第8話 胸元の形見
形見として受け取った見覚えのあるリング。
それを肌身離さず身に付ける事に決め、失われつつあった自分らしさを取り戻して行く。
目が腫れて、いかにも泣き顔になっている自分を容易に想像する事が出来る。
それを周囲に悟られるのがこの上なく嫌で、バックの奥底に忍ばせていたラルフローレンの白いキャップを目深に被った。
帰りの電車も相変わらず迷う程の空席が目立つ。
泣き顔の僕にとっては好都合ではあったが、キャップで隠したその顔を念には念を入れて見られぬ様、珍しくシルバーシートに腰を下ろした。
普段なら絶対に座る事はないのだが、乗客の少なさも手伝ってか、あまり気にせずに座った。
くだらない、車内の中吊広告を漠然と眺めながら僕はあの尊い言葉、重すぎる言葉の意味を噛み締めていたのだった。
家に着いた時には、既に時計は2時を回っていた。
小腹が減った僕は、駅前で何かを買ってこればよかったと少し後悔しつつ、先に立つ喉の渇きの方が気になり、朝一で入れたコーヒーの飲みかけを躊躇うことなく一気に流し込んだ。
そこで、ふと何かを思い出したかの様に、君の母親から受け取ったリングをテーブルの上に置いてみる。
君の全ての感情
喜怒哀楽というモノだけじゃない全ての想い。
それがこのリングにはぎっしりと詰まっている。
僕はそう想った。
ようやく、というよりもやっと空腹の限界に達した僕は、期待の全く持てない小さな冷蔵庫を物色してみる。
予想通り見事に裏切られ、引き続き流しの下の収納を物色。
見つけたのはありふれた備蓄用に買い置きしてあった即席ラーメン。
嫌いではないが決して大好物でもないそれを、仕方なしに食べる事にした。
美味しいモノを食べるのではなく、空腹を満たす事が目的だった為か、何の工夫もなくあっさりと作り、猫舌ではないから次々に口の中に押し込み、ものの2分で完食した。
煙草が吸いたくなり、カバンから多少クシャクシャになったクールマイルドを取り出し、火を付けた。
吸いながらふと頭をよぎる。
このリングを肌身離さず持っていたい
まだ半分近くを残して、お気に入りのステンレス灰皿に煙草を押し付け、テレビの横に置いてあるアクセサリーケースをそっと床にひっくり返した。
記憶通り、スクリュータイプのチェーンを見つけた。
それに君の形見であるリングを通し、そして鏡の前で首から下げてみる。
思いの外似合う自分。
これにしよう
君がいつも側にいる。
胸元にいる。
それでいて、君の分まで必死に生きて行く。
僕は吹っ切れたのか、自信を取り戻していた。




