木蘭詩は、とても長いのですが
「ふわぁ……フカフカ、ほわほわ…」
琉璃は目を丸くする。
「これは桃まん。他にも、色々お菓子を集めてみたよ。ふふふ。実はね?」
球琳は顔を寄せ、唇に人差し指を当ててウインクする。
「私は甘いものが大好物なんだよ。でも一人で食べるのも味気ないだろう?だから、皆で食べた方が楽しいと思わないかな?姫?」
「こらこらこら。琉璃を口説かない!!琉璃は私の婚約者!!」
二日後に結納を行うこととなり、その直後に、慈善コンサートに向かうことになっている。
琉璃を引き寄せ、膝の上に乗せる。
「何が食べたい?琉璃?」
キョロキョロするばかりの琉璃に、桃まんを手渡し、
「熱いから気を付けてね?」
「あいっ!……!!」
熱いあんこに半泣きになる琉璃に、慌ててぬるめの花茶を飲ませる。
「熱かったね?注意して。ほらフーフーして」
かいがいしく世話を焼く亮に、
「亮兄さん。あの~」
「後でね。はい、琉璃、あーん」
亮は、美味しいものを必死に急いで食べてしまうのが琉璃の癖だと解っている為、小さくちぎって冷まして食べさせることにしたらしい。
小鳥のひなのような琉璃の口に、ちぎって冷ました桃まんをニコニコと入れてあげている。
「美味しい?」
「……あいっ!おいしーれしゅ!!」
その返事に、ふふふと球琳は微笑む。
「可愛いなぁ…兄上……」
「駄目だよ。球琳にはあれがいるでしょ。はい、琉璃、開口笑をどうぞ」
目を輝かせた少女は、えへへ…と受け取り、むぐむぐと食べ始める。
琉璃は甘い物好きである。
「所で、良。どうしたの?」
球琳は馬家の人間だと言ったものの、正式にはヨーロッパの名家、バーナード家の令嬢である。
しかし、母が馬家の人間であり、その端正な美貌で、中国の俳優としてデビューしたのである。
本名は、シーリーン・球琳・エルシア・バーナードである。
そして、
「兄上。その子は?」
「あぁ、良。私の婚約者だよ。琉璃?あのお兄ちゃんが、私の後輩で、球琳の弟の良。こんにちは、しようね?」
「いぃ、いぃ。兄上。この馬鹿に、琉璃を近づけなくていいですよ」
しっしと追い払った球琳に、
「弟にそこまで……」
「均なら楽しいが、良は可愛いげがない。琉璃に近づくことも禁ずる!!」
均の一言に切って捨てた球琳は、えへへ……と、頬に、お菓子の欠片をつけて笑っている琉璃ににこにことすると頬に唇を寄せてペロンと嘗める。
「あぁ、お菓子の欠片」
「どあぁぁ!!何してるの!!」
亮の声に、
「琉璃の可愛い頬にお菓子の欠片が。美味しいでしょう?姫」
「違う!!球琳!!琉璃に何をしてるの!!」
「いいじゃないですか。減りませんし、それに私の親友ですよ、ねぇ?琉璃」
うっとりとする微笑みに、琉璃は笑顔になり、
「球琳おねえちゃまだいしゅき!!のチュッ!!」
と、球琳の頬にキスをする。
琉璃は、人との挨拶は余り理解しておらず、最近、兄の月英や義母の瑠璃のしぐさや、挨拶を見て必死に練習している。
特に、大好きと言ってくれて、頬にキスをくれる家族が大好きで大好きでたまらないのだ。
目を丸くした球琳は、頬を薄く染めて、キスをされた頬を押さえる。
「……本当に……琉璃は可愛いね。もう、今日のこの日の事は忘れたくないなぁ」
「おねえちゃま?」
「あぁ、こんなにドキドキするとは、琉璃は本当に可愛いね……仙女のようだ」
呟いた球琳は、口ずさむ。
琉璃には解らないものの、中国の漢詩『木蘭詩』の一節である。
美しい女性……老齢の父親の代わりに男装をして、十数年戦い続けた伝説の男装の麗人。
その花木蘭が、王朝が滅亡し、共に戦ってきた戦友と共に故郷に戻る。
青年は次男で、実家に戻っても戦い以外の事を忘れ、居場所がなく、そして一度だけ見た木蘭の美しい女性としての姿を求めていて、木蘭も青年の事を好意を抱いている。
木蘭は実家の手前の茶屋で、青年をしばらく待っていてくれ、そして数刻したら、この道の奥の屋敷に来て欲しいと頼み、先に出ていく。
しばらくして、言われた時刻に向かうと、老齢の父親が出迎える。
「ようこそお越し下さいました。奥で待っております」
促されるまま向かった先で立っていたのは、恋い焦がれた女性……。
二人は結ばれ、幸せになった……伝説である。
しかし、この話は本当に有名である。
呟き終えた球琳に、琉璃は手を叩く。
「……綺麗な音楽みたい。おねえちゃまのお歌、すごく素敵!!琉璃、だいしゅき!!」
「お誉めに与り光栄にございます。お姫様。私のこの忠心を、お捧げしても宜しいですか?」
「中心?真ん中?」
首を傾げる琉璃に、
「忠誠を誓う……貴方を主として敬い、尽くしたいと思うのですよ」
すると、悲しそうに、
「おねえちゃまはお友達なの。琉璃の初めてのお友達なの。お友達、駄目?琉璃の事、お友達じゃないの?」
「忠心とは……」
「おねえちゃまとお友達がいいの!!おねえちゃまは、琉璃の一番大好きなお友達なの!!中心、イヤ!!お友達じゃないと……イヤ……っ」
目を覆いしくしく泣き出した琉璃に、慌てて、
「琉璃!!ご、ゴメンね!!お友達が、私も嬉しい!!琉璃のように優しくて、愛らしくて、素直なお友達が私も欲しかったんだよ!!ありがとう。もう一度言い直すね?琉璃、私の親友になってくれないかな?特別なお友達の事を親友って言うんだよ。琉璃は私の親友だよ。だから泣かないで…」
「……本当?」
「本当。私の可愛いお姫様であり、特別な親友。大好きだよ、琉璃」
球琳の微笑みに、にこっと琉璃は笑う。
「りゅーりも、おねえちゃまだいしゅき!!親友なの!!」
「……こんな素敵な可愛い姫を、羨ましい。私が男だったら……」
呟く球琳に、亮は呆れて、
「球琳は凛々しいけど、まだまだだよ。この間の舞台見たけど、ちょっと剣舞の動きがおかしかったよ、軸がぶれてる。体の歪みを治すことだね」
「……うわぁ!?兄上にはばれました!?困ったなぁ……。しっかり軸がぶれないように気を使おう。ありがとうございま……す!!ど阿呆!!何をやってる!!このバカ末弟が!!」
手がテーブルの奥から伸びているのを、琉璃は硬直して見ていることに気がついた亮と均。
そして均が蹴り飛ばすと駆け寄り、頭をグリグリと押さえ込む。
「何をやっているのかな?謖」
「いだだだだ……!! も、桃まん!! 」
「アホか!!普通に出てこいっての!!」
投げ飛ばし、手をパンパンと叩く。
「あぁ、アホだった」
「よし!!均。よくやった!!姫の護衛として最高の仕事だ!!」
球琳の一言に、優雅にお辞儀をして見せる。
「お誉めに与り恐悦至極にございます。我らはお姫様の忠実な臣下なれば……」
「進化……?おにいしゃま、しんかってなぁに?」
琉璃の問いかけに、亮は、
「ん?今日は、琉璃がお姫様で、皆がその側で付き従う、ナイト……騎士の日なんだって。私も琉璃の騎士だから……どんなことでも言って良いよ?頑張っちゃうよ?」
にっこり微笑むと、琉璃は、きゃぁぁ!!と手をあげて、
「じゃぁ、じゃぁ、琉璃の王子しゃま!!王子しゃまやって!!琉璃、おひめしゃまやりたいの!!」
「……か、かしこまりました。琉璃姫の、お願いは何なりと」
光来家は今日も琉璃を中心として動いている。




