雨音と不協和音
来ていただいてありがとうございます!
ぽつぽつと雨が石畳を叩いてる。木琴の音みたい。
「今日も水の精霊様が張り切ってるなぁ」
冬の雪と春と夏の間の雨が作物を育ててくれる。水の精霊様に感謝だね。なんてちょっと現実逃避気味なのには理由がある。
「いい加減になさってくださる?きちんと個人練習をしていらしたのかしら?」
「きちんとやってきました」
「私達はちゃんとやってきてます」
ああ、ヴィオラの演奏チームが言い争いを始めちゃった。主に貴族のご令嬢方とそうじゃない子達とで。ヴィオラは比較的私達庶民の間にも普及してる楽器で、演奏人口が多い。だから必然学園に来てる平民の生徒もヴィオラ奏者が多いことになる。
「ちゃんとわたくしたちに合わせていただかないと評価が落ちてしまいますわ!」
「そんなのお互い様でしょう?」
確かにヴィオラの音がそろってない気がしてたけど、マーシーやノーラ達の演奏が悪いわけじゃない。技術はいわゆる貴族の生徒達と遜色ないと思う。もっと言えばマーシーやノーラより劣る生徒の方が多いと思う。でもお互いの気持ちが合わないみたい。クラス発表どうなっちゃうんだろう。
ポロス学園の中練習室の中は険悪な雰囲気で、精霊様達も寄り付かない。
「今日はここまでだな。これ以上は時間の無駄のようだ」
そういって譜面台を片付け始めたのは銀髪の美少年オルブライト様だ。二年生になって背も伸びて、もう少年とはいえない姿になってきていて、女の子達の間の人気も更にうなぎ上りになってる。
「そんな……!オルブライト様!!お待ちになって!オルブライト様のクラヴィーアがないと……」
コリンナ・ハミルトン様が必死に追いすがるけど、オルブライト様はただ冷たい視線を投げかけるだけだった。
「行こう、オルコット嬢」
「ほへ?」
急にハープを取り上げられて変な声が出ちゃった。今回の楽曲はオルブライト様がクラヴィーア、私はハープのパートを担当することになった。
「僕らは演奏会の練習もある。時間はいくらあっても足りないんだから」
「いえ、でも私もハープはまだまだで、皆さんと合わせたいと思ってて……」
「みんなも帰ろうとしてるよ」
「え?!」
周りを見ると、他の生徒達も帰り支度を始めてる。ちょっとみんな諦めるの早くない?
「それにオルコット嬢のハープの技術は十分及第点だと思う。もっと自分を主張してもいいくらいだ」
「あ、ありがとうございます」
「とにかく、ヴィオラのチームが合わないと僕らがいくら合わせてもどうにもならない」
「それは……」
『初夏の大風』はヴィオラのチームの掛け合い、輪唱のような演奏が要になるからハミルトン様達の気持ちが合わないとどうにもならず、曲が空中分解してしまう。
さっさとハープをしまったオルブライト様は、私の腕を掴んで練習室を出た。
「どうするんですの?貴女方のせいですわよ?!」
「責任転嫁はやめてください!」
後ろの方で言い争う声が聞こえてくる。
「あ、あの!止めないとダメなんじゃ……」
オルブライト様が優しく笑ってみんなで頑張ろう!とか言ってくれたら早いんじゃないかな?そうは思ったけど口には出せなかった。
「僕達の演奏が何のためのものか、忘れているようでは話にならない」
「…………」
オルブライト様は少し怒ってるみたい。そうだった……。私達の演奏は精霊様達のため。王都などでは観客を入れて人間の為に演奏会を行うこともあるけれど、ここは星の聖地。そしてポロス学園は星の音楽団を目指す人達の集まる場所だ。それを忘れてしまったらダメなんだ……。
私だってみんなの心配をしてる場合じゃなかった。放課後には星の音楽団の拠点『星音の宮』に向かう。今度の演奏会は約十日後。日程で言えばこちらの方が切羽詰まってる。
「セシリー!また遅れてるわ!」
「す、すみません!」
「大丈夫。まだ時間はあるから焦らないで!」
「ありがとうございます!」
どうしよう。こんなに難しい曲だったなんて……。主旋律を見た時は可愛い曲だなんて思ってたけど、とんでもなかった。もちろん練習は毎日してるけど、他の人と合わせるのがこんなに難しい曲だとは思わなかった。焦ると余計に指先が滑ったり、止まったりして上手くいかなくなる。みんなの呼吸と音を聞きながら演奏すると少しづつずれて行ってしまう……。どうしよう……。
「すみません。少し休憩いいですか?」
ふいにオルブライト様が手を上げた。ああ、教室の時と同じで怒ってるよね。どうしよう……。
「そうね。そうしましょう」
ジョディ―さんが賛同してクラークさんもリュラ―を置いた。今回はもう一人、ブラッド・アールさんというシロフォンの奏者でお父さんくらいの年齢の男の人がいる。
「ごめんなさい……」
「気にすんな。お嬢ちゃんがしっかり練習してきてるのはよくわかってるから。きっと上手くいくさ」
アールさんも私に笑いかけて練習室を出て行った。
情けなくて涙が出てきそうになる。そうだよ。ちゃんと練習してきた。でもまだ何か足りないんだ……。どうしよう……。やっぱりレベルが合わないんだ。今からでも辞退した方が……。
バシンッ!!
衝撃と音に驚いて顔を上げるとオルブライト様が私の両肩に手をのせていた。どうやら叩かれたみたい。
「……?」
「力が入りすぎてる」
「オルブライト様?」
「オルコット嬢は他人に合わせすぎだ。もう少し自分を信じて演奏するといい」
「……でも、エルベ先生がみんなの呼吸と音を聞けって……」
「もちろんそれも大事だ。だけどみんなも君の呼吸と音を聞いてるんだから、信じて委ねてもいいと思う」
「信じて委ねる……」
「大丈夫。彼らは僕達よりもずっと上級者だ。僕達のカバーくらいお手の物なんだから、少しは甘えてしまってもいい」
優しいオルブライト様の笑顔に涙がこぼれてくる。すっと肩から力が抜けた。
「す、すまない!オルブライト嬢!」
泣いてしまった私に驚いたのか、オルブライト様は慌てて手を上げて私から離れた。
「いえ、ありがとうございました。オルブライト様」
私は立ち上がってリュラ―を抱き締めたまま頭を下げた。
「フィル」
「え?」
「フィルでいいよ。僕達は仲間なんだから」
「い、いえ、でも、さすがにそれは……」
「じゃあ、ここにいる間だけ。僕もセシリーって呼ぶから」
「…………」
「星の音楽団の中では身分は無関係になるんだよ?今からそれも練習しておこうよ」
「でも、まだ私は入団できるとは限らないですし……」
「大丈夫だよ」
そうかなぁ……。それにそんな予行練習あり?思いっきり疑問に思ったけど、泣き顔を見られてしまった気恥ずかしさもあってオルブライト様、じゃなかったフィル様の笑顔に押し切られてしまった。
その後の練習で余計な力が抜けた私は何とかジョディ―さん達に合わせられるようになっていった。オルブライト様には大感謝しかない。…………間違えた。フィル様だった。やっぱり無理だよ。
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