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歌曲は本当に素晴らしいものが多いです。大好きです。

 光来こうらい家でのディナーパーティーに、世界の歌姫ディーヴァが特別ゲストとして出演すると聞き、集まってきた者達はちょこちょこ出てきた少女に唖然とする。


 4、5歳だろうか?

 幼さがあるもののかなり整った顔立ちで、フワフワとした金色の髪にブルーの大きな瞳。

 華奢すぎると言うか痩せっぽっちの少女は、緊張しているのかと思えば、演奏を聞きながら嬉しそうにコロコロとした可愛らしい声で、


『歌の翼に……』


を歌い始める。


 最初は、侮るようにふんぞり返って聞いていた声楽家たちや音楽関係者が、一瞬にして顔色を変え、身を乗り出すようにして曲に聞き入る。


 絶対音感……その上、高音がかすれるかと思いきや、音の響きは全くブレはなく、低い音から一気に高音にかけ上がる音も揺らぎなく、高音は響き渡った。


「ちょ、ちょっと待ってくれ……」


 呟く男に、隣の光来こうらい家の当主が微笑む。


「どうされたのです?何か、おかしな所でも……?」

「ち、違います!!あ、あの子は、幾つの年から声楽を?」

「最近ですよ」


 承彦しょうげんは微笑む。

 そして、娘のドレスを作った息子に問いかける。


「一月……まで行っていないな?月英げつえい?」

「えぇ。20日程ですね。りょうと、琉璃の母上である瑠璃るりさまと、亮の妹の珠樹しゅじゅの音を聴いただけで歌えるそうですよ。亮が、あの亮が唖然としてましたよ」

「亮と言うと、諸岡もろおか亮君か!?彼の弟子……」


 何かを考えるような顔の男に、承彦はあっさりと、


「あの子は私の娘ですよ。琉璃りゅうりと言うんです。可愛いでしょう?本当に、可愛くて可愛くて」


嬉しそうな父に呆れつつ月英も、


「そうですね。親バカの父はいいんですが、琉璃は本当に可愛い私の妹なんですよ。本当に頑張り屋で、自慢の妹です。それに、亮と婚約していますので」

「はぁぁ!?」


 周囲はざわめく。


「あのお嬢さんは、お幾つですか!?」

「8才ですよ?」

「は、8才!?5才位かと……」


 琉璃は平均身長よりも低く、痩せている。

 そして、大きなたれ目の瞳は青だが、顔立ちは童顔の東洋人系である。


「8才ですよ。あぁ、亮が出てきた」


 亮は、婚約者を抱き上げて微笑む。

 途端に、笑顔になった少女は声が広がる。

 その声量は、華奢な体からは想像もできない声量……。

 その少女の声に、共に歌う亮……二人の声は重なり広がり、見事な《歌》と化す。

 二人は顔を見つめ合いながら、歌い終える。

 と、


「ようこそ、皆様」


貂蝉ちょうせんだった瑠璃が、蠱惑的な微笑みで姿を見せる。


「紹介いたします。この子は私の娘、琉璃と申します。私の本名は瑠璃ですので、同じ石の名前ですわね」


 うふふ……


楽しげに微笑んだ瑠璃は、亮を見る。


「次は、どうされるのかしら?」

「義母上のお心のままに……とは言えませんね。琉璃のお願いのままに。琉璃?私に何を歌って欲しいかな?」


 問いかけられて、


「琉璃、お歌歌うの」


ピョンっと飛び降りて、そして歌い始めたのは、


「……『ソルウェイグの歌』!!」


二人は唖然とする。

 聞いていた曲とは違う曲に、そして絶対音感に、その上祈るように歌う琉璃を食い入るように見つめる。


『ソルウェイグの歌』は『ペールギュント』の一曲である。


 歌曲は一曲だけの為、歌う歌手を外すことが多いが、本来は女性が歌う恋人への『もう、お休みなさい……貴方は、財は失ったけれど沢山の夢を叶えたでしょう……私が傍にいるわ』と、失意のどん底で無一文で戻ってきたのは生まれ故郷……そして、捨てたも同然の元恋人は優しい子守唄を歌う。

 その彼女にとって待たされた怒り、捨てられた哀しみ、自分自身にも自分の愚かさを嘆くものの最後には、恋人を赦し、抱き締め、息絶えようとしている恋人にお休みなさいと安心してと歌う。

 悲しいだろう思いを封じ、腕の中の恋人に『愛している』と告げる歌である。

 恋人が旅立ち一攫千金を狙い続けるのを待つ女性……悲哀も、戻ってきてくれたことで、その苦しみを溶かしただ、彼に眠りなさいと、私が貴方の故郷であり、私は貴方のすべて……と歌う。


 瑠璃は息を吸い、琉璃のメインの音を引き立てるように歌い始める。

 親子の二重奏に、誰もがうっとりと聞き入る。


 最後の音がフワッと広がり、瑠璃は娘の手を取り優雅に頭を下げる。

 人々は立ち上がり、


「ブラヴァー!!」


と声があちこちから聞こえる。


 お辞儀をしていた二人の後ろから音が響き、『カルメン』の『闘牛士のトレアドール』が始まる。

 亮は珍しく好戦的な表情で、戦いを見ろ!!私のこの動きを!!と歌う。


 琉璃は目を丸くする。

 この歌のすごみを、歌う亮の声量と実力を……。


 そして、周囲が立ち上がり手を叩く。


 トレアドール……『闘牛士の歌』。

 オペラの『カルメン』は、名曲が多い。

 この後に貂蝉が歌う予定の『恋は野の鳥』も、素晴らしい。

 悲恋だが、見せ場が多く、そして、曲のテンポに引き込まれることが多い為、初心者におすすめである。


 サビの部分に入ると、亮と共に瑠璃も歌い始め、客人も楽しげに声をあげる。

 琉璃もキョロキョロし、手招きするきんに近づく。


「はい、これを瑠璃さまに。お渡しして」

「はい」

「すぐにじゃないよ?『トーレーアードール!!トーレーアードール!!』っていった後に二人の音が一気にラストに向かってかけ上がるから、その後に、チャンチャンチャン!!って、音が終わったら、ね?」


 琉璃は受け取った深紅のバラをそのタイミングで手渡し、そして、思い付いたように『野バラ』を歌う。


 ドイツの曲で有名なゲーテの詞を曲にしたものである。

 テンポのいいシューベルトの曲も可愛らしい。

 しかし、琉璃が選んだのは素朴な、民謡調のハインリッヒ・ヴェルナーの作曲の曲である。


 曲と曲の間に、瑠璃に休憩をと思ったのである。


 そして、歌い終えると、優雅にお辞儀をする。

 その愛らしいしぐさに盛り上がった客人が、続いて歌い始めた瑠璃の『恋は野の鳥』におぉっと声をあげる。


 普通、主役は男性のテノールが担当する。

『カルメン』も男性の主役の声はテノールである。

 そして、女性もソプラノなのだが、『カルメン』の女性主人公カルメンは、メゾソプラノである。

 元々ソプラノの瑠璃が、どう歌うのだろうと思ったのである。


 蠱惑的な微笑みで、バラを持った瑠璃は舞台を降り、ドレスの裾を優雅にさばきながら歌う。


 私は、このままじゃ終わらない。

 お金持ちや偉い人と恋をするの。

 私を縛るものや、加護なんて要らないわ、私は恋と共に生きるの!!


 瑠璃は挑発するかのように、わざとそっぽを向き、上半身をゆっくり振り返ると、艶然と投げキッスを贈る。

 された客は浮かされたように立ち上がろうとして、奥方に捕まる。


 そういうシーンをビックリしてみている琉璃に、こそっと亮は、


「お母さんは、演技も素晴らしい方だね。さすがは『世界の歌姫』」

「演技?」

「そうだよ。カルメンという女性は、とても恋多き女性で『私は恋をしていないと生きていけないの。誰にも捕まらないわ』って、歌っているんだよ」


キョトン……とする少女に、


「だからね?私を束縛しないで!!私を利用しないで!!私は自由に生きるんだと、琉璃と一緒に暮らすんだよって宣言しているんだよ」

「おかあしゃまが……?琉璃と?」

「そうだよ……なっ!」


亮は、歌う瑠璃に近づく男に気がつき、琉璃を下ろして走り出した。


『カルメン!!』


 演技めいた動きと仕草で危険を伝える……と、ぎゃぁぁん!!と背後で激しい泣き声が響く。

 振り向くと血塗れで倒れ込む琉璃にのし掛かり、カッターを振りかざす一回り大きな少女。


「やめろ!!琉璃に!!」


 駆け寄った亮が手を伸ばす寸前に、均が琉璃の上の驪珠りしゅの腕からカッターを奪い取り、本来ならレディには行わないが、倒し上に乗り、腕を捻る。


「琉璃!!それに、瑠璃さま!!」


 瑠璃は、共に聞きに来ていた亮の二人の姉に庇われている。


「ふあぁぁぁーん!!」

「琉璃!!誰か、誰か医者を!!お願いします!!」


 亮は医師の資格はあるものの、出血の多い琉璃のことが心配だったからである。


「……そのちびが悪いのよ!!こいつのせいで!!」


 叫ぶ驪珠に、均が、


「……うるさい!!黙れ!!備産業そなえさんぎょうの副社長の娘が!!この間の問題で拗ねでもしたか!?」

「うるさい、うるさい!!」

「琉璃!!」


意識を失っていた琉璃は血塗れで、亮の腕に抱かれている。


「おにいしゃま……お歌……」

「後でいいんだ!!それよりも!!」


 顔を切りつけようとしたらしく、庇った両腕からはどくどくと血が流れるのを止血をして、


「どこが!!他にどこが!?琉璃、意識を保って!!」

「おにゃか……」


見ると、昨日喜んでいたピンクの可愛いドレスの一ヶ所が血で広がっていく。


「琉璃!!大丈夫だから!!止血をするから、安心して、大丈夫だから……」

「……う、ん……」

「琉璃!!琉璃を!!」


 周囲は混乱する中、琉璃の父が立ち上がる。


「警備係!!お客人を安全な所に!!連れて行きなさい。お客様!!申し訳ありません……別室にどうぞ」


 承彦は青ざめつつ元直げんちょくに指示する。


「はい、皆様、落ち着かれて下さい……どうぞ」


 救急車が来て、朦朧とする琉璃を抱き上げた亮に、気丈なそぶりで必死に瑠璃は、追いかけて乗り込んでいく。

 琉璃を乗せた救急車が去って……その場に残ったロウディーン等が冷たい瞳を向けた……。

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