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月の竪琴

来ていただいてありがとうございます!




「ありました!見つかりましたよ!」


事務員さんが運んできてくれたのは間違いなく私のリュラ―のケースだった。

「良かった……ありがとうございます」

「セシリー!」

安堵のあまり膝から崩れ落ちそうになる私をフィル様が支えてくれた。そういえばずっと肩を抱かれていたのにその時に気が付いたけど、私の意識はすぐに戻ってきたリュラ―に向けられた。


「向こうにある木の根元に置いてありました」

汗だくになってる事務員さん達に頭が上がらない。だけどどうしてそんな所に?疑問が浮かぶけどそれどころじゃない。すぐに準備をしなくちゃ。そう思ってケースを開けて愕然とした。

「弦が切られてる……」

「何だって?!」

フィル様も慌てて私の手元を覗き込んだ。ケースの中には弦が無残に何本も切られた私のリュラ―。手のふるえがまた戻ってきた。明らかに刃物か何かで切られてる。悪意が怖い。

「何てことを……」

「すぐに張り替えを……あ、予備の弦が足りないかも……」

そうだった。結局楽器屋さんで弦を買い足せてなかったんだった。こんなに一度に何本もの弦の張替えが必要になることなんて滅多にない事だ。リュラ―が見つかった安堵も束の間、今度は目の前が真っ暗になってしまった。

「すみません、フィル様。私が楽器から目を離したせいで……」

「何を言ってるんだ!セシリーのせいじゃない!!今予備のリュラ―を学園から取り寄せてる。大丈夫だ。きっと間に合うから」


「それはちょっと無理じゃないかな?そんなことをしなくても大丈夫だよ」

暗い雰囲気の中の天幕に明るい声が響いた。

「状況は聞いたよ、セシリー。大丈夫だ。これを使いたまえ」

そういって楽器ケースを差し出してきたのはハーディー・エクランド様だった。

「それは……リュラ―ですか?」

私の代わりにフィル様がケースを受け取った。開けてみると中には美しい装飾のされた柔らかな光を放つリュラ―が入っていた。

「あの、エクランド様これって?」

「それは君の母上のリュラ―だよ」

「え?」

私のお母さんのリュラーは弦の切られてしまったリュラ―なのに、どういうこと?


「これはね『月の竪琴』という名器だ。君のお父上が大切に保管されていたもので今回こちらに持ってこられたんだ。大切な娘に渡すためにね。これもまた君の母上の形見の一つだということだよ。大丈夫、きちんと調律もされている。すぐに使えるよ」

私はもう一つの形見だというリュラ―を取り出して、少し鳴らしてみた。初めて持つ楽器なのに不思議と手になじむ感覚があった。いつものリュラ―と同じ安心感がある。


「もうすぐ出番ですが、いけますか?」

心配そうな事務員さんの顔。私はずっと隣で私の肩を支えてくれていたフィル様を見上げた。

「フィル様、私大丈夫です。演奏できます」

「……わかった。行こう」

私達は事務員さんに頷いた。

「エクランド様、ありがとうございます!」

「お礼ならお父上に。僕は余計なお世話をしただけだ。精霊様によき演奏を届けるのが僕の使命だ。なんたってその為の支援者だからね」

エクランド様はおどけて笑って見せた。私はエクランド様にもう一度お礼を言ってからフィル様と一緒に舞台の方へ向かった。


舞台は夕闇の中。青く暗い空にランタンの灯と燈り始めた星の光が一つ二つ。


曲の出だしはフィル様のハープ。追いかけるようにリュラ―の音を重ね合わせていく。「星風の瞬き」はゆったりとした旋律と細かく音を刻むアップテンポな旋律が交互にやってくる楽しい曲だ。風の精霊様と星の光の精霊様を讃える曲で、本来はクラヴィーアの二重奏なのをフィル様がアレンジしてくれたものだった。


ゲイル、聞こえてる?私達頑張って練習したんだよ。喜んでくれると嬉しいな。


舞台に上がって弾き始めると、緊張も事前の事件も頭から消えて、ただただ演奏に集中できた。もう一つのお母さんの形見だというこのリュラ―も、初めて弾くとは思えないほどいつも通りの指運びができていた。


星が降りてくる。今夜は流星群の最盛期の二日目の夜。まだ夕方なのにもう星がいくつも流れてくる。


あ、違う……。これは精霊様達の光だ。


演奏しながらフィル様と私は目を見合わせた。舞台の近くを精霊様達が光の玉になって飛び回ってる。その中にひときわ大きな白い光が現れた。


「来たよー!セシリー!!」

よく通る声なのに、不思議と演奏を邪魔しない声。ゲイルがその姿を顕した。私達の後ろでわっと歓声が起こる。長い角の生えた白馬が走ってる。宙を舞うように、とても楽し気に。私がゲイルに笑いかけるとゲイルもにっこりと笑った。ちらっと隣のフィル様を見ると、フィル様もゲイルを見上げていた。あれ?フィル様はあんまり驚いてないみたい。フィル様はいつも冷静であまり動揺しないタイプなのかもしれない。


ご機嫌に宙を走り回ってるゲイルをよそに私達の演奏は終わりに近づいていた。その時に異変が起こった。今度はゲイルの時よりも大きな青白い光の球体が舞台の前の空に現れた。光は次第に小さな女の子の姿を取り始める。女の子っていっても、もちろん人間じゃない。精霊の女の子だ。全身が青白い女の子。髪も瞳もドレスも何もかもが青白い光の女の子。後ろからさっきより大きなどよめきが起こる。今度はフィル様も驚いた表情をしてた。もちろん私もすっごく驚いてる。まさかゲイル以外の大精霊様が顕れるなんて……!演奏を間違えなかった自分を褒めてあげたい。なんとか最後まで無事に演奏を終えることができた。


「懐かしいわ……。素敵な曲をどうもありがとう」

青白い精霊様は私のリュラ―をそっと撫でると、ドレスの裾をちょこんとつまってお辞儀をして、また光に戻って(そら)に昇って行った。

「なにあれー?今日のは僕の為の演奏なのに。まあ、お裾分けってことでいいかー」

ゲイルが私達の前にトコトコと駆け寄って来て頬を摺り寄せてきた。

「ありがと、セシリー!フィル・フィランダー・オルブライト!今夜のはとびきりだったー!」

ゲイルは舞台の周りを一周回ると、流星の空に飛び上がって消えて行った。


「なんか、ゲイルの他にもすごいの来ちゃいましたね、フィル様……」

「ああ……。あれはたぶん星の精霊の一人だろうね」

演奏疲れのせいか二人ともやや失礼な物言いになってしまったことは許して欲しい。いつまでも放心状態のままでいる訳にもいかず、二人でお辞儀をして振り返った。途端に割れんばかりの拍手が起こった。

「!?」

それは思わず耳を塞ぎたくなるほどの音で、思わずリュラ―を抱き締めて動けなくなってしまった。

「セシリー行こう」

耳元でフィル様の声がする。そうだった。演奏は終わったんだから舞台から早く下りないと。二人で今度は観客席の方にお辞儀をして、急いで天幕の中に戻った。


「終わったぁ……」

「お疲れ様」

椅子に座り込んでしまった私にフィル様がグラスに入ったお水を渡してくれた。

「ありがとうございます」

一気に飲み干すと、フィル様はお水をお代わりしているところだった。

「君の友達は満足してくれたみたいだったね」

「はい。フィル様のおかげです。ありがとうございました」

「この後はやっと気楽にみんなの演奏が聞けるよ」

「そうですね!楽しみです!」

そうだった!今夜は星の音楽団の公演をずっと聞いていられるんだ!楽しみ。でも……。


「でもその前にこの子をちゃんと直してあげないと……せめてできるところまでは」

机の上に置かれたリュラ―のケースに触れた。手持ちの分の弦で足りるところまではすぐに直してあげたい。

「もうすぐ弦が届くからすぐに全部直せるよ」

「え?」

「家の者に店に走ってもらってるから」

「そんな……。すみません。ご迷惑をおかけしてしまって」

「いや。セシリーは悪くないよ。いたずらにしてはこれは悪質すぎる」

笑顔から怒りの表情になるフィル様。


「ええ。これは学園としても問題にする必要があります。外部からの侵入が考えられますので明日は人員を増やして出入口を見張ることにします」

事務員さん達も険しい顔で頷き合う。

「とにかく今日はお疲れさまでした。本当に素晴らしい演奏でした!これから少しお話を伺うことになりますが、その後はどうか星まつりを楽しんでください」


事情聴取を終えて、リュラ―を直して、夜通しの演奏会を楽しむぞーって意気込んでたんだけど、睡魔に負けてしまって結局日付を越える前には寮に戻って熟睡することになってしまった。












ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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