いつか一緒に
来ていただいてありがとうございます!
練習は順調に進んで、驚くことにオルブライト様が睨んできたり嫌味を言ってきたりすることは無かった。終始穏やかで笑い声の絶えない練習時間が続く。ただし主に笑ってるのはジュディーさんとクラークさんで、オルブライト様は何を考えてるかわからない無表情。私はかなり必死だったけど……。さすがは星の音楽団。ジュディーさんとクラークさんのレベルはものすごく高くて、ついていくので精一杯。毎日、練習を終えて星降り亭に行って仕事して寮に戻ると倒れこむように眠った。
ただ一つ困ったことがある。何故か練習後に毎回星降り亭の近くまでオルブライト様が送ってくれるんだ。でも特に会話もないし気まずい。それに誰か知り合い、特にハミルトン様に見られたら厄介だと思ってたから、是非やめて欲しかった。
「あの……毎日送っていただかなくても大丈夫ですので」
その日も、もう何度目かの断りを入れたけど聞いてもらえない。
「……何度も言うけど女性一人で夕方の道を歩かせるわけにはいかない。できるなら仕事もやめたほうがいい。帰りは夜遅くになるんだろう?」
「でも寮までは近いですし、一緒に帰る人もいますし」
今回のお休みの間はエイミーも一緒に星降り亭で働いてるんだよね。短い休みだからエイミーは実家に帰らずに社会勉強するんだって。だから帰り道も二人一緒で街灯のある人通りの多い道を通るし全然危なくない。何度説明しても納得してないような顔だった。
「……ではせめて指や手を大事にして欲しい。怪我でもしたら演奏できなくなる」
ああ、そっちの心配かぁ。でも私にも生活設計があるし、できるだけお金は稼いでおきたいんだよね。
「ご心配ありがとうございます。お申しつけの件は重々承知いたしましたので……」
送るのはやめてもらえないかなぁ。
「……その言葉遣い……。同じ学生だしクラスメイトなんだから何とかならない?」
オルブライト様は苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「いえいえとんでもございません!」
無理無理。ヤダヤダ。貴族様相手に友達みたいに話しかけたら何されるかわからないもん。
「あっ!ではもう近いので!ありがとうございました!」
「……っ」
オルブライト様が何か言いかけたのを遮って、私は急いで星降り亭の中へ走った
「遅くなりました!」
夕方のお店の中はまだお客様がいなくて、みんな掃除をしたりグラスを磨いたりと比較的ゆったりとした雰囲気だった。
「おっセシリーお疲れ!」
箒を手にしたノーラが手を止めて話しかけてきた。
「すぐ掃除手伝うね」
カウンターの下からエプロンを取り出して身につけ、鏡を見ながら髪を束ねた。なんだか最近髪の毛の色素が薄くなってきた気がする。うーん、髪の栄養油も買った方がいいかな。でも結構高いし、考えちゃうな……。
「今日の練習はどうだった?」
床掃除を再開したノーラの近くで、私もモップ掛けを始めた。
「今日も厳しかった。本当に音楽団の人達と一緒に演奏しても大丈夫かなって不安になっちゃうよ」
毎日レベルの違いを思い知らされて心が折れそうになる。けどやっぱりリュラ―を弾くのが好きだからやめられない。
「弱気になるなよ。セシリーなら大丈夫だよ!」
「うん、ありがとう、ノーラ」
笑顔で励ましてくれるノーラのおかげで元気が出てくる。ノーラはいつも前向きで明るくてさっぱりとしたかっこいい女の子なんだ。
「でもやっぱり無理はしない方がいいわよ。私達はまだ学生なんだし。結局後でダメってなったら、オルブライト様にもご迷惑がかかってしまうわ」
ん?オルブライト様?ジュディーさんとクラークさんじゃなくて?マーシーって確かオルブライト様を嫌ってるんだよね?マーシ―は汚れたテーブルクロスをかけ替えてる。こちらに背を向けているから表情は分からないけど、あまり機嫌が良くないみたい。マーシー達は一日中星降り亭で働いてるから疲れてしまってるのかもしれない。
「そうだね。心配してくれてありがとう。迷惑かけないように頑張るよ!」
「……」
「ほらほら、そろそろディナーのお客様が入り始めるわよ。準備を急ぎましょう!」
エイミーはこのお休みから星降り亭に来てるんだけど、ご実家がお店をやってるからかベテランの店員さん顔負けの働きをしてて、私達のリーダーみたいになってる。
「はーい」
私達は急いで掃除を終えると、今度はお皿やカトラリーの準備に取り掛かった。
……ちょっと気になってることがある。なんだか最近マーシーが素っ気ない気がするんだよね。実は選抜チームの演奏会の時にも少し違和感を感じてて、マーシーとゆっくり話したいんだけど、今は忙しくて話すヒマがないんだ。ジュディーさん達との演奏会が終わったら時間ができるから。自分にそう言い聞かせて練習と仕事の毎日を過ごした。
今日もオルブライト様と星降り亭までの無言の道のり。相変わらず気まずい……って思ってたら珍しくオルブライト様が意を決したように話しかけてきた。
「オルコット嬢、もしよければ今度この曲を一緒に演奏してもらえないだろうかっ!」
オルブライト様が楽譜ケースから取り出したのはリントン先生から借りてるあの楽曲の楽譜だった。
「え、でも……」
オルブライト様はエルベ先生から言われた時は合奏を断って来たよね?今更どういうつもりなんだろう。
「これはずっと演奏してみたかった曲なんだけど、僕の周りには他にハープをやってる人がいなくて」
「……オルブライト様はクラヴィーアを選ばれたんですよね?今回の演奏会のこともですけど、どうしてハープを演奏なさりたいんですか?」
ずっと不思議に思ってた事をやっと尋ねることができた。いくら星の音楽団からの依頼でも、やる気のない楽器をわざわざ練習するのはやっぱり少しおかしいなって思ってたから。
「エルベ先生から勧められた時は合奏を断ってごめん。……実は亡くなった祖母がすっとハープを演奏していたんだ。僕は祖母のことも祖母の演奏するハープの音色もとても大好きだった。僕もハープを選びたかったけど、父からはクラヴィーア以外は許可を貰えなかったんだ」
「そうだったんですか……」
「本当はもっと自由に好きな楽器を弾きたいんだけど……」
それはちょっと可哀想かもしれない。私と似てる。お父さんは自分が昔弾いてたヴィオラをやって欲しかったみたいで、私がリュラ―を弾くのを嫌がってたように思う。まあ、うちのお父さんは無理矢理やめさせたりはしなかったけど。
「でもそれはそれとして、私は平民なんですけどそれはよろしいんですか?」
「それがどうか?」
オルブライト様は心底意外って感じできょとんと見つめ返してくる。
「オルブライト様は、っていうか貴族の方々は平民が星の音楽団を目指すのは相応しくないとお考えなのでしょう?」
「いや。少なくとも僕はそんな風には思ってない。ポロス学園や星の音楽団は実力がある者が集う場所だと思ってる。だから生まれや身分は関係ないよ」
あれ?そうなの?なんか思ってたのと違う……。なんか私誤解してた?
「オルコット嬢?」
「…………そうですね。いつか機会があればご一緒に演奏させていただけると嬉しいです」
「うん。ありがとう!きっといつか一緒に」
そう言ったオルブライト様は幼い男の子のように嬉しそうに笑った。うわ……この笑顔は危険だわ。村でデリクが笑った時よりも確実に破壊力がある。この方がいつも学園で無表情でいたのはある意味正解だったのかもしれない。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




