夏の終わりと秋のはじまり
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「私は落ちたけどマーシーは合格したよ!」
星降り亭に帰って来て満面の笑顔で告げてきたノーラ。そんなノーラにかける言葉が一瞬浮かばなかった。
「…………今回は残念だったね、ノーラ」
出てきたのはそんなありきたりな言葉。でもノーラは明るく笑ってた。
「私のことは気にしにないで。マーシーが選ばれただけで十分!次、もっと頑張るからさ。そんなことより頑張ってよ、二人とも!」
「ありがとう、ノーラ。私、頑張るから」
マーシーは少し気まずそうだけど、二人は明るく笑い合ってる。幼馴染で気の置けない親友っていいな。
マーシーとノーラが復帰して、星降り亭での仕事が朝からの勤務だけになった。夕方には寮へ帰れるようになったから夕方から夜の間はまとまった練習時間がとれる。夏休みの終わりまであと十日程になった頃、寮に選抜の練習日程を知らせる手紙が届いた。いよいよ秋の選抜の全体練習が始まる。
「夕方はもう涼しい風が吹くようになってきたなぁ。精霊様達のおかげだね」
仕事終わり、星降り亭からの帰り道、背中まで伸びた髪を気持ちのいい風が揺らしてる。
「お給料が入ったら髪を切りに行こうかな」
仕事中は束ねているけど、いっそノーラみたいに短くするのもありかも。髪が長いとお手入れが大変だしなぁ……。
「もったいないよ!」
「え?!」
突然かけられた声に驚いて振り向くと、そこにフィル様が立っていた。そういえば今日はお茶の時間に姿を見せなかったっけ。
「フィル様、今日はお茶はいいんですか?まだディナータイムまで時間がありますから間に合いますよ?」
「いや、今日はもういいんだ。それよりも髪を切るって?」
「そうですね。まだ決めてないですけど、バッサリ短くしてもいいかなって」
「これから秋になる。そうしたらすぐに冬だ。そんなに短くしたら寒くないかな?……それにせっかく綺麗なのにもったいないよ」
「そうですか?」
あまり誰かに容姿を褒められることは無いから、ちょっと嬉しくなった。
「フィル様がそうおっしゃるなら、揃えるだけにしてもらいます」
お世辞でも嬉しいな。「かわいい」とか「綺麗」とかの言葉はたいてい私を素通りしてロージーに向けられてたから。気分が良くなっちゃってこの髪形のままにすることに決めた。私って単純だわ。
その後そのままフィル様は私を寮まで送ってくれた。……フィル様って星降り亭に行かないのになんであそこにいたんだろう?
私の夏休みは仕事とリュラ―の練習で終わり、秋の学期が始まった。もちろん夏休みの課題はきちんと終わらせて提出してきた。
夏休み前とクラスの雰囲気がガラッと変わった。大まかに二分されてる気がする。一つは春の学期までのように音楽に集中する人達。もう一つは夏の間に決まった婚約者同士で仲良くしてたり、お茶会やダンスパーティーの話なんかで盛り上がる人達。そちらは楽しそうにこれからの事をおしゃべりしてる。
夕食の時にエイミーと話したら、エイミーのクラスも同じだったみたい。ポロス学園では二年生のこの時期に、選抜チームに一度も入れなかった生徒達の多くは早々に別の進路に目が向くそうだ。貴族の生徒は主に婚約、結婚、そして家を継いだり婿入りしたり。平民の生徒はこの街や王都での就職を目指したり、故郷に帰って就職したり。星の音楽団に入れなかったとしても、ポロス学園を卒業したことはかなりのステータスになるらしく、就職や結婚に有利になるんだって。
「まだ二年生なのに、もう卒業後の進路が決まってきちゃうんだ……。厳しい世界なんだね」
今夜の夕食のお魚のソテーを切り分ける手が止まる。大多数の生徒は星の音楽団を諦めてしまうってこと?
「そんなに悲観する程じゃないと思うわ。元々星の音楽団に入れるのは学園の中でもほんの一人握りだもの。みんな覚悟はできてるはずよ。それに音楽団に入れなくても宮廷音楽団にスカウトされる人もいるし、王都で音楽教師になれる人もいるし、卒業生は引く手あまたなのよ」
エイミーは木の実を混ぜ込んだ香ばしいパンを小さくちぎって口に入れた。
「そ、そうなんだ……。全然知らなかった。うちの村ではそんなこと教えてくれないもの」
そもそもリオ村ではここに来るっていう進路自体が無かった。村の学校を卒業したら男の子は家を継いだり、女の子は村の男の人と結婚したり、そうじゃない子達は仕事を探してどこか大きめの街へ出たりする。私は漠然と、将来はデリクと結婚してデリクの家の商売を手伝うのかなって思ってた。ロージーがデリクのパートナーになる前まではね。特に結婚に夢を見たりしたことは無かったなぁ。
「そっか。星の音楽団に入れない未来は想像したくないけど、ちょっとは考えておいた方がいいのかもしれないね。エイミーは何か考えてる?」
「私は、そうね。できれば星の音楽団に入りたいわ。けど駄目ならそれでもいいかなって思ってるの。結婚して家を継いでほしいっていわれてるから。実はお婿さん候補ももういるのよ」
エイミーは声を落とした。寮の食堂にはちょっと離れた席に先輩が一人夕食をとってる。
「え?それってもしかしてクラヴィーアの?」
私がそっと尋ねるとエイミーはほんのり頬を染めた。
「ええ。ケイン・オリバー男爵令息様」
「すごいっ!もう婚約したの?」
「正式にはまだなの。でも今度ケイン様がうちに挨拶に来てくださることになってるの」
「エイミー、真っ赤!可愛い!」
「もう!からかわないで!でも他の人には内緒にしてね。正式に決まってからの発表になるから」
「うん!わかった!……結婚かぁ……すごいなぁ。私は将来どうしよう……」
今はまだ秋の選抜とリュラ―の事だけを考えていたいなぁ。
「大丈夫よ。進路のことは来年考えても遅くないと思うわ。特にセシリーは大精霊様のご加護があるんだから、自信を持って!」
加護、あるのかなぁ。時々ゲイルが会いに来るだけなんだけど……。
「う、うん。とりあえず保留にして今は秋の選抜のことだけ考えることにする」
「それがいいと思うわ」
「今日も頑張ったー」
授業後にフィル様とパート練習。その後夜まで全体練習があって、寮に帰ってすぐ夕食をとる。その後さらに個人練習をしてお風呂に入ってベッドに倒れこんだ。疲れて眠りたいはずなんだけど、エイミーとの話が頭をよぎって寝つけない。
「星の音楽団に入れない未来……ううん!弱気になっちゃダメだ!絶対に入る。入るんだから!……でどっちにしても結婚はいつかきっとするよね。結婚かぁ……」
私は誰と結婚するんだろう……。銀色の髪に深い青い瞳、フィル様の顔が頭に浮かんで飛び起きた。
「いやいやいや!それは絶対に無いわ!」
そう。いくら仲良くしてもらってても、身分の差は消えない。フィル様は高位貴族だもの。なんかロージーが恐れ多い事を言ってたけど、あり得ないから。もう一度横になって布団をかぶったら、やっとうとうとしてきた。明日も練習頑張らなくちゃ……。選抜を頑張ればその先の道が開けてくる。あの岩のステージに立った自分を思い描きながら眠りに落ちた。
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