どうして
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※マーシ―視点です
夏休みと星まつりを間近に控えて沸き立つポロス学園。校舎四階の練習室が並ぶ廊下をマーシーは決意を秘めて歩いていた。
(去年は話も聞いてもらえなかったけど、今年はきっと大丈夫!だってあのコリンナ・ハミルトンだって私に頭を下げてきたんだから)
入学当初は周りの貴族の生徒達の圧に押されて委縮気味だったが、今年のマーシーは強気だった。
クラス発表の練習でエルベに曲の変更を指示された日。コリンナ・ハミルトンに連れ出されたマーシーとノーラは空き教室で対峙していた。マーシーもノーラもまた文句を言われるのかと身構えたが、コリンナの口から出た言葉は意外なものだった。
『協力しませんこと?』
『協力……ですか?』
『このままではわたくし達がこのクラスの足を引っ張ってしまいますわ』
マーシーは驚いていた。隣にいるノーラも目をまん丸にしてコリンナ・ハミルトン男爵令嬢を見つめている。入学してからずっと嫌味を言われ続けてきたというのに一体どういう心境の変化だろう。
『協力と言っても私達は普通に演奏しているだけだ。平民の私達と合わせる気が無いのはそちらでしょう?』
ノーラがマーシーの言いたいことを代弁してくれ、マーシーはそれに大きく頷いて見せた。
『そうです!平民だからっていつも私を見下してこられたじゃないですか!』
去年までとは違い今日は二体一。マーシーはやや強気になりいつもは言えないことを訴えた。
『……はぁ……。わたくしは貴女方を見下したつもりはありませんわ。……でももしそう捉えられてしまっていたのでしたら、わたくしの言葉が未熟だったのですわね。そのことについてはお詫びいたします。大変申し訳ありませんでした』
『!』
『え?』
マーシーもノーラも再び酷く驚いた。貴族令嬢が平民に頭を下げるなんてあり得ないことだった。
『先ほども申し上げました通り、このままではクラスに迷惑がかかってしまいます。わたくし達も極力お二人に合わせるようにいたします。ですから……』
『分かったよ!』
『ちょっと、ノーラ!!』
『だってここまで言ってくださってるんだから、ありがたいじゃないか!きっと今までも悪気があったわけじゃないんだよ。お互い誤解があったのかもしれない。それにやっぱりやるからにはきっちり合わせて楽しく演奏したいじゃない』
ノーラは選抜チームでも特に嫌な思いはしていない。マーシーが嫌がらせをされたと聞いて一緒に怒ってくれていただけだ。さっぱりとした性格だから、相手がきちんと謝ってきたとなればもうわだかまりはないのだろう。
『……分かりました。私も頑張ります』
マーシ―はまだ納得がいっていなかったが、クラスの評価と共に自分の評価が落ちることは避けたかった。
『ありがとうございます』
コリンナは再び頭を下げた。
マーシーは何故突然コリンナ・ハミルトンが態度を軟化させてきたのかわからなかったが、その後のヴィオラだけの練習では音がずれることは無く、やっとクラスがまとまることができたのだった。
貴族令嬢が平民の自分に頭を下げたという事実がマーシーの気持ちに明らかな変化を起こしていた。
「あの、オルブライト様、今少しお話よろしいでしょうか?」
マーシーは小練習室のドアを叩いた。先程セシリーが出てきて今は中にフィル・オルブライト伯爵令息だけなのは確認済みだった。
「……今練習中なんだけど」
思っていたよりも機嫌の悪そうな声が帰ってきたことにマーシーは戸惑った。
(さっきセシリーとはにこやかに話をしてたのに、どうして私にはこんな対応なの?)
扉が開いていたことで廊下の端にいたマーシーには二人の会話の内容までは聞き取れなかったが、時折和やかに笑う声は聞こえてきていた。マーシーの不満はもっともかもしれなかったが、セシリーの前の訪問者達にも同じような対応だったことはマーシーには知る由もない。
「えっと、実は星まつりでヴィオラとクラヴィーアのための楽曲をやってみたいんです。『光の雨の旋律』っていう」
「とても難しい曲だね……。申し訳ないけど他を当たってもらえるかな。僕はハープの専攻だし、もう一緒にやる人が決まったから」
「え?それってもしかしてセシリーですか?」
「……そうだけど」
「あの!セシリーとは何度も演奏会で一緒にやってますよね?同じ人とばかり組んでるとオルブライト様の評価が下がってしまいませんか?」
星の音楽団では二百人程の団員が一斉に演奏したり、誰かの伴奏をしたりすることがある。誰とでも合わせられることも重要になると授業で教わる。さらに星の音楽団に入団すれば身分の差はなくなって、みんな仲間となり貴族と平民との結婚も許される。平民の身分でも貴族令息との将来も見えてくるのだ。実際にそれを目当てに星の音楽団を目指す平民の少女や下位貴族の令嬢令息は多いという。
(今回は絶対セシリーは選ばれないって思ってたのに、どうして?大体セシリーがいいなら私だっていいはずなのに)
マーシ―はそっと唇を噛みしめた。
「それは君に心配してもらう事じゃないよ。……それに厳しいことを言うようだけど、今の君のヴィオラが他の楽器と合わせるのは難しいだろう」
フィル・オルブライトは入学当初と同じ冷たい表情でマーシーの方を見ることも無く、楽譜に何かを書き込んでいる。
「え?」
「先日のクラス発表の時にヴィオラのチームの息を合わせるのにあんなに苦労していたんだから」
「あれは!ハミルトン様達が私達を見下してわざと合わせないように嫌がらせをされていただけです!」
マーシ―は入学してからの貴族の生徒達の冷たい目と、選抜チームでのコリンナ・ハミルトンからの叱責を思い出し拳を握り締めた。マーシーにとって自分の怒りは正当であり、選抜チームに入れたことで自分はそこら辺の貴族の生徒よりは上だという自負があった。
「それは違う。ハミルトン嬢は確かに物言いがきついところがあるけれど、能力はあるし自分の演奏に誇りを持っている。しかし今回は明らかに君達に合わせてレベルを下げていたと思うよ。クラス全体の事を考えてね」
「…………そんな……そんなこと……」
マーシーの顔はみるみるうちに青ざめていった。
「私だって選抜チームに選ばれてるのに……」
「選抜チームに選ばれるのはある一定の力を持った者だけだ。しかしその中の全てが同等の能力を持っているという訳ではない」
「私が実力不足だとおっしゃるんですか?」
「君だけじゃない。毎年試験を突破して星の音楽団に合格できるのは多くて十人だ。僕達の殆どが星の音楽団の基準に満たないという事なんだよ。僕達はもっと必死になるべきなんだ」
「セシリーは……セシリーならオルブライト様のレベルに合わせられるんですか?」
「逆だよ」
「え?」
「オルコット嬢は恐らくもうすでに試験を突破できる実力がある」
マーシーが練習室に入って初めて顔を上げたフィル・オルブライトは窓の外を見つめた。開いた窓からは夕方の爽やかな風が入ってくる。
「!」
「さすがは支援者が探し出してきた才能だ。きっと幼い頃から一心にリュラ―に打ち込んできたんだろう。ハープに専念できなかった僕は今必死にその時間を取り戻そうとしてる。とにかく時間が惜しいんだ。悪いけど練習に戻らせてもらうよ。家ではあまり長い練習時間が取れないから」
そういってハープを構えて練習を始めるフィル・オルブライト。彼が静かに自分を拒絶していることはマーシーにも分かった。マーシーは仕方なく練習室を出て開いていたドアを閉めた。
「どうしてセシリーばっかり……」
マーシーの呟きは薄暗い廊下に掠れて消えていった。
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