第20話 乾杯
手慣れた手付きで料理をする姿を眺める僕。
不思議だなと思いつつ、居心地の良さにただ身を任せていた。
料理が出来上がり、乾杯して苦手なお酒を飲むのであった。
初めて訪れた家で初対面の人が料理をしているのを黙って見ている、そんな不思議な出来事が現実に目の前で起こっているのが何とも奇妙で、また可笑しくもあった。
普段生活しているコンクリートジャングルでは、見知らぬ人の親切には裏があると思うのが常であり、疑う事が自己防衛の術である。
だが今目の前で起こっている出来事は何かが違う、本物の優しさが感じられるのだ。
その証拠にこの心地良さ、そして安心感。
僕はこの佐伯さんという初対面の男性をすっかり信用していた。
少し離れた場所から見ていても佐伯さんの手際の良さが分かる。
何かを炒める音と、空腹には少々堪えるいい香り。
どんなモノが出来上がるのだろうという好奇心が僕の心を楽しませていた。
出来たよ
運ぶの手伝ってくれるかな
作り始めてから一時間強くらいか、台所からこっちを振り向いて佐伯さんは言った。
言われた通り料理が盛られた大皿小皿、そして取り皿や箸をさっきまで僕がいた部屋のテーブルに持っていく。
煮物、炒め物、刺身とあまりの豪勢な料理で、2人では間違い無く食べきれない量だと容易に想像出来た。
一通り運び終わった時には、結構広く感じたテーブルが手の置場もない程に鮨詰め状態になっていた。
待たせたね
じゃあ食べようよ
僕は両手を合わせつつ大きな声で、いただきます、と言った。
全てにおいて少々濃い味付けに感じたが、それを差し引いても有り余るくらい美味しい。
空腹も手伝ってか次々に口へと運んでいく僕。
その姿を見て、笑いながら佐伯さんは言った。
口に合って良かったよ
あ、お酒は飲めるかい?
弱いですけど、少しなら付き合いますよ
そう言うと笑顔のまま、冷蔵庫から見るからに冷えていそうな瓶ビールを2本持ってきた。
勢いよく詮を抜き僕の方にその瓶ビールを差し出してくる。
僕は両手でグラスを持ちゆっくりと注いで貰い、今度は御返しと言わんばかりにその瓶ビールを渡して貰って佐伯さんにゆっくりと御酌した。
じゃあ乾杯
正直言って僕はお酒は弱いしあまり好きではないのだが、この時ばかりはそんな事お構い無しで一気に飲み干した。