お薦めなのは『カルメン』と『椿姫』、『アイーダ』です。
「兄様、兄様!!」
焦った珠樹の声に、振り返った亮。
「どうしたの?珠樹」
すると、珠樹が、
「琉璃ちゃん。さっきの聞かせて?」
「ん、あいっ!!」
てててっ……
近づいた少女は、歌い出す。
昨日、瑠璃が歌い、琉璃が嬉しそうにはしゃいだ曲が、声は、
「らららら~ら、ら~ら~」
ではあるのだが歌われる。
珠樹が伴奏という形でハープをかき鳴らすが、琉璃は嬉しそうに『私のお父さん』を歌っていく。
体力もなく、声量も足りないが、それでも一度しか聞いていない曲をここまで歌えるのか!?
驚く亮に、必死に一曲を歌いきった少女は、亮を見上げる。
「んっと、んと……お歌、こんなのだったよね?おかあしゃま歌ったの。ちやう?」
「歌詞はまだ習っていないから……でも、音程とかよく覚えたね?前に聞いたことあったの?」
琉璃は首を振る。
「ううん。初めて。ちやう?んっと、おとうしゃまにお歌歌うの。おとうしゃま、だいしゅきだから……んと『わたしのおとうさん』って言う曲だってあのお兄ちゃんに聞いたの」
すまなそうに手を合わせる子明と笑いをこらえる士元に、頭が痛いと言いたげに額をグリグリと押す元直。
「ちやうの?おとうしゃまに歌っちゃめ?」
「え~と、そうだねぇ。琉璃が頑張って覚えたから、お父さんに歌ってあげようか。大丈夫」
幾分心配ではあったが、少し息継ぎの仕方等を教えると、手を繋いで承彦と瑠璃、月英と瑾瑜、瑶樹、紅瑩に晶瑩、益徳と美玲のいる居間に向かう。
「今、宜しいですか?」
亮の声に、
「構わぬよ。丁度、談笑していた所だよ」
その返答に、亮は琉璃の手を繋いだまま入り、後ろからハープを運び込んだ面々に、
「どうしたんだ?」
月英の問いに士元は示す。
「このちいひめが、承彦叔父貴にだって」
その間にセットされたハープの音を聴いた少女は、コロコロとした可愛らしい声で歌い始める。
最初は小さい声だったが、横の亮の眼差しに微笑んで声量が大きくなり、声も艶と軽やかさを帯びる。
あっけにとられていた周囲も、歌詞はないが、ららら…と唄う、琉璃の絶対音感に目を見開き、食い入るように聞き入っている。
そして、ハープの音と共に歌い終えると、昨日瑠璃がして見せた優雅な挨拶を真似るようにペコンと、お辞儀をする。
シーン……
周囲は静かで、琉璃はその様子に、駄目だったのかとおろおろとして、涙目になる。
「……ご……」
謝ろうとしたらしい琉璃の声をかき消すように、紅瑩と晶瑩が立ち上がり手を叩く。
「ブラヴァー!!」
と言いながら瑾瑜も手を叩き、それは広がる。
「琉璃!!上手だったわ!!」
近づいてきた瑠璃が、琉璃を抱き締める。
「亮さんに習ったの?」
「さ、最初はね、珠樹おねーしゃまにこの音からはじまゆのよって、おしょわったの。でね、お歌はわかやないから、らららで歌ったの。しょうしたら、亮おにーしゃまに聞いてもらって、んと、この曲『わたしのおとうさん』って曲だって、おにいしゃんたちがゆってたから、おとうしゃまにうたってあげたかったの……でも、おとうしゃま……」
琉璃には解らないものの、曲の意味は父親にとっては複雑な内容であり……涙をぬぐう承彦を見る。
「おかあしゃま、歌ったら、めっ?だったの?琉璃……駄目?」
「それはないわ」
「それはないぞ!!」
涙をぬぐった承彦は駆け寄り、琉璃を抱き締める。
「ありがとう……琉璃。お父様にプレゼントしてくれて嬉しいよ……元直!!」
「ご安心を。録音済みです」
「よしっ!!お、お父様は複雑だが、琉璃、亮お兄さんは大好きかな?」
承彦の問いかけに、琉璃は頷く。
「うんっ……じゃなくて、はいなの!!だいしゅき!!」
「では、大きくなったら、亮のお嫁さんになりなさい。琉璃は、可愛い花嫁さんになるんだよ?」
「およめしゃん……?んと、およめしゃん、亮おにーしゃまのおよめしゃん?」
首をかしげる琉璃に、亮は叫ぶ。
「叔父上!?」
「わしは、娘が可愛い!!娘の為なら何でもする!!何なら婿養子でも構わん!!琉璃はわしの可愛い娘だ!!どこにもやらん!!」
「何言ってるんです!!」
食って掛かった兄に期待を持っていた……亮は琉璃は可愛いが、政略の駒のように扱うのは絶対に嫌だと思ったのだが……。
「亮は、家の可愛い私の弟ですよ!!出しません!!」
「均がおるだろうが!!一人や二人構うまい!!」
「亮は、私の!!私の可愛い弟です!!私のおもちゃです!!」
瑾瑜のとんでもない一言に、亮は、
「何がおもちゃです!!兄上!!人を何だと!?」
「おもちゃ!!私の!!」
プッチン……
何かの音が聞こえた気がして、寒気を覚えた周囲に、笑顔のまま兄と承彦を見た亮は、
「解りました……じゃぁ私は、琉璃を嫁にします……と言っても、まだ琉璃は8才ですので、結婚できるまで、私が!!面倒を見ますので!!良いですね!!」
周囲を睨み黙らせると、
「良いですね!!」
「よっし!!わしの勝ちじゃの。瑾瑜もまだまだじゃ。亮は家で預かるぞ!?」
承彦の笑い声に悔しげな、
「あぁぁ!!今度こそ一緒に住めると思ったのに!!嫁よりも、亮が良かったぁぁ!!」
「アホか!!お前は!!」
同じ学校で留年したので、一年間だけ交流があった益徳が殴る。
「嫁を大事にしろ!!このブラコンめ!!いい加減アホはやめたと思ったら……全然変わってねぇじゃねぇか!!」
「それが私の良いところ♪」
「弟と違って音痴が歌うな!!」
再び殴り付けると、益徳は亮を見つめ告げる。
「解ってるとは思うが、この瑠璃姉貴と……もう一人の姉貴は……俺の本当の姉貴も同然なんだ。姉貴……姉貴達を頼む。この変人は信用しないが、お前を信じたい。頼んだ」
「……解りました。言葉の意味を深く心に留めます。約束は必ず果たしますよ」
この日、亮は宣言したのである。
自らの道を共に歩くのは、琉璃であると……。




