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異端の科学者〜魔法世界に物理法則を灯す者  作者: 花咲かおる
序章:異世界への扉

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第7話:緊迫の一週間

 王国令が発布されてから三日が経過した。街の雰囲気は日に日に重くなっていた。

 理人は市場を歩きながら、人々の会話に耳を傾けていた。商人たちの声は以前より小さく、人々は互いに疑心暗鬼になっているようだった。


「あの人、魔法を使わずに火をおこしていたわよ」

  「密告した方がいいんじゃないか?報奨金も出るし」

「でも、それは単に火打ち石を使っただけで......」

「分からない。最近は何が違反なのか」


 理人は胸が痛んだ。恐怖が人々を支配している。これは、かつて地球の歴史で何度も繰り返されてきた暗黒時代と同じだ。

 エドワードの店に戻ると、リーナが既に来ていた。彼女の表情は深刻だった。


「理人さん、エドワードさん、悪い知らせです」

「何があったんだ?」


 エドワードが尋ねた。


「昨日、商人ギルドの一員が逮捕されました。罪状は『異端思想の流布』です」

「どういうことだ?」

「彼は若い見習いに、『なぜ氷の魔法は物を冷やすのか』と説明していたそうです。魔法の原理を科学的に考察したとして、密告されました」


 理人は拳を握りしめた。


「それだけで逮捕?単なる疑問に答えただけじゃないか」

「今は、そういった疑問すら危険視されています」リーナは悲しげに言った「王国の取り締まりは、想像以上に厳しい」

「その商人は、今どこに?」

「王都の牢獄です。一週間後に『浄化の儀式』が行われる予定だそうです」


 エドワードの顔が青ざめた。


「浄化の儀式......記憶を操作されるのか」

「はい。科学的思考を完全に消去されます。彼は、もう二度と疑問を持つことができなくなるでしょう」


 理人は怒りと無力感に苛まれた。人の思考を奪う。それは人間の尊厳を踏みにじる行為だ。


「何とかできないのか?」

「今は無理です」


 リーナは首を振った


「王宮の警備も厳重になっています。それに、公然と反対すれば、私たちも捕まります」

「しかし......」

「理人さん」


 エドワードが理人の肩に手を置いた


「リーナの言う通りです。今、私たちにできることは、自分たちの研究を続けることだけです」


 理人は唇を噛んだ。確かに、今動けば全てが終わる。だが、このまま何もせずにいることへの罪悪感が彼を苦しめた。


「分かりました。でも、いつかは......」

「ええ、いつか必ず」


 エドワードは力強く頷いた「だからこそ、今は耐えるのです」

 リーナはもう一つの情報を伝えた。


「それから、アリシア王女殿下が動いています」

「王女が?」

「殿下は内密に、この取り締まりに反対しているそうです。ただし、今は伝統派の勢力が強く、公然とは発言できません」

「王女には、味方がいるのか?」

「少数ですが、革新派の貴族たちがいます。彼らは多種族共存と知識の発展を支持しています。ただ、今は劣勢です」


 理人は考えた。将来的には、王女との接触が必要になるかもしれない。だが、今は時期尚早だ。


「リーナさん、王女に関する情報を引き続き集めてください。いつか、接触する機会があるかもしれません」

「承知しました。ただし、王女に近づくには相当の準備が必要です。彼女は常に監視されていますから」


 その後、リーナは王宮へと戻っていった。

 理人は地下の研究室で、顕微鏡の他の部品を製作していた。筒状の本体、ステージ、光源の調整機構。この世界の技術でできる範囲で、最良の設計を追求していた。


「理人さん、休憩しませんか?」


 エドワードが温かいスープを持ってきた。


「ありがとうございます」


 二人は作業台の前で、しばし休息した。


「理人さん、あなたは元の世界に戻りたいと思っていますよね」

「はい、もちろんです。両親も心配しているでしょうから」

「でも、同時にこの世界のことも考えている」


 理人は頷いた。


「最初は、ただ戻ることだけを考えていました。でも、この世界を知れば知るほど......放っておけなくなりました」

「科学者としての使命感ですか?」

「それもあります。でも、それだけじゃない」


 理人は窓の外を見た


「この世界には、素晴らしい可能性があります。魔法という不思議な力と、科学の論理的思考。この二つが融合すれば、私の世界では想像もできなかったことが実現できるかもしれない」

「魔法と科学の融合......」

「はい。私の世界では、物理法則の壁があります。でも、この世界には魔法がある。その壁を超えられるかもしれない」


 エドワードは興味深そうに聞いていた。


「例えば?」

「時間旅行です。私の世界では、理論的には可能とされていますが、実現に必要なエネルギーが莫大すぎて不可能です。でも、魔法なら......」

「時間魔法があれば、可能かもしれない」

「そうです。空間転移も同じです。私をここに連れてきた男は、おそらく高度な魔法を使いました。つまり、魔法には物理法則を超える可能性がある」

「だからこそ、魔法を科学的に理解したい」

「ええ。魔法の原理を解明できれば、より効率的に、より安全に使えるようになります。そして、元の世界に戻る方法も見つかるかもしれない」


 エドワードは深く頷いた。


「あなたの目的と、この世界を変えるという目的が、同じ方向を向いているんですね」

「はい。だから、私は両方を達成したい」


 その夜、理人は魔法の訓練を続けていた。基本四元素は既にマスターし、今は光魔法と闇魔法の習得に取り組んでいた。

『光よ、闇を払い、道を照らせ』

 手の平から白い光が広がる。以前より明るく、安定している。

『闇よ、光を覆い、形を隠せ』

 今度は黒い霧のようなものが手の平に現れた。これは物体を不可視にする魔法だ。


「上達が早いですね」


 エドワードが感心した


「もう中級魔法使いのレベルです」

「無属性魔法も試したいのですが」

「無属性は難しいですよ。まず、基礎となる空間認識の訓練が必要です」


 エドワードは魔法陣を床に描いた。


「この魔法陣の中で、空間の歪みを感じてください。空間というのは、ただの『空っぽ』ではなく、実体を持つものです」


 理人は魔法陣の中に立った。目を閉じ、周囲の空間を意識する。

 最初は何も感じなかった。だが、集中を続けるうちに、奇妙な感覚が生まれてきた。

 空間が、織物のように感じられる。目に見えない糸が、複雑に絡み合っている。そして、その糸を引っ張れば、空間が歪む。


「これは......」

「感じましたか?」

「はい。空間が......何かで満たされている感覚です」

「素晴らしい!それが空間の本質です。物理学では、これをどう説明しますか?」

「私の世界では、空間は真空ではなく、量子場で満たされていると考えられています。そして、重力は空間の歪みとして説明されます」

「空間の歪み......興味深い」


 理人は、アインシュタインの一般相対性理論を思い出した。質量が空間を歪め、その歪みが重力として観測される。


「もしかしたら、空間魔法は空間の歪みを直接操作する技術なのかもしれません」

「では、試してみましょう。簡単な転移魔法です」


 エドワードは二つの魔法陣を離れた場所に描いた。


「この魔法陣Aから、魔法陣Bへ。小さな石を転移させてみてください」


 理人は魔法陣Aに小石を置き、詠唱を始めた。

『空間よ、我が意思に従い、この物を彼の地へ運べ』

 マナを集中させる。そして、空間の糸を操作するイメージを描く。魔法陣Aと魔法陣Bを繋ぐ、空間の通路を作るイメージ。

 すると、小石が光に包まれ、一瞬で消えた。そして、魔法陣Bに現れた。


「成功です!」


 エドワードが叫んだ


「初めての空間魔法で成功するなんて!」


 理人は興奮を抑えきれなかった。空間転移。これは、元の世界に戻る鍵になるかもしれない。


「もっと練習させてください」

「もちろんです。ただし、生物の転移はまだ危険です。まずは物体で練習を重ねましょう」


 その後、理人は夜遅くまで空間魔法の訓練を続けた。距離を伸ばし、対象物を大きくし、精度を高めていく。

 四日目。

 グランツの工房から使いが来た。


「レンズができたそうです」


 エドワードが報告した。


「もう?予定より早いですね」

「グランツは、興味を持つと寝る間も惜しんで作業するタイプなんです」


 二人は急いで工房へ向かった。

 グランツは誇らしげに二つのレンズを見せた。完璧な透明度、正確な曲率。職人の技が光っている。


「どうだ?完璧だろう」

「素晴らしい......」


 理人は感嘆した


「完璧です、グランツさん」

「当然だ。俺に不可能はない」


 理人はレンズを受け取り、慎重に検査した。対物レンズと接眼レンズ、どちらも設計通りの仕上がりだ。


「これなら、十分な倍率が得られます」

「で、いつ見せてくれるんだ?その装置で何が見えるのか」

「組み立てに二日ほどかかります。その後すぐに」

「楽しみにしてるぞ」


 グランツは嬉しそうに笑った。だが、その表情が急に真剣になった。


「なあ、二人とも。最近の取り締まり、知ってるか?」

「ええ」

「俺たちドワーフの間でも、不安が広がってる。技術を追求することが、科学的思考だと言われたらどうする?俺たちの生き方そのものが否定される」


 理人は真剣に答えた。


「グランツさん、技術と科学は違います。科学は『なぜ』を問うこと。技術は『どうやって』を実現すること。あなたたちの技術は、何も間違っていません」

「だが、境界は曖昧だ。俺が『なぜこの温度で金属が溶けるのか』と考えたら、それは科学じゃないのか?」

「それは......確かに科学的思考です」

「だろ?つまり、俺たちは既に危険なんだ」


 グランツは腕を組んだ。


「理人、お前は何を目指してる?この取り締まりの中で」


 理人は迷わず答えた。


「科学の正当性を証明します。科学が人々を救うこと、魔法と対立するものではないことを」

「できるのか?」

「やってみせます」


 グランツはしばらく理人を見つめていたが、やがて豪快に笑った。


「よし、信じよう。お前の目は嘘をついてない」


 五日目。

 理人は研究室で顕微鏡の組み立てに没頭していた。レンズを正確に配置し、焦点距離を調整し、ステージを固定する。

 エドワードは横で、観察用のサンプルを準備していた。池の水、土、そして血液。


「血液は、誰の?」


 理人が尋ねた。


「私のです。少しだけ採取しました」

「危険ですよ」

「大丈夫です。治癒魔法で傷は塞ぎました」


 六日目。

 ついに顕微鏡が完成した。

 真鍮製の筒に二つのレンズが組み込まれ、木製の台座に固定されている。シンプルだが、機能的な設計だ。


「テストしてみましょう」


 理人は池の水のサンプルをガラス板に乗せ、顕微鏡のステージに置いた。そして、接眼レンズを覗き込んだ。

 次の瞬間、理人は息を呑んだ。


「見える......」


 視界の中で、小さな生物が動いていた。単細胞生物、プランクトン。目には見えない世界が、そこにあった。


「エドワードさん、見てください!」


 エドワードが顕微鏡を覗く。そして、驚愕の声を上げた。


「なんと......これは......生物?こんなに小さな?」

「はい。これが、目に見えない世界です」


 二人は興奮を抑えきれなかった。


 七日目。

 グランツを研究室に招待した。もちろん、最大限の警戒の上で。


「これが、あのレンズを使った装置か」グランツは顕微鏡を興味深そうに見た。

「はい。では、見てください」


 グランツが顕微鏡を覗いた瞬間、彼の表情が凍りついた。


「な......何だこれは......」

「微生物です。目には見えないほど小さな生物」

「生きている......動いている......」


 グランツは顕微鏡から顔を上げ、理人を見た。その目には、驚き、興奮、そして畏怖の色があった。


「世界は......俺たちが思っていたよりも、遥かに広いんだな」

「そうです。そして、これが科学です。見えないものを見えるようにする。知らないことを知る」


 グランツは深く息を吐いた。


「理人、お前は本物だ。これは......革命だ」


 だが、その時。

 地下室への扉が激しく叩かれた。


「エドワード!開けろ!王国警備隊だ!」


 三人は凍りついた。

 ついに、最悪の事態が訪れたのだ。


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