第12話 懐かしい景色
ようやく長野に到着した僕。
市街地には目もくれず、目的地をひたすらに目指す。
数年振りに辿り着いたそこには、相変わらず大好きな雰囲気が存在していたのであった。
あれだけ迷っていた目的地が決まったからか軽井沢の出口をパスし、以前なら程遠く感じられた10本近く連なったトンネル群を、僕はさほど苦には思わなかった。
佐久平を過ぎた辺りから先程よりも増して綺麗な青空が眩しく感じ、雲一つ無い事に小さな喜びを覚える。
オーディオからはお気に入りの少しマニアックなZOAが恰好良く、そして心地良いジャズチックな音楽を奏でている。
相変わらずの交通量の少なさが快適さを更に助長させ、いつまでも適度なスピードで愛車を流していたい感覚にさせた。
何事も無く更埴JCTに辿り着き、そこから新潟方面に進み程なくして降りるべき長野の出口に到着した。
躊躇する事なく料金所で通行料金を支払い、そのまま一般道に入る頃には、車内のデジタル時計が8時を示していた。
高速を降りた安堵感か、それとも優越感か、どちらにしろ空腹感を覚える自分。
直ぐ様マクドナルドの看板が目に入り、朝マックでも口にしようかと頭をよぎる。
長野まで来て、普段日常でも食せるモノは如何なものかと思い、かなり空腹ではあったが呆気なく素通りした。
まだ我慢出来るしね
そう自分に言い聞かせ、長野市街地を適度なスピードで進んで行く。
何度か通った事のある、あまり得意ではない七曲を何とかクリアし、新緑に囲まれた数年振りの道へとようやく出る事が出来た。
昔、夏に訪れた時には避暑地という事もあり、ある程度の交通量があった記憶がある。
だが今は閑散期、朝早いという事も手伝ってかすれ違う車さえいない。
少しだけ不安が込み上げてきたのだが、さほど気にする事なく車を走らせて行く。
七曲を越えて3、40分くらいか、やっと待望の戸隠に入る事が出来た。
澄みきった空気。
懐かしい景色。
この雰囲気が大好きで、君と幾度となく訪れた事を走馬灯の様に思い出す。
懐かしさと嬉しさと、そんな色々な感情が複雑に押し寄せ、一刻も早く愛車を降り、そしてゆっくりと噛み締めながら歩きたいと思う僕。
そんな衝動を押さえつつ僕は戸隠神社の駐車場に到着し、車を止める事にした。
凛とした空気。
樹齢数百年はあろう堂々たる大木の数々。
そして何とも表現し難い程の神々しい神社。
心底癒され、そして未知なる力を与えてくれるこの場所。
僕は一歩一歩噛み締める様に歩み寄り、君の新たなる旅立ち、そして自分自身の事を深々と手を合わせたのだった。
参拝を済ませた僕は食い気を思い出す。
空腹で踏み外さない様、神社のかなり高く段数のある石段をゆっくり慎重に降りて行く。
長い石段を降りきったすぐ左手に風格のある建物、そう、目的地であったうずら家である。
繁忙期であれば長蛇の列は避けられないお店なのだが、幸い閑散期プラス午前中だったお陰で、今までの数回の来店時が嘘の様にすんなりと入店する事が出来た。
何一つ迷う事なく、盛り蕎麦を注文する僕であった。