白い一角獣
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村祭りの前日
「ごめん……。これ以上君とは一緒に演奏できない。明日はロージーと一緒に演奏会に出るよ」
リオ村はアクロアイト王国の辺境、夏でも雪が残る高い山々の麓にある小さな村だ。小さな村の小さな学校、秋祭りを明日に控えたその夕方に目の前が真っ暗になる一言が私を襲った。
「突然何を言ってるの?!この一年必死で練習してきたんだよ?そもそもデリクの方からペアを組もうって言ってきたのに!」
目の前の濃茶色の髪と瞳の幼馴染はすまなさそうな顔をするものの、発言を撤回する様子は無かった。
この世界にはたくさんの精霊様達がいて、私達は精霊様の守護を受けて生活している。精霊様達は音楽や絵画など美しいものが大好きだから、私達は精霊様達にご機嫌よく過ごしてもらうために定期的に音楽を捧げている。村祭りに行われる演奏会はコンテストにもなっていて、村人なら誰でも参加できる。のど自慢や楽器自慢の村人がこぞって参加し、順位を決めて、上位三位以内の人やグループが精霊の泉で音楽を奉納する習わしがある。
「しかも、ロージーとってどういうこと?私何も聞いてないよ?!」
ロージー・オルコットは私の二つ違いの妹。今年で十五歳になる薄い金髪をおさげに結った、姉の私がいうのもなんだけど、とてもかわいい女の子だ。
「私に隠れて二人で練習してたの?!」
「…………」
責める口調になってしまったのは許して欲しい。だって私はこの日の為にずっとリュラー(竪琴)を練習してきたのだ。一年前、ヴィオラ(ヴァイオリン)を弾けるデリク・ヘイズに一緒にペアを組まないかって言われてからずっと合奏曲ばかりを練習してきた。
デリクは村でも人気の男子だったし、演奏会でペアを組んだ男女は結婚することが多いから、選ばれて嬉しかったのもある……。そこは否定しない。でもだからって、急に村祭りの前日にペア解消を言ってくる?!酷いと思わない?!
「ロージーを責めないであげて欲しい。僕が彼女を好きになって申し込んだんだ。言い出せなかったのはセシリーがとても熱心で頑張ってたから……」
「そんなの当たり前じゃない!せっかくお父さんが許してくれたのに!」
父はヴィオラの奏者で何故か私には十六歳になるまで村の演奏会に出ることを許さなかった。
「演奏会で優勝して山の泉に行きたいって私何度もデリクに話してたよね?」
「うん……。だから中々言い出せなかった」
「いつから?!」
「え?」
「いつからロージーと練習してたの?!」
「半年前くらいから少しずつ……」
気弱そうでナイーブそうな容姿が人気のデリクが困ったような顔をすると女の子達は助けてあげたくなる。私もそう思ってて引っ張ってあげることも多かったような気がする。でもそんな事は今はどうでもいい!
「だったら、その時に言ってくれれば良かったじゃない!私はソロでも……そうだ!今からでもソロでエントリーすればいいんだ!」
合奏用の曲だけじゃなく、ソロの練習だってたくさんして来たんだからきっと大丈夫。
「あ、待って……セシリー……」
私は練習場所にしていた学校の音楽室から飛び出した。
「……たぶんもう間に合わないと思うよ」
デリクの言葉は私の耳に届いていたけど諦めたくなかった。
「ま、間に合わなかった……」
もうすでにエントリーの受付は終わっちゃってて、役場の窓口の人にお願いしてもダメだった。
「どうした?セシリー」
家の台所のテーブルに突っ伏して落ち込んでたら、村の鍛冶屋で働いているお父さんが帰って来た。薄い金髪が乱れてて、今日も忙しかったのが見て取れる。
「今日になって突然デリクにペアを解消されたの……演奏会にでられなくなっちゃった……」
「そうか」
落ち込んでる私を慰めるでもデリクを怒るでもないお父さんに少し腹が立った。お父さんは無表情なことが多いんだけど、こんな時くらい一緒に怒ってくれてもいいのに!
「しかもロージーと一緒に演奏会に出るって……。ロージーもロージーよ。そんなことになってたなら言ってくれればいいのに!」
「お前があまりにも一生懸命だから言えなかったんだよ」
その言葉に引っ掛かるものがあった。
「…………お父さん……もしかして知ってたの?」
「…………」
「知ってたんだね?!どうして?教えてくれれば良かったのに!」
「お父さんを責めないで!私が黙っててって言ったの!」
「ロージー!」
いつの間にか台所の戸口にロージーが立っていた。荒げた声を聞きつけて部屋から出てきたみたい。
「デリクのことも許してあげて。ずっと苦しんでたの。お姉ちゃんとは上手く演奏できないって。でもお姉ちゃんはずっと頑張ってたし可哀想で言い出せないって」
「だからって!」
「私もまさか今年から一緒に演奏会に出ることになるとは思ってなくて……昨日エントリーしたって急に言われたの……」
「つまりはデリクの独断ってことなんだ……」
「ごめんね、お姉ちゃん……」
「もういいっ!」
悔しいっ。悔しいっ!デリクの卑怯者!!私はその日、夕食も食べずに部屋に引きこもった。
演奏会でのデリクとロージーの演奏は息がぴったりだった。村の人達は私がデリクと一緒じゃないことに最初は困惑していたみたいだったけど、演奏が終わる頃にはそんなことを気にしなくなっていた。二人は演奏会で一位をとり、翌日の精霊の泉での演奏の権利を得た。本当なら私がいたかもしれなかった光の場所に二人は笑い合って立っていた。お父さんも村の人達も嬉しそうに拍手してる。すごく惨めだった。デリクもロージーもお父さんもみんな嫌い!二人を祝福できない自分も嫌だ。もう何も見たくなくてお祭りの会場に背を向けて走り出した。
楽しみにしてた村祭りの日は私にとって今まで生きてきた中で二番目に最悪な日になった。一番はお母さんが亡くなった日。
お祭りを楽しむ気持ちになんてとてもなれない私は、家に戻ってリュラー(竪琴)を持って山へ向かった。明日の夜には篝火が焚かれて山道は明るく照らされるけど、今は真っ暗。とても山の中の泉には行けそうにない。私は暗い山道の入り口で上を見上げた。一年に一度精霊の泉で演奏を捧げると、ごく稀に精霊様が姿を現してくれることがあるらしい。私も精霊様を見たかったな……。お父さんの言う通りに来年また頑張る?ううん。明日にはデリクが私を捨ててロージーを選んだって話が村中に広まるだろう。私、もう村に居づらいわ。いっそ隣町へ行ってどこかのお店で働かせてもらおう。卒業はまだ先だけど、もう学校もやめてしまおう。
「その前に一度だけ」
泉までは行けないけど私は星明りの中、山の入り口の石に座ってリュラー(竪琴)の弦を弾いた。演奏を始めると夢中になって嫌なことを忘れられた。ああ、やっぱり私はリュラーを演奏するのが好きだわ。村を出ても音楽は続けて行こう。
「悲しい音だね」
「え?」
「でも綺麗な音だ」
突然話しかけられて驚いた。まさか誰かが聞いてるなんて思ってなかったから。
「誰?!」
演奏を止めて顔を上げるとそこにはぼんやりと光る白い馬がいた。
「馬……?どうしてこんなところに……」
山々の向こうの高原には野生の馬が生息してるって聞いたことがあるけど、まさかこんな人里まで下りてくるなんて……。びっくりしすぎてそれ以上何も言えずにその白い馬を見つめるだけの私にその白馬は少しだけ近づいて来た。
「もう弾かないの?」
「喋った……」
「さっきから話しかけてるよね?失礼な人間だな」
白馬は少し怒ったように鼻息を出した。馬……じゃないかもしれない。だって普通の馬には頭に角なんて生えてないから。
「あなたは……」
「そこで何してる?!」
誰?そう尋ねようとした時だった。近づいてくる靴音がしてまた別の声に話しかけられた。
「駄目だよ!こんな時間に女の子が一人でこんな所に来ては!」
それはこの村を含むこの辺り一帯を治める領主様の息子さんだった。
「あ、今ここに、馬が……喋ってて……って、え?いない……?」
もう一度あの白馬を見ようと振り返るとそこにはもう誰もいなかった。
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