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女のくせにと笑われて

作者: れっど
掲載日:2026/08/12

放課後の体育館で、私は他の部員と一緒に畳を拭いていた。


特別上手いわけでも、強いわけでもない。


ごく普通の空手部員だ。


試合に出ても目立たず、突きも蹴りも平均点。


それでも、毎日続けている。


「美咲、もう上がるよ」 先輩が声をかけてくる。


「はい、お疲れさまです」


道着を畳んで更衣室を出ると、校門の近くで遥が待っていた。


「お疲れ。今日も遅かったね」


遥は笑顔で手を振った。


でもその笑顔は、どこか引きつっている。


私はすぐに気づいた。


遥の右腕の袖が少し捲れ上がっていて、その下にうっすらと赤い痕があった。


「遥、その腕……」


「あ、これ? 転んだの。朝、階段で」


遥は慌てて袖を下ろし、いつもより大きめに笑った。


「本当に?」


「うん、本当だよ。大丈夫」


帰り道、私は何度か遥の様子を窺った。


いつもなら今日あったことを楽しそうに話すのに、今日はほとんど言葉がない。


信号待ちの間も、遥は足元ばかり見ている。


「遥」


「ん?」


「何かあったら、ちゃんと言ってね。私、聞くから」


遥は一瞬、足を止めた。


そして、すぐに首を横に振った。


「……ありがとう。でも大丈夫。本当に」


その夜、私は自分の部屋で道着を着たまま、基本の型を繰り返した。


特別上手いわけじゃない。


それでも、今日の遥の表情が頭から離れなかった。


「隠してるよな……」


鏡に映る自分に、小さく呟く。


翌日の放課後。


部活に向かう前に、私は遥の教室へ寄った。


教室にはもうほとんど人がいなくて、遥が一人で机に突っ伏している。


「遥?」


顔を上げた遥の目は、少し赤かった。


「……美咲」


「どうしたの。昨日の腕、やっぱり転んだんじゃないよね」


遥はしばらく俯いていた。


やがて、小さな声で話し始めた。


「……隣町の空手部の主将に、部活がない日に待ち伏せされて絡まれてるの」


「主将?」


「うん。桐山って人。すごく強いらしくて……。


この前は、無理やり腕を掴まれて痛くて。


私は拳を握った。


自分は普通の部員だ。


主将クラスの強さはない。


それでも、遥が苦しんでいるのは許せなかった。


「どうして今まで言わなかったの?」


「美咲に迷惑かけたくなくて。私のせいで余計なことに巻き込まれたら……嫌だなって」


「迷惑なんかじゃないよ」


私は遥の目を見て、はっきり言った。


「遥が嫌な思いしてる方が、よっぽど嫌だ」


遥の目から、ぽろっと涙が落ちた。


「……ありがとう」


「今日、一緒に帰るよ」 私はきっぱりと言った。


「部活は休む。遥を一人にしない」


遥は目を見開いた。


「でも、部活……」


「いいの。遥の方が大事」


遥は小さく頷いた。


私たちは制服のまま校門を出た。


「本当に一緒に帰ってくれるの?」


遥が少し不安そうに聞いてくる。


「当たり前だよ。今、約束したでしょ」


「……ありがとう。でも、もし桐山が来ても、無理しないでね。相手は男なんだから」


「相手がどんな奴でも、遥を一人にはしない」


いつもの帰り道を少し外れた、人気のない路地。


電柱の影に、一人の男子が立っていた。


桐山だった。


身長が高く、肩幅も広い。隣町の空手部主将らしく、余裕のある顔で私たちを見下ろす。


桐山は私に目を向け、鼻で笑った。


「なんだ、その子?」


私は前に出て、空手の型のポーズを取った。


「その子に、もう近づかないでください」


「はあ? 女のくせに空手か。」


「男よりも、弱いくせに生意気なんだよ!」


桐山は簡単に私の肩を掴み、笑いながら壁に押しつけた。


「お前みたいな普通の部員が、何できるってんだ。だいたい、女の空手なんて飾りだろ」


私は歯を食いしばり、振り払おうとした。


でも力の差は明らかだった。桐山の腕は太く、簡単には動かない。


「くっ……!」


「その女を守るつもりか?無理だろ」


桐山が拳を構える。


私は反射的に受けの形を取ったが、重い突きをまともに受けてしまい、後ろに大きく下がった。


息が上がる。


「やっぱり女の空手なんてこの程度か」


桐山がさらに踏み込んでくる。


私は必死に受け流し、カウンターの蹴りを放った。


でも桐山は軽くそれを払い、今度は私の胴に重い突きを入れた。


「がはっ……!」


私の体がくの字に折れ、片膝をつく。


「美咲!」


遥が悲鳴を上げる。


桐山が私の髪を掴み、顔を上げさせた。


「もう終わりだろ。女は黙って——」


その瞬間、遥が後ろから飛び込んだ。


「やめなさいっ!」


遥の額が、桐山の側頭部に思い切りぶつかる。


鈍い音がして、桐山の体が大きく揺れた。


「っ……! てめぇ、遥……!」


私はその隙を逃さなかった。


膝をついた状態から一気に体を起こし、桐山の脇腹に肘を打ち込む。


続けて、遥が桐山の腕に噛みつくようにしがみつく。


「今だ、美咲!」


「遥、一緒に!」


私と遥は同時に一歩後ろに下がり、正拳を構えた。


「はあっ!」


二人の正拳が、ほぼ同じタイミングで桐山の胴にめり込む。


私の突きは技術的には普通だった。


遥の突きはもっと素人に近かった。


それでも、二人が力を合わせたその一撃は、桐山の体を大きくのけ反らせた。


桐山はその場に膝をつき、やがて前のめりに崩れ落ちた。


路地に、荒い呼吸だけが残る。


私と遥は並んで立ち、倒れた桐山を見下ろした。


「……二度と、女を舐めんなよ」


私たちの声が、重なって路地に響いた。


桐山は痛みに顔を歪めたまま、何も言い返せなかった。


腕で腹を押さえ、肩で息をしている。さっきまでの余裕は完全に消えていた。


「……くっ、てめぇら……」 低く呟く声は、覇気がなく、ただの弱音に近かった。


私は遥の手を握る。 遥も、強く握り返した。


「美咲……ありがとう。本当に」


「私も、遥がいてくれたから勝てた」


遥は涙ぐみながら、小さく笑った。


「もう、一人で抱え込まないから」


「うん。私も、遥を一人にしない」


桐山は壁に手をついて立ち上がろうとしたが、すぐに膝が折れ、再び倒れ込んだ。


顔を上げたとき、私たちの目をまっすぐ見ることができなかった。


「……二度と、遥に近づくなよ!」


私が静かに言うと、桐山は小さく顎を動かしただけだった。


私たちは背を向けて路地を出た。


夕陽が、私たちの影を長く地面に落としていた。


「美咲、痛くない? さっき、すごく殴られてた」


遥が心配そうに私の顔を覗き込む。


「大丈夫。少し痛いけど……遥がいてくれたから、耐えられた」


遥は私の袖を握ったまま、しばらく黙っていた。


そして、小さな声で言った。


「次に何かあっても、絶対に一緒にいるから」


私は頷いた。


普通の空手部員の私でも、遥となら、きっと大丈夫!

久しぶりの短編でした!


スカッとする展開を意識しました。


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