。
その意味で、そんな列に並べるわけが無い先生達はレースから脱落することになる。もっとも、それでも果敢に挑戦したという噂は絶えない。
一学期の間に男子生徒はほぼ一巡し、二巡目に入っていた。気の早いものは三巡目を済ませていた。つまり、誰とも付き合わなかったのだ。
二学期に入ってからは学園祭に専念したいと言うことで、告白タイムは休止されていた。
しかし学園祭開けの月曜日、度胸のある猛者が体育館裏に呼び出したところ、ナナはあっさりと了承したのだ。それによって一ヶ月間籠目祭に向けられていた男子達の情熱は休む間もなく再度燃え上がり、放課後の体育館裏が熱気で満ちることになった。当然その熱量が放課後だけで放出されるわけはなく、放課後以外の時間も、学内全体が騒然としていた。
「お待たせ」
学校のヒロインとしての役割を終えたナナが教室に戻ってきた。顔には疲れなど一切出ておらず、溌剌と輝いている。
「早かったな」
おかっぱ髪に眼鏡の少女、阿久津瑠璃が壁掛け時計をちらりと見て、ぶっきらぼうな口調で迎える。
「面倒くさくなってきたから、途中で打ち切ったわ」
ルリはそれを聞いてもいつものことだと表情を変えなかったが、教室に残っていた他の女子が反応した。
「それって冷たいんじゃない」
小さな身体にくっついた大きなポニーテールを振りながら近づいてきたのは湯川麻友だ。このクラスのクラス委員だが真面目なタイプではなく、はすっぱな話し方をする。面倒見が良く、クラスのまとめ役だ。
「並ばせたんだから聴いてあげなよ」
「並ばせたんじゃないわ、勝手に並んだのよ」
ナナは優雅な笑みを浮かべる。それだけでどんな悪事をも許してしまいそうになる魅惑的な笑みだ。
「で、でも、せっかく並んだんだし」
すでに麻友は及び腰になっている。
「だって彼等は私に好意を持って告白しているのでしょう。好きな相手が嫌がることをして、受け入れられると思う?今日がラストチャンスだなんて誰も言ってないわ。だったら、次のチャンスを待てばいいでしょ」
勝てないと悟った麻友は、一縷の望みをこめてルリにちらりと視線を向ける。
「女神の与える平等なんてこんなもんだ」
ルリはぶっきらぼうに言って、読んでいた本を閉じて立ち上がる。立ち上がるとかなりの身長の持ち主だったことが分かる。
ナナも女子の中では背が高い方だが、ルリはそれよりもさらに十センチ程、男子の平均身長よりも高い。麻友と並ぶと大人と子供にしか見えない。
「帰るか」
「ええ」
ナナの動きに合わせて、チェック柄の短いプリーツスカートがふわりと舞う。十月に入り、冬服に衣替えしている。夏服と同じデザインの丸襟の白のブラウスに赤いリボンとチェック柄のプリーツスカート、その上から紺色のブレーザーを羽織る。ブレザーは襟が大きく、少し特徴があるデザインだ。ブレザーの中にはカーディガンやベストを着たりもするが、今日は比較的暖かかったために三人ともブレザーだけだ。
「私も一緒に帰って良い?」
麻友が勢い込んで訊ねる。
「良いわよ」
「やった。ちょっと待って」
麻友は急いで席に戻って荷物を片付けるが、ナナはさっさと教室から出てしまい、ルリも黙ってそれに従う。
「待ってって言ったのに」
走って廊下で追いついた麻友が口を尖らせる。
「待ったわよ」
ナナがそう微笑むと、麻友からはもう文句は出てこなかった。
校門を出ると陽はかなり傾いていた。陽が沈むのが日に日に早くなっている。
「どこへ行くの?」
麻友はうきうきしながら訊ねるが、返ってきたのは素っ気無い言葉だった。
「帰るのよ」
「遊ばないの?いつも二人で帰ってるじゃない」
ナナと付き合いたい男子が山ほどいるのと同様に、その美にあやかろうと、お近づきになりたい女子も山ほどいる。
しかし、ナナの隣には必ずルリがいる。ナナは話しかけられれば誰とでも気軽に応じるが、ルリが別格なのは明らかだった。毎日登下校を共にし、お互いに罵詈雑言を言い合う仲なのだ。
よってルリはその他の女子にとっては身体的な意味だけではなく、かなり大きく強固な壁になっていた。
ルリも話しかけられれば応じるタイプだが、そうでない時は一人で本を読んでいることが多く、自分から積極的に話しかけることはないし、友達も多くない。
常に登下校を共にする二人がなにをしているかは皆の関心事だが、根掘り葉掘り聞く勇気のある者もおらず、未だ明らかにはなっていない。
「歩きながらおしゃべりしているだけよ。駅まで一緒に行って、そこで別れてる」
そっけなく答える。ルリは同意も否定もせず、感心がない顔をしている。
「カラオケしたり、買い物したり、マックでおしゃべりしたり、プリクラ撮ったりしないの?」
「買い物はたまにするわ。喫茶店に入ることもあるわね。でも、カッチンは歌を知らないし、四六時中この顔を見てるんだからプリクラなんかいらないわ」
ナナはルリをカッチンと呼ぶ。
「えー、つまんないじゃん」
「他にやることがあるもの。カッチンはいつだって早く帰ってスポーツ観戦がしたいの」
ルリがスポーツ観戦好きであることは、すでにクラスでは周知のこととなっていた。教室で読んでいる本も、スポーツ関係者が書いた本か、選手名鑑だ。
「じゃあナナは?」
「こいつは家事が忙しいからな」
それまで黙っていたルリが答える。
「家事って?」
「掃除洗濯食事の用意」
「思い出した!叔母さんの家に居候してるんだっけ。叔母さんがやってくれるんじゃないの?」
「働いているからな」
「居候してるんだから、できることはやらないとね」
「意外。家事なんかできないと思ってた。しかもご飯まで作るなんて!」
「美味いぞ」
「ええっ!食べたことあるの?いいなっ」
「リリママの方が上手よ」
「専業主婦と張り合うな」
「リリママって?」
「私のママだ」
「ふーん。ところで叔母さんもやっぱり美人なの?」
ルリが頭を捻って困る。
「美人なのは間違いない。そうだな、タイプは違うが
朝霧先生と同じぐらい美人だ」
「だったら結構な美人じゃない」
「でも姪にこいつがいると考えるとちょっとな」
「あーーー。分かる気がする」
話をしながら歩いている間に学校がある住宅地を抜け、賑わっている商業地域を通り、駅前に辿り着いていた。
「それじゃ」
ナナは手を振ってあっさり帰ろうとする。
「せっかくなんだからちょっとぐらい遊ぼうよ」
麻友は必死で引き止める。
「また今度ね。今日はカッチンを特訓しないといけないからダメよ」
「特訓って?」
「中間対策よ。相変わらず全然勉強してないんだから」
籠目高校の中間試験は再来週から開始される。
「仕方が無いだろ。籠目祭で忙しかったんだし」
「終わってからも勉強して無いでしょ」
「忙しかったからビデオが溜まってるんだ。九月は秋場所も盛り上がったし、プロ野球も後半になって激しくなってきたし、国体もあったし、ブエルタも熱かった。どれも見逃せない」
「ブエルタって何?」
「スペインの自転車レースだ」
「自転車まで見てるの?そんなことより、私もその特訓に行きたい!特訓して!」
突然テンションの上げ上げで挙手する麻友に、ナナとルリは顔を見合わせる。
「悪いけど、居候の身としては友達を気軽に家には呼べないの。文ちゃんは知らない人を家に上げるのを嫌がるし。カッチンは顔見知りだから大丈夫だけど。それどころか、カッチンは文ちゃんに憧れてるから気に入られているしね」
ナナは麻友の視線を感じて先手を打つ。
「憧れているのは変か?文佳さんは素敵じゃないか。美人で知的でキャリアウーマン。若いのにマンションまで買ってしっかりしてる。お前とは大違いだ」
「憧れって怖いわ。そういうことだから。気が向いたら麻友の家にお邪魔させてもらうわ」
「うちはダメなんだ」
先ほどまでのテンションが一気に吹き飛び、本気で困った顔を見せる。
「中三の弟がいるんだ」
重い口調で言う。
「受験生か。それは邪魔になるな」
「高二の兄もいる。違う学校だけど」
「見事な年子ね。三人で終わり?」
「終わりだけど、話に続きはある。私の部屋は無いの。三人で一部屋」
麻友は大げさな身振りで、この世の終わりであるかのように嘆く。
「それは……、大変ね」
さすがのナナも同情的な目をする。
「大丈夫なのか?」
「そんなわけないじゃない。臭いし汚いしバカだし最悪よ。でも、ま、仕方が無いじゃない。そんなわけで、私の家こそ友達を呼べないの。ナナを連れて行ったらあのケダモノ達がどうなるかっ」
「謹んで遠慮させてもらうわ。カッチンの家も駄目だし、今度誰かが開催してくれるのを期待しましょう」
「う、うん」
麻友は微妙な顔をして笑う。
「それじゃ」
ナナは美しく手を振って、改札を通っていった。
エスカレーターに乗った後姿が見えなくなるまで、麻友はじっとその背中をに見ていた。
完全に見えなくなると、ほわっと息をつく。
「スイカをかざす姿までキレイよねっ?」
「そうか?」
ぽわんとしている麻友にルリは引き気味に返事をする。
「ねぇ、パジャマパーティーやったら、本当に来てくれるかな」
「気まぐれな奴だから、期待しないほうが良い」
「やっぱりそっかー」
麻友は悔しそうに頭をかきむしりながら振り返ったところでぎょっとした表情を見せた。周囲の人の視線が自分達に集まっていることに気がついたのだ。
「な、なに?」
麻友の声に、人々も慌てて視線を外して歩き始めた。
ルリが呆れた感じで説明する。
「なんだ、気がついていなかったのか。よく耐えられるなと感心していたのに」
「どういうこと?」
「あいつと一緒に出かけたらどうしても人目を引くってことだ。分かっていても気分が良いものじゃないし、慣れもしないから、あまり出歩かなくなる」
「なるほど」
「それじゃ、私も帰るから」
まだ呆然と突っ立っている麻友を残して、ルリは大またで家へ帰った。
これまでの話はこちらにリンクを張っております。
http://lovemona.blog.so-net.ne.jp/2014-12-06