ノーラとマーシー
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※ノーラ視点です
昼過ぎから夕方にかけての星降り亭はお客の入りも落ち着いて、ディナーの準備や掃除の時間になっている。ノーラは雑巾で窓ガラスを磨きながら、小雨の降る街路樹を見上げた。
「明日はとうとうセシリーの演奏会だね」
星の音楽団のメンバーに誘われて演奏会に出演するために、友人でありクラスメイトのセシリー・オルコットはここ最近星降り亭に姿を見せていない。連日の練習で忙しくしているからだ。
「セシリーのじゃないでしょ?あくまで飛び入りで招待されてるだけだもの」
マーシーは箒を乱暴に動かした。それじゃあゴミやほこりを余計に散らかしてしまうと思ったがノーラは敢えて何も言わなかった。最近のマーシーは機嫌が悪い。クラスメイトの貴族令嬢達に嫌味を言われて参ってしまっていることもあって気が立っているのだ。
「それでも凄いじゃないか。毎回セシリーが演奏すると精霊様達が喜んでるのが分かるしさ」
ノーラはセシリーの演奏する姿を思い浮かべる。セシリーのリュラ―に合わせて精霊の光が舞い踊る様はとても美しかった。
「…………どうしてセシリーばっかり優遇されてるのかしら」
「優遇?そうかな?そんなのされてる?」
ノーラは窓ガラスを磨く手を止めて振り返った。
「されてるわよ!一年生の途中から入学してきたのに、もう特別扱いじゃない!」
「それはそういう制度があるんだから仕方が無いよ。支援者が見つけてきた才能のある人を学園に入れるのはよくあることだし、きちんと試験を受けて合格しなけりゃ入学できないんだよ?」
そして実力がなければ中途で退学する人間も貴族平民を問わずに多い。ノーラが知る限りでもすでに顔見知りが三人程学園からいなくなっていた。
「それはそうだけど……。オルブライト様ったら去年私達とチームを組むのを断ったのに、セシリーとはあんなに仲良くして……」
それはまあ当然だろうとノーラは思っていた。相手は貴族だから自分達とチームを組むことなんてあり得ない。昨年は同じクラスのクラヴィーア奏者の貴族令息と組んで演奏をしていた。貴族令嬢と組まなかったのは彼なりの処世術なんだろう。
「セシリーとは楽器の系統が似てるんだから、それも仕方が無いことだよ。まあ、二年生に上がってからのあの変化には驚いたけどさ」
それもセシリーから聞いた話によれば、父親であるオルブライト伯爵の抑圧から解放されたらしい。自分の一番好きな楽器を自由に演奏できるようになったというなら、あの変化も頷ける。もし自分がヴィオラを取り上げられたらと思うとゾッとする。もし音楽団に入れなくても一生ヴィオラを演奏していきたいと、ノーラは考えていたから。マーシーもノーラと一緒にセシリーの話を聞いていたというのに納得がいってなかったらしい。
「セシリーといる時はいつも楽しそうだわ」
「それはハープを弾けるのが嬉しいからだろう?」
「セシリーばっかりずるいわ!」
マーシ―は箒を床に叩きつけようとしたが、ノーラが寸前でその手を止めた。店の備品を故意に壊してしまったら、マーシーの心証が悪くなり、店に置いてもらえなくなってしまう可能性もある。マーシーがフィル・オルブライトに憧れていたことは知っていたが、あくまでマーシーは平民だから相手にされないことは分かっていると思っていた。
「ええ?!ずるいって……ちょっと待ってマーシー……一体何をそんなに怒ってるんだ?」
「あまり奏者がいない珍しい楽器の人は良いわよね!たまたま音楽団の人に目を付けられて。たまたまオルブライト様がハープを弾けるからってオルブライト様とも仲良くなって!私なんて頑張っても注目されないし、精霊だって集まってこない!」
「ちょっと待ってよマーシー、それは……」
「わかってる……。ただの八つ当たりだって。でも悔しいんだもの。私もリュラ―やハープに転向しようかしら。そうしたらライバルも少ないし私だって簡単に音楽団に入れるかも」
「いい加減にしなよ!セシリーは珍しい楽器だから選ばれたわけじゃないよ!上手いから選ばれたんだ。それに精霊様に音楽が届いているから精霊様が集まって来るんだ!セシリーが努力してないみたいな言い方をしちゃいけない!」
「私だっていっぱい努力してるわよっ!!」
マーシーは店の奥へ走り去ってしまった。
「困ったな……」
箒と雑巾を両手に持って立ち尽くすノーラは、大きな大きなため息をついた。
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