第1話 突然の手紙
街の隅々まで照らす太陽が心地良く、あれ程までに咲き誇っていた桜の花びらが、一枚も残すことなく散り行く頃、君から最後の手紙を受け取った。
住み慣れた実家を離れ、悠々自適な独り暮らしを送っていた僕は、その手紙を直接受け取る事が出来ず、母親からの連絡と共にその存在を知り、少しだけ遠い実家に取りに行った。
慣れた電車を乗り換える事2回、小一時間程で実家のある最寄り駅に着き、そこから早足で10分近く歩いて、見慣れた我が家に到着した。
誰も居なかったせいか、静寂に包まれた実家はまるで他人の家に来た様にも思えたが、綺麗好きな母親の、手入れが行き届いた廊下と、子供の頃からの変わらぬ匂いとで、やはり実家に帰ってきたという安堵感を感じる事が出来た。
相変わらず雑然とした僕の部屋の隅にある古びた机の上に、少し淡い桜色をした君からの手紙が置いてあった。
僕はその4枚にも渡る手紙の一字一句に、普段はまず有り得ない大粒の涙を流す事になった。
元々文章を書く事が不得意だった君が綴る手紙は、少しだけ読み辛く感じられたのだが、そんな事は問題ではなく、むしろそのリアルかつ何とも言い難い物悲しさが僕の心を大きく、そして激しく揺さぶった。
それはまるで遺書の様に思え、あまりにも切な過ぎる内容に感じられたのだった。
僕はその場で3回読み直し、4回目に入ろうとした時には、既に溢れた大粒の涙で読み返す事が出来なくなっていた。
その尊く、かつ何よりも重く感じられる君からの手紙を、とりあえず持参したまだ真新しい黒のバックの奥底にしまいこみ、僕は実家を後にした。
翌日も文句の付け様がない程の心地良い空模様で、昨日からの連休だった僕は、特にこれといった用事はないけれど、ただ何となく出掛けようと思った。
一つ隣駅の、ヘビーローテーションになりつつある小さなカフェで、冷たいカフェラテでも飲みに行こうかと思ったのだが、何だか気分が乗らず行くのをヤメた。
別段頭とかお腹とか、具合が悪い訳でもなく、まして給料日前で懐具合が淋しい訳でもない。
でも理由がわからない。
出掛ける事が何より好きで、カフェラテもここ1週間飲んでいない筈なのに、何故か自分自身から行きたいという気持ちが湧いてこない。
10分近く悩んでみたのだが、結局仕方無しに僕は出掛けるのを潔く諦め、代わりにしばらくの間洗っていなかったお気に入りの、まだ新しい淡い灰色をしたニューバランスのスニーカーを、念入りに洗う事にした。
洗い終わり、猫の額程の大きさしかない、少し小綺麗なベランダに立て掛けて、ついでにそこで今日初めての煙草に火を付けようとした時、機種変したばかりの携帯がテーブルの上で遠慮しがちに鳴った。
君が亡くなったのだった。